ドリーム小説  俺の眼下で
 小動物のように君が震えた
 何をそんなに恐れるの
 愛されることは恐いことかい






「か、カイト先輩、あの、私・・・。」


「俺はの気持ちを尊重したいって思ってたよ。」


 の言葉を遮って、俺は強引に自分の言い分をそこへ捻じ込んだ。そんな俺の勢いに気圧されたが押し黙ったのを見ると、俺はいよいよ我慢が効かなくなる。
 今日一日、はきっと何かを決断しようとしていた。何か、なんて分からない振りが出来るなら、それで良かった。ふと言葉を詰まらせたり、視線を瞬間背けるなんて、そんな目で見て感じただけの違和感ならばどれほどよかったことか。そうではない、俺には分かる。俺はだけを見てきたから。だけをずっと、が俺のことを好きになってくれるより前からずっと、直向きに見てきたのだから。


「鏡音君の所に戻りたいの?」


「・・・カイト先輩。」


 違う、と咄嗟にでも言ってくれないに、俺は唇が腫れ上がりそうなほど噛みしめたい思いだった。


にとって、俺って不満のある恋人かな?」


 いつだっての喜ぶようにしてきたつもりだった。それは決して、に対して献身的な自分を見せたいという願望ではなく、純粋にが喜ぶ顔を見ることが、俺の幸せだったからだ。俺の下に組み敷かれたが小さく首を振る。


「私、カイト先輩が好きだよ。だけど、私謝らなきゃいけないことがあるの。」


「実家に帰ってた時のこと?」


 言わんとしようとしていることを、先手言ってやるとは目を大きく見開いて瞬かせた。


「それとも、鏡音君のお爺さんが亡くなった日のこと?」


 ああ、こんな過去の事まで持ち出すのは卑怯だ。知っている。だけど仕方ないではないか。それを知っていても尚、俺はを受け入れて、変わらずに愛せるのだという、その強さを示さなければ彼には勝ち目はないのだから。案の定は呆然として言葉を失っている。


「俺、知ってるよ。そんなことくらい。が鏡音君のお爺さんが亡くなった日に一緒にいたこととか、祭りの夜、そのまま鏡音君と過ごした事とか、分かってたよ。」


「・・・なん、で。」


 状況が飲み込めないとでもいうようなの顔を見て、俺の心臓がばくんと大きく脈打った。その衝撃たるや、顔を顰めてしまいたくなるほどの痛み。こんな顔をしてほしいわけではない。


「・・・鏡音君の沽券のために、というのと、こんな所で嘘をついて鏡音君を陥れてあの子の株を下げるなんて出来ない俺の良心から言えばさ。別に鏡音君から聞いたわけではないよ。でも分かるよ。何で、って言われたらそりゃあ、俺はのこと、ずっと長いこと好きだったんだから。好きな子が何か隠し事してるなあとか、その子が隠したい事が何なのかくらい、分かっちゃうよ。」


 恐がっているのかもしれない、のそんな顔をみて俺は極力優しく笑っての上から身体を起こし、の手を取って同じように起こさせた。


「ごめん、。恐がらせたいわけじゃないんだよ、俺。」


 今にも涙を零してしまいそうな程、その瞳を潤ませているに参ってしまって、俺はにへらっと笑いかけて彼女を胸に抱いた。余程驚いてしまったのか、呆然としたは力なく俺の胸に収まるが、そこにはの意思も何もなく、されるがままの人形のようであった。


「詳しいことは俺も分からないよ。が鏡音君とどんな話をしてるのかとか、もしかしたら俺の早とちりで、別には俺と鏡音君を天秤に掛けて・・・、なんて言うとは泣いちゃうかな?」


 そこまで言うと案の定、俺の胸に顔を埋めたがぐずっと鼻を啜った。困ったものだ。


「ごめんごめん。そうじゃないよね。がそんな子じゃないことくらい、俺は分かってるよ。意地悪な言い方しちゃったね。そうじゃなくて、が少しでも鏡音君の事が気に掛かって、俺とこのままで良いのかとか、不誠実なんじゃないかとか、そんな風に悩んでるのかもしれないって、思っちゃったんだよ。」


 唸り声のような、声ともつかない声で泣き続けるの背を、俺は少しでも落ち着かせるためにぽんぽんと一定のリズムで叩いた。まるで本当にこれでは母親だ。が俺のことを昔そう例えたように、確かにそんな役回りな気もしないではない。


が言い出せなかったことなんて仕方ないことだよ。誰だっていつも事実が真実だと信じることは出来ないでしょう?こういう話は切り出すタイミングだって難しいしさ。」


 宥めるように語るも、彼女は一向に泣き止まない。これはお手上げだ。苦笑いが思わず浮かんで、俺は一度息を吐いた。


はきっと、良い子だから、隠し事をしてしまってることが苦しかったよね。俺を傷付けないように頑張ろうとしてくれて、ありがとう。だからさ、もう泣かないでよ。」


「・・・んで・・・。」


 漸くが口を開いたかと思ったが、俺の胸に顔を埋めた上に涙に溺れて声がくぐもって聞き取れない。何、と努めて優しく尋ねると、彼女は大きく肩で呼吸をした。


「・・・なんで怒らないの・・・。私、カイト先輩を騙してたんだよ・・・。」


 騙してた、なんて聞くと胸が痛む。
 知っているとも。何故俺というものがありながら、彼と一緒に居たんだ。よく俺の前で平然としていられたな。可愛いとか、好きとか、どんな気持ちで言っていたんだ。
 そんなことはが思うよりも更に何十倍何百倍も繰り返し考えた。憎らしいとすら思った。
 でも仕方ないのだ。それ程考えて考え抜いた挙句、俺は善人で居たいんだ。の側に居るためなら、全て許したいんだ。


は俺のことを騙したの?俺は騙されたなんて思ってないよ。」


「だって、カイト先輩に言わないで、私レンと会ってたんだよ?何食わぬ顔して、カイト先輩を裏切ってたんだよ。」


 顔を上げて俺を見上げる。すぐそこにあるの顔は涙でぐちょぐちょだった。子供みたいな泣き顔だ。俺は浴衣の袖での目元を拭ってやる。


「俺はに完璧を求めてるわけじゃない。例えば間違いを犯したとしても、俺はそれを犯さない人かどうかよりも、その間違いで心を痛める人なのかが大事だと思うよ。罪は一種類じゃないから。何度でも人は間違えるよ。俺だってそうだから。は俺に隠れて鏡音君に会ってしまったことを開き直ってたの?」


「そんなわけ・・・!」


「でしょう?開き直られたら俺もちょっとあまりの衝撃で我を失うかもしれないけどさ。なんてね。」


 はは、と俺が笑うと、は俺がいつまでも底抜けに明るく振舞っていたのにつられたのか、ようやく涙を引っ込めた。


「俺はがまるで聖人君子な人間だなんて、そんなこと期待してないよ。だから、が悪いことをしたなあって後ろめたく思って悩んだりしてくれる、良心がある子で良かったって、そう思ってる。」


 これでは俺の方が聖人君子とやらだ、なんて自嘲めいた気持ちを口に出さないよう、俺はの反応を伺った。
 しかしここまで言ってしまえば、が俺に打ち明けたかったことを話させずに済むだろう。ここまで俺に諭されて、それでも彼女が鏡音君を好きかもしれない、とかそんなことが言えるほど、は強い精神力を持ち合わせていないはずだ。
 あれ、誰が聖人君子なのだ。やはり俺も余程性格が歪んでいる。


「カイト先輩、そんなの、おかしいよ。」


 待っていたの返答は俺の予想と異なった。だから俺は呆気に取られて言葉が返せない。


「カイト先輩のそれは、なんか違うよ・・・。言ってることは分かるよ。でも、大事な工程が一個すっぽり抜け落ちてる感じがするの。だから、私はそんな状態でカイト先輩に許されたくないよ・・・。」


「大事な工程?」


 の言っていることは何となく理解出来た。しかしそう尋ねてみると、は口を一度きゅっと結んでから意を決したように口を開く。


「罪には相応の罰があるはずだよ。過ちを問い質すこともなく許してたら秩序なんて無くなっちゃうもん。大袈裟な言い方をすると、世の中はそういう風に営まれてるんだもん。だから、カイト先輩のそれはなんか・・・違うよ。私、嫌だ。」


 ああ、そうだ。はこういうお堅い所があるんだったなあと、俺はまた苦笑い。


「まあ、の言うことは分かるよ。」


「だから私、ちゃんと話し合いたいの。」


 のその言葉を聞いて、俺の取り繕っていた空気に亀裂が入った。ような気がした。
 話し合ったら駄目に決まっている。これは逃げだ。逃げていると笑われてもいい。だって、俺にはこうすることでしか、に優しく出来ない。


「話し合うって、何を?何を話し合いたいの?」


「・・・っと、その・・・。」


 語気が少し強くなってしまったせいか、がたじろぐ。


「俺は話し合いたくはないよ。、俺の気持ちを全部分かってとは言わない。でも話し合うことで、その結果に、俺がどうなってしまうんだろうって不安に思うことくらいは、理解してほしいよ。」


 ああ、こんな言い方では、まるで押し付けがましい。どうしろと言うのだ。だっては。


「・・・カイト先輩、それじゃあいつまで経っても、私達、成長出来ないじゃん。だから・・・。」


 こうと決めたら梃子でも動かない頑固な子なのだ。


「カイト先輩の本音が聞きたい。カイト先輩の建前じゃなくて、本音で、ぶつかってほしいの。」


 ああ、覚悟を決めろ、俺。


「・・・分かったよ。俺の本音、重いよ?」


 なけなしのプライドで泣きそうな顔を、無理に笑顔にして言うと、は真っ直ぐな瞳で俺を見つめる。


「うん、聞かせて。私も、本音でぶつかるから。」






 その瞳が何故か、挑発的で、扇情的で、鏡音君とリンクした。




















―あとがき―
カイトが嫌な役回りしか、もしくは損な役回りしかしていない気がする。そういうつもりはないのですが。
次もカイトとヒロインのお話です。もう終わります。

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