ドリーム小説 ちゃん、早速友達出来てて凄いね。」


 学校を出て駅まで歩く道中、レンはそう言って私を見つめた。


「レンだって友達出来てたじゃん。」


 先程、私がクラスメートの女の子に囲まれている最中、確かにレンの周りにも男子が囲っていたのを思い出しながら言う。するとレンは少し唸る。


ちゃんのこと聞かれただけだよ。名前とか彼氏が居るかとか。」


 レンの言葉に私は驚く。男子の興味を引くようなことをした覚えはない。少なくともレンのように目立つ容姿でもない。


「私もレンのこと聞かれたよ。」


 私がそう答えるとレンは意外だとでも言うように目を丸くする。自分の容姿の特異さに自覚は無いようだ。


「ハーフなのかとか、モテるのかとか、彼女いるかとか。」


 そう答えると、小さく納得とでもいうように吐息を漏らした。


「そんなこと知ってどうするんだろう。」


 つまらないとでも言うような口調でレンは呟いた。やはり自覚がないようだ。


「興味が沸くんだよ。レンって目立つから。」


 そう素直な感想を伝えるが、レンはいまいちぴんとこないのだろう、首をゆっくりと捻って難しい顔をする。


「あんまり分かんない。僕、そういうの嬉しいとか思わないよ。」


 どこか遠くを見つめているのか、レンは心此処に在らずといったように前方を見つめる。私からしたらそれは贅沢な気もする。


「モテるからそう思うんだよ。モテない人からしたら羨ましいよ。」


 嫌味に聞こえたかも知れないが、私は素直にそれが羨ましかった。するとレンは不思議そうに私を見つめる。何を意図しているのか分からなかったので、レンの言葉を待つ。


ちゃんはそういうの、嬉しいの?」


 そう尋ねられる。私はそんなことがあったこともないのでよく分からない。


「モテたこと無いから分からないけど、ちやほやされて悪い気はしないと思う。」


 いまいちピンと来ないが、そうだろうと思う。私の答えにレンは苦笑する。何がおかしいのかは私には分かりかねた。


ちゃん、自分のこと、本当に分かってないんだね。」


 馬鹿にされたのだろうか。負けず嫌いの血が騒ぐが、レンの大人びた憂えている微笑を見ると何も分からなくなってしまう。私はただ疑問を声に漏らすばかりだ。するとレンは私の瞳を、自身の持つ淡い青を深くさせて見据えた。


ちゃんも可愛いからモテるんだよ。そうじゃなかったらクラスの男子が僕に色々訊きに来たりしないよ。」


 そんなことを言い出すレン。やはり悪い気はしない。しかし、レンは何故これが嬉しくないのだろうか。


「そんなことは無いと思うけど、そうであったとしたらやっぱり悪い気はしないな。レンは何で嬉しくないの?」


 素直に疑問をぶつけるとレンは少し難しい顔をする。


「僕は今まで一人としか付き合ったことがないんだ。」


 レンのその言葉に私は目を丸くするばかりだ。これだけ人を魅了する要素を備えたレンが重々しい口調で言うのは何か理由があるのだろうか。私は不思議でたまらず、レンに理由を問い掛ける。


ちゃんが言うように僕はモテるのかもしれない。でも僕は好きな人なんて簡単に作れないんだ。」


 レンの頭の言葉に嫌味が無いのは、それがあまりにも事実と等しいからだろう。自惚れで物を言っているわけではないだろうし、最中、レンの表情はあまりに喜色満面とは言えないほどに歪んでいた。私はレンの言葉に小さく頷く。


「恋って消耗品だと思わない?」


 突飛した発言だと思った。私は思わず阿呆みたいな声を漏らした。好きな人が簡単には出来ない理由を話してくれるものだとばかり思っていたので、それが何を意図するのか分からなかった。






「人間って刺激に慣れる生き物でしょう?慣れたら更に強い刺激を求めるんだ。簡単に恋ばっかりしてたら、ときめきにも慣れちゃうし、ドキドキしなくなるよ。そんなの恋の醍醐味が無くなっちゃうでしょう?だから僕は浅い慕情で恋愛ごっこなんてしたくないんだよね。」






 どこまで大人びているのだろう。私は恋だ愛だとここまで深く考えたことはなかった。しかしレンの言葉を聞くと頷ける節ばかりで、私は感嘆の声を漏らした。恋愛の講義を聞いたとでも思えるほど、私は得した気分になった。


「だから“恋は消耗品”だと思うんだ。」


 結論まで述べるとレンは満足そうに笑った。私が驚きのあまりにぽかんとしていると、レンは照れくさそうに目を細めた。


「まあ、僕の持論だから気にしないでよ。」


 そう言ってレンは小さく伸びをした。


「わ、私も・・・。」


 妙なことに口が上手く動かずにどもる。私がそう言い掛けると、レンは可愛らしい笑顔をこちらに向けて小首を傾げる。






「私も、そう、思うよ!」


 本当にそう思ったのだ。今の今まで考えたことの無かったことだったが、その分私にすんなり溶け込んだのだ。だからこそ私は力強く語気を強めて賛同した。するとレンは私の言葉にか、声色にか分からないが驚いたように一瞬目を丸くしたが、すぐに特有の優しい大人の微笑を浮かべた。


「本当?嬉しいな。じゃあ約束して。」


 まるで子供に語り掛けるように優しくて朗らかな口調だ。


「約束?」


 私がそのままに疑問を返すとレンは頷く。


「僕達は簡単に恋しないでいようね。」


 吐息を漏らすような笑みと共に小指が差し出された。華奢なレンの指先だが、頷いて絡めた私の小指よりは随分と力強さを備えていて大きかった。途端に少しの恥ずかしさが込み上げたが、レンの力で数回程、指を縦に振られて解放されたことは、反してこと惜しくも感じた。


「僕は運命の人だって思えないと駄目なんだ。」


 離された指を目で追っているとレンが口を開いた。


「運命?」


 今日、何度その言葉を聞いたか、何度感じたか分からない。


「うん。一緒にいるべき人っていうのは、きっと最初から決められてると思うんだ。運命なんだって思える人が出てきたら、それが僕の運命の人なんだと思う。」


 とても気障でくさい台詞なのに、レンが言うと瞬く間に心地良い響きになる。“運命の人”なんていう言葉は子供じみているとばかり思っていた。それが一変して覆された。もしかしたら本当に運命というものがあるのかも知れない。同時に、今朝から口々にしていた私に対する“運命”は何だったのか、分からない。


「私達は運命だって言ったのは?」


 疑問が口を付いて出た。そうは言っても恥ずかしくなって私は言葉を取り消したくなる。レンは柔らかな笑みのまま私の髪を撫でながら私を覗き込む。視界にちらつく金糸が憎い。


「まだ足りない。」


 レンは吐息を漏らすような微笑と共にそう告げた。揺れる金糸から覗く空色の瞳。口角をやんわりと上げた意味深な笑みに、私は気付いた。










 この人が欲しい。










 翌朝、私達は待ち合わせていた訳でも無いが、レンが私の住むマンションの下で待っていた。私は驚くとまではいかないが、少しレンを見つめた。昨晩、床につく前に私は明日もレンと学校へ行きたいがどうすれば良いか、と考えていたのだ。


「おはよう。昨日言いそびれたんだけど、これから一緒に学校行かない?」


 朝一番には心地よすぎる程に穏やかな声だ。レンはそれで私に言うとにこりと笑う。


「うん、私もそうしたいって思ってた。」


 私が頷くとレンは照れくさそうに笑った。


「奇遇だね。じゃあ毎朝六時に僕此処で待ってるね。」


 運命から奇遇に変わった響きは私を寂しくさせた。この場合に運命というのは確かにおかしいかもしれないが、昨日の話で過剰に意識し始めた私には引っ掛かってしまう。そんなこと、レンは知りもしないのだろうと分かりつつも私は理不尽にさえ思った。私は嫌な奴だ。レンは私がそんなことを考えている最中も、何も知らずに私の言葉を待つように見つめてくる。いつの間にか歩き出していたはずの足が勝手に重くなる。


「うん。レンの家が隣で良かった。待ちぼうけになっても押し掛けられるよね。」


 私は冗談めかしてそう言った。


「大丈夫だよ、朝は強いから。」


 随分と楽しそうに笑うな、と感心する。


「私も強いよ。負けないもん。」


 子供のようだ。そんなことで競い合ってどうするというのだろう。私は自分で言っておきながら馬鹿らしく思えて苦笑した。


「じゃあ一緒だね。」


 レンはそう言って、前を見つめて小さく空を仰ぐ。反して私はレンの言葉が頭を反芻して大変だ。


「運命かな?」


 私が呟くように、しかしはっきりとした口調で問いかけると、レンは驚いたように私を見つめる。また馬鹿なことを言ったかもしれない。ただ、レンも私も朝が強いという点で“一緒”だっただけだ。それでも私は昨日今日で、運命という言葉が特別な意味を持つもののように思えて、子供が覚えたての単語を使いたがるように、私も運命という言葉に意味付けたかったのだ。私の突飛した言葉にレンは小さく唸る。それは本当に子供を構ってやるような優しさと残酷さだ。


「うん、運命だね。」


 軽い笑みと共に放たれた言葉。


「運命・・・なの?」


 思わず問い掛けた。答えを得ておいて、それを疑うとは可笑しな話だ。しかし、私は頭の隅で自分の言った言葉を馬鹿らしく感じていた。レンもそう思っただろう。


「何それ。ちゃんが言い出したくせに。」


 桜色の薄い唇が尖る。間延びした口調は気持ちがよい。


「だって私は運命説の初心者だからレンに聞かなきゃ分からないんだもん。」


 私はそう言い訳して、レンの言葉を待つ。昨日のレンの話を“運命説”なんて勝手に命名したが、レンはそれに何も反応しない。


ちゃんが縋るような目で見るんだもん。」


 同情でもされたのだろうか、そう受け取れる言い回しだ。それに私は口をへの字に曲げて不機嫌なのだと伝える。


「拗ねないでよ。別に嫌味じゃなくて、運命かもしれないって僕も思ったんだからさ。」


 レンは私の頭をまた撫でる。その指先は心地よい。だから私はどうでもよくなる。


「ならいいけど。」


 ぽつりと返すとレンは安心したように笑う。気付けばいつも笑っている。それがとても良い。私達は暫く、何を話すでもなくするでもなく、ただコンクリートを自身の足が叩く感触だけを感じていた。少なくとも私はそうであった。ふとレンを見ると、ぼうっとしており、瞬きをする様を見れる程に凝視している私に気付きもしない。私と違って物思いに耽っていることは確かなようだ。瞼の縁に綺麗にぎっしりと生え揃った睫が瞬きの度に音を鳴らしそうだ。濃くて長い、美しい睫。するとようやく私の視線に気付いたレンがこちらを見て首を傾げる。


「何?」


 そう言って不思議そうに私を見つめる。私はレンの瞳に絡まってしまって焦る。何か言わなければという焦燥感に駆られ、適当に何か投げかけようと思った。


「レンが前に付き合ったことのある子は、運命じゃなかったの?」


 とっさに出た、その場しのぎの疑問は、あまりにもすんなり私の口から出て行く。そしてそれはあまりにも興味深かった。私の問い掛けにレンは笑う。


「うん、運命じゃなかった。運命だと思ったけど違ったよ。」


 淡々とした口調で語られるそれは、余計な詮索をするなと言っているかのようだ。私は半ば納得いかずに、納得した振りをして頷いた。


ちゃんは運命だって思える人、今までに出会ったことある?」


 そう尋ねてくるレンに、私は首を横に振って答えた。今まで数人と付き合ったことがあったが、運命なんて考えたことがなかった。付き合ってみても、何かこれと言ったときめきは無く、私は満足出来ないでいた。この人じゃあ私は幸せになれないと。かと言って何が相手に足りないのかも分からなかったし、ただ何となく違うと直感が伝えてきたのだ。私はそれをそのままレンに伝えた。するとレンは花が綻ぶように笑った。


「なんだ、ちゃんも前から運命を信じてるんじゃん。初心者じゃなかったの?」


 レンはそう言って随分嬉しそうにしている。私は意味を理解できずに首を傾げた。


「だって相手に物足りなさを感じてたんでしょう?しかも理由が分からないけど何か嫌だったんじゃん。それって、心の何処かが運命を探してたんだよ、きっと。」


 そう語りきり、満足げな笑顔を表情に散りばめるレン。私はレンの言葉通りな気がして嬉しくなる。思わず笑ってしまう。


「うん、そうかもしれない!」


 大きな声が出てしまったが気にしない。私は嬉々として答えるとレンは穏やかな笑みをそのままに、私の髪に指を絡めて撫でてくる。


ちゃん、可愛いね。」


 一瞬、デジャヴだと思ったが、これは昨日も登校時に言われた言葉だとすぐに気付く。一度言われたというのに、やはり免疫というものは付かないのか、私は驚き慌てふためく。


「子供みたいで、なんか撫で撫でしたくなるよね。」


 やはり子供扱いだ。しかし、レンの手は心地良いので、それでも良いかと思ってしまう。レンは口元に微笑を浮かべてから、すっと視線を前に向けて変わらぬ歩調で歩いた。私から逸らされたレンの瞳。その空を、掴みたい。


「レン。」


 私は呼ぶ。意識しすぎたか、声が上擦る。レンは気にしていない様子で私に視線を戻す。上空にある色は瞬く間に色を変えて淀みを見せたりするのに、レンの持つ空は変わらずにそこに繊細な色を湛えている。


「何?」


 くすぐったい程に優しい声。間延びした口調は何を思っているのだろう。私は用も無いのにレンを呼んでしまった。ただその空色を見たくて。


「撫で撫で・・・して、欲しいです。」


 我ながら恥ずかしい奴だ。何を言っているのだろう。私は直後、顔が熱を帯びていくのをしっかりと感じた。レンは吐息を漏らすように笑って私の頭に手を置いた。


「本当、可愛いね。」


 そう言って私の頭を優しく撫でた。早起きして整えた髪型がゆっくり崩れているだろうが、私は気にさえ止めなかった。


「レンの手って気持ち良いね。」


 私は恥ずかしさのついでにそう言った。レンは私の髪の毛から静かに手を離してから自分の手を片方の手で触る。


「柔らかくないし、どちらかって言ったら骨張ってるよ。それに僕って冷え症だから冷たいし。」


 そういうことではないのだが、レンは不思議そうに私を見つめる。


「レンの手、好きだよ。」


 もうそれ以上は何も言わないようにして、私は言い切ってから口を閉ざした。恥ずかしさが込み上げてくるが、顔に出さないように必死になる。するとレンはたっぷりと間を置いて、照れくさそうにうなじに手を置くと、空いた手で私の手を握った。どきりとする。私がレンをこっそりと見つめると、レンは口元を可愛らしく震わせている。


「こっちの方が、気持ち良いんじゃない?」


 少年が言う。恥ずかしいならしなければ良いのに、とは言わない。私も恥ずかしいことを知っていながら、レン手を褒めたのだから。






「僕、ちゃんの手、好きだな。」










 欲が熱を増す。




















―あとがき―
離れるな。の二話になります。
まだ一日しか経っていないというのに、レンへの入れ込み方が半端ではないですが、そこは悪しからず。
この話では、レンは格好良く、優しくて意地悪な感じで。
ヒロインは読み手の方にも可愛いと思って頂けるものを目指しています。
そうなってると良いのですが・・・。

080928
















































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