ドリーム小説  捨てないで
 お願い






 白い光の中に、と歌い出した先輩達が、正しく今旅立とうと言うのに、私の心はそれどころではなかった。
 今朝、レンはメールを一通、今日は別々に行こう、と送ってきて迎えには来なかった。この約一年で初めての出来事に母はどうしたのかと尋ねてきたが、私は後ろめたいと思いつつも適当な嘘を吐いて誤魔化した。学校に着いてからというものの、挨拶は交わしたが、それ以上の会話も無く、クラスメイトが悪戯にからかうことに、レンが何も言わないので、私が必死に誤魔化し、それをレンも咎めたりもしないという、なんとも不完全燃焼な心持ち。レンが今何を考えているのか分からないことがもどかしい。
 女という生き物は明確な答えをすぐに欲する。だから、レンがどうしたいのか、私がどうすべきなのか、教えて欲しいと考えてしまう。それはとても独りよがりで身勝手な言い分だと分かっていて、それでも尚、私はレンのいる方向を見て、焦れったいという不満を潜めながらその美し過ぎる金色の糸を眺めていた。


 卒業式では先輩達が泣いていた。それが少しだけ馬鹿げて見える。二度と会えぬわけでもなかろうと。私は不機嫌なのを良いことに、心の中で周りの生徒を嘲る。そんな自分が一番情けない。グラウンドに散った先輩達を見送って、私は校舎内を小走りで駆け回る。
 レンはどこにいるのだろう。
 明日から通常授業だ。今日みたいに顔を合わせずには過ごせない。レンに時間が必要ならそれは構わない。ただそれならそうと、レンの口から聞きたかった。
 一年二年の教室のある校舎を駆け回っても姿が見えず、一度携帯電話で連絡を取ろうかと思考の片隅を掠めたが、もし電話に出てくれなかったら、その時、言い知れぬ悲しみに沈みそうで恐かった。まだ卒業生が大勢、名残惜しそうに残っているであろう三年校舎には行きたくなかった。しかし、もしかすると居るかもしれない。なんとなく、レンはまだ帰っていない、否、帰っていて欲しくないと思っていた。






 渡り廊下を進み、三年校舎へ入ると、早くもレンの姿を見つけることが出来た。


「僕、この後用事があって、すみません。」


 胸元に造花を差し込んだ、卒業生と思しき女子生徒二人に囲まれたレンの姿。困ったように眉尻を下げて、愛想笑いを浮かべている。派手な顔立ちの先輩達にたじたじな様子のレンに、声を掛けて良いものか迷った。


「残念、じゃあ写真だけ、ね?」


 お願い、と両の手を合わせて頼まれて、レンはそれくらいならというように苦笑いして頷くと、彼女達に引っ張られて肩を並べ、携帯電話で写真を撮られていた。
同級生達の間では、私とレンが恋人同士だということ話は言うまでもなく有名だったようだが、やはり校舎も異なれば顔を合わす機会もそう滅多にない三年生には知られていないようだ。レンがこうしてちやほやと女子生徒に持て囃されるのは仕方があるまい。レンは見目麗しいし、物腰も柔らかく、そして少し年齢不相応な色っぽさもある。こうした類の女性が言い寄っていても、何ら不思議なことはない。それなのに私は何か見てはいけないものを見てしまったような、盗み見たという罪悪感に駆られて、また後にしようすると踵を返そうとした所でレンがこちらに気付いたようでほんの一瞬、視線が絡まった。立ち去ろうとしていたのにも関わらず、私は声が出ていた。


「レン!」


。」


 私の声に重なって、誰かなんて言えない、その声は確かにカイト先輩のもので、私の後ろから現れた彼は、少し焦ったような強引な手つきで私の手首に触れていた。突然の出来事に返事も出来ずに、それでも勝手に体が振り返ってしまい、カイト先輩と向き合う。


と話したいことがあるんだけど、時間ある?」


 なんでこの人は、前回も今回も、わざわざレンの姿がある所でこんなことをするのだろう、と思ったけれど、私はカイト先輩の真っ直ぐな瞳と切実な声色に、魔法に掛けられたようで、拒絶出来ない。


「な、んですか?」


 情けない声が漏れ出た。手を振り払う事が出来ない自分が信じられない。レンが見ているのに。
 レンが見ているのに?見ていなかったら振りほどかないというのか。
 カイト先輩は悪戯に微笑んで、私の手首を引いた。え、と疑問の声が漏れ出たのに、歩みを止めてもらえず、私は引っ張られる形ですぐそこの教室に連れ込まれた。


「話、なんですか?」


 たどたどしい口調が、緊張しているのを露わにしていて、恥かしい。もっと堂々としていなければ、後ろめたい気持ちがあるみたいではないか。そう思うのに、上手くいかない。


「卒業したんだけど、お祝いくれない?」


「お祝い?」


 突然何を言い出すのか、と思って考えるより先に口が開いた。お祝い、と同じ事をまた言われて、私は何が望みなのか、否、何を企んでいるのかと言う疑問と共に、どうすべきか考えた。


「卒業、おめでとうございます。」


 考えた末に、私はまだ直接その言葉を伝えてなかったのを良いことに、そう言って誤魔化した。するとカイト先輩は笑った。


「今日で卒業だから、高校で会えるのは最後でしょう?俺、卒業までって言ったけど、のことが好きな気持ちは当分変わらないと思うよ。」


 高校で会えるのは、という言葉が引っ掛かる。他の何処かでまた会うことになることを予期したような物言い。そして二度目の告白。私は戸惑って視線を逸らした。逸らすと掴まれたままの自分の手首と、それに添えられたカイト先輩の手が見えて、気まずくて、その癖振り解けないもどかしさに、また逸らした。


は俺の事を、嫌い?」


「嫌いじゃない、です。」


 カイト先輩は優しくて温かい。レンと同じ、空に似た青色を持っている。レンが冬のひんやりとした空気をもたらす澄み切った空だとすれば、カイト先輩は真夏の太陽のようにカラッとした気持ちの良い晴天。真夏、と考えて、意識せずとも花火を背にキスをしたあの日を思い出す。


「諦めないといけないのも分かってる。でももう一度だけ、最後にするから訊かせて。どうしても俺の事を選べない?」


 大事にするよ、と言ってカイト先輩が私の手を両手で包んだ。いけないと分かっていながら、カイト先輩の、空へ吸い込まれるように飛ぶ姿が瞼に映って、私は声を失う。
 顔が真っ赤になっているかもしれない。私がカイト先輩を選ぶ日がくるのだろうか。私とレンは運命なのに?


「俺、が体験入学に来た時から一目惚れだった。この子がうちの学校を選んでくれたらって願ってたよ。そうしたら本当に来た。しかも陸上部にまで入部してくれて、同じ種目を選んでくれた。俺は運命だと思ったんだよ。」


 運命、と聞いてびくりとする。彼は子供みたいだけど、と照れ臭そうに笑っているが、私にとってその言葉はあまりにも意味が深い。


「だから、が俺の所に来てくれるって信じてる。これって迷惑?」


 強引だ、とか、自分勝手だ、と罵ってしまえれば良いのに。迷惑だと、言えれば良いのに。


 彼の言葉が、そして彼に好かれているということが、少しでも嬉しいと思ってしまった。






ちゃん。」






 いつの間にか教室の扉を押し開けて立っていたレンがいた。私は驚いて目を丸くして顔を上げる。


ちゃん、僕が好きなら言ってやりなよ。お前なんか好きでもない、二度と会いたくもない、ってさ。」


 なんでそんなことを言うの。
 私はレンの冷たい視線、声、言葉に身体が震えた。未だ離さずに手を握るカイト先輩の指が少し力強くなって、大丈夫だ、と言ってくれているような、妙な錯覚を起こす。


 レンのことが好きなら言えば良い。
 レンしかいらないのなら言えば良い。


 でも、私は目の前で手を握るカイト先輩を不本意に傷付けたりなど、出来ない。
 カイト先輩は、迷子になった私を、全速力で迎えに来てくれた。私の飛ぶ姿を好きだと言ってくれた。高跳びを好きにさせてくれた。カイト先輩は、いつでも私に優しくしてくれた。


「言えない・・・、そんなこと、言えないよ・・・。」


 瞬きも忘れた。そのくせ涙が零れ落ちてきて、すぐさま唇の端から、私の口内へ塩のような味が広がって、もう駄目だと分かった。


「僕のこと、好きなのに?」


「なんで、そんな意地悪言うの・・・?レンは、そんなこと言う人じゃない、のに・・・。」


 私がカイト先輩を、先輩として慕っていたことを知っていて、昨日の話で私は確かにレンの心を踏み躙ったかもしれないが、しかし私がレンを選んでいることだって知っていて、それでも尚、私の気持ちを試そうとするレンが、私の知っている優しいレンではなくて恐かった。


「じゃあ幻想だよ、そんなのは。僕は元からこういう人間だよ。嫉妬深いんだ。ちゃんのことになったら必死にもなるし、人を傷付けることなんて簡単だよ。だからちゃんも僕を選ぶなら、そいつを傷付けて。僕の所に来てよ。」


 そいつ、なんて乱暴な言葉が聞こえて、いよいよ私はしゃがみ込んで泣きじゃくった。なんで、どうして、恐い。そんな意味を為さない感情や疑問ばかりを頭に巡らせながら、それでもしゃがみ込んだ私の手を握ったまま離さない、力強いカイト先輩の手を、思わず握り返した。


「ちょっと鏡音君、それはあまりにも無茶苦茶だって。」


「あんたは黙っててよ。」


 私達の様子を見兼ねたカイト先輩が口を挟むと、またそんな乱暴な口調を更に語気を強めて言う。レンが壊れてしまったような、そしてそうしてしまったのが自分だと言うことが、辛くて目を背けたくて、涙に暮れた。


「そん、な、レン・・・見たくないよお・・・!」


 声が涙でしゃがれる。は、と吐き出すように乾いた、自嘲的なレンの笑い声が聞こえる。まるでそれは反吐が出ると言っているような気がした。


「どんな僕が見たかったの?笑顔で許して欲しかったの?」


 そんなことじゃない、そう言いたいのに嗚咽が邪魔して上手く声が出ない。耳障りな自分のしゃくりあげる声だけが、私の喉をひたすら震えさせる。


「じゃあ許してあげるよ。これで満足なの?僕の気持ちも知らないで、そんな無神経なことを言うの?」


堰を切ったように、早口でまくしたてられて、私はえぐえぐと声を漏らすだけ。情けない。こんな自分をレンが愛してくれるわけがない。目頭が熱くて、体が火照って、教室の床の木目が歪んで見える。
 すると、ゆっくりとレンがこちらに歩み寄ってきた。その気配を感じながら、顔を上げられない。どんな顔をしているのか、見たくなかった。


「ねえ、僕はちゃんだけしかいらないよ。本当はこんな風に泣かしたいわけじゃない。優しくしてあげたいんだよ。だから、もう迷わないでよ。」


 迷っているわけじゃない、ただ無責任にカイト先輩を傷付けたくない、それだけなのに。
 そう答えたいけれど、今のレンが私の言葉を理解してくれるような気がしない。私が間違っているのだろうか。本当に欲しいもののためには、他のことを省みないことが正しいのだろうか。


 何も答えられないで、しばしの間、私の泣き声だけが教室内に響き渡った。
 どれくらいそうしていたか分からない。数秒なのか数分にも及ぶのか、頭がぼんやりとして判断出来なかった。しかし沈黙に耐えかねたのか、レンが口を開く。


「僕はちゃんを誰にも渡したくなかったよ。でも。」


 先程と変わって、落ち着いた、酷く悲しい声。私は涙で汚れた顔を上げざるを得なかった。消えてしまいそうなレンの声が、不安にさせて意識するより先にそうさせたのだ。


「もういい、もういいよ。もう・・・、うんざりだ。」


「レン・・・?」


 待って、と言いたいのに。
 カイト先輩が行くなと言うように私の手をぎゅっと握った。
 レンの瞳が、細められて、口元に笑みを浮かべる。その表情は、あまりにもさみしかった。


「ばいばい。」


 背を向けてレンは去って行く。追い掛けたいのに、繋がれた手が振り解けない。声が出ない。レンに見つめられるのが恐い。






「・・・っ、レン、レン・・・!嫌だ、やだよお・・・!」






 あられも無く金切り声を上げたのは、レンが立ち去ってから暫くしてからだった。なんとか保っていた足が崩れて、そのままへたり込んで、私はぼたぼたと泣き喚いた。
 カイト先輩が私の身体を抱き締めている。レンの名前を呼びながら、私は縋り付くように彼の胸を涙で濡らし続けた。




















―あとがき―
約二十話にもなって、ようやくVS展開できました。
カイトが完全当て馬のような雰囲気。事実ですが。
いつも可愛くて良い子のヒロインを意識して書いていましたが、賛否両論な性格ですね。
私事ですが、昨日恋人と別れて、あまりの苛立ちでレンまで苛立たせてしまいました。
ちなみにレンは私と性格が凄い似てる気がします。考え方だけですけど。

140513















































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