ドリーム小説  恐い
 恐いに決まっている
 だってあなたの瞳が
 いつになく真っ直ぐだから






と鏡音君の祭りの時こと、本当は気が狂いそうな位嫌だったよ。何で俺があの日のこと知ってるか、本当の理由分かる?」


 切り出しにくそうに、それでも漸く口を開いたカイト先輩が私に問い掛ける。あの日のことを思い出すと胸が熱くなっていた筈なのに、今は胆の方から冷えるような感じがする。


「分からない。当てずっぽう、ではなさそうだもん。」


 私の答えにからっと笑う。その笑顔はいつもより所在無げ。


のお母さんから連絡受けて、俺、明け方にの地元、ううん。の家の前まで行ったよ。もっと正確に言えば、鏡音君の住んでた家が見える場所に車を停めて、じっと待ってた。」


 え、と私が目を丸くする。どのような経緯であれ事実を知られていることに変わりはないのだが、それが聞き及んだものなのか、直接目で見たのかというプロセスの差は、人間の精神面には大きい。


「駄目だって分かってた。こんなことしてしまうのは、のことを信用してないからなんだって、俺は自分がほとほと嫌になったよ。だから、絶対に達がそこから出てきちゃいけなかったんだ。出て来なければ、ただ俺は俺を恨んでいれば済む話だったんだから。」


 でも彼の願いは虚しく、私達は出てきたのだ。それは紛れも無い。


って、俺が泣いた所見たことないでしょう?」


「・・・ない、ね。」


「もう俺、その時何年振りだろうってくらい久し振りに泣きまくったよ。悔しくてさ。裏切られたこと、やっぱり鏡音君に勝てないのかっていう絶望感。でも一番辛かったのはを信じて待っていれば知らないで済んだのにっていう遣る瀬無さだね。これは愛する彼女を信じられなかった俺への罰だって心底思ったよ。」


 自嘲的な笑みで語るカイト先輩が、今にも崩れてしまいそうな気がして、咄嗟に抱き締めようと伸ばし掛けた腕を、私は思いとどまって下ろした。


「そんなの、違う。私が悪いだけで・・・。」


「でもそう思わないとやり切れなかったんだよ、俺には。どんなにを恨んでも、の顔を見たらまた好きになるんだから。俺は、が思ってるよりもずっと馬鹿だからさ、が側で笑ってくれていると、騙されてても良いから、この笑顔が俺に向いててくれればそれで良いって思ったんだよ。」


「でも、それじゃあ問題の論点がおかしくなるよ。だって悪いのは私で、カイト先輩に責められて当然なのに・・・。」


「そうだよ、俺は悪くない。こんな言い方したら嫌な奴かもしれないけど、が鏡音君と会ったりしたことには、俺は良くも悪くも関係が持てないんだよ。俺は、そういう存在なんだよ。」


 いつだって私の味方として立ち振る舞ってくれるカイト先輩ではない、彼の腹の中を見せられている。そんな彼が少し寂しそうに語る。


「そんな存在って・・・、そういうことじゃないよ。カイト先輩に関係ないとかじゃないよ。」


「違うよ、。俺が言っている意味とは多分解釈が少し違うんだ。何て言えば良いんだろう。と鏡音君の二人の関係性って、俺にとってなんか特別なものな気がするんだよ。」


「特別?私とカイト先輩が恋人だっていうことの方が特別だよ。」


 彼の言わんとしていることが解せずにそう返すと、彼は首を横に振ったら。青いさらさらの髪が、綺麗だ。


「高校の時から、二人は普通の恋人同士なんかに見えなかったんだよ、俺には。もっと深い所で繋がってるような気がするんだよね。大袈裟に言えば前世は一対だったとかさ。そういう感じが俺にはしてて、だからいつも、俺は疎外感を感じてたんだ。も鏡音君も悪くないんだけどさ。」


 一対、そんな例えをされると、こんな時に不謹慎だと分かっているのに、私はその意味が少し分かるような気がした。レンといると、足りなかったピースが全て埋まるような気がするのだ。自然にぴたりと嵌る。磁力が私たち二人に働きかけているかのように、何故かすうっと引かれ合う。だけど、私には、カイト先輩にだって心を預けられるほどの安らぎを感じているのだ。


「そんな二人だから、俺は疑ってしまったのかもしれない。を信じずに鏡音君の家にまで行って待ち伏せちゃったんだと思う。」


「・・・私、カイト先輩のこと、ずっと不安にさせてたんだね。」


 不安なんてものではないだろう。その不安を確固たるものとさせてしまったのだ、私は。私が居なくても二人で談笑している姿や、レンの部屋で私の帰りをカイト先輩が待っていたこともあった。そんなことで私はどこか、この二人は私が案じているよりも案外仲良くやれるのではないかなんて、とても楽観駅なことを考えていた。それがどれだけ彼を傷付けていたことだろう。


「でもね、俺はそれでも、が好きだよ。沢山悩んだし、のことが憎いとも思ったけど、結局が好きなんだ。だから、全て許してでも、俺の側にいて欲しいんだよ。」


 すっと彼の手が私の手を取って絡まされた。骨ばった指。健康的な肌の色。少しかさついた無骨な手だ。


「・・・うん、ありがとう。」


 カイト先輩は私の言葉に微笑んで、今度はの番だ、というように、きゅっと手を握った。私は何から伝えれば良いのか、考える。何から伝えれば一番、私の気持ちが伝わるのか、それがなかなかわからない。あの、えっと、なんて言葉とも付かない声を漏らしてしまう。私から話し合おうと言ったのに、当人がこんな調子でどうするのだ。
 だって本当は泣きそうなんだ。彼を私は今から傷付けるかもしれない。こんなに真っ直ぐ私を見つめてくれる彼の、私は何が不満だと言うのだ。もう良いではないか、このまま何も考えずに、彼に甘えてしまえば。
 頭の中でそんな卑怯な考えがくるくる巡って、それを振り切って。私は。


、ゆっくりで良いから。俺、ちゃんと聞くから。」


 もたもたと切り出せないでいる私を、カイト先輩は微笑み掛けて髪を撫でてくれる。その優しく包み込んでくれるような笑顔が、私はとても好きだ。いつだってこうして、私の歩調に合わせてくれる。いつも隣を歩いてくれる。
 少し先を歩いたり、後ろを歩いたりして、互いに走り寄って笑い合う。追い掛けてきてくれなくて不貞腐れる私に意地悪に笑ってからかう。そんなレンとは全く違う。


「カイト先輩、私、カイト先輩の事が本当に好き。」


「うん、嬉しいよ。ありがとう。」


「でも駄目なの。私、レンの事を、レンを好きだった気持ちを、忘れたような振りをして、本当は忘れてなかったの。」


 ゆっくり紡ぎ出した私の言葉に、カイト先輩は静かに頷く。


「カイト先輩がレンと友達になんかなりたくないのを分かってたよ。でもカイト先輩が私には強く出ないことを知っててそれに甘えたの。私は卑怯だと思う。カイト先輩の恋人でありながら、前の恋人にも良い顔がしたかったの。」


「分かるよ、俺にだってそういう気持ちが湧くこともあるから。」


 だからそんな顔をしないで、とカイト先輩が私の頬に手を添えて、親指で頬を撫でた。子供にするようなあやし方。それがどれだけほっとすることか。


「ううん、私はもっと酷いよ。だって、レンが昔のまま、私を好きでいてくれないと嫌だったの。カイト先輩と付き合っていながら、レンの気持ちも縛り付けておきたかったんだよ。」


 ああ、我ながらなんて非道なんだろう。話しながら涙が出てきそうになって、カイト先輩に添えられた手を無視して俯いた。


、こっちを向いて。」


 カイト先輩が頬をするりと撫で上げ、私の俯いた頬を上に、私はそれに倣って顔を上げた。すると付き合う前によく見た、カイト先輩の困ったような優しい笑顔が窺える。


「そんな風に、自分が悪いみたいに言って欲しくない。少なくとも俺はを責めないよ。の気持ちを全部受け入れられるように、ちゃんと最後まで聞くよ。だからもっと、は自分の気持ちに自信を持って良いんだ。」


 カイト先輩が真っ直ぐ見つめて私に掛けた言葉に、私は嗚咽がせり上がってきそうなのを、ぐっと力強く堪えて、その代わり小さく頷いた。


「私、レンのこと、また好きになっちゃったの。でもカイト先輩を傷付けたくないの。大好きなカイト先輩を傷付けた上にある幸せなんて、どれ程の価値も無い気がするの。それでも、レンに会うと、駄目になっちゃう。私、どうしたら良いのか分かんないよ・・・。自分の事なのに。」


 本当、自分の事なのに分からない。だから、彼にこんなことを言ったとして、何か分かるわけがないのに、私はそれでも話さずにはいられなかった。これ以上、カイト先輩の気持ちを利用して騙し続けることは出来なかった。
 暫く、カイト先輩も私も、言葉が続かなかった。高揚した脳が麻痺して睡魔をもたらして、私はどこかぼんやりとした気持ちにさえなった。カイト先輩は何を考えているのか読み取れない、伏目がちに、それは憔悴しきったようにも見えた。


「俺は、それでも・・・。」


 どれ程の間が空いてか、カイト先輩が切り出した。しかしすぐに途切れる。私は彼の絞り出すような声を聞き逃すまいと、いつの間にか俯いていた顔を上げて彼を見た。藍色の視線が絡んだ。なんて綺麗で真っ直ぐなのだろう。


「俺はそれでも、が好きだよ。を離したくない。鏡音君を好きな気持ちのままでも、繋ぎとめておきたい。」


 愛される喜びを私は知っている。だからなのだろうか、涙が溢れそうなのは。


「俺はが思うような、優しい男じゃないよ。の気持ちを汲んであげたいとか言いながら、一方じゃあそんなことは捩じ伏せてでも、を手離したくないんだ。の気持ちを受け入れた顔をして、本当は背けてるだけなんだよ。」


 力無いカイト先輩の語気に、私は彼がどれだけ今傷付いているのか、嫌という程感じさせられた。カイト先輩は目の前に座る私に腕を伸ばしたかと思うと、背に手を回してすっと引き寄せ抱き締めた。彼の胸はいつも暖かい。この腕の中が好きだ。


、俺は我儘をいわないできたつもりだよ。だから、本当に、これが最初で最後の我儘にするから。」


 抱きしめる力が強くなる。彼の腕が微かに震えている。私のせい。


「お願い、行かないで。・・・頼むよ。」


 切実に訴えかける声、続いて私の頭上で鼻を啜る音がした。私は咄嗟に顔を上げようとしたが、それを上回る力で抱き締められたせいで窺えなかった。言葉にはしなかったが、見ないで欲しいのだろう。そりゃあそうだ。私みたいな泣き虫なら露知らず、彼は常にしゃんとした、毅然とした態度で、時には情けない顔をしたりもしたけれど、常に私の隣に立って頼れる存在として振舞ってきてくれたのだ。そんな彼を泣かせるまでに追い詰めてしまって、私は。
 もう良いではないか。こんな一途な彼のどこに不満があるというのだ。私は彼を捨てて本当に後悔しないと思っているのか。そんなわけがない、後悔するに決まっている。この腕の暖かさに、涙腺が緩みそうになっているのが何よりの証拠ではないか。今度こそ過去の思い出を全てかなぐり捨てて、彼の胸に裸のまま飛び込めば良い。今ならそれが出来るだろう。


 それなのに






 ― ちゃん、ね。僕は鏡音レン。仲良くしてね。
 ― ちゃん、可愛いね。
 ― 僕は運命の人だって思えないと駄目なんだ。
 ― ねえ、僕はちゃんだけしかいらないよ。
 ― 僕、ちゃんのこと、凄く憎いんだ。顔も見たくない。大嫌いだよ。
 ― だってちゃんが相変わらず百面相だからさあ。
 ― 僕は、ちゃんを奪ってもいいの?
 ― ずるくても良いから、もう一度ちゃんの気持ちが欲しいよ。


 ― 僕の運命の人になってくれない?






「何で、が泣くんだよ、反則じゃん。」


 気付いたら私が鼻を垂らしてずびずびと啜っていた。カイト先輩は私の肩をそっと掴んで身体を離すと、涙でまだ潤んでいる瞳で情けない顔で笑った。その笑顔も好きだ。


「ご、めんなさい。だって、カイト先輩が凄く、私のこと好きでいて、くれるのに・・・、私は誠実じゃなくて、情けなくて・・・。」


 嗚咽交じりでさぞ聞き取りにくいであろう私の声に、カイト先輩はうんうん、と頷いて笑った。


「ひっどい顔だよ、。俺が一目惚れしたの可愛さは今皆無だね。」


「ご、ごべんなさい・・・。」


「でもそんなぶっさいくな顔してても好きだ、愛しいよ。俺の可愛いだよ。ねえ、俺、今顔真っ赤?」


 ぶっさいく、なんて巫山戯て酷い言われようだが、涙で滲んで見えにくい視界を、カイト先輩の指先が拭ってくれる。珍しく、頬を紅潮させていない彼の顔が見えた。首を横に振るとカイト先輩はまた笑う。


「良かった。そりゃあ赤くなんてなってる余裕ないよね、流石に俺の身体も。必死だよ、。俺は今、鏡音君からを奪った時よりも遥かに必死だ。だってここでを手離したら、俺はきっと、もうを取り戻す術はないと思うから。」


 カイト先輩が私の髪を撫でる。涙で濡れた毛先が塩気でばりっとしていた。


「すぐに答えは出さないで欲しい。あ、俺を選ぶっていうなら今すぐそうして欲しいけどね。でも今すぐ俺の下を去って鏡音君の所へ行こうと思ってるなら、もうちょっと考えて欲しいんだ。俺はこれでも、今かなりぎりぎりの精神力で保ってるよ。・・・なんて言ったら狡いよね、俺。」


 へへ、と幼く笑ったカイト先輩の、それが無理をしているのだと分かっている。私は咄嗟にカイト先輩の身体に抱き着いた。いつもお前のそれはタックルだ、と笑われる力強さで。カイト先輩は普段からそうしてくれるように、胸元に預けた私の頭を優しく撫でてくれる。これがどれ程、心地良いことか。


「私、本当にカイト先輩が好きなの。」


「・・・うん。分かってるよ。俺もが好きだから。」


「考えたいの、ちゃんと。ちゃんと考えるから・・・。」


「うん、待ってるよ、俺。」


「ありがとう。」


「気持ちが固まったら、すぐ教えて欲しい。俺、走って行くよ、のところに。の気持ちを聞きに。」


「・・・うん。」


 何故かまた、涙が溢れた。


「俺、のために何度走らされるんだろうね。」


 茶化してそんな風に言ってくれる、優しい私の恋人。






 偶然なの
 運命なの
 本当はそんなことどうでも良かった
 ただのこじ付け
 私達はもう大人で
 そんな言葉がなくても
 自分の行く先を切り開ける
 その術を知っているのだ




















―あとがき―
次がエンディングです。ここまでお付き合いくださった皆様、本当にありがとうございました。
カイトと進むのか、レンと再出発するのか、どちらのパターンも書きたいと思っております。
お好きな方を選んでくださいませ。
出来ることなら私は二人とも好きなので、両方読んでくださると尚うれしいです。

150106















































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