ドリーム小説  許すよ
 全部許す
 例え君が俺を殺そうとも
 それで側にいられるのなら






 今夏は例年に比べて日照りが強かった。こうも夏の陽気に曝されては干からびてしまう。
 従兄弟が帰る日は、が帰ってくる日でもあった。しかし気まぐれな彼の意思により一日予定が早まった。


「じゃあ気を付けて。受験頑張ってね。」


「カイト兄ちゃん、ありがとね。」


 彼を駅まで見送った。本当は明日の夕方、彼をここに送り届け、暫くした後にが電車で帰ってくるということだったので、近くの喫茶店でお茶をして待ち、一緒に帰ろうという手筈だったのだ。仕方なく一度帰宅し、俺はに従兄弟がもう帰った、とメールを一通入れた。






 その夜だった。二日間ほど従兄弟に連れ回された疲れからか、いつもより早めに就寝していた俺宛に、けたたましい呼び出し音が鳴った。こんな時間に迷惑な、と思いつつ携帯電話の画面に表示された時計を見ると、時刻が夜の一時になっていることよりも、その相手に驚いて一気に目が覚めてしまう。


「はい、もしもし。」


 ― あ、カイト君、こんばんは。ごめんね、こんな遅くに急に・・・。


「いえ、とんでもないです。ご無沙汰しております。」


 電話の相手はのお母さんだった。付き合い始めてすぐに連絡先を交換してはいたが、それが役立つのは今日が初めてだった。だからこそ、この急な連絡に胸がざわついた。


 ― あのね、今日、が中学の時のお友達と近所のお祭りに行ったんだけど・・・。何か聞いてない?


 受話器越しに聞くととそっくりな声だった。落ち着いているようなゆっくりとした口調ではあるが、ひそひそと話す彼女の声には微かに焦りが見えた。


「お友達と行くという話は聞いてましたけど、あの、もしかして・・・まだ帰ってないんですか?」


 ― ・・・そうなの。もしかして何か急な用事があって、そっちに帰ってないかなと思ったんだけどね。カイト君が聞いてないんだったら、やっぱりまだお友達と一緒かしら。


 はもう子供ではない。帰省しているとはいえ、久しぶりの友人との再会で盛り上がってしまい、帰るのが惜しくなってしまってまだ一緒に居る可能性もある。しかし子供ではないのと同時に、は馬鹿ではない。遅くなるのならば連絡のひとつもするはずだ。


「お祭りは何時頃終わったんですか?」


 ― 九時には終わるはずなのよ。それに近所だし、帰りに時間が掛かるようなこともない距離でね。お友達と一緒だとは思うんだけど、昔から遅い時間になるなら予め教えてくれる子だったから、連絡がなくて心配で。電話も繋がらないし・・・。


 俺はエアコンの効いた室内だというのにも関わらず、じっとりと汗ばんでいた。


「分かりました。僕からも連絡してみます。もし何かあれば電話しますね。」


 ― ごめんなさいね、お願いできるかしら。


 勿論です、と返して、のお母さんと電話を終えると、俺はすぐにの携帯電話にダイヤルした。しかし電話に出られないという女性のアナウンスが流れて繋がることはなかった。
 どこに居るのかまるで検討も付かない。俺はの地元のことも、ましてや向こうでの友人関係もさっぱりなのだ。しかしこのままジッとしてはいられない、居ても立っても居られない、と俺は机に放ったキーリングを手に引っ掴み、家を飛び出した。


 の住むマンションまでやってきたが、灯りは着いていなかった。それでも、と思い車を路肩に停めて階段を上がり、合鍵で家に上がらせてもらった。綺麗に片付いた室内には、数日間、人の出入りが無いことが分かるくらいに、ひっそりとしていた。やはりこっちには戻って来ていないようだ。
 ここは違うか、と諦めて車に乗り込んだ時、ふと、もう一度の部屋を見上げて違和感を感じた。
 の家には幾度となく来ている。朝昼晩、様々な時間帯にお邪魔したことがある。今日のような時間帯は少ないが、と近所のレンタルショップに映画を借りに行ったり、コンビニへ行くのは大体この時間だ。だからこそ当たり前すぎて意識したことはないが、果たして。
 いつもこの時間、隣の部屋は暗かっただろうか。
 いつも遅くまで明るかった気がするのだ。が以前、レンが真夜中なのにホラー映画を見ていたらしく悲鳴を上げた声が聞こえた、とか言っていた。勿論その時だけたまたま遅くまで起きていたのかもしれない。
 だが、このもやもやとした気持ちはなんだ。


 俺は深く考えるより先にエンジンを掛けると真夜中の高速道路を走らせた。






 が高校生の頃に車の免許を取った俺は、幾度となくこの道を走らせた。高速道路を降りて十分少々で、の実家がある閑静な住宅街に着く。お盆ということもあったが、時間帯に救われ、大きな渋滞に巻き込まれることなく進めた。
 時刻は間も無く四時になろうとしている。空が明るんでくるはずだ。
 車をの家、否、むしろ鏡音君の住んでいたという家が見えるぎりぎりの位置に停めた。
 のお母さんに電話してみると、やはりまだ帰っていないとのことだった。俺は大学の近くを探してみたが見当たらなかった、と嘘を吐いた。俺がここまで来ていることを知られるのは、どういうわけか嫌だった。


「朝になっても帰らなかったら、警察に届けましょう。」


 のお父さんは今日は実家の方へ出ていたようで、お母さん一人で心細いだろう。酷く落ち込んだ声で、そうね、そうね、と俺の言葉に頷き、何度もお礼を言われると、俺の心は後ろ暗さで胸が掻き毟られた。


 あなたのお嬢さんの浮気を疑っているんですよ


 そんな自分が嫌になった。






 コンビニで買ったコーヒーを飲みながら、エンジンを切った生暖かい車内で、獲物が来るのを今か今かと待つ。少しの間、何の動きもない、たまに車が通る程度の住宅街の景色を見ていると、俺は果たして本当にのことを愛しているのか、そんな自分への疑念で苦しくなった。
 朝まで帰らなかったら、警察に連絡を。
 そうは言っても、心の何処かでこの今見ている景色からが出て来ることを信じて疑わない。鏡音君と共に、出てくるに違いないと思っている。もし、本当にを愛しているのならば、そんなことを疑わずに、不審者に攫われていた場合を想定して、もっと血眼になって他を当たるべきだ。分かっているのに、俺はここから動けなかった。


 小一時間が経ち、俺の携帯電話にが鳴った。画面を見て、息を飲む。
 俺はその電話を無視しようとしたが、お母さんから連絡があったこと、を探していたよ、という自分を装わなければならない。俺は短く呼吸を整えてから電話に出た。


 ― カイト先輩、ごめんなさい。


 俺の言葉より先に、はすぐにそう言った。


「もしもし、今どこに居るの?お母さんから連絡あって、凄い心配したんだよ。」


 ― 本当にごめんなさい、心配掛けて・・・、友達の家にいたの。気付いたら寝ちゃって・・・。


 沈んだ声、本当に反省しているようだった。の声を聞くと、疑って掛かった自分がほとほと嫌になった。の声は落ち込んだ様子ではあるが、何か取り繕っているような不審な点も見当たらない、ましてや俺は彼女の声を聞けばやはり愛おしいと思うのだ。そんな愛おしい彼女を相手に疑っていたことが信じられない。


「こればっかりは俺に謝られてもね。お母さんにもちゃんと連絡したの?」


 ― うん、さっきしたよ。今から帰るところ。カイト先輩も探してくれたんだよね?もうお家?


 そう尋ねられてギクリとした。心配で探し回っていたらの実家の近くまで来た、という理由だったんだとしても、やはり言えない。


「ううん、まだ外だよ。今から俺も帰るね。俺は良いから、も早く帰ってお母さんを安心させてあげて。」


 ― うん、探してくれてありがとう。本当に今日はごめんなさい。


 外であることに嘘はない、俺はそんな言い訳をしながら、の謝罪の言葉に頷いて電話を切った。
 の声に、嘘や偽りは感じなかった。普段から何か俺に注意をされた時の、素直に謝るの声と、何ら変わりはなかった。
 それなのに、俺はぼうっと外の景色を眺めていた。否、眺めるなんて生易しいものではない。凝視していたのだ。早く帰ろう、早く帰って寝てしまおう、そう思うのにも関わらず、体は動かなかった。






 数分後、俺は下唇を、強く強く噛み締めることとなる。
 一瞬でも疑った、俺への罰だ。
 おとなしくの連絡を待っていれば、こんな思いをしないで済んだのに。


 キスをするでもなく、抱きしめ合うでもなく、二人はただ向かい合って、互いの両手を取り合い、下を向いたまま立ち尽くしていた。その姿は口付けや抱擁よりも遥かに見るに堪えかねる。
 幼い子供がするような、互いに縋り合うような、そんな空気を遠目にでも感じ取れた。
 その二人の空気は、俺の知っているものだった。俺が、いつも、声にせずとも、どこか疎外感を感じていたものだ。あの二人には、言葉がなくとも通じ合うような何か特別なものがあることを、俺は心のどこかで知っていた。知っていたけれど、それを認めてしまえば俺の居場所はなくなる。だから、見ない振りをしてきたのだ。
 少ししてがマンションへ、彼は家の中へと消えて行った。


「・・・っ。」


 だんっ、と激しい音を立ててハンドルを叩いてそのまま突っ伏した。感情的になんて、なりたくない。ならないようにしてきた。
 いつでも誰にでも穏やかであるよう努めてきた。
 には、それ以上に優しく接してきたつもりだ。喧嘩がなかったわけではない。それでも俺は、いつでもの気持ちを汲めるように、出来ることは勿論、出来ないことも努力してきた。


「なんでだよ・・・。」


 思わず一人、声を漏らした。目頭が熱くなり、とうとう己の心の堰が切れるのだ、と頭の片隅で考えると、ぽたぽたとハンドルを濡らし、そこから膝に涙が伝った。
 泣くのは久し振りだった。どんなに不安でも、俺は押し殺してきた。きっとこれからだってそうなのだ。俺はに、言えない。


 祭の日、鏡音君と一緒に居たこと、知ってるんだよ。


 なんて、言えない。あの日、感情的に当たられたが泣いていたことを知っているから。見ていたから。






 ― もういい、もういいよ。もう・・・、うんざりだ。






 あの日、彼の言葉に、子供のように泣きじゃくった彼女を。






 ― ・・・っ、レン、レン・・・!嫌だ、やだよお・・・!






 抱き締めた。
 違う男の名前を、苦しそうに叫ぶを、俺は抱き締めた。
 今度は彼が、鏡音君が、を抱き締める番なのか?






 そんなことは、させない。


 俺は、俺を殺す。
 だから
 俺から離れないで




















―あとがき―
夢要素ゼロでお送りしました。
読まれてて楽しくないだろうとは思いますが、ここがないと次回以降のカイトの心境が書けなくなるので、申し訳ありません。
レンと付き合っている時はレンが、現在ではカイトが、可愛くて可愛くて仕方ないので、辛い目に合わせたくないとか思ってしまう、親馬鹿的心境です。

140823















































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