ドリーム小説 「やっぱり初詣といったら甘酒だよね。」


 私はほっこりとした気分で温かい甘酒を口に流し込む。レンが私を列に置いて少し離れると甘酒を持って来てくれたのだ。参拝に並ぶ長蛇の列は、この町にこれ程の人口が住んでいたのかと驚愕する程の長さであった。
 小一時間並んであともう少しで参拝出来そうだ。深夜の冷んやりとした外気は、人々の熱気に当てられた今は心地よいものである。


「これだけ並んでも、甘酒とか焚火とかあると、お正月だし、まあいっか、ってなるよね。」


「そうそう。やっぱり日本人たるもの、初詣くらいはしっかりやらなきゃって思うの。信心深くなくても、こういうのは日本人の風情だよね。」


 私の言葉にレンも二度ほど力強く頷いて同意してくれる。


「おじいちゃんも一緒に行くって言ってたくせに、あの熟睡っぷりったら無いよね。」


「仕方ないよ、おじいさん早寝だもん、いっつも。」


 今日は年明けをレンの家で過ごした。レンのおじいさんが初詣に付き合ってくれると言っていたので、お決まりの年末の特番を見ながら、これまたお決まりの蕎麦を啜って時間を待っていたのだ。しかし気が付くとレンのおじいさんが居間から姿を消しており、探して寝室に向かうと寝息を立てていたのだ。レンの呼び掛けに夢うつつな声色で、二人で行っておいで、と告げてまた夢の中へ。


「何をお願いしようかな。」


 レンが浮かれた様子で誰ともなしに呟いたので、私も何をお願いするか考える。そもそも初詣というのは、この一年の罪や汚れを払うためのものだと言うが、多くの人が何か願掛けをするように、やはり何か神頼みせずにはいられないものだ。


ちゃんは何をお願いするの?」


「こういうのって口に出したら叶わなくなるから教えちゃ駄目なんだよ。」


「ええ、良いじゃん。ちょっとだけ、ね?」


 悪戯っぽい笑みを浮かべて顔を寄せるレンを愛おしいと感じた。


「あ、やっとだ。」


 前に並んでいた参拝者が退いて、ようやっと私達の番が巡ってきた。小銭を賽銭箱に放り込み、二人で手を合わせる。


 レンとずっと一緒にいられますように。
 勉強が捗りますように。
 みんなが健康で過ごせますように。


 ありきたりなお願いをつらつら胸の中で唱えて私は視界を開いた。レンも少し遅れて合掌を解くと、意味もなく微笑みかけてくる。そして私の手を柔らかく取ると、行こう、と手を引いた。後方を見ると、まだ遥か先まで列が続いているように見えた。






 屋台でイカ焼きを買って噛り付きながら、石段に腰掛けた。香ばしい醤油の香りが体に満ちて幸せな気持ちが一層色濃くなる。


「なんか屋台の食べ物ってチープなのに美味しいよね。」


 私がイカ焼きにかぶりついているのを見ながらレンは笑った。そんなにも美味しそうな表情をしていたのだろうかと思うと少し恥ずかしい。


「うん、なんか味付けとか大袈裟なのに美味しいの。」


 レンは上品な口の動きで食べていたと思うと、いつの間にかイカを貫いていた竹串だけを残して完食していた。


「あ、レンじゃない?」


 突如背後から聞き慣れない女の声がレンを呼んだ。私は呼ばれた訳でもないのに、振り返るレンにつられて背後を見やった。同い年と思しき女子と男子が二人ずつ立って、レンを見ていた。


「うわ、久し振り。みんな元気?」


 レンは驚いたように目を丸くさせて立ち上がった。
 声は喜色に満ちているようなのに、ほんの一瞬、戸惑うような瞳に見えたのは、夜半遅くで月明かりが映した錯覚なのかもしれない。


「高校上がってから全然見かけないからどうしてたのかと思った。」


 男子の一人がそう言ってレンの肩を親しみを持って小突いた。レンはわざとよろけて笑う。


「もしかして彼女?」


 最初にレンへ声を掛けた女子が興味深そうに私を見つめる。メイクが濃いわけではないが、派手な顔立ちで背も高くて綺麗だ。思わず萎縮してしまいそうになるが、私は頭を下げた。すると相手が色めき立つより先にレンが私の肩を抱き寄せた。


「そう、ちゃん。入学式の日に仲良くなったんだ。しかも家が隣のマンションな上に同じクラスで隣の席。」


 自慢気に語るレンに私は赤面しそうだった。


「凄い、正に運命じゃん!」


 彼らは興奮したように口々と喚いた。私が心細気にレンを見やると、中学の同級生だと教えてくれた。なんとなくは分かっていたが、その答えを貰って、私は安堵する。


「初めまして、です。」


 私は今一度挨拶をした。すると、彼らも矢継ぎ早に名前を教えてくれるのだが、何やら久し振りの再会に興奮していてすぐには覚えられなかった。年相応に溌溂とした雰囲気の彼らの中で、一人の女子が居心地が悪そうにしているのが気に掛かった。


「レンが元気そうで良かったよ。レンには幸せになって欲しいよ、俺らは。」


 俺らは、という言い方が、何と無く腑に落ちない。誰かがレンの幸せを望んでいないような、そんな意味を言外に臭わせる。考え過ぎなのだろうか。


「あはは、ありがとう。今幸せだよ、僕は。」


 かく言うレンもそのような言い回し。私の知らない話が交わされているような、居心地の悪さ。少しだけ与太話を交わして、また連絡する、と言い残してレンの同級生は立ち去った。


「ごめんね、吃驚したでしょう?」


 レンは私の方を向いて眉尻を下げた。私は首を横に振る。


「ううん、大丈夫。レンにとっては地元だもんね。今までどこでも会わなかった事の方が不思議なくらいだね。」


 何か靄がかったような気持ちを誤魔化すように大袈裟に笑顔を作った。


「あのさ、ちゃんに隠し事したくないから、この機会に話したいんだけど、聞いてくれる?」


 普段の明るい振る舞いから想像出来ないような苦々しい物言いに私は自然と居住まいを直し、小さく頷いた。するとレンは泣きそうな表情で笑う。


「歩きながら話そうか。」


 レンが私の手を取り直して、家路へと向かうのに従った。










「さっきの同級生の中の一人が、僕が昔付き合っていた女の子。後ろに居た髪の毛の短い子。」


 そう切り出したレンの指す以前の恋人というのは、やはり居心地が悪そうにこちらにあまり目を向けようとしなかった女子のことであった。私はドグドグと血が身体中に巡る感覚を覚えながら、頷いて続きを促した。


「その隣に居たって奴が今はその子と付き合ってるんだよ。」


 名前を聞いても今一分からないが、それはその彼女の隣に立って居た男子のことを指しているのは大凡予想が付いた。


「僕ね、あの子と付き合って居たことを、みんなに教えてなかったんだ。彼女が出来たって伝えたけど、それが誰かは濁したままにしてたの。なんかあの時は恥ずかしくって、でもみんなに内緒でこっそり二人で会うことが、なんか秘密めいてて楽しかったんだ。今思えばそれが駄目だったのかもしれない。」


 ぽつぽつと、それでも丁寧にレンは説明してくれる。


「どうしてそれが駄目だったの?」


 思わずそう尋ねると、レンは苦笑いを浮かべた。それはなんだか胸を締め付けるような居た堪れなさ。


からあの子のことを好きだって相談を受けたんだよね。しかも、向こうも自分の事が満更でもないような気がする、とかが言い出したもんだから、僕、頭に血が昇っちゃって。その場はなんとかやり過ごして、彼女に問い質したんだ。の事が好きなのかって。」


 そこまで語るとレンは暫しの間、口を閉ざした。当時を思い出しているのかもしれない。私は、頼りなさ気に繋がったレンの指をしっかりと絡めて握り直した。


「あの子はそんなわけないって否定したよ。でもね、僕はもう信じられなかったんだ。僕の友達に思わせぶりな事をする子が、僕の運命の人なわけがないって。その時初めて、僕は女の子を泣かしたんだ。」


 悔んでいる、というような口調でレンは呟いた。レンの中にそのような激情があるなんて、私には想像も出来ない。何があっても朗らかに笑って、温厚そのものの彼が、恋人を泣くまで追い詰めるような激情を持っているだなんて。しかしそれは同時に私の知らないレンを、あの居心地悪そうに突っ立っていた彼女は知っているのだという、なんとも御門違いな嫉妬を産むには充分であった。


「まあ、結局僕と別れてすぐに、と付き合ってるんだから、もしかしたら僕に言った言葉は嘘だったのかもしれないけどね。」


 ふふ、と吐息を漏らすようないつもの笑い方をしても、そんな話を聞かされてしまうと、無理に笑っているのではないか、と私は悲しくなってしまう。


「みんな、僕が彼女と別れたって言った時には慰安会とか開いてくれちゃってさ。も僕を必死に慰めてくれたりして、なんか馬鹿馬鹿しいやって思ったよ。僕はあの子のことが凄く好きだったんだ。それを奪われた当人に慰められるなんて、凄く屈辱だったんだよ。」


 絡めた指先がぎりっと力強く握られて、私はレンがどれほどその時傷付いたのか、容易に想像が出来た。きっと、思い出すだけで身が震える程の怒りと失望なのだ。


「レン、もういいよ。」


「でも、僕はがあの子と付き合った時、おめでとうって、心の底から祝ってるような振りをしたんだ。」


 私の言葉を無視してレンは続けた。だから私もまた改めて聞き役に徹する。


「僕ね、皆の事が大嫌いだったんだ。僕は中学の時は頭が良い方だったし、じゃなきゃ今の高校に進学出来るわけないでしょう?だから皆の事を頭が悪いし、日本語は乱れてるし、馬鹿な事を恥ずかし気もなく喚くし・・・、見下してたんだよ。」


 最低でしょ、と自嘲的な笑みを零して、レンは続けた。


「多分皆も僕に見下されてるってこと、知ってたと思う。それなのに優しくしてくれる人達ばっかりでさ。大好きだった、運命だと思った彼女を見下してた奴に奪われて気が狂いそうだったのに、凄く必死に応援してくれて、胸が苦しくなったんだ。だから。」


 そう言って一呼吸置くと、レンは歩みを止めて私を見つめた。私もつられて歩みを止めてレンを見ると、両手をしっかりと握られる。心細気なレンを見ていると、私は喉に何かが詰まってしまったように、何も声が出せなかった。


「だから僕、変わりたかったんだ。僕より頭の良い人が沢山居る所で、どん底から始めたかった。僕の事を知ってる人が居ない所で、最初からやり直したかった。だからあんなに遠い高校に行ったんだよ。そしたら、ちゃんに出会った。僕みたいな最低な奴を、好きになってくれる彼女と出会った。僕、凄く幸せだよ。」


 最後は掠れるような声色で、レンは必死に訴えてくれる。私はなんだか涙が出そうになって、それを堪えるのに必死だった。


「僕、まだ完全には変われてない。何処かでまだ人の事を小馬鹿にしてる時だってある。ちゃんを誰にも奪われたくなくて、誰にでも敵対心を持ってるし、独占したいって思ってる。それでも、こんな僕でも、ちゃんは良いの?」


 ぐっと唇を噛み締めて尋ねられる。私は首を横に振った。レンの不安な気持ちを少しでも取り除くことが出来るよう、大袈裟なくらいに。


「私はレンが今までどんな風に過ごしてきてたって、今のレンが良いよ。レンじゃなきゃ嫌だよ。」


 安っぽい台詞だと自分でも思いながら、でもそれ以外に言葉を見つけられない自分の語彙力の無さを私は嘆いた。しかしレンは嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとう。人いっぱい居るけど、抱きしめて良い?」


 レンは少し恥ずかしそうに声を潜めて言って、私の瞳を覗き込む。何もない所で立ち止まっている時点で、少々目立ちそうな私達だが、きっと新年明けての高揚感で誰も気にも留めないはずだ。私が頷くとレンは笑って私を抱き締めてくれる。レンの背に手を回すと、羽織っている上質な生地で作られたコートの繊維ひとつひとつが凍っているように冷たかったが、胸や肩から伝わるレンの体温は異様なまでに熱く、私は妙にどぎまぎした。


ちゃん、大好きだよ。」


「私も、レンが大好き。」


 肩口にレンの頭が埋れて、少し甘えている様子がくすぐったくて、私は思わず笑みが浮かんだ。するとレンが私の耳元に唇を寄せる。少し官能的な仕草にまたどきりとして、私は思わず力んでしまった。そんな私を面白がるように吐息を漏らして笑うレンに、またこそばゆさで力んでしまう。そしてレンがゆっくりと口を開いた。






「誰にも渡したくないよ。勿論、カイト先輩にも、ね。」






 妙に色っぽい声
 寒いからか
 興奮からか
 恐怖からか


 身体の芯が震えた




















―あとがき―
病んでそうな書き方をしてしまいましたが、レンは病みません。
本音が見えない、何を考えているのか分からない。
ヒロインにとってそういう存在にしたいだけですが、妙に病むのが似合うので困ります。
そろそろ展開が欲しい所ですので、頑張ります。
余談ですがレンが着ているコートは一昨年グッチのコレクションに出てたコートをイメージしてます。
服装をイメージするのが楽しすぎます。

140505














































アクセス解析 SEO/SEO対策