ドリーム小説  旅行のことはおおよそ決まった。ご飯や買い物、遊ぶことにお金を使いたいから、旅館などに泊まったりなんて豪華なことはせず、どこか適当なビジネスホテルなりラブホテルに入ることにした。行きたい場所の候補も決めて、二日目にはお寺巡りをすることにしたものの、祭だけはどうしても決まらずにいた。あまりに沢山のお祭があるので、何が良いのか分からなかったのだ。
 どうしたらいいのか、なんて考えていると、ちゃんがパソコンの画面を凝視しながら提案してきた。






「規模は小さいけど、宮津の燈篭流しが見たいなあ。」






 明日から旅行ということで、いちいち待ち合わせるのも面倒だというちゃんは、僕の家に旅行の準備を持って泊まりにきていた。そんなちゃんを迎えに行ったときに、ちゃんのお母さんが「そんなにせっかちにならなくても楽しみは逃げないのにね。」と僕に笑って言ったけれど、僕は一秒でも長くちゃんと一緒に居たいので嬉しい申し出であることは確かだった。


「宮津って天橋立あるところだっけ?」


 ベッドの上で寝転がって僕のノートパソコンで色々と検索をしているちゃん。僕はその隣に寄り添うように転がって、一緒にその画面を覗き込んだ。その画面にはちょうどその祭を取り上げた記事が載っている。


「そうそう。私、一度行ってみたかったんだよね。日本で二番目に古いカトリック教会があるんだよ。」


「へえ。いいね、教会とか僕好きだな。古い建築物って厳かだよね。」


 あの厳かな建物を見上げている時、とても自分のちっぽけで小さな生き物に思えると、悲しさよりも安堵のほうが大きく感じるのだ。


「え、じゃあ宮津でいい?向こうに着いたら教会みたり、天橋立見たりしようよ。」


「もちろん。ちゃんとなら何処でも楽しいよ、きっと。」


 僕は明日が楽しみで気分が高揚してきて、ちゃんの背中に軽く乗っかって上から抱きしめた。


「私、楽しみで目が醒めちゃって眠れないよー。」


 ちゃんはベッドに顔を埋めて声を漏らして笑っている。本当に嬉しそうなのがそこから伝わってきて、僕も余計嬉しくなって頬を緩ませた。


「でも寝ないと明日向こうでいっぱい寝ちゃったら勿体無いよ。沢山遊ばないと。だから今日はちゃんと寝よう。ね?」


 僕は手元にあったノートパソコンの画面をパタンと閉じて、適当にサイドテーブルに戻すとちゃんを一層抱きしめた。華奢なちゃんは、小柄な僕にでさえ小さく見える。ちゃんは僕の腕の中でくるりと体の向きを動かして、なんとか僕と向き合う体勢になると、すっぴんの薄い顔で僕を見つめた。


「二日間、ずっとレンと一緒に居られるなんて、考えただけで幸せなのに、明日になったら私、幸せすぎて死んじゃうかも。」


 ふふ、とちゃんは幼く笑った。その言葉と表情があまりに可愛くて僕はたまらなかくなる。


「だね。僕も頭の中がそればっかりで大変だよ。」


 僕はそう言って、もう一度サイドテーブルに手を伸ばし、リモコンを掴むと部屋の電気を消した。一瞬視界が奪われるような感覚の中でも、ちゃんだけはそこに確かに強く存在している。


「レン、お休みのちゅうはしないの?」


 ちゅう、だなんて幼稚な言葉を使うちゃん。今日はいつもより甘えたで、でもそれが僕には心地よい。思わず僕は息を漏らすように笑ってしまって、ちゃんの唇を探し当ててキスをした。するとちゃんは離れようとした僕の唇を惜しむようにもう一度せがんで重ねてくる。愛らしい行動に、僕は余計興奮してしまって、結局二人ともしっかり眠ることなど出来なかったのだ。










「着いたあ!」


 高速バスを降りると、ちゃんは表情を明るくさせてそんな声をあげた。天気はぽかぽかと暖かく、ほんの少し風が吹いている。京都まで高速バスで二時間、そこから天橋立まで特急で二時間かけて、ちょうど四時間経ったころに僕たちは目的地へ降り立った。


「お腹すいちゃったね。」


 朝七時に家を出て、ずっと荷物を持って移動してきたのだ。もう時刻は正午に差し掛かっていたし、随分疲れてしまった。


「だね。どっか駅のロッカーに荷物預けてご飯食べに行こうよ。」


 ちゃんは嬉しそうにそう言う。本当に楽しそうにしてくれるので、僕は来てよかったと心から思えた。僕がすべて計画した、とか僕からのプレゼントだとか言うわけではないのだが、こうも嬉しそうにしている彼女を見ると、隣に居るだけで嬉しかったのだ。


「そうだね。何食べたい?」


「せっかく宮津来たんだから、魚食べたい!」


「じゃあ、歩きながら探そうか。」


 僕はちゃんの旅行の荷物の入ったバッグを肩にかけてちゃんに手を差し出した。ちゃんは荷物を持ってもらうことを申し訳ないと思ったのか、それでも少し僕を見てから甘えたな子供のような瞳で笑って手を繋ぐ。ああ、幸せってこういうことを言うんだなあと、僕は手から伝わるちゃんの温もりに改めてそれを実感した。






 僕たちは駅のロッカーに荷物を預けて、軽くなった体でカトリック教会まで向かった。その道中で見つけた魚料理屋で鯖寿司を食べたが、ちゃんは始終満足そうに笑っている。そんなに鯖が美味しかった?と尋ねると、レンと一緒だから嬉しいの、と可愛い答えをくれて、僕は舞い上がってしまう。
 歩きながらの旅行なので、体力も使うし日差しが暑かった。それでも僕たちはどちらの汗か分からなくなることもかまわずに手を繋いでいた。


「写真で見るより凄い厳かな雰囲気だね。」


 教会に着いて立ち止まると、ちゃんはぽつりと誰ともなしにそう呟いた。日本で二番目に古いカトリック教会は、古きフランスを彷彿とさせる建築美で、僕たちは思わず見とれてしまった。


「だね。今日は参拝ないはずだから見学出来るんだよね。」


 僕たちの他にも、今日の祭があるせいか観光客が割りといて、聖堂の中へと入っていった。それでも僕たちのような若者はほとんど少なく、夫婦連れ添っての観光客ばかりだ。


「中入ろうよ。ステンドグラスが見たいな。」


 ちゃんは僕の手をぎゅっと握って急かすようにそちらへ向かった。無邪気なちゃんに振り回されることが、僕にとってはたまらなく愛しい時間だ。扉を開けると、言葉に出来ないほどに美しいステンドグラスが教壇の後ろや壁面にある。


「凄い綺麗。開閉式だよ、珍しいよね。」


 ちゃんは教壇の後ろのステンドグラスを指さしながら目をきらきらさせている。


「うん、家にこの景色が欲しいよね。なんていうか、圧倒される。」


 ぼんやりとしてしまいながら僕はそう答えた。教会の中心に立つ僕たちはあまりにも小さくて、周りの圧倒的な存在感に押しつぶされてしまいそうだ。


「言葉に出来ないね。あ、天井が丸い。昔だったら作るの大変そうだなあ。」


 ちゃんは沢山のものにひとつひとつ感想をつけて僕に教えてくれる。どれだけ楽しんでいるのかを僕に精一杯伝えてくれているのかもしれない。そう思うと、なんて優しい子なのだろう。ふと周りの客を見てみると、写真を撮っている者が大勢いた。僕はそんな観光客を視界の端で捕らえながらも、畳を踏んで教壇の周りをいろいろ見ていた。


「こういう造りの家具とか欲しい。可愛い。」


 僕が棚を見つめながら言うと、ちゃんは大きく頷いた。


「うんうん。この使用感だからこそまた良いよね。」


 指を絡めながら、僕はちゃんと同じものを見つめて、厳かな空気を胸にたっぷり吸い込んだ。聖堂を出て、教会の周りをぐるりと回ってから、僕たちは教会を後にした。


「なんかさ、僕、教会とかって写真に収めたくないんだよね。写真撮るのは自由なんだけど、なんか違うなって思っちゃうんだよね。」


 写真を撮っていた夫婦を思い出しながら僕は呟いた。ああいう厳かな場所を写真で撮るのは嫌なのだ。触れてはならない部分に触れてしまったような気分になる。僕はそう理由も話した。


「あ、それ私も思う。でも私はもっと単純に、写真では伝わらない美しさがあると思うんだよね。自然だって建築物だって、実物の方が綺麗に決まってるもん。だからその美しさを伝えようって写真にしたって結局は実物を見た瞬間に写真は意味をなくしちゃうと思うの。そうすると写真以上の美しさがあるのに写真でしか見てもらえなかった物も可哀相だし、だからといって実物の美しさに忘れられちゃう写真も可哀相だなあって。」


 下唇に指先を当てがって、ちゃんは語った。温かい気持ちになる見解だ。僕はちゃんの柔らかい髪の毛を撫でた。不思議そうにこちらへ顔を向けて疑問符を浮かべるちゃんにそっとキスをした。


ちゃんのそういう所、凄く好き。」


 僕が笑いながら言うとちゃんは「そういうところ?」と意味が分からないというような表情をする。僕はそれでも尚頷くと照れ笑いを浮かべた。


「よくわかんないけど、ありがとう。」


 そう言ってちゃんはほんの少し高い僕の肩に手を置いてキスをしてくれる。


「私もレンが大好き。今の話だって、分かってくれるだけで運命だって思っちゃうもん。」


 ちゃんは無邪気な笑みを浮かべて、そう言うと僕の手を取り直す。僕は指を絡めて、今すぐちゃんを抱きたいというもどかしさをぐっと堪えていた。






 古い町並みをひとつひとつ噛み締めながら祭のある場所の付近にやってきた。日がとっぷりと暮れてきたら、観光客が続々と増えてきて、はぐれないように手をしっかり繋ぐ。ちゃんは無邪気に繋いだ手を大きく振ってみたりしては、僕の方を見て楽しそうに笑ってくれた。


「もう30分もしたら花火上がるね。」


 僕が腕時計を見ながら言うと、ウキウキした調子でちゃんは一緒になってそれを覗き込んだ。


「本当だ。もうそんな時間なんだね。海辺行こうよ!もう燈篭流し始まっちゃうよ。」


 宮津湾を漂う一万の小さな赤い船。それはとても幻想的だろう。僕が頷くとちゃんは嬉しそうに足取り軽くそこへと向かった。浴衣姿の女性ばかりの中でも、僕にはちゃんが一番眩しく愛らしく見えた。






 しばらくして、僕らの左手からゆらりゆらりと火を燈した小船や燈籠が流れてきて、一瞬わっと声が上がった。


「綺麗・・・。」


 ちゃんは独り言のようにそう言った。ちゃんの瞳が赤い光を受けて揺らいでいる。


「うん。凄いね。」


 僕の安っぽい感嘆の声にちゃんは僕の顔を見詰めた。すると、すっとちゃんの細い指先が僕の方へと伸びてきた。


「レンの髪が反射してキラキラしてるよ。」


 僕の金髪を指で梳かして、ちゃんは微笑む。その瞬間、頭上からドンッと大きな音がして、僕らは空を見上げた。


「花火!凄いよ、レン見えた?」


 初めて花火を見たとでもいうような興奮ぶりで僕に視線を戻したちゃんが声を大にしてそう言う。隣にいるちゃんがこうも楽しそうにしてくれると、たとえ僕が本当は花火や祭ごとなんかに興味がない男だったとしても楽しい気分になるに違いない。


「うん、凄く綺麗。しかも近いし興奮しちゃうね。」


 僕も思わず笑みが零れた。ちゃんはその後にまた上がった花火に、釣られるように顔を上げた。子供のような好奇心たっぷりの瞳とは反して、色白な肌がそれだけの明かりなのに美しく妖しく輝いた。ちゃんは感嘆の声を漏らしている。僕はそんなちゃんが目を奪われている花火よりも、幻想的に光るちゃんの肌に捕われていた。ゆっくりと視界を下ろすちゃんにそっと唇を重ねた。このまま一瞬たりともちゃんから目を逸らしたくない。


「夜のレンは色っぽくて綺麗だね。見とれちゃう。」


 うっとりとした黒目がちな瞳が僕を見据える。ちゃんがもう一度せがむように背伸びをするので、僕はまたキスをした。絡めて離すまいとする指先が触れる唇より熱くて汗ばむ。惜しむように離れると、ちゃんは僕の頼りない胸に額を乗せて、ほんの少し体重を掛けた。






「私、きっと世界一幸せだよ。こんなに惹かれ合うなんて運命としか思えないよ。嬉しくて涙が出そうなんだもん。」






 温かい声が語る。


「うん。僕もちゃんと出会えて幸せだよ。幸せすぎて恐いくらいなんだ。」










 気障だと笑われるかもしれないけど、僕はほんの一瞬だってちゃんの笑顔を逃したくなかった。
 それなのに君ときたら、あまりに美しすぎて写真に収めることも到底叶いそうにもないなんて。




















―あとがき―
久し振りに「離れるな。」です。久し振りのレンsideです。
レン視点から見たこの恋の偉大さを描きたくて。ヒロインにべた惚れです。
あと1年後とかの話には急展開を迎える予定だったのですが、あまりにそれでは長すぎるので、早めるつもりです。
お客様からこの小説は「もうレン夢でいいじゃん」という声をいただきます。正直私も思います。すみません・・・。

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