ドリーム小説  旅行はあっという間に過ぎてしまい、あの夢のような時間から既に一週間が経とうとしていた。それは私が学校の近くのお祭に行くことを意味していて、私はなんとなくタイミングを逃したまま、レンにそのお祭に行くことを言えずにいた。


 ― ちゃん、今日何時ごろ帰ってくる?


 部活の休憩中に携帯電話を見てみると、レンから数分前に着信が入っていたので私が折り返すと、2コールほどでレンが出てそんなことを尋ねてきた。


「え、どうしたの?」


 唐突な切り出し方に私は戸惑いながら尋ね返す。今日は部活の仲の良いメンバーで学校の近くのお祭に行くことになっていた。レンには言っていなかったことが後ろめたい気持ちからではなくても、その言えなかったという事実は後ろめたい。なおかつ今朝、会って話した時、レンがバイトを終えるのがいつも通り十時頃だと聞いていたので、「部活の後に少し遊びに行く」なんて遠からずとも近からずな理由をつけて、それくらいの時間にお店に行くと言ってしまったのだ。


 ― 実はさっき夜のバイトの子から連絡入って、風邪引いたから休むって言っててさあ。僕が変わりに閉店までやらなきゃいけなくなっちゃったんだ。


「えー、レン大丈夫なの?昼から閉店までって十二時間以上居なきゃいけないじゃん。」


 レンの働いている店は昼はカフェ、夜はバーをやっており、閉店は夜二時だ。今日は確か昼の一時から出勤だと言っていたはずなので、相当な労働時間のはずだ。


 ― いや、僕は全然大丈夫なんだけど・・・。今朝、ちゃんと一緒に帰るって約束したのに、凄く申し訳なくて。だからごめんなさいのお電話。


 律儀に電話越しに頭を下げているレンの姿が目に浮かぶ。私はそんなレンを可愛いな、なんて思いながら思わず笑みをこぼした。


 ― なんで笑うのー?


「え、だってレンがあんまり律儀だから可愛いなあって。」


 私が笑いながら答えると、レンは電話越しに唇を尖らせているのだろう、不満そうな声を漏らしている。それでもそれが本当に嫌だといっているわけじゃないことくらい、十分に伝わる。


「大丈夫だよ。私もレンが上がる時間ちょうどに行けるとも限らなかったしさ。なんだったらレンがあがるまでお店で待ってるし。」


 明日の練習は午後からだし、レンが一緒なら親も何も言わない。それくらい、うちの両親はレンのことを信用している。


 ― え?そりゃあ嬉しいけど、流石に遅いし、家に帰れるのも三時過ぎとかになっちゃうよ?


 少し戸惑い勝ちの声色でレンがそう言う。


「大丈夫だよ。私明日午後から練習だし、お母さんもお父さんもレンが一緒なら何も言わないし。私はレンにちょっとでも会いたいもん。」


 そう答えるとレンは少し黙りこくって小さく唸った。それは悩んでいるというよりは、少し困ったような声だ。


 ― すぐそうやって嬉しいこと言うんだから。ちゃんとお母さんとお父さんに連絡入れといてよ。僕からも連絡しとくけどさ。


「あはは。いいよ、私からしとくから、レンはしなくても。気ぃ使いすぎだよ。」


 ― だってちゃんの家族に嫌われたくないもん。これからずっと一緒に居るんだから。


 いつも私たちはくっついていて、大好きだなんだと、周りが冷静な目で見れば暑苦しいくらいのカップルだが、こうしてレンに「ずっと一緒」だとか言われると恥ずかしくて、目の前に本人が居ないのに赤くなってしまう。少し阿呆な声を漏らすとレンが吹き出して笑った。


 ― 照れてんのー?


「意地悪。」


 ― 冗談。部活頑張ってね。


「レンもね。」


 そう話して電話を切った。昼から始まった部活の休憩は大体の人が水分補給やおしゃべりに使うのだが、私は暑さと結構な運動でお腹がすぐすいてしまうので、いつもサンドイッチかおにぎりを持ってきている。今日も食べようと思って出していたサンドイッチを携帯電話を鞄に放り込んでから口に加えて味わう。すると後ろからぽんと肩に手を乗せられた。


「相変わらず仲良いね。」


「カイト先輩、盗み聞きですか?」


 休憩は各自校内であれば好きな所で取っていいのだが、私は中庭に面している渡り廊下で食べるのが日課になっている。ちょっとグラウンドから離れているが、日陰があるので涼しくて好きだ。何より中庭は割りと自然に溢れていて綺麗なので、ちょっとしたピクニック気分にもなれる。


の声がでかいんだもん。なんか居るって気付いてるのに目の前素通りするのも変な感じだし、隠れて聞いてたの。」


「そういうのを盗み聞きって言うんですよ。」


 私がむすっとした表情をわざと作って睨みつけると、先輩は笑って隣に腰を下ろしてきた。


「鏡音くん、バイト長引きそうなの?」


「そうみたいです。一人欠員が出たとかで。」


「大変だねえ。」


 のんびりした声でそう言って、先輩は携帯電話を開いて、すぐにぱたりと閉じた。時間を確認したのか、「あと休憩15分だよ」といって笑ってくる。


「そういえば今日のお祭、結構いっぱい人いるんですか?」


 私がそう尋ねると先輩は少し考えてから口を開く。


「割とね。ここら辺じゃあ規模も大きいし、一万発くらい花火上がるしね。」


「そうなんですか?思ったよりも規模大きい!」


 わくわくしてしまって思わず声を大きくしてしまった。子供みたいな自分の声色にびっくりして私はカイト先輩から目をそらした。先輩は面白そうに小さな声で笑い声を抑えていた。










 部活が終わり、花火の打ち上げが始まるのが七時半からということで私たちは急いで祭のやっている場所まで向かった。カイト先輩と二年生の先輩二人と四人で行くことになったのだが、一緒に行くことになった二人の先輩は付き合っているだとかで必然的に歩く時に私はカイト先輩と並んで歩くことになった。付き合っているのなら二人で行きたかったんじゃないかと私が尋ねると、「カイト先輩も今年で卒業だし、せっかくだから。」とフランクに話してくれた。


 会場には多くの人がごった返し、屋台が軒並み並んでいた。私は圧倒的な人の数に気圧されて、思わず間抜けな感嘆の声を漏らしてしまうほどだった。


「これはぐれたらやばいですね。」


 一人の先輩が苦笑いしているが、カイト先輩は呑気に笑っている。


「携帯で連絡取ればいいし、最悪それぞれ帰れるじゃん。」


 それはそうなのだが、そういう問題だろうか、と私は笑った。花火が上がるまでには時間があるので、私たちはぷらぷらと屋台を覗きながら歩いた。人と肩が沢山当たって疲れるのだが、それでも色とりどりの浴衣や沢山の屋台の香りに頭が熱を持って気持ちが良かった。


「あ、先輩先輩!」


 私は人ごみの中を斜め前に歩くカイト先輩の服の裾をつまんで呼び止めた。


「ん?なんか良いのでも見つけた?」


 先輩が足を止めて私の方へ一歩歩み寄った。私は目に映る真っ赤な屋台を指さした。


「私りんご飴買いたいんですけど待っててもらっていいですか?」


 そう言うと先輩はにっこりと笑って、少し先を歩く二人にもそう伝えてくれた。ちょっと並んで待たなければならないが、お祭の熱気はそんなこともどうでもよくなるくらい楽しくさせる。


「私、りんご飴見るとお祭来たなあって気持ちになって楽しくなっちゃうんです。大体全部食べきれないのに買っちゃうんですよ。」


 背の高いカイト先輩を見上げて私が言うと先輩は笑った。


「分かる分かる。あの小さい姫林檎の飴じゃ満足いかないよね。」


「そうなんですよ!」


 私はそんな些細なことを分かち合うだけで興奮して大声ではしゃいでしまう。そんな私を子供扱いするかのように、頭に手を乗せてきてポンポンとカイト先輩に頭を撫でられた。ちょっとしてから目的のりんご飴を買って、屋台から少しずれて封を開けて食べ始める。食べ歩きなんて行儀の悪いことは普段しないけれど、お祭の時はこれが一番楽しい。


「もうすぐ花火上がる時間だね。」


 カイト先輩はりんご飴の外の赤い砂糖をぱりっと歯で噛んでからそう呟いた。腕時計を見てみると、もう十分ほどで花火があがり始めるようだ。


「本当ですね、行かないと。」


 私がそういうと先輩は私の空いた左手をそっと掴んだ。私が吃驚して思わず目を丸くして見上げると、先輩は不思議そうにこちらを見た。


「はぐれちゃうでしょう?こっちから行こう。」


 先輩はそういうと二人が待っている方向とは違う方へと歩きだした。屋台と屋台の間を抜けて、一つ隣の並木通りを進む。


「え、カイト先輩。向こうで先輩たち待ってるんじゃないんですか?」


 私は引っ張られ気味に先輩に連れて行かれて、後ろからそう声を掛けた。けれど一本隣の道だとしても祭の喧騒はどこまでも続くようで、先輩には私の声が届かなかったのか返事がなかった。少し早歩きに、それでも背の高くて足の長いカイト先輩の歩幅に合わようと思うと、私は少し小走りくらいになっており、先輩が立ち止まってこちらを振り返った時には、息は上がらずとも少し疲れていた。りんご飴を持っていた手がぐにゃぐにゃと変な感覚。


「ここからだと、人も少ないし見やすいんだよ。」


 お祭の会場とは少し離れたところだが、確かに木々の背も低く、見晴らしもよさそうだ。何よりベンチがあって、カイト先輩に促されるまま座ったら少し楽になった。しかし手を離そうとはしない。先輩が考えていることを、考えるのが恐くて私は首を小さく横に振って気にしていない素振りを続ける。


「せ、先輩。二人はどうするんですか?」


 それでも私は気がかりがあってそう尋ねると、先輩はいたずらに笑う。レンがたまにする少年のような笑みとは少し違うけれど、ちょっとドキッとしてしまった。


「いいじゃん。多分あいつら、どうせなら二人で居たかっただろうし。」


 ね、と先輩が小首をかしげて私の様子を伺うように微笑みかけてくる。確かにそれは思ったが、二人は気にしないと言っていた。そもそもそれが気を使わせていたのかもしれないのだが、何の連絡もなしに離れて大丈夫だったのだろうか。少し不安ではある。


「あ、連絡入れとくから多分大丈夫だよ。」


 そういって先輩は携帯を取り出して、見事な指使いでメールを打ち始めた。どうして手を繋いだままなのだろうか。もうベンチに腰掛けているのだから離れることはないというのに。そもそも私の左手を先輩が右手で繋いでいるので、携帯は使いにくいのではないか、と思ったのだろうが、左手でカチカチと打って十秒ほどで携帯を畳んだので、私は驚いた。


「もしかして先輩って左利きなんですか?」


 左手でキーを打っているのを見て初めて気がついた。


「え、知らなかった?俺、一緒にご飯行ったりしてるよね?」


 確かに部活のメンバーも含めて、晩御飯を一緒に食べに行ったり、この前は先輩と二人で先輩のお母様のプレゼント選びをした時もあったというのに、全く気が付かなかった。


「なんか今改めて気付きました。」


 私はそういうと、思わず関係もない繋がれた手を見てしまった。少し困る。こういう状況は慣れていない。レンは今バイト中なので、見られることはないにしても、私の良心が痛むのだ。


「手、離して欲しい?」


 カイト先輩はなんてことないという笑顔で尋ねてくる。


「え、いやそんなことは・・・。」


 離してほしい、なんてストレートに答えられるわけもなく、私は思わずしどろもどろにそう答えてしまった。すると先輩は吐息を漏らして微笑んでこちらの顔を覗きこんでくる。距離が少し近づいただけで、私は緊張が走って顔を強張らせる。


「じゃあもうちょっとこのままでいようよ。」


 先輩はそういうと手を握る力を少し強めた。私はそれに答えることは出来なかったが、それでも手を振り払うことが出来なかった。脳裏にレンの姿が一瞬でも消えることはなかったのに、その瞬間だけはそれが起きてしまった。カイト先輩の纏う柔らかい穏やかな空気に飲まれてしまったのだ。


「せ、先輩は・・・。こんなことを聞くのは少しおかしいかもしれませんけど・・・、私のこと好きなんです、か?」


 心臓がばくばくと音を立ててうまく言葉が紡げない。でもこの質問に頷かれたら、私は先輩とこれ以上一緒にいるべきではない。私はレンと付き合っていて、レンのことが好きなのだから。先輩は少し目線を私からずらしたが、すぐに私の瞳に戻してくる。少し妖艶に、瞳をゆらりゆらりと揺らして先輩がこちらを覗き込むので、私は息を呑んだ。綺麗だ。


 その瞬間、「パンッ」と花火が夜空に散った。私は反射的に空へと視界を動かした。綺麗な青色と黄色が方々へと煌いた。瞬間、私の視界いっぱいに、違う青色が広がって、唇に温かくて柔らかい先輩の唇が触れた。一瞬の出来事に、私は抵抗も出来ずに目を丸める。ほんの一瞬だったのに、私には一分にも一時間にも感じられるような、それくらい永い時間だった。


「せ、先輩・・・?」


 声が裏返る。引き攣る。先輩が私の視界いっぱいに広がって、少しも動けない。先輩は節目がちだった瞳を開いて、こちらを見つめてくる。その瞳に少しの罪悪感が浮かんでいた。


「ごめんって言うとずるいから言わないけど、付き合いたいとか言うつもりないよ。でも好きなんだ。じゃないと買い物だってお祭だって誘わないよ。」


 私は頭が真っ白なような、それでいて闇に突き落とされたような、なんとも言えないもやもやに浮かんでいた。先輩に対して怒りが沸かなかったわけではないが、それでもその場で逃げ出すことが出来なかったのは、先輩が少し寂しそうな目をしたせいだ。そう言い聞かせたい。


「ごめ・・・んなさ、い。」


 私は何に対する謝罪なのか分からないが、思わずそんな言葉が口から溢れた。レンへごめんなさい、なのか、気持ちに答えられずごめんなさい、なのか。先輩は後者で受け取ったのか、先輩は顔をくしゃくしゃにして困ったように笑った。


「いいよ。俺こそごめんね。こんなことするつもりなかったのに、なんとなくが、不安そうな顔をしたから、もしかして奪えるのかもとか思っちゃって、さ。」


 性格悪いよね俺、と言って苦笑いをひとつ。先輩は握っていた手を離して、その代わり私の頭を撫でてくれる。私は涙がぽろぽろと流れ出してしまって、止めることが出来なかった。それでも先輩は私の頭を抱えて胸に抱きしめるとポンポンと優しく撫で続けてくれる。


 レンになんて言えばいいのだろう。何故お祭に行くことを内緒にしてしまったのだろう。全てが全て、悔やまれた。


「先輩、私、レンが好きですよ・・・。」


「うん、知ってる。邪魔するつもりもないよ。だから今のも事故です。」


「私、泣いてるのはレンに申し訳ないからですよ・・・。」


「うん、知ってる。気にしないよ。」


「それでも、先輩。これからも・・・仲良くしてくれますか・・・?」


「もちろんだよ。だから泣かないで。」


 私は涙を先輩の着ていた服の肩で拭ってから顔を上げた。






 先輩の瞳が花火の光でゆらゆら揺れていて、海辺にいるような静かな気持ちを取り戻せた。




















―あとがき―
久しぶりに「離れるな。」書きました。カイトが急接近です。本当はもっと紳士的な奴を書こうと思ったのですが。
ちょっとVS夢にするからには、ひと悶着くらいさせたいなあと思いまして。
カイトは本当に難しいです。私がそもそもカイト夢を読むことが少ないので・・・。申し訳ありません。
さて、早速リクエストがきておりましたので、少しリクエストの方に答えようと思っていますので、
また続きが書けるのは先になってしまいますが、まだまだ続きますので、今後もよろしくお願いいたします。

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