ドリーム小説  今凄く大きな欠伸をしたなあ
 とか
 それを誰かに見られなかったかソワソワしてるなあ
 とか
 僕の視線に気付いて一度眼を逸らしてから照れ笑いを見せたり
 なんてことを
 いちいち恋しく思う






 誰が誰に恋しているかなんて噂話は、女子だけに限らず男子の中でも話題に上れば盛り上がること請け合いだ。しかし本当にみんな、そんなことに興味があるだなんて、僕には俄かには信じ難い。自分に向けられた好意や、自分が誰かを想う気持ち以外に重要なことなんてあるのだろうか。


「レンって好きな女子とかいないわけ?」


「え、いるよ。僕、彼女一筋だもん。」


「だから、その彼女って冗談はもう飽きたんだよ。居るんだとしたら誰なわけよ。いい加減教えろよ、水臭い。」


「嫌だよ、教えない。」


 あ、今こっちの会話を凄い気にしてるっぽいなあ、なんて、窓際の席で友人に囲まれている彼女を見て感じた。彼らに適当な相槌を打ちながら、僕は携帯電話を取り出して、すぐに文字を起こす。送信すると、少し後に彼女が友人に気遣いながら携帯電話を見て、こそこそと文字を入力する様が見える。


 ー 図書館寄ってもいい?


 勿論、と返信すると、こちらを盗み見た彼女と目が合った。僕が笑いかけるとそそくさと目を逸らしてからもう一度此方を覗いて目元で笑う。
 そういう不器用な所が割と愛おしい。






「レン君、さっき何話してたの?」


 帰り道、突然向けられた問い掛けに、僕は一瞬何の事かと考えて、すぐに理解して笑った。


「彼女一筋って話のこと?てか、ちゃん聞こえてたでしょう?」


 からかいたくなって意地悪をしてしまう。すると赤面したちゃんは頬を膨らませた。


「だ、って、レン君の声が大きいんだもん・・・。」


ちゃんが気になってるかなあって思ってね、僕の親切心だよ。」


「・・・意地悪。」


「よく言われます。」


 可愛い、愛おしい、そんな人を虐めたくなるなんて、まるで子供じみているのかもしれないけれど、僕はちゃんの照れた顔や困った表情を見たい。


「図書館で何か読みたいものでもあるの?」


「うん、読みたいというより、借りたいやつが先週来た時なかったから、今日はあるかなあって。」


 そっか、と返すと意味もなく微笑む彼女に、僕は心和んで繋いだ手に少しだけ力を込めた。






 図書館の中は一足早く冷房を使っているようで気が利いているなあ、なんて思いながら、僕は読書家でも無ければ勤勉家でもないので、目的の物をちゃんが探しているのにくっ付いて周る。


「あ、あった。」


 小さな声でそう言うと、これまた小さな爪の生えた、とても可愛く女の子らしい指先で棚から一冊、指を滑らせるようにして二つ隣のもう一冊を抜き取った。


「何て本?」


「えっとね、谷崎潤一郎って人の本だよ。知ってる?」


「なんか授業で名前だけは聞いたことあるよ。文豪、みたいな。」


「そうそう。」


 僕の答えに嬉しそうにはにかんで見せて、ちゃんはその本を貸し出して貰うべくカウンターで手続きを済ますと、退屈させてごめんね、なんて言うので、僕は退屈なんてしていないと答える。ちゃんの好きな物が知れれば、それは即ちちゃんを知ることでもあるのだから、僕には有意義だった。それにしたってこの文豪の、確か変態性が有名だったと記憶しているのだが、ちゃんがかようなものを読むというのだとすれば、僕は彼女のその性的観念に瞬間ぞくりとせずにはいられない。






「今日借りた本は夏休みの読書感想文で使いたいんだ。」


「え、夏休みの?気が早くない?まだ六月だよ。」


 図書館を出て、近くの喫茶店でお茶を飲みながら、ちゃんがそう切り出したので、僕は驚きの声を漏らした。借りてきた本をバッグから取り出して表紙を覗かせる。陰翳礼讃、なんて読めたところで文字に起こせなさそうなタイトルに、僕は眉間に皺を寄せた。そもそも読書感想文を真面目に取り組んだことがない僕には、わざわざ本を借りてまで、なんて行動にさえ驚きを禁じ得ない。


「いつも本は読んでるから、いつ読んだって一緒だもん。レン君は・・・真面目にやらなさそうだね。」


 へへ、と笑ってちゃんがその通りと答えたくなるようなことを言う。


「僕、活字が苦手だからなあ。いつも小説が原作の映画を観て、それっぽいこと書いてるよ。」


「あはは、レン君らしいね。」


 それは失礼だろう、なんて思って僕が唇を尖らせると、冗談だよ、と笑いながら言う。


「まさか夏休み中、ずっと本の虫、なんてことはないよね?」


 僕がハッとして尋ねると、ちゃんは逡巡して見せてから困ったように眉尻を下げて微笑んだ。


「レン君と会う時以外は本の虫、かも。」


 夏休みが終われば僕等は受験戦争の真っ只中だ。否、既にその時は来ているのだが、僕は我ながら容量も良いし大丈夫だろうなんて高を括っているものなので今も飄々と過ごしているのだが、真面目なちゃんでさえ案外気にもしていない様子である。それをありがたいと思うのは恋人失格なのかもしれない。


「今度の夏休みは補修なくてよかったね。」


「わあ、それ言わないで!本当に科学だけは駄目なの、でも赤点とるなんて恥ずかしいし、一生の恥だよ。」


「でも補修のお陰でこうして付き合えたんじゃん、悪いことばっかりじゃないよね。」


「・・・物は言いようだね。」


 膨れっ面をしていじける彼女の手をきゅっと握ると握り返される。
 昨年の夏休み、ちゃんは苦手とする科学で赤点を中間期末共に取ってしまったらしく、それのおかげで補修を受ける羽目になったらしい。あの日、本当にたまたま、僕は夏休みの課題の一つを学校に忘れていたことを思い出して取りに行ったのだ。そこでちゃんとはじめてまともに話をした。本当は補修なんて当たっていなかったよ、と後日話したら、ちゃんは騙された、というような表情をして見せたものだ。


「もうすぐレン君と付き合って一年なんだって思うと、なんだか時間が経つのってあっという間だなあ。」


「確かにねえ。でもなんかおばあちゃんみたいな言い方だね。」


 ひどい、と文句を言うちゃんが、下唇を突き出す。それはちゃんにとって、いじけてますよ、という意志表示だということを知っているのだが、僕はいつもキスをせがんでいるように見えて蠱惑的に映る。だから意地悪を言ってその顔をさせてみたくなる。するとちゃんが僕の顔をちらりと見てから眉を顰めた。


「・・・駄目だからね。」


「あ、ばれた?いいじゃん。」


「駄目なものはだーめ。」


 ちゃんは僕と付き合っていることをクラスメイトに隠したがる。何故かと尋ねたら私なんかでは不釣り合いだからだ、なんてなんともじめじめした考え方を述べるのである。不釣り合いかどうかを他人が推し量った所で問題は当人達では無いのだろうか。
 外で手を繋ぐのでさえ最初は嫌がったちゃんが、今はなんとかこうして手を繋ぐことは許してくれたのだが、僕はまだ若く、人目を忍びながら愛を育むだなんて器用な事は出来ない。


「誰もいないよ。」


 僕といる所を極力人に見せたく無い、と言うのは気に食わない。だから意地悪をしてやりたくなる。歩みを止めて、繋いだ手を手前に引いて、ちゃんの体を寄せるとすぐに唇を押し当てた。
 それでも公道である、僕はほんの一瞬の口づけからすぐに解放すると、目の前でむくれたままのちゃんの瞳を覗き込んで、思わず笑ってしまう。


「本当に嫌なら抵抗したらいいんだよ。」


「本当に嫌なわけではないもん。」


「そういう正直な所が好きだよ。」


 面白くてケタケタ笑うと、ちゃんは困った様子ではあるが、肩を竦めてそれ以上の文句は言わなかった。


「レン君、すっごくキスしたいって顔してるんだもん。」


 少し間をおいて彼女が言う。


「あはは、凄い、良くわかったね。」


「だってレン君のこと、私よく見てるもん。」


 知ってるよ、よく見てくれている事は、なんて意地悪は言わないでおく。


「僕もちゃんの事が好きだから、ちゃんと見てるよ?」


「じゃあ今私が何考えてるか分かる?」


 子供じみた問いかけ。ちゃんがほんの少しだけ上目遣い、僕はちゃんの瞳を見つめて、もう一度キスをする。


「正解?」


 触れた唇を離して、間近にちゃんの顔を見つめながら尋ねると、案の定膨れっ面をしてみせたちゃん。ごめんね、きっと違うと知っているけれど、その尖らせた唇が物欲しそうに見えるのがいけないのだ。
 僕に見つめられて視線を逸らしたが、泳がせたそれをつと僕に戻すともごもごと口を動かした。ようやく何か声になったかと思うと、


「・・・悔しいけど正解。」


 なんて、僕の予想の斜め上の回答に、意表をつかれて僕まで赤面させられる羽目になった。


「レン君、顔赤いよ。」


「ん、・・・まあ、うん。」


 まだ初々しい僕らは意味もなく微笑みあったりして。


「永遠なんてないかもしれないけど、死ぬまでは一緒にいたいなあ。」


「うん。僕も、そう思ってるよ。」


 ああ、恋しいなあ。
 君のことをもっと知りたいなあ。
 そう思うにつけ、やはり彼女の横顔を覗いてしまう。そんな僕の視線に気付いた彼女がはにかんだ。


「どうかした?」


「んー、さっき図書館で二冊借りてたけど、陰翳礼讃と、もう一つは何借りたの?」


 本当はただ見つめていたいだけなんだけれど、手始めにそんな所から知っていくっていうのも、まあ悪くない。


「ああ、あれはね。」


 彼女は鞄の中をがさごそと探り出して、本を取り出した。


「谷崎潤一郎の鍵って小説。知ってる?」


「へえ。知らないなあ。」


「良かったら今度私の後に借りてみなの。」


「んー、たまには活字も読んでみようかな。」


 君の好きなものだしね。






 その後、彼女の手から返却されたその本を読んでみると、とんでもない内容だったので、僕は翌日彼女を直視することが出来なかった。




















―あとがき―
短編「勘違い」のTALIです。
既に書いておいたのですが、なかなか忙しく更新できずにいました。
早くもこのシリーズの感想がポツポツあるのが嬉しいです。
読み返したものの、何を描きたかったのか分からないくらい拙い話でしたが、
わりに好評いただいておりました。
視点を変えて書いてみました。
付き合って一年たっても、君を見ていたい、沢山知りたい、という話を書きたかったけど惨敗。
彼女のことを沢山知ってきたつもりだったのに、彼女がまさかこんな本を読んでいたなんて、と一泡食わされるレンが書きたかったのです。
谷崎潤一郎の「鍵」を読んだことがない方は是非。

160810














































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