ドリーム小説  どちらが大事かなんてわからない
 どちらを失ったら心が痛むのかなんて
 だってどちらだって辛いのに






「す、ぐ伺います・・・。」


 私は電話口に向かってそう言って電話を終えたものの、頭が真っ白になった。
 これは私への罰なのだろうか。


「い、行かなきゃ・・・。」


 二月、カイト先輩との旅行から帰ってきて一ヵ月半が経とうとしていた。カイト先輩とは、私の決心が固まるまで連絡を取らないことにしていた。幸いなことに、学年も専修も違えば、私達は学校で申し合わせたかのように会うことも、ましてやすれ違うことも無かった。
 しかし、私は半月も前にレンと話をして、レンとの関係にけじめをつけた。それなのに心のどこかでレンに対する罪悪感で、カイト先輩にすぐ連絡を取るなんて失礼なのでは、なんてとってつけたような理由で、私は自分の体裁を守って今日に至ってしまった。
 その結果がこれだ。


 ― ちゃん、いきなり電話してごめんなさいね。あのね、カイトが車で事故しちゃって・・・。


 そう電話をかけてきてくれたのは彼の母である。私は持っていた携帯電話を取りこぼしそうになるほど動揺し、すぐに病院へ伺うといったものの、あたふたとして出遅れた。
 事故。
 そう聞いて動転しないでいられる人間がいるものだろうか。
 私は聞いた瞬間に全身から血の気を失った。カイト先輩をもし失うことになったら。どうしたらいい。






 カイト先輩が運び込まれたと聞いたのは市民病院で、受付で彼の名前を出すとすぐに病室を教えてもらえた。512号室。個室だと聞いた。容態がどの程度なのか聞きもせず、とりあえず無事だということだけしか電話で聞かなかったせいか、個室だと知るとよっぽどなのかと不安になる。
 病院の廊下は薬品のにおいでむせ返るほどで、健康体の私でさえどこか気分が悪くなるような気がした。


「すみません、、です。」


 私が病室の戸を叩くと、何度か面識のある彼の母親がすぐに出てきてくれた。


ちゃん、よく来てくれたわね。本当、吃驚したでしょう?」


「はい、お久しぶりです。あの、カイトさんは・・・?」


ー、来てくれたんだ。」


 彼の母への問いかけに、彼女が答えるよりも先に聞きなれた声が、なんとも暢気な調子で飛んでくる。私はその声の主がいるであろう、病室の中へ視線を移すと、片腕を大きく振ってニコニコ笑っている、事故を起こした当人がいた。


「か、カイト先輩・・・、無事だったの?」


 活発そうな笑顔を向けてくるカイト先輩に、私は現実味さえ感じられずに、たどたどしく尋ねた。


「吃驚したでしょう、ちゃん。この子、車にぶつかっておいて、腕一本折れちゃったのと擦り傷で済んじゃったんだから・・・。」


、驚いたでしょう?」


 彼女の母親、そしてカイト先輩が続けてそう言うので、私はカイト先輩が横にされているベッドの脇まで歩み寄ったものの、思わずへなへなと座り込んでしまった。


「ほら、カイト。ちゃん吃驚しちゃったじゃない。」


「まあ、これくらいお灸据えてやろうっていたずら心が。」


「お灸?」


「いや、こっちの話。」


 親子がテンポよく会話しているが、私は呆然として頭にその会話はしっかりとは入ってこなかった。


「もう、お母さん行くわよ。ちゃん、騒がせてごめんなさいね。私、仕事戻るけど、時間があるならカイトに構ってってあげて。」


「あ、は、はい。すみません。」


 いそいそと立ち上がって頭を下げると、ごゆっくり、なんて病院にそぐわない挨拶を残して、カイト先輩のお母さんは出て行ってしまった。私は病室の戸が閉められるのを見て、それからカイト先輩を見た。


「・・・、怒ってるの?」


 何も言い出せないでいる私に、カイト先輩が少し窺うような上目遣いで尋ねてくる。


「ち、違う・・・。ホッとしたのもそうなんだけど、なんか、突然のことで本当、どうしようって、気が動転してたから・・・。」


「ごめん、がいつまで経っても俺に連絡くれないから、焦れてさ・・・。事故ったのはわざとじゃないんだけど、うちの親がに連絡するっていうから、ちょっと大袈裟に伝えてくれって言ったんだよね。なんて聞いてたの?」


「何も、お母さんからは聞かなかった・・・。ただ無事だって・・・。でも、すごい切羽詰った感じだったから、私、もう、どうしようって、気が気じゃなくて・・・、もう、本当・・・、カイト先輩がいなくなったらどうしようって・・・。」


 もしいなくなったら、私はきっと、とてつもない後悔を抱えたに違いない。カイト先輩に対して、私が正直に自らと向き合って出した気持ちを伝えられないまま。カイト先輩に対して、傷付けるだけ傷付けて、それを謝るすべもないまま。
 それなのに、こんなのは悪戯心だとしても性質が悪すぎやしないだろうか。


「ああ、俺のお母さんも人の良さそうな笑顔見せといて、演技派だからねえ。」


「・・・そういう問題じゃないよ!!」


 私は思わず大きな声を出してしまった。そんな自分の声量に驚いたのは私だけでなく、カイト先輩も同様で、目を丸くさせた。


「わた、私、すごい心配して・・・!カイト先輩がいなくなったら、私、まだ何も伝えられてないのにって・・・!カイト先輩と、これから・・・これから一緒に頑張りたいって決めたのにって・・・。すごい、すごい怖かったのに・・・!」


 ぼろぼろという擬音が似合うような、大粒の涙が私の瞳から、彼のベッドを濡らした。流石にこれはやりすぎだよ、と私が呻くように言うと、カイト先輩は、あー、とか、えっと、とか短い声を何度か漏らして、それから折れていないほうの手で私の頭を撫でた。


「ごめん、俺、そこまでが怒ると思わなくて・・・。」


「怒るに決まってるじゃん!ふざけないでよ!不謹慎!!」


「えー、ごめん、俺、寂しかったんです・・・。」


 しおらしい口調で謝罪するカイト先輩の顔を見ると、本当に困惑しているようで、まさかの事態に直面してあたふたしているように見えた。


「カイト先輩、私達、そりゃあ関係は保留のままになってたけど、私・・・、ちゃんとカイト先輩が好きなんだよ?・・・こんな、こんなことして何が楽しいの?心配しないとでも思ったの・・・?」


「心配してくれると思ったよ・・・。だからしたんだよ。いつまで経っても煮え切らなくて、苦しかったんだよ。余裕なんか無いんだから、俺。がいつまで経っても、決めかねてるのかと思って。でも俺はその間に会えないけど、鏡音くんは専修も一緒で、ましてや隣の家だからいつでも会えるのに・・・。俺、こんなこと言いたくないけど、凄い不公平だと思ってたんだよ。そんなの、鏡音くんの方に気持ちがいくに決まってるじゃん。」


「いかなかった!」


 私が声を張り上げると、また彼はきょとんとする。何が、という顔だ。


「いかなかったよ、私・・・。カイト先輩を選んだんだよ・・・。もう、レンとも話はしたの。でも、レンを傷付けることを選んだのに、私は悪者になりたくなくて、すぐにカイト先輩に連絡が出来なかったの・・・。だから、ごめんなさい・・・。」


 本当に一瞬でも、失ったと思わないと、私はこんな陳腐な言葉さえも伝えられなかったのだ。だから、私が悪い。それは分かっている。するとカイト先輩は少し逡巡するように視線を彷徨わせてから、ゆっくりと私に視線を戻した。


「そ、それ本当?」


「本当に決まってるじゃん、カイト先輩の馬鹿・・・。」


 私の言葉に、彼は困ったように笑った。


「もっと早く言ってよ、。俺、に一世一代の大勝負に出ちゃったじゃん。」


「・・・大勝負って・・・、身体張りすぎだよ、これは。」


「・・・ごめん。事故は不注意だよ、本当に偶然の。」


 私ははあっと大きくため息を吐いて、そばにあったスチールチェアに腰掛けた。そして、彼の手を取った。その手は暖かかった。血の通った、暖かい手だった。その手に私は額を乗せて、目を瞑る。彼がこうしてそばに居てくれることを、これほどまでに安堵したことはない。


「・・・生きてて、良かった。」


「うん、俺も生きてて良かった。本当に。」


 カイト先輩はそういうと、私に取られた手を動かす。それに倣って私が手を離すと、動かしにくそうにしながら、私の腕を取って軽く手前に引いた。


、もっとこっち来て。」


 カイト先輩が幼く微笑んで、それはまるでねだるような珍しく気弱な口調だった。私が身体を寄せると自らの胸に、遠慮がちに私を抱いた。


「両手とも自由だったら、もっとちゃんと抱き締めれるのに。」


 そんなことを言って彼は悔しそうにするので、私はカイト先輩の腰を、痛くないだろうかと恐る恐る手を回して抱きついた。どうやら本当に片腕と擦り傷のようだ。


「今は私が、ちゃんとカイト先輩を抱き締めるよ。だから、治ったら、今度こそ、私をちゃんと抱き締めてね。」


「うん、そうしたらもう、俺、を離さないよ。」


 そう、離さないで。私はそう念じながらカイト先輩の顔を盗み見た。


 彼の頬が真っ赤に染まって、そして瞳が涙で潤んでいたのを、見ない振りをして、私は更に彼を強く、離すまいと抱き締めた。






 病室の窓が真冬の外気を遮って、白い光を力強く放つ太陽の温もりだけが差し込んでくる。
 あなたはさながら、太陽。
 眩し過ぎて直視も出来ない。
 なんていって、その泣き顔だけは見ないでおいてあげるっていう、私のせめてもの気遣い。


 暖かいあなたの身体に包まれる時
 私は優しい気持ちになれる
 そんなぬくもりを知ったから
 だからもう
 離さない
 離れない
 シンプルなこと
 あなたが好き
 ただそれだけ




















―あとがき―
カイトEND完結です。ここまでお読みくださった方、ありがとうございました。
カイトENDはずっとこの終わり方にしたかったんです。でもいざ書いてみたら上手いこと書けず苦悩しました。
なんか、ヒロインが好きすぎて、レンに対する劣等感のあまり、とんでもないことをして最後はヒロインの気持ちを掻っ攫ってほしいなあと。
書いてみたら、とんだ茶番じゃないか、という終わり方になってしまいましたが、構成為直すにも、ネタが思いつきませんでした。
でもヒロインはカイトと過ごすことでどんどん逞しくなっていく気がしたものですから。
きっとカイトは尻に敷かれるだろうと。
そして、レンは月、カイトは太陽と喩えているくらいなので、朗らかな恋を育んでほしい。
そんな親心です。
ご愛読、ありがとうございました。

150106















































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