ドリーム小説  何かをこんなにも欲したのは初めてだ。










 グラウンドに着いた時、様々な部活動の集団があったため、私はどこに集合すれば良いのか分からず、とりあえずといった感じでグラウンドまでの階段を下る。私はだだっ広いグラウンド中で目印になる色を探した。私が捜し求める場所には綺麗な青色があるはずだ。あの先輩は日本人だというのに、凄く綺麗な青色の髪をしていた。
 しかし、しばらく見渡してみたものの見当たらない。新入生の仮入部初日に休むような人だとは思えなかったが、ここで立ち止まっているわけにもいかず、それらしき部活の集団に声をかけることにして私は歩き出した。
 早く走りたい。思い切り走って、この毎日煩い心臓を荒い呼吸で紛らわせたい。


さん?」


 そんなことを考えていると、後ろから柔らかい声色で名前を呼ばれて振り返った。






 眩しい青色。
 それなのに優しい色。






「カイト先輩!」


 私は先程まで探していた人物を見付けたことで、まるで宝物を探し出した子供のような声を出してしまった。カイト先輩は私のその声に小さく笑った。


「ここに居たんだね。遅いから教室まで迎えに行ったんだけど、居なかったから入部しないのかと思った。」


 私はどきっとした。教室にはレンが一人で待っている。レンに会ったかもしれない。言葉を交わしたかもしれない。何を話したのだろう。レンの声を思い出すと、それだけで胸が高鳴る。思わず指先でキスされた髪を撫でてしまう。


「すみません、ぼーっとしてたら時間ぎりぎりになっちゃって・・・。」


 私がそう答えると、カイト先輩は私の隣まで歩みよって、私の後頭部に触れるとそのまま前進しろと促すように軽く押した。そこは、レンにキスをされた場所だ。恥ずかしくなって顔がかっと熱くなる。しかしカイト先輩は全く気付いていない様子で笑みをこぼしながら口を開いた。


「俺厳しいから、遅刻禁止だよ。」


 その言葉と同時に、チャイムが鳴り響いた。それは部活動開始の合図を知らせるチャイムだ。


「・・・カイト先輩は部長なのに良いんですか?」


「今日は特別。」


 カイト先輩はそういって笑う。穏やかな空気を体全体に纏わせているこの人が、運動部で部長をしているなんて、少し想像が付かない。
そんなところへ遠くで顧問の先生が呼んでいるのが見えて、私達は急いでそこへ向かった。






 部活はトレーニングから始まり、軽い自己紹介や走り込み、それぞれの種目を試しにやってみるという形だった。その最中に顧問の先生が新入生ひとりひとりに希望の種目を聞いて回っている。


さんは中学の頃は何やってたの?」


 私の番が来て、顧問の先生が尋ねてくる。


「100m走です。」


 私が答えるのに、先生は意外とでもいうように目を丸くした。


「最高記録は?」


「12秒14です。」


「走り高跳びに興味ない?」


 私の記録は中学生ではそれなりに凄い方だと自信を持っていたのだが、その答えには全く触れずに違う種目を勧められたことに、私はショックを受けた。走り高跳びは授業でやったくらいだし、陸上部だったのでそれなりに周りの子に比べれば出来る方ではあった。しかし私は走ることが好きだ。思わず黙り込んでいると、先生が続けた。


「さっきさんの走り高跳びを見た時、凄く綺麗に飛んでたと思うんだよね。だからてっきり走り高跳びをやってたんだと思ったんだけどなあ。」


 綺麗だと褒められて、悪い気はしなかった。すると先生は私から目を反らし、私の後方を見た。


「カイトー、ちょっとこっち来てくれ。」


 大きな声でそう呼んだ相手は紛れも無くカイト先輩で、後ろからゆったりとした足音が近付いてくる。何故か私は振り向けずに、ただ先生を見ていた。


「何ですか?」


「お前からもさんに話してみてくれない?さん、100mだったらしいんだけど、俺は走り高跳びが向いてると思うんだよね。」


 先生が説明すると、カイト先輩はようやく私の隣までやってきて顔を覗き込んできた。


「俺も走り高跳びなんだけど、走り高跳び楽しいよ。」


 カイト先輩がにこりと微笑んで言うのに、私はつられて微笑んでしまった。


「おいカイト、そんなんじゃあ説得にもならんだろう。広告じゃないんだから。とりあえずさんの走り高跳び見てやってくれよ。」


「あ、見てみたいです。」


 先生の言葉にカイト先輩は賛同する。そんなことを言われても私は自分の何が評価されたのかも分からないでいるのに、今やってみろと言われても無駄に力んでしまう。しかし先生もカイト先輩もそんなことは露知らず、私に今すぐ高跳びをさせようとしてくる。仕方がないので私は急に重くなった足を引きづるように高跳びの用具の前まで三人で向かった。






「軽く飛んでくれるだけでいいから。」


 屈伸をする私の隣でカイト先輩が励ますような口調で言う。私は走り高跳びがしたいわけではないものの、負けず嫌いの根がざわめいて、期待に応えるように意識してしまう。


「緊張しなくていいよ。本気出せなんて言わないから。」


 カイト先輩は隣にしゃがみ込むと、ぽんっと私の頭に手を置いて私の顔を覗き込んできた。強張った表情でもしていたのだろうか。


「私、綺麗に跳ぶなんて出来ないかもしれないです。期待に応えられないかも・・・。」


 私はそう言葉にしている内にますます不安になる。カイト先輩はそれが変なこととでも言うように笑う。


「俺は跳び方なんて気にしたことはないよ。もしかしたら目茶苦茶な跳び方してるかもしれない。でも跳んだ瞬間、凄く空が綺麗なんだ。だから俺は高跳びが好きなんだ。さんは、高跳びの時に空を見たことある?」


 空を連想しながら、私は首を横に振った。高跳びの最中はいつも、いっぱいいっぱいだ。するとカイト先輩は微笑む。


「じゃあ空を見てみなよ。きっと好きになれるから。」


 空を見る、そんな余裕が私に持てるだろうか。しかしカイト先輩の優しい声色に緊張が解けて体が軽くなる。私は立ち上がって息を吸い込んだ。


「はい。やってみます。」


 私はそう告げて走り出した。助走の短い距離でスピードを上げて跳び上がる。まだ冷たい冬の名残の風が体を掠めていく。






 空だけが見える。
 独り占めしているような気分。
 何もかもが私の思い通りになりそうな気がした。
 レンの瞳のも同じ色だ。


 レンが


 近い。






 手を伸ばせば雲のひとつくらいは掴めるような気がして手を伸ばそうとした瞬間、ボスッとマットが音を立てて、私の体を包み込んだ。はっとしてバーを急いで見てみると、かすりもしなかったのか、バーは全く揺れてもいなかった。思わず私は顔が綻んだ。跳んだ瞬間、今まで感じたことのなかった気分の良さだった。


さん、凄いじゃん!凄く綺麗だったよ!」


 カイト先輩が駆け寄ってくる。私は嬉しさで満面の笑みになる。私はカイト先輩を見てドキリとした。


「ありがとうございます!」


 なんだか泣きそうになった。あの泣きたくなるほど綺麗な空の後に、この綺麗な青を見ると、あの空さえもが霞んでしまいそうだったのが、悲しかった。空はレンの色なのに。


「どうだカイト、さん素質あると思わない?」


「はい、良いと思います。」


 私が泣きそうなのを堪えていると、先生とカイト先輩が話を進め出す。しかし私は不思議と嫌ではなかった。初めて跳んだわけでもないのに、私は何か新しいことを覚えた子供のような気分で、もう一度跳んでみたいと思っていた。


さん、高跳びやってみない?」


 先生が薄い皴を色濃く深く刻ませて笑みを浮かべた。私はすっくと立ち上がり、体操服の皴を伸ばしてから先生とカイト先輩を数回交互に見て頷いた。


「私、やってみます。」


 そう口にした瞬間、なんだか自分はとてもあっさりと物事を決めてしまったような気がして、少し恥ずかしかった。中学時代にかけていた100m走への情熱は、こんなにも容易く失うものなのだろうか。しかしそんな私をよそに、先生とカイト先輩は、喜色をその表情に浮かべた。


「本当?よかった、俺、さんと一緒にやってみたかったんだ。これも何かの縁だし、よろしくね。」


 カイト先輩はそういって私の右手を差し出してきた。私は一瞬驚いてその手を見つめてしまったが、少し照れ臭いながらもその手にそっと触れて握手をした。こんな挨拶の仕方をするなんて、少し古風だとは思ったものの、カイト先輩の手は暖かくて気持ちが良かった。






 結局部活が終わったのは夕方六時を過ぎてからだった。仮入部というのにも関わらず、殆どの新入生は陸上部に決めているのか、皆が皆全力で取り組んでいたため、練習にも熱が入ったようだ。走り高跳びは新入生では私以外にもう一人の男子生徒が入ることに決めたようだが、そもそも陸上部自体の種目は多い。新入生は殆どがばらばらな種目を選んでいた。結局全員の種目が決まったかは分からないが、私はそんなことより、新しい試みにうずうずしていた。


「うちの部活って変わってるから、種目によって練習日とか違ったりするんだよね。時間もバラバラだったりするんだ。」


 制服に着替え終えて、更衣室を出たタイミングがちょうどカイト先輩と一緒だったので、私が近寄って挨拶をすると、カイト先輩はそう言った。そしてすぐそこにあった古びたベンチに腰を掛ける。私も遠慮がちにその隣に腰を下ろした。そういわれれば、他のどこかの種目の部員は一時間ほど前に帰っていった。


「そうなんですね。でも先生は一人なのに、そんなにばらつきがあって良いんですか?」


 私が素直な疑問をぶつけると、カイト先輩は少し小さく唸ってから再び口を開いた。薄い唇が生気を感じさせない。


「陸上部ってひとつの部活にしたって、種目が沢山あるからね。高跳びの場合は俺が部長だから、殆ど俺が仕切ってるようなものなんだ。」


 長い足を折り曲げたそれに両手を乗せて、リラックスした体勢でカイと先輩が答えた。


「そういえば私、カイト先輩が跳んでるところ見てないですよ。」


 いつ見せてくれるんですか、と付け加えて私が尋ねると、カイト先輩は少しもったいぶったように笑う。


「明日ね、明日。そういえばさ、さんって下の名前なんだっけ?」


どちらにしたって近いうちに見ることにはなるはずだが、上手くはぐらかされたような気分になった。


です。」


私は覚えてくれていなかったことに少しがっかりして口を尖らせると、「ごめんね。」とでもいうように困った笑みを向けられた。どこか幼げな雰囲気が残った人だ。


「じゃあさ、って呼んでもいい?」


 呼び捨て。それは大して珍しいことでもないのに、何故だろうか。最近はレンに「ちゃん」と呼ばれていたこともあって、そのさっぱりした呼び名が新鮮に感じられた。


「いいですよ。そのほうが親しげで良いじゃないですか。」


 私が笑顔で頷くと、カイト先輩は嬉しそうに笑った。この人は常に穏やかな笑顔を浮かべているんだろう、と勝手にイメージ付けた。


「・・・で、は帰り自転車?」


 早速名前で呼ぶカイト先輩の口調には少し戸惑いがあって、それがちょっとだけ面白かった。自分でも気付いているのか、少し私から視線を逸らして恥ずかしげにしている。私が小さく笑うと、カイト先輩は私の頭をポンと叩いた。


「俺のこと馬鹿にしたでしょう?」


「してないですよ。」


 馬鹿にはしていないが、可愛いと思ってしまったのは事実だ。そんなことは口が裂けても言えないけれど。


「で、帰りはどうやって帰るの?」


「ああ、電車で帰りますよ。電車通学なんです。」


 私がそう答えると、遠くから先生が「早く帰れよ。」と低い声で言って去っていった。それにカイト先輩も負けずと大きな声で返事をしてから立ち上がる。私もつられて立ち上がって歩き出した。


「練習遅くまでやるから、駅まで送るよ。女の子一人じゃ危ないしね。」


 カイト先輩がそう言って、正門の方へ向かおうとする。私はその優しさを断ることに胸が痛んで、すぐには言葉が出てこなかったが、それよりもレンが退屈な数時間を校舎内で待ってくれていることのほうが申し訳なかった。レンが頬杖をついて呆けている姿を頭に思い浮かべると、すぐにでもレンに会いたくなった。


「大丈夫です。あの、一緒に帰る人がいるんで・・・。心配してくれたのにすみません。」


 私は罰が悪くて、カイト先輩の目を見れずに俯いたまま謝った。


「あの金髪の男の子?」


 カイト先輩が全く変わらぬ声色でそう尋ねてきて、私は驚きのあまり顔をあげた。何で知っているのだろう、と不思議だったのと、妙な恥ずかしさで言葉が返せない。


「さっきを教室に迎えに行った時にいた男の子に、のこと聞いたら“今部活に向かいました”って言われて、なんとなくそう思っただけだよ。」


 私がおどおどしているのを見て軽く噴出したカイト先輩がそう教えてくれる。レンとカイト先輩が並ぶ絵を想像すると、とても違和感があった。レンは言わずもがな、とても美しい容姿だし、カイト先輩も綺麗だと思う。しかし、タイプは全然違うように私には見えるので、その異色の二人が並ぶ図は想像し難いものだった。


「そうだったんですか・・・。」


 恥ずかしくてそう答えることしか出来ない私から、カイト先輩はふと視線をそらして、違う方向を見た。


「それにほら。」


 カイト先輩が何かを見ながらそんなことを呟いたので、私は熱くなった頬に手を当てて熱を冷ましながら、その視線の先を追った。鞄を下に置いて、本を読んでいるレンが昇降口の前に立っていた。
 レンの金糸は夕暮れの中で一際綺麗に色づいている。


「あ。」


 私は思わず声を漏らしてしまう。なんとなしにカイト先輩を見つめると、カイト先輩は微笑んでいる。


「じゃあ、明日は遅刻しないようにね。」


 いたずらに笑ってからかうような口調でそう言うと、カイト先輩は私の肩をぽんと叩いて、レンのいる昇降口の方へ私を押した。


「はい、お疲れ様でした。」


 私はなるべく深く頭を下げて、カイト先輩の背中が離れていくのを数秒間だけ見送った後、すぐにレンのいる方へ向いた。レンは私達の会話が殆ど聞こえていたのだろう、既に本をしまって私の方へ手を振っている。私は走ってレンの方へ向かった。


「レン、どうして外で待ってるの?」


 私がそう尋ねると、レンは艶やかに微笑む。こんななんでもないこと一つを取っても、彼は色っぽい笑みを飾るのだから狡い。


「明日からの通常授業までは部活動のない生徒は校舎に残ってちゃ駄目だって言われて追い出されちゃった。」


 口を開いた途端にあどけない笑みでレンが答える。


「そうだったんだ、ごめんね。先に帰ってても良かったのに。メールもあるんだからさ。」


 私の言葉が不服だったのか、レンはむすっとした表情を浮かべて私を見る。


「そういう時は“ごめん”じゃなくて“ありがとう”って言うもんだよ。僕は待ちたくて待ってるし、少しでも嫌だなんて思ってないんだから。」


 ふて腐れた様子のレンに言われて、私は口の中で「ありがとう」と言う言葉を繰り返した。


「ありがとう。」


 なんだか妙な恥ずかしさがあって私は口ごもりながら呟く。するとレンは満足げに笑った。


「あ、教室に私の荷物置きっぱなし!」


 私はレンが教室で待っているものだとばかり思っていたので、荷物を置いてきてしまった。レンが持ってきてくれていないかと図々しくも思いながら見てみたが、手元にはレンの鞄だけだった。


「ごめん、僕が持ってくるの忘れたから・・・。」


「いいよ、取ってくるね。」


 私はレンに背を向けていそいそと中に入ろうとしたが、後ろから勢いよくレンが飛び付いてくる。私が驚いて体をふらつかせると、レンの唇がうなじに触れて熱くなった。


「レン、荷物取りに行きたいんだけど・・・。」


 私は吃りながら姿勢を動かせないまま呟いた。するとレンが右腕を私の前方に伸ばした。その手元には私の鞄がぶら下がっている。私が呆気に取られていると、レンの独特な吐息の漏れるような微笑が耳に滑り込んだ。


「持ってきてるに決まってるじゃん。隠してたんだよ。」


 私がレンの手から鞄を受け取ると、ふわりとレンから解放された。


「いちいち私をそうやってからかって・・・。」


 わざと頬を膨らませてみて私はレンに訴えかけた。するとレンは私の指に、細くて長く繊細な自身の指先を絡めてきた。


ちゃんからかうと面白いんだもん。それになんだか無性に、抱きしめたかったから。」


 おかしなことを言うものだ。普通に抱きしめればいいものを、いちいち私を驚かそうとする。するとその声が漏れていたのか、レンは私を解放して小さく笑った。


「抱きしめたいって言ったら抱きしめさせてくれるの?」


 端正な顔立ちでそんなことを聞いてくるレンに私は赤面した。


「別に、いいよ。」


 少し口ごもりながら答えて、抱きしめられるのを待つ。レンの体はいい香りがして好きだ。ムスクの香水は年不相応な妖艶な香りだというのに、何故かレンにはとても似合っている。しかしいくら俯いて待っていても、その香りに包まれることはなかった。私は恐る恐る顔を上げると、レンは私を見て口角を吊り上げて笑っている。


ちゃんが抱きしめてほしいんじゃないの?」


「・・・な、何それ!」


 私は顔が熱くなるのを感じながら声を荒げた。するとレンがくすりと笑う。


「僕はもう抱き着いたから充分だもん。ちゃんがしてほしいんじゃないなら、もう帰ろうか。」


 これは挑発だと分かっている。レンはこういう意地悪が大好きなのだから、これに乗ってしまうのは悔しい。


「いいよ、帰ろう。」


 私は出来る限りでツンとすまして言い放ち、レンの反応を待った。抱きしめてほしかったわけではない、そう思っていた。しかし私の答えにレンは表情一つ崩さず歩き出そうとしたので、私は抱きしめてもらえないことに苛立つ自分に気付いたのだ。






「レン!」






 私は少し先を歩き出したレンを呼び止めた。悔しいけれど、レンの胸に体を預けて香りに包まれたかった。レンは振り返って不思議そうに小首を傾げた。てっきりにやりと笑ってるに違いないと思っていたので、拍子抜けというか、なんというかおかしな気分だ。もしかして、彼は私をからかおうというのではなく、本当に本心でそう言ったのかもしれない。そう思うとむきになっている自分が恥ずかしくて思わず顔が赤くなって俯いた。


「どうしたの?」


 レンが数歩寄って腰を屈めると、私の顔を覗き込む。その瞳には揺らぎもなく、真っ直ぐだった。やっぱりこの人が好きで好きで仕方が無い。私は勇気を振り絞った。


「ぎゅってして、ほしいです。」


 凄く小さな声はしっかりレンの耳に届いた。そんなことよりも自分の口から幼稚な言葉が出てしまって、一層恥ずかしくなり、顔から火が噴き出しそうだった。私はいつの間にかつむっていた目を恐る恐るレンの反応を見るために開いた。するとレンがあの卑しい笑みを口元に携えていた。
 やられた。
 そう後悔すると同時にレンは子供のようなキスを私の唇に落として私の体を抱き寄せた。


ちゃん可愛すぎ。」


 嬉しそうな声色でそんなことを言われる。抱きしめられた途端に、私はその心地の良さに怒りも忘れて勢いを無くし、すっかり大人しくなってしまった。レンの香りが堪らなく好きだ。体中の神経が侵されそう。ほんの少しだけ高い位置にあるレンの髪の毛が頬をくすぐる感覚。これを手放したくなかった。


「レン、キスしたい。」


 恥じらいよりも欲と熱が勝り、私は顔を上げてレンの顔を吐息のかかる距離に構えて欲した。レンはとろけてしまいそうな程の優しい瞳で私を射抜き、唇を与えてくれる。
 同じ体温を分け合うように、唇の柔らかさだけを感じながら、私は酔っていた。レンの舌が唇を割って滑り込んでくる。吐息が漏れそうになるくらいに官能的だ。私は離したくなくて舌を絡めた。捕らえられる気がするような、それでいて魚のように流れてしまう舌先に、もどかしさを感じる。
 惜しまれながらも唇が離れると、レンは微笑んで私の前髪をかきあげて額に触れるようなキスをする。


「・・・あぁ、もうたまんないよ。ちゃんの馬鹿。」


 レンはいつもの余裕な態度を無くして甘い溜息をつくと、私を緩く抱きしめた。私もたまらなかった。


「僕は一応男だからね。分かってやってるなら怒るからね。」


 分かってやっている、というわけではない。ただ私だって同じように、たまらなくレンが欲しくなる。あの髪、瞳、唇、指先、香り。


 いつだって誘惑しているのはレンの方だ。


「レンの全部が欲しいの。良いでしょう?」


 どうにかなってしまいそうだ。


「僕もちゃんの全部を独占したい。誰にも触らせたくないよ。」










 私はレンと今すぐにでも、体を重ね合って愛し合いたかった。




















―あとがき―
遅くなりましたが、第七話です。ちょっと長くなってしまってすみません。
カイトがやっと出てきました。私の書くキャラクターは大体大人びている設定なので、カイトが一般的にへたれキャラとされる中で、どうすれば違和感なく大人びたカイトが書けるか悩みどころです。
レンのキャラクーは自分の中で定まってきましたので、どんどん時間があれば書いていけそうな気がします。

090709















































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