ドリーム小説 「ねえ、レン。」


「どうかした?」


「私、レンのこと、全然知らなかったみたいだね。」


「あはは、突然どうしたの?」


「・・・レンがそんなにガーデニングが好きだとは知らなかった。」






 いい加減、このままではご近所から「花屋敷」と陰でこっそり呼ばれていることを認めなくてはいけなくなるだろう。
 かれこれ三年、今や「花屋敷」と呼ばれるようなまでの大層な庭のあるボロの一軒家にレンと住んでいるが、住み始めた当初はこのような様相ではなかったはずだ。大学を卒業し、互いに就職し、五年近く交際を続けていたのだから、親の反対もまるでないまま、すぐに同棲を始めて、一年前に、親への挨拶も改まったものでもないような、いわば公認の仲であったし、親の方が結婚しないのかとやきもきしていたもので、まあどうせなら、なんていう感覚でそこそこの挨拶をして籍を入れた。
 同棲にあたっての新居は、レンの叔父が長らく借り手が見付からずに困っていたこの家を、親切で安く借してくれることになり、我々は閑静な住宅街に位置するこの一軒家に住むこととなったわけだ。
 せっかく庭があるのだから、ちょっとくらい色が欲しいね、なんていうのは当時、同棲することになったのだということに浮かれ調子だった私の言葉で、レンは賛成だとにこにこして答えてくれた。


「土を触ってると最近無心になれるんだよね。」


「悟り開いちゃいそうだね。」


 給料日のたびに新しい苗や種を買ってきては植えてくれた。最初の頃こそ、二人でわいわいと土いじりを楽しんでいたのだが、今や庭というより規模の小さい花畑と化したそこには、レンが居ることの方が多かった。私とて常より花は詳しくはないが好きではあるし、一緒に手入れをするのだが、レンの入れ込みようといったら、途中からは「この花にはこの土が良い」、「この栄養剤はこの花専用だ」などと、まるで本職のようなことまで述べる始末である。


「花のいい匂いがするから、なんかここから離れがたくなるんだよね。」


 縁側に腰を掛けて冷たいお茶を飲む私に顔だけ此方にむけて、手袋を土で汚したレンがにこりと微笑む。
 梅雨入り前だというのに夏のような暑さだ。台風一過の翌日というのは、このからりと晴れた空が気持ち良い。花たちも無事台風の被害を受けずに元気に咲き誇っているのだが、しかし私はこの茹だる暑さの最中でレンが熱中症にでもなりはしないかと心配で、自分の分と合わせてレンにも冷たい麦茶を運んできたのだが、既にグラスの中の氷は無くなってしまっている。きっと温かろう。


「確かにいい香りだけど、花だけじゃなくてレンも水分補給しなきゃ。」


 よっこらしょ、と腰を上げて、庭に降りる時のための赤と黄色の紐が編まれた雪駄を履き、レンに歩み寄る。レンは私をしゃがんだまま見上げると、眉尻を下げて笑って立ち上がった。その足元には青と緑の紐の編まれた雪駄。お揃いのそれはレンの方は随分汚れてしまっている。
 二人でまた縁側に腰掛けて、レンは盆に載せられたままであった件のグラスを手に取ると一気に煽るように飲み干した。


「冷たい麦茶が飲みたいです。」


「用意しといたのにすぐ飲まなかったレンが悪い。」


「はーい。」


 下唇を突き出して、やはりまだ喉が渇いているのか、台所の方へグラスを片手に向かおうとする。


「あ、私にも冷たい麦茶、宜しく。」


 ちょうどよかった、とばかりに私が空になったグラスをぐいと差し出すと、呆れたように、しかしどこか楽しそうに笑う。


「調子良いんだから。」


 へへっ、と私がゆるく笑うとレンは笑い返してくれる。そして前を向いたかと思うと、あ、と小さく声を漏らすのでどうしたのかと見ていると、レンの視線の先に時計が見えて、私も小さく声を漏らした。


「やばいやばい、もうこんな時間じゃん!」


「もう、レンがのんびりしてるからー!」


ちゃんだって忘れてたくせに!最後の打ち合わせで遅れちゃうなんて恥ずかしい!」


 お互い責任転嫁し合いながらも、そそくさと立ち上がり服を着替えたりなぞしつつ、家の鍵がない、だとか、携帯がない、だとかてんてこ舞になりながら何とか家を飛び出した。






 こんなに当たり前のように、なんて事はないように過ごしているけれど、私は気が気ではなかった。
 来月は結婚式なのだ。他でもない、私とレンの、ささやかながらも、結婚してからの一大イベントを目前に控えているのだ。その打ち合わせをまさかすっぽかしかねないくらいのんびりと構えているのは、良くも悪くも、レンがあまりに普通に過ごしているからだ、と私はまた責任転嫁をしつつ、隣で車を走らせるレンを盗み見る。


「えっち。」


「あはは。」


 盗み見たことに気付いたレンが茶目っ気たっぷりに言うので笑ってしまった。
 すると、もう常より当たり前と化していた、繋いだ手をぎゅっと握られた。私がレンの方をもう一度見ると、レンは今度は視線だけを此方に向けて、特有の幼い子供がするような、下唇を突き出して、少し目を震わせるようにして、私はそれが、レンの照れている時の表情だと知っているのだが、黙ってレンを見つめていた。


「良い式にしようね。」


「・・・うん。」


 やはりレンとて緊張していないわけではないのだろう。疑う、とかそんな大層なことではなかったが、なんと無く私とレンの、式に向けての心持の温度差を感じていただけに、今のこのレンの言葉と表情には、グッとくるものがあった。


「早くちゃんのウェディングドレス姿見たいなあ。」


「レン、タキシード着こなしそうだし、私も楽しみだよ。」


 互いに微笑み合い、指先に力を込めた。
 会場の手前の交差点、信号が赤に変わり、レンはゆるやかにスピードを落とし、静かに停車する。辺りを少し見渡したレンが、それを不思議に思わせる隙も与えない程の素早さで此方に身を乗り出したかと思うと、私の唇に自身のそれを重ねた。
 ほんの一瞬のことだった。すぐに口付けは解かれる。


「来月の本番の時にも沢山言うけど、今も言いたいなあ。ちゃん、好きだよ。」


 人の往来も適度にある、白昼の車内でそのようなことをしてくるレンに、私は赤面してしまいそうだった。それ以上に、やはり式を間近に控えて高揚しているのか、感極まって泣きそうである。


「私も、レンのお嫁さんになれてよかった。ありがとう。」


 涙を零さないように、一度目をきゅっと瞑ってから開いた。


「ああー、その表情たまんない。このまま家に帰りたいくらい。ねえ、もう一度キスしていい?」


 してあげたいのは山々だが、視界の端で色が明滅した。


「レン、信号青だよ。」


「もう!」


 私に対してなのか、はたまた信号機に対してなのか、そのような憤怒の声を漏らしたものの、レンはいつもの優しい動きで車を滑らせた。










 とうとうやってきたこの日に、私もレンも朝早くから挙動不審で、会場に着いてからもスタッフの人々の笑いを誘う始末であった。


「新婦様はこちらへお願いします。」


「は、ふぁい!」


ちゃん、声おかしいよ。」


「もう!」


 ついにウェディングドレスに袖を通すのだと、私が緊張で肩をこわばらせているのを嘲笑うかの如く、レンがそんなことを言うので、私もついついいつものようにむくれてしまう。


「新郎様は此方でございます。新婦様の控え室には後ほどご案内致します。」


 互いに別室で、とは言えど隣同士の部屋でなのだが、衣装を着替えるわけだ。レンは楽しみにしてるね、なんて言って気障にウィンクの一つまでくれて、部屋の中へ消えていった。


「あ、鏡音様、旦那様から言伝を預かっております。」


「え、なんでしょうか?」


 レンの入っていった扉が閉められてから、私を担当してくれている女性がそんなことを言い出すので、つい今しがた扉の向こうに消えたレンが直接言わないで、この女性に伝言を託すとは、如何様な内容なのか、全く推察できない。


「本番前に泣かないこと、だそうですよ。」


「・・・は、はあ。」


 なんのことやら、と私がまるで他人事のように、気の無い相槌を打つのに、彼女は上品な仕草で口元に細い指先をあてがってくすくすと笑った。


「え、なんですか?」


 私がよほど間抜けな顔をしていたのだろうか、ぺたぺたと顔を手のひらで覆ってみる。しかし彼女は首を小さく振った。


「鏡音様はとても素敵な男性と結ばれたと思いますよ。」


 そう言われても、笑われた理由の答えにはなっていないのだが、レンが褒められることは決して悪い気はしない。


「ありがとうございます。私が言うのもなんですけど、彼が自分の主人だなんて思うと、なんだか身分不相応な気がしますよ。」


「いえいえ、そんなことございませんよ。現に、私どもスタッフの中でも、鏡音様は旦那様からよほど愛されているのだと噂です。」


 それはなんというか、こっぱずかしい話である。いつもそんなにレンとべたべたとしているわけではないと思うのだが、しかし第三者からすると、そのように見えたのだろうか。粗末な物を見せてしまって申し訳ない、という気持ちで萎縮する。
 私がへどもどしていると、彼女は意味深に微笑んだ。綺麗な女性だ。打ち合わせの時でも、私達の式のプランをまるで自分の式であるかのように考えて真摯に向き合ってくれた彼女にはとても感謝している。


「旦那様の言伝ですが、私の予想ですと、鏡音様は守れそうにないですよ。」


「え、それはまた、なんだか、どういうことでしょうか?」


「こちらに入ったら分かりますよ。」


 彼女の意図することが分からず腑に落ちないのではあるが、控え室の前で立ち尽くし続けるわけにもいかない。打ち合わせと違い、今日は式本番であって、スケジュールは細かく詰め込まれているのだ。
 お願いします、と私が頭を下げると、彼女が頷いて、おかしなほどに慎重な手付きで控え室の扉を押し開いた。






 見たことがないものがある。
 否、見たことがあるものがある、という光景なのだが、それがおかしいのだ。


「旦那様からのサプライズです。」


 彼女の言葉は耳に滑り込んだが、またすり抜けていくように、そう、まるで意味が理解出来ないのだが、かと言って私は、自分のこの高揚感が抑えられず、思わずしゃがみこんで顔を覆い隠してしまった。


「ふ、ふ、ふふ。」


 思わず私は口元から零れだす声が抑えられずに、覆い隠した手の隙間からそんな変な笑い声を漏らした。


「も、やだ・・・、何なの、これ・・・。」


 私は笑いながら、やはり、目の前で黙って立っている彼女の言う通り、レンの言いつけを守れずにボロボロと涙を零してしまった。笑いながら泣くなんて、奇妙な絵面だろう。


「これ、いつの間に、こんなことになってた、んですか?」


 私はようやく涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげて問い掛けた。
 一ヶ月前の最終の衣装合わせの時は、この目の前にあるウェディングドレスは、確かに純白と呼ぶのに相応しいまでの白であったはずだ。


「先月に打ち合わせをさせて頂きました翌日から急ぎで取り掛かりまして、なんとか間に合ったんですよ。素敵なお花ですね。」


 純白であったドレスには、その影の形も見えないほどに、赤、桃色、黄色、うす紫と、様々な色に埋め尽くされている。花にまみれてしまっている。こんなドレスは見たこともなかった。しかし、どの花も、我が家の庭先に咲いている花達であった。


「も、勿体なくて着れないです・・・。」


「そんなことおっしゃったら、旦那様の苦労が水の泡ですよ。どうぞ、こちらへ。」


 感動のあまり、私がしゃがみこんだままでいるのに痺れを切らした彼女が私を促して立ち上がらせた。






「とても美しいですよ。」


 ウェディングドレスに付けられた花を毀さないように、慎重な手付きで着替えさせてくれた彼女が、私を鏡の前に立たせて、とても嬉しそうな声でそう褒めてくれる。


「わ、私、こんな華やかなドレス、似合いますか?な、なんだか、もう、どうしたら良いのか・・・。」


「あ、お花に触らないように気をつけて下さい。プリザーブドフラワーですけれど、落ちたら大変です。」


 余程大丈夫ですけれど、と付け加え、私は自然と手がドレスを掴もうとしていた我が手をパッと上にあげた。降参のポーズになってしまう。そんな私を見て、面白そうに笑った彼女だが、すぐに女性的な微笑に戻る。


「とてもお似合いです。でも、旦那様からの感想を聞くべきですよね。今呼んで参ります。きっと今か今かとお待ちでしょうから。」


「えっと、お、お願いいたします。」


 私が頭を下げると、彼女は部屋から出て行った。


 レンが毎日欠かさずに手入れしてきた花が、色褪せずにこのドレスを飾り立てている。そのレンのサプライズに、私は喜びと、そしてレンに対して気恥ずかしい思いで、どぎまぎしながら目の前の扉が再び開くのを待つ。


 がちゃ、とドアノブが下がる音がして、私は思わず気を付けの姿勢を取ってしまう。
 すぐに金糸がちらりと視界に入り、タキシード姿のレンが体をこの控え室に滑り込ませながら此方を見た。
 着慣れているのか、と言いたくなるほど、まるで違和感もなく着こなしているレンに目を奪われた。
 だが、瞬間


「れ、っく、レンー!」


 嗚咽を零しながら私は大声で彼の名前を呼んで泣いてしまった。ドレスを壊さないように、直立のままで泣く姿はきっと幼子のようであろう。
 レンは扉の鍵を掛けると、一度その場で私の姿を見て微笑み、ゆっくりと、革靴の踵でコツコツと心地よい音で床を叩きながら歩み寄ってきて、私の前で止まると、その白く細い指で私の目元を拭った。


「泣いちゃ駄目だって、言っておいたのに。」


 困ったなあ、なんて、大して困ってない様子で笑いかける。


「だ、だって、こん、なの、嬉しすぎるんだもん・・・!」


「ふ、なら良かった。小さい花とか派手な花とか全部混ぜちゃったから、バランス悪くなるかなあって思ったけど、かなり良い感じに仕上がってるね。」


 ドレスの出来栄えに関心した様子で、レンは一歩後ろに下がってドレスをまじまじと見つめる。


「う、ん、だって、凄い綺麗なドレスだって、思ったもん・・・、私がこんな、着ていいのかな・・・。」


 えぐえぐ、と涙の止め方もわからず、嗚咽も抑えられず、声を詰まらせながら私が言うと、レンはその翡翠の瞳で私を覗き込んだ。


ちゃんのために作ってもらったドレスなんだよ、ちゃん意外に誰が似合うの?」


「に、似合ってる?こんな、綺麗なの・・・。」


ちゃんじゃなきゃ似合わない。」


 まるでこの世の常識である、とでもいうような結して世辞のない、本心からであろう彼の言葉に私はまた大粒の涙をこぼしてしまう。


「レン、ありがとう、わた、し、本当に幸せだよ・・・。こんなドレス着させてもらえて、しかもレンのタキシード、すごくかっこいいし・・・、嬉しい・・・っ。」


「ふふ、でしょう?僕も、我ながら似合ってると思ったよ。」


 そんなことをさらりと自分で言えてしまうのだから、全く困った男だ。


「ドレス、吃驚した?」


「び、っくりしたよー!」


 悪戯が成功した、とでもいうような、正に悪戯な笑みを浮かべたレンに、今すぐ抱きつきたい思いだったが、折角レンが用意してくれたドレスを無駄にするわけにもいかず、かと言って、どの程度の動きまでは許されるのかもわからず、私は未だ直立不動であった。


「実は吃驚させたいだけで、これを作ったわけじゃないんだよ。」


「・・・へ?」


 レンの言わんとすることが分からずに呆けていると、レンは私の前にしゃがみこんだ。否、ひざまずくといったほうが近いような姿勢だ。そして私を見上げると、繊細な指先でもってして、私の手をそっと取った。


「僕、まだちゃんにちゃんとしたプロポーズってしたことないよね。」


 突然そんなことを言われて、私は逡巡する。


「た、しかに・・・。」


 そうかも知れない。高校三年生の夏、私たちは漸く本当に真面目に交際することになり、それから五年が経ち、同棲をして、私達というよりもむしろ互いの親からの、そろそろ籍でも入れたらどうなのだという勧めもあり、有難いことになんの困難にも打ち当たらずにここまで結婚生活を営んできた。
 確かにテレビの中や本の中に出てくるかしこまったようなプロポーズはされていないが、一応、籍だけでも入れちゃおうか、との言はあったし、今言われるまで気にした事もあまりなかった。共にいる事が当たり前だったのだ。


「こんなドタバタする式当日に言わなくてもいいのかも知れないけど、逆を言えば今日しかないって思ったんだよね。」


「え、なに、ちょっと待って、心の準備が・・・。」


 既にこのドレスを見ただけで度肝を抜かれているのだ。しかしレンは首を横に振って、待てない、と無言で訴えかけてきた。私はその真剣なレンの振る舞いに、思わず姿勢を直した。


「僕、ちゃんの事が、凄く大事なんだ。出会った時、僕は今思い返すだけでも自分を殴りたくなるくらい傲慢で、沢山彼女が居たりして、ちゃんを傷付けちゃったよね。」


 もう何年も前の、まだ十代の一番輝いていた時代の記憶を手繰り寄せるようにレンが語る。
 そう言えばそうだった、なんて思いながら、私は当時のレンがまるで嘘のように思えて思わず涙も引っ込んで笑ってしまった。


「そんなこともあったね。なんか懐かしいなあ。」


「そんなことって・・・、なんか墓穴掘ったかな。」


 まるで忘れていた、という口ぶりで私が答えるのに対して、レンは苦笑いを浮かべて掘りかえさなければよかった、なんて付け足した。
 確かに出会った時のレンは強引に私との交際を取り付けてきて、自分勝手だと思わないではなかった。しかしすぐに私だけを選んでくれて、そして私に対する姿勢は、それまでの不安を吹き飛ばすほど真摯であった。


「だって、そんなこと忘れちゃうくらい、レンは私に一筋なんだって分かるもん。」


「なんか悔しいけど、その通りです。」


 私がしてやったりと笑うと、レンも笑い返してくれる。


「そんな僕を今日まで疑ったりせずに、ちゃんはずっと僕の側に居てくれたよね。普通なら、そんな風になかったことになんて出来ないと思う。」


 ありがとう、と言って、優しい手つきで触れていた私の手に指を絡めた。


「私は、レンに完敗したんだもん。それに、これだけ一緒にいたら、レンがそんな器用さはもうないんだってことくらい分かるよ。」


 本当に、当時のレンはまるで別人だったのではないかと思うほど、レンはこと恋愛においては不器用であった。そこが私には魅力的であると言っても過言ではない。


「僕はこれからもちゃんしか要らないよ。昔はちゃんが幸せなら、と思ってたけど、今は僕の力でちゃんを幸せにしたいって思っています。」


 改まった口調でそう言われて、私は嬉しさから笑みが溢れた。


「私は、レンと一緒にいられるだけで、凄く幸せだよ。」


 子供のように笑うレン、悪戯なことをしたり、意地悪をしたり、しかし底なしに私に優しくしてくれるレンが隣にいる、それだけで私には充分であった。
 レンは少し頬を紅潮させる。それが十代の時のレンと重なって、心臓がとくんと音を立てた。懐かしくて心地良い感覚である。


「花言葉。」


「え?」


「このドレスのために沢山花を庭に植えたんだよね。その一部をプリザーブドフラワーにしてみたんだ。花言葉、知ってる?」


 庭に咲き零れる花達が、今この身体を飾っている。私は見慣れているはずのその花を今一度見て、名前だって分からない花さえあるものだから、花言葉なんて分かるわけもなく、首を横に振った。
 レンは気恥ずかしそうにしながらも、私の手を取った反対の空いた手で、ドレスに繕われた花を指で指し示した。


「この花はクルクマ。花言葉は、あなたの姿に酔いしれる。」


 ピンクの小ぶりな花を示してそう言うレンに、私は恥ずかしさと嬉しさで顔が赤くなっているに違いない。私の反応も待たずに、レンはまた別の花を指した。


「これはリナリア、私の恋を知ってください。」


「これはアイリス、あなたを大切にします。こっちは千日紅、変わらぬ愛。このスターチスも、永遠の愛、なんだ。これがブーゲンビリア、あなたの虜。」


「れ、レン、庭にある花って、もしかしてこのために植えてたの・・・?」


 つらつらと花言葉を並べるレンに、思わず尋ねてみると、レンは照れくさそうに笑った。


「最初はたまたま何種類か、こういう花言葉のものがあっただけなんだけど、式を挙げるって決まった時から意識しだしたんだ。」


 凄い計画性だ、と感心するのと同時に、そこまでしてくれたレンの愛情にまた涙腺が緩みそうであった。しかしレンは続けて、ドレスの中でも一番目立つ、そして私でもその花言葉は知っているものを指し示した。


「薔薇は有名だよね。赤は愛しています。黄色は愛の告白なんだ。ピンクはかわいい人。これ、薔薇の数が全部で108輪なんだよ。」


 一番大振りで華やかである薔薇のその三色はやはり見栄えが良い。しかしその数を聞いて、それほどの薔薇を育てていたとは露知らず、目を平らにしてしまう。


「そ、そんなに育ててたの?」


「え、驚く所そこなの?まあ、流石に薔薇は庭だけじゃ足りなくて親にも協力してもらって、実家でもこっそり育ててもらったんだ。」


 レンが笑いながら答えるが、そこまでその数字に拘る理由がまるで分からない。108と言えば煩悩の数だ。しかしこの結婚式という祝い事に煩悩の数が関係があるとは思えない。
 私がぽかんとしていると、レンはおかしそうにまた笑ったが、小さく咳払いをして、少し真面目な表情をして見せた。


「もう夫婦なのにおかしいかもしれないけど、ちゃんと、プロポーズしていい?」


 私を見つめるレンの瞳が、真っ直ぐで美しい。私は緊張で声も出せずに、小さく頭を縦に数回振った。
 するとレンは私の手を取り直した。映画でダンスの誘いをするシーンで見たことがある、実際にされたこともないような優しく紳士的な手の取られ方をして、私は思わず息を飲んだ。


「薔薇は108本揃うと、こう言う意味になるんだ。」


「・・・何?」


 私の声は震えていた。
 レンは私の手の甲に額を乗せたかと思うと、意を決したように顔を上げて私を見上げた。






「僕と結婚してください。」






 答える必要はないのかもしれない。何故ならすでに夫婦なのだから。しかし私は、また涙をぽろぽろ零しながら、改まったそのプロポーズに感極まり、何度か、力強く首を縦に振った。


「宜しくお願い、します・・・!」


 力んでそう答えると、レンが私の手の甲に唇を一瞬落として立ち上がった。


「ありがとう。一生大切にします。」


 そう言って、私の髪をそっと撫でる。
 瞬間、レンの指先とは違う、冷たい棒状の物が触れた。まだヘアメイクも終わっていない、いつもの髪であるだけに、その違和感には瞬時に気が付いて、私が目を丸くすると、レンは微笑む。


「細やかながら、これが僕の、ちゃんに対する真心の愛です。」


 意味深な台詞を吐いて、レンは私の肩にそっと触れると、背後にある鏡を見るように促した。


 髪に差し込まれた赤と白のアネモネの髪飾り。


「花言葉、覚えてる?」


「・・・赤は、君を愛す、でしょう?白は、真実・・・。」


 高校を卒業したあの春に、レンがくれた花束。
 あの花は枯れてしまった。花の盛りは短く、そして散りゆくからこそ美しいのだが、枯れてしまったアネモネを、私はレンに対して申し訳ない思いと、単純に悲しいという思いで、レンの前で泣いたのを覚えている。


「アネモネの時季は終わっちゃったから、これも生花じゃないけど、でも、何度でもあげるよ。花が枯れても僕は変わらない。ちゃんが望んでくれるなら、何度でも僕の気持ちも花束も、ちゃんにあげたいよ。」


 同じ思い出を手繰り寄せてくれているのだということが、私には恥ずかしくてむず痒くて、そして何より愛おしい。


「・・・レン、大好き・・・。本当にありがとう・・・。」


「僕もだよ。あの庭の花の花言葉は、全部ちゃんに捧げます。」


 そう言って、レンはドレスを気遣うような控えめなキスをしてくれる。


「もっとキス、したいな。」


 思わず呟く私にレンは困った様に眉尻を下げると苛立たしそうに後頭部を掻いた。


「ああ、もう!僕だって本当はむちゃくちゃにキスしたいよ!でもドレスが駄目になるし、自分で計画しておいてなんだけど、もう!」


 キーッと何処にその苛立ちともどかしさをぶつけて良いのかわからないと言った様子である。
 そんなレンを見て私は噴き出して笑った。
 しかし、そろそろいい加減、式に向けてのスケジュールも詰まっているのだから、控え室を出なければならない。レンは名残惜しそうに一度私に視線を送ったが諦めたのか、行こうか、と私の手を取った。


「レン、ドレス脱いだら沢山しようね。」


「・・・そういう挑発的な台詞も、今の僕には結構辛抱ならないんだけど?」


「ふふふ。」






 私の花畑を照らす太陽は、扉の前で立ち止まり、逡巡。
 やはりもう少し、と長く優しい口付けを。




















―あとがき―
「赤と白のアネモネ」のその後、というお話でした。
この連載を書いたのが既に七年程前ということが恐ろしいです。
どんな感じのレンだったのか、この設定ってこの話だっけ、とか試行錯誤いたしました。
でも、連載でもそうでしたが、「花言葉」にちなんだお話だったので、
花言葉を使ったお話を作りたくて。
あと、割とヒロインの尻に敷かれそうだなあ、って思ったので、そういう感じが出せていれば嬉しいです。
プロポーズには指輪とかより花束がほしい、そんな管理人の願望でした。

150517















































アクセス解析 SEO/SEO対策