僕はいつになく辛抱している。 あの唇が僕に触れる感覚を思い出すと、股間が疼きだす。 青春の甘酸っぱさとはこのことなのだろうか。 ならば早く打破したい。 早くちゃんの全てを僕で埋め尽くして、ぴったりと栓でもしてやりたい。 「部活行ってくるね。」 ちゃんはそう言いながらスポーツバッグを手に持った。 「ちゃん、今日はなんだと思う?」 僕は飴玉を一つ掴んだ拳をちらつかせて尋ねた。最近恒例になった飴玉の味を当てるゲームだ。 「メロンかな。」 ちゃんの言葉に僕は安心して飴玉を投げて渡した。それを受け取り、手の平に収まった包みを確認すると、ちゃんは嬉しそうに顔を綻ばせて飴玉を口に放った。 「ありがとう、行ってくるね。」 大きく手を振って教室を出て行くちゃんを見送るのは少し寂しかったが、慣れなければならないことだ。 恒例のゲームは僕から始めた。ちゃんが僕を好きだということはしっかり伝わってくるし、正直運命云々はどうでも良くなってしまうくらい、僕はちゃんが好きになってしまった。しかしそれをより確固たる物にしたくて、僕は運命をその中に見出だすべく、飴玉を与え続けている。単なる偶然とは思えないくらい、本当に運命だと思えるくらい、ちゃんは当ててくれる。一日中ちゃんを観察して、その日のちゃんに似合う味を選んでいる僕にとって、これ以上にない幸せだ。僕はその幸福と小さくなった飴玉を噛み締めた。 ちゃんが部活を終えるまでの時間、僕は図書室に行くことが日課になった。教室からでは見えないグラウンドが見渡せるからだ。ちゃんはあれだけ走り方が綺麗だというのに、高跳びを選んだ。僕には理解出来なかったし、理由を尋ねてもちゃんは照れて答えてくれず、無理に聞き出すと顔を真っ赤に染め上げて「空が視界に広がると、レンに包まれたような気分になる」と答えてくれた。あの時、僕はあまりに嬉しくてちゃんを電車の中で力任せに抱きしめた。 図書室の静かな一角に僕は自分とちゃんの鞄を持って座った。この図書室はそこらの市立図書館よりも充実している。僕は何度目かの嵐ヶ丘も読み終えて、まだ読んだことはなかったが一度読んでみたかった「十五歳の遺書」という本を手にとって、茶ばんだページをめくっていった。 「鏡音、また本読むのを言い訳にさん観察?」 目線を本から離して声のした方を向くと、同じクラスの友人が一人立っていた。 「そうだよ。でも本もちゃんと読んでるでしょう?」 僕はそう言って手にしていた本を見せ付けた。 「また古そうな本読んでんだな。」 「今じゃあどこも手に入らないからね。この本があったことは奇跡に近いかも。」 四十年近く前に出たこの本を、一度読んでみたかったので、話している内に嬉しくなって顔が綻んでしまう。 「そんなんばっかりしてると、さんに愛想尽かされるよ。」 むしろそれを願っているとでも言うような口ぶりに僕は鼻で笑ってしまいそうになる。 「残念ながらちゃんは僕のこと好きだからね。」 自信を持って答えられるのは、今は一瞬さえも逃したくないほど、僕達は愛し合っているからだ。もうこのままちゃんと溶けてぐちゃぐちゃになってしまいたい。すると友人はからかうような笑みを浮かべて、窓の外をみた。 「そうでもないかもよ。ほら、カイト先輩と仲良さそうに話してるじゃん。」 友人の言葉につられて視線を窓の向こうに投げると、グラウンドで一際華やかにオーラを放つちゃんが見えた。一瞬、友人が何のことを言っているのか分からなかったのは、僕があまりにもちゃんのことしか頭にないせいか、ちゃん以外の背景なんて目に映らなかったせいだ。しかしそれにしたってあまりに綺麗な藍色をした糸が僕から見える景色の片隅でちらつくので、流石に盲目じみた僕でもすぐに理解した。いつものことだと寛容に受け入れているわけでもないが、ちゃんが彼のことを楽しそうに話しているのを見るといつも嫌味は言えなかった。 「あの先輩のこと知ってるの?」 改めて見てしまう光景に顔が歪みそうになるのを、咄嗟に作り上げた温厚な笑顔を張り付けて隠した。 「まあね。カイト先輩と中学一緒だったからさ。」 友人は外の様子を見つめながら答えた。僕は彼のことを気にしないように努めてはみるものの、焦る気持ちが抑え切れずに口が勝手に開く。 「どんな人なの?」 ちゃんから聞く話によると随分と良い人だというが、果たしてどうなのだろうかという興味はあった。僕はまだ若くて相手を思いやることの大切さなんていうのは表層部分しか分かっていなくて、本当はちゃんを独占して閉じ込めたいくらいだ。そんな自分にもほとほと呆れるので、その先輩の悪評でも聞いて落ち着きたい。 「それがカイト先輩は凄く良い人でさ。女子から人気があったのは勿論だけど、男友達も多くて男女問わず人気だったよ。なんていうか、キャーキャー言われるというより、信頼されてて、自然とあの人の周りは人が集まって賑やかだったな。」 そんな人間がいるわけないだろう、と僕はまた卑しく笑ってしまいそうだった。随分ご立派ですね、と嫌味な口調で言ってやりたい。そう思ったのは、それが概ね嘘とは思えないくらい、確かに彼は人が良さそうだ。 「完璧なわけだ。」 自嘲気味に僕が笑うと、友人は何か閃いたとでもいうように表情を変えた。 「そうだ、レンって誰かに似てると思ってたけど、カイト先輩に似てるんだよ。」 突拍子もないその言葉に僕はぽかんとした。どこが、と尋ねると友人は笑った。 「そのままじゃん。人気者でいつも誰かしらに囲まれてて、顔も良くて見目麗しいって感じとかさ。」 ほら、と言って僕の同意を求める友人に、僕は決心がついて立ち上がる。 「あれ、どこ行くの?」 「グラウンド。ちょっと行ってくる。」 僕は友人の言葉になんか耳を貸したくもなかったが、それではその善人に負けてしまうので、極力普段のトーンで答えたつもりだが、友人は僕が彼と乱闘でも始めると思ったのか慌てふためく。 「お、おい、気にしすぎじゃない?さんはお前のことが見るからに好きみたいだから大丈夫だろ?」 そうだ、問題はない。しかし何事も芽が出る前に摘んでおく必要がある。 「何言ってるの、ちゃんをもっと近くで見たいだけだよ。」 僕は笑って答えたけれど、腹の中の黒ずんだ気持ちの悪い憎悪が隠せたか心配だった。 僕とあれが似ているならば、僕ではなくてあいつを選んでいた可能性だってある。ちゃんがあいつに対して運命だなんて思ったりしたら、純粋なちゃんは正直にあいつを選んでいたかもしれない。そう思うと僕は居ても立ってもいられなかったのだ。 昇降口でスニーカーに履き替えてから急ぎ足で陸上部の練習風景が見える所まで向かうと、からっとした陽の熱が一瞬にして僕の冷静さを干上がらせてしまった。ちゃんはちょうど今から飛ぶところだったようで、助走の位置に立っていた。ここからでは野球部のむさ苦しい声で聞こえないが、ちゃんとあいつが何か言葉を交わしているのが顔のむきで分かった。怪しい雰囲気でもないのだが、どうも気に障るのだ。ちゃんは純粋に楽しそうに笑っていたし、隣のそいつも特別鼻の下を伸ばしているわけでもなく、穏やかに笑っている。なんだが僕だけが特別悪い人間のように思えて、少しだけ惨めな気分になった。ちゃんは何か一言彼に言ってから、すぐに走り始めた。 とぶのか グラウンドと校舎の高低差を架けるための階段に腰を下ろしてちゃんを見つめた。その細やかな動きは見えないけれど、ふわりと宙へその体が浮かんだのを見た時、僕はなんだかとても不思議な気持ちになった。どこか別世界の生き物を見ているような感覚に陥った。 「鏡音くんでしょう?」 僕はちゃんに見とれていたせいで人の気配が近づいていることに気がつかなかった。その姿を見る前にそれがカイト先輩だとすぐにわかった。穏やかな声だが、どことなく秘密めいた妖しさが含まれていた。ゆっくりと近づいてくる藍色には不快感を与えさせない優しい雰囲気があった。 「はい。カイト先輩、ですよね。」 僕は極限まであどけなく笑った。敵意を見せる必要は全くないのだ。するとちゃんが視界の向こうでキョロキョロしているのを見つけた。急にいなくなった彼を焦って探しているようだ。僕が見つめている方向に彼もつられて向くとちゃんを手招きした。それは僕の役目ではないだろうか。そう思ったけれど、僕は必死に堪えて微笑みを絶やさないようにした。 こちらに気付いたちゃんが駆け足で向かってくる。 「レン、どうしたの?」 驚いた様子で僕を見詰めて尋ねるちゃんに僕はほっとした。その目は驚きのもっと奥では、思わぬ所で会えたことに喜んでいるようにきらきらと輝いていたからだ。 「ちゃんの跳んでる所を近くで見たかったから来ちゃった。」 笑って答えると、ちゃんは嬉しそうに顔を綻ばせた。しかし部活動中だと思い出してはっとしたのか、そろりそろりと部長の彼を見詰めた。しかしカイト先輩は微笑みを絶やさずに口を開く。 「それならもっと近くで見なよ。あ、鏡音くんもやってみたら?」 へらへらと笑って随分と楽しそうに提案されて、ぎょっとした。スポーツなんてあまりしたくない。汗をかくのはあまり好きではないし、恥をかくのはもっと好きではない。僕はもっぱら文系人間で、スポーツとは程遠い場所にいる。返事に困っている僕を見てちゃんはにっこり笑った。 「レンはあんまり運動とか好きじゃないもんね。」 なんてことはないという笑顔で言われて、何となく罰が悪くなった。 「そっかぁ、残念。」 嫌な顔ひとつせずに悪戯に肩を竦める彼を見ると、人気があるのは理解できた。彼はすっくと立ち上がり僕とちゃんに移動するよう促した。 「ちゃん、もう一回跳んでよ。」 セットした背の高いバーをいじるちゃんを見詰めて僕が頼むと、ちゃんは少し恥ずかしそうに笑った。 「いきなり?」 いきなりも何もあるのか分からないが、ちゃんはそう言って少しもじもじする。何か言いたげだったので、ちゃんを見詰めて笑みを浮かべると弱々しく唇を動かした。 「私、こんな高いのは跳べないよ。これはカイト先輩が跳ぶためにセットしたんだもん。」 確かにちゃんの背を超える高さがあるバーを、高跳びを始めたばかりのちゃんが軽々と跳んでいてはおかしいのだが、僕はちゃんの跳ぶ姿が見たかったのだ。一番に見せてくれても良さそうな気もするのだが、そういうことを言ってちゃんが悲しむ顔は見たくなかった。 「え、俺が先に跳ぶの?」 カイト先輩は驚いて目を丸くしてちゃんに尋ねる。 「鏡音くんはの跳ぶところ見たいんだよね?」 そう彼は付け加えたので、僕は笑って誤魔化した。何を誤魔化すって、それは彼がちゃんの名前を呼んだことが気に食わなかったのだ。何のつもりで呼び捨てしているのだ。そんな卑しい気持ちになって、僕は笑うことしか出来なかった。 「でもね、レン。カイト先輩の跳ぶ所って凄い格好良いんだよ!一度見て欲しいな。」 心底楽しそうにそう言うちゃんを見てしまえば、僕は何も言えなくなる。いつだったか、ちゃんは入部から少し経ったある日に「カイト先輩の高跳びが格好良かった」と興奮気味に伝えてきたことがあったが、だからといって僕はそれを今から見たところで素直に褒め称えることなんて到底出来そうに無い。少なくとも、僕以外の男のことをそんな風に褒められているのはあまり楽しくないのだ。しかしここで僕が「こいつのことなんかどうでもいい」なんて言うよりは、興味がある顔をした方が場の雰囲気は和やかだ。 「前からちゃん言ってたもんね。僕も見てみたいと思ってたんだ。」 僕は心にもなくワクワクした少年のような口ぶりを演じて、彼に目をやった。彼は少々戸惑っていたが、観念したように溜息をつくと「わかったよ。」と自信なさ気にスタートラインに立った。ちゃんと僕は近くのプラスチック製のベンチに座って、彼が跳ぶのを待つ。 「カイト先輩が跳ぶのを見るの、凄く好きなんだ。いつも綺麗に跳んでるんだよね。」 心底楽しいのか、満面の笑みでちゃんは僕に伝えてきたが、僕は他の男のことを嬉々と語るちゃんに上手く返事が出来なかった。そうこうしていると、カイト先輩は長い足を大きく前へ出して助走した。ジャリッという砂の踏まれる音と同時に、彼は高く飛び上がる。ほんの一瞬だけ、彼は地球上の何物とも触れ合わず孤独な生き物のように見えた。ぽすんとマットに体が落ちると、僕は思わず感嘆の声を漏らした。 「ね、凄いでしょう?」 何か自慢げにちゃんはそう言って僕に同意を求めた。確かに僕には出来ない芸当だし、何より素人の僕が目を奪われるほどの跳び方だ。凄いという感想が適切なのだろう。彼は立ち上がってジャージの尻を払うとこちらに向かって歩いてきて照れ笑いを浮かべた。 「こんな感じです。」 カイト先輩は照れ隠しに敬語で改まった風に言うと、ちゃんはそんな彼に笑顔を向ける。 「やっぱり綺麗に跳びますね!カイト先輩の跳ぶ所、私好きです。」 気持ちよさそう、と付け加えてちゃんは笑った。 「僕もちょっと見とれちゃいました。」 決して嘘ではなく本心でそう伝えると、カイト先輩は嬉しそうに笑う。なんだろう、その純粋さはちゃんに被る所があって、どうも憎めそうにないのだ。悔しいけれど、僕はその人柄の良さをここにきて惨めな程に思い知らされた。ちゃんは自分が跳ぶために準備をすべく立ち上がって器具まで向かって行った。その後ろ姿は華奢で折れてしまいそうだった。 「跳ぶのは気分がいいよ。鏡音くんも興味沸いたら言ってよ。俺で良ければ教えるし。」 あんな綺麗な跳び方をされたのでは僕は一生ちゃんと彼の前では跳ぶことはないだろうが、愛想笑いで返した。カイト先輩はベンチに腰をかけて、僕をニコニコしながら見ている。 「な、なんですか?」 僕は訝し気に尋ねると、その笑みを絶やさずにカイト先輩は答える。 「鏡音くん、俺のこと苦手?」 思わず濁った声が短く漏れだしそうだった。それをぐっと堪えきれたは良いが次の言葉が出てこず、いたたまれない。 「俺は鏡音くんのこと、結構気になってるんだけどな。」 僕はなんて答えればいいのか分からずに苦笑いをまた浮かべた。彼の話す時の少し間がどうも居心地悪くて逃げ出したかった。 「苦手とかじゃないです。僕は人見知りなんで、あまり話すのとか得意じゃないんです。」 取って付けた様な言葉でなんとかごまかすが、彼は納得がいっていないのか、はたまた聞こえてもいないように言葉を続けた。 「教室にを迎えにいこうと思って行った時、鏡音くんがひとりで教室にいたじゃん?その時俺、鏡音くんは他の奴らと違う感性で溢れてる気がしたんだ。」 他人と違う、それは差別的ではなく甘美な響きだ。だが、それがどうしたというのだろう。誰でも自分は特別だと思ってるに違いないというのに。 「だから、何ですか?」 刺々しい口調になってしまった。この人の波長は僕には合わないみたいで、いつものペースで話せなくなる。 「別に何も。あ、が跳ぶよ。」 彼は僕から視線を外し、ちゃんがいる方へ向いた。僕も急いでそちらを向く。ちゃんは真剣そのもので、こちらを見向きもせずにバーを見つめている。そして合図も無しに走り出すとふわりと宙に舞った。 遠い海に浮かぶ女体のようなしなやかさだ ボスッとマットが音を立てて沈み込んだかと思うと、ちゃんは勢いよく体を起こしてこちらを向いた。 「どうだったー?」 僕まで届けようと大きな声でちゃんが叫ぶのに、僕は泣きたくなるくらいの気持ちを抑えて、自分でもわかるくらいに顔をくしゃくしゃにして笑った。 「ちゃんかっこよかったよー!」 同じように叫ぶとちゃんは僕の真似とでもいうようにくしゃくしゃと笑った。汗で化粧が落ちたせいで少し幼くなったちゃんを抱きしめたくなる。いつだって部活で化粧が落ちても、必ず化粧を直して僕のいる教室にきてくれるちゃんが、凄く愛しかった。僕はちゃんの少女の部分と背伸びした部分を、隙間なく愛せるようだ。 結局僕がグラウンドに上がることはなく、カイト先輩が奇妙なことを口にすることもなく部活が終わった。ちゃんを更衣室の外で待っていると、先にカイト先輩が出て来て僕を見た。 「健気だね。」 悪びれもせずに笑顔で言ってのけるカイト先輩に、僕は怪訝な目を向けた。 「何がですか。」 つまらなくてそう尋ねると、彼は笑った。 「家が隣なんだよね?」 「なんでも聞いてるんですね。」 ちゃんは僕を自慢してくれているのかもしれないが、その相手が彼だということには些か納得がいかない。 「まあ、仲良しだからね。」 嫌味なくらい幼い言葉で言われて、僕はやはり彼とは気が合わないことを再認識した。とてもではないが、僕は仲良くなりたくない。 「僕もよくカイト先輩の話は聞きますよ。“見習いたい先輩だ”って。」 必死の嫌味を返してみたが、やはり彼はよく分からない男だ。僕の言葉に目を輝かせて心底嬉しそうに笑っている。 「本当に?俺もみたいな後輩が入って嬉しいから、そう思ってもらえると部長やってて良かったって思うよ。」 拍子抜けだ。僕が敵視する必要なんて全くないのかもしれない。調子が狂わされて腹が立った。 そうこうしていると更衣室の戸が開き、ちゃんがいつものように化粧を施して出て来た。 「お疲れ様です。」 ちゃんはまず僕にではなく、部長である彼にそう挨拶した。それはなんとも言い難いが、気分は良くなかった。 「ちゃんお疲れ様。」 僕は彼より先にそう言ってやり、ベンチから立ち上がった。ちゃんはその整った顔を僕に向けて、可愛らしい笑顔で返事をしてくれた。 「今日はいつも以上に張り切ってたね。」 カイト先輩がからかうように言ったのが恥ずかしかったのか、ちゃんは顔を真っ赤にして口を開いた。 「いつも頑張ってますよ。」 子供のような口ぶりで答えるちゃんを微笑んで見つめるカイト先輩。僕はそんな彼を気持ちの悪い毒を宿して見ていた。 「もう時間も遅いし、帰ろうか。」 そんな僕の気持ちなど露知らず、カイト先輩はそういって荷物を肩に掛けた。僕はちゃんの荷物と自分の荷物を両方持って彼に社交的な笑顔で挨拶をした。ちゃんもにこにこしながら「また明日」などと挨拶をして、別れた。 正門を出ると、ちゃんはいつもよりご機嫌な様子で口を開く。 「今日はレンがきてくれたから張り切っちゃった。」 緩んだ口元はだらしがないが、可愛くて仕方がない。 「凄いかっこよかったよ。あれは気持ちよさそうだった。」 あんなに気持ちよさそうに跳んで、そのさなかで空を見上げて僕を想ってくれているだなんて考えると、僕は興奮しそうなくらい嬉しかった。 「でも私なんてまだまだだよ。カイト先輩はもっと空に近い所まで跳ぶし、綺麗なんだよね。」 感嘆の溜息とでも言うのだろうか、言葉尻をゆったりと膨らませて語るちゃんに、僕は穏やかではいられなかった。そんなにも彼に憧れるものなのだろうか。もうこれ以上、どんな目であっても彼を見ないでほしいとさえ思ってしまう。ちゃんの全てを奪ってしまいたくてもやもやする。 「ちゃん。」 僕はたっぷりと間を置いて呼んだ。純真無垢な瞳が僕を捉えて不思議そうに見つめてくる。そんな目で見つめるから悪いのだ、と心で一度言い訳をしてちゃんの細い手首を掴んだ。 「レン・・・?」 僕を呼ぶちゃんの言葉を無視して、僕はちゃんを手前に強引に引いてキスをした。ちゃんは一瞬驚いたように固まっていたが、すぐ僕に応えてくれる。いつもより少し荒っぽいキスを終えて、僕はちゃんを真っ直ぐに見つめた。 「ちゃんとセックスがしたい。ちゃんの全部が欲しくなっちゃうんだ。 僕しか見えなくしてしまいたい。」 勢い任せに思いの丈を話して、僕は恥ずかしくなる。誰かを誘ったりするのなんて初めてだし、今から自分がしようとすることも未知で、正直恐くなった。ここにきて、ちゃんが初めてなのか、とか満足させられるのか、なんてことが頭を巡り出す。ちゃんも僕にそんな真っ直ぐな誘われ方をして、余程恥ずかしいのだろう、顔を真っ赤にしている。僕は断られた時の言葉を探す。何故こんなことを言ってしまったのだろうか、取り返しのつかないことをした。焦ってしまった若さの異臭は鼻腔を突き刺す。 「いいよ。」 様々なことを考えて頭がいっぱいになっている所へ愛しい声が滑らかに耳へ溶け込んだ。あまりに空気と同じくらいの柔らかさだったので、一瞬は気付かなかった。しかしちゃんの華奢な中にも女性特有のふくよかさのある指先が僕の手に触れた瞬間、ようやく僕はちゃんの言葉に気付いた。 「私、レンが好きだもん。レンとそういうこと、したいと思うよ。」 僕達はお互いに顔を赤くさせて、恐る恐る目を合わせると、子供のようにキスをした。 その瞬間、何もかもが砕けるような感覚に襲われて、僕は壊れてしまいそうだった。 ―あとがき― 第八話です。大分時間が空いてしまいました。 高校生らしい性欲とかとの葛藤を描きたくて書きました。 完璧に管理人の好みをレンへ投影してしまっております。 次の話は裏夢にしようかと思ったのですが、やはり苦手な方もいるかもしれないですし、 裏ページを作る労力が今はないので、機会があれば、と思います。 090918 |