ドリーム小説  夕べ、レンは結局日付が変わるまで私の家に居て、御飯を食べた後にケーキを食べ、近くのレンタルショップで映画を借りて一緒に観た。時計じかけのオレンジは不屈の名作で、お互いに好きだと盛り上がって借りてきた。私もレンも見飽きるほど観た映画だったが、二人で一緒に楽しく観て、その世界観について熱く語った。
 そして今日、私はカイト先輩と買い物に行くことになっていた。夕べに「私服持ってきてよ」なんてメールがきて、いそいそと選んだ服を更衣室で着替える。更衣室の扉を開けると既にカイト先輩はベンチに腰掛けていた。戸を閉める音でこちらに気が付いたようで、顔をあげて私を確認すると立ち上がった。


「予想と違うからちょっとびっくり。」


 カイト先輩は口先ではそういうものの、涼しい顔で微笑んだ。私はいったいどんなイメージが彼についていたのか気になったが、特にそれを口に出すこともなかった。


「カイト先輩の私服も新鮮すぎて、なんか少し照れくさいです。」


 彼はセンスの良い配色のボーダーカットソーに黒の薄手なカーディガン、美しいほど真黒なジーンズをレースアップブーツにオンしていた。レンとは違うお洒落さに、私はどぎまぎしながらそう答える。


「俺も久しぶりに女の子に私服なんか見せたから恥ずかしい。」


 眉尻を下げて目を細めてカイト先輩は笑った。






私たちは学校の校門を抜けて、繁華街に向かった。カイト先輩が店も買うものも決めていたおかげで、すんなりと買い物は終了した。カイト先輩がプレゼントに、と購入したワンピースは上品な色合いの大人っぽいワンピースだった。それをプレゼントするカイト先輩もそうだが、やはりカイト先輩のお母さんのセンスもまた良いのだろう。


「ごめんね、たったこれだけのために付き合わせちゃって。」


 プレゼント用に包装されたワンピースを紙袋の入れてもらい、それを片手に少しいそいそとした足取りで店を後にしたカイト先輩がそう言った。


「いえ、大丈夫ですよ。こんな大人っぽいタイプのお店になんて滅多に入らないからちょっと緊張しちゃいました。」


 素直にそう感想を伝えると、カイト先輩は安心したように微笑んだ。


「よかった。あ、疲れてない?どっかお店でも入ろうか。」


 カイト先輩がそう気遣ってくれる。確かに私はちょうど喉が渇いていたし、部活をしたばかりで大した休憩もなしに歩き続けていたので、少し休みたかった。それに気付いてくれたのか否か、いずれにしても私には嬉しい提案だったので、一度頷いてから、カイト先輩に続いて歩いた。






 私達は西洋風なディスプレイのカフェに入って、ケーキと飲み物を頼んだ。


はこの夏休みどっか行くの?」


 カイト先輩は細い指でストローを掴み、カフェアメリカーノをくるくると混ぜながら尋ねてくる。


「今度の土日にレンと遊びに行きますよ。」


 大それたものではないが、しかしこの二日が私にとって一番の楽しみになることは間違いないだろう。


「いいね、どこ行くの?」


「実はそんな詳しくは決めてなくて・・・。最近部活前と夜しか会ってないから、久し振りに雑貨屋にでも行こうってことくらいなんです。カイト先輩なんか良い案ないですか?」


 私がそう尋ねると、カイト先輩は「どうだろう」などと呟いて、自分の休みの計画でも練るように真剣かつ楽しそうに考えてくれる。凄く良い人だ、なんて思いながら、私はカイト先輩を見詰めていた。レンとは別のタイプだが綺麗な顔立ち、薄い唇は少しセクシーだと考え始めると、私は思わずドキドキしてしまって、その気持ちを振り払うように頭を横に大きく振った。


「え、どうしたの?」


 そんな私の不可解な行動を面白いとでも言うようにカイト先輩は笑った。


「いえ、なんでもないです。」


 考えていたことを読まれたりしたら恥ずかしい。私は笑ってそう答えた。カイト先輩はそれ以上探ろうとはしなかったが、それでも少しおかしそうに笑みは絶やさなかった。


「あ、京都とかいいんじゃない?今ならちょうど花火祭もあるし、楽しいんじゃない?」


 カイト先輩はそう言って、なんだか懐かしむかのようにニコニコと微笑んでいる。表情豊かで見ていて飽きない。レンは奥底が見えないから探りたくなるその感覚が私は好きだけれど、カイト先輩のあっけらかんとした底抜けの明るさにはふと抱き着いてしまいたくなる温かさがある。


「京都いいですね。うち地元のお祭りの日は部活なんで、今年はお祭り諦めてたんです。」


 京都ならお洒落なお店も沢山あるだろうし、何より京都というだけで日本文化たっぷりの情緒溢れる街だと想像が巡り、祭だとなればより一層楽しめそうだ。私はまだ決まったわけでもない京都旅行にぼんやりと想いを馳せながらわくわくしてしまう。


「そうなんだ。学校の近くのお祭りは来週あるみたいだけど、そっちには行かないの?」


 学校までは電車で二時間の距離だ。その近所だといっても、私とレンにすれば随分な遠出になる。考えてもみなかった話だ。


「こっちの方は考えてなかったですね。来週あるんですか?」


「うん、そうみたいだよ。あ、その日部活あるしさ、よかったら終わってから一緒に行かない?」


 カイト先輩はにこっと微笑みながら私にそう提案してくる。確かにあえて足を運ぶという距離ではないが、部活があるというのならば立ち寄っても罪は無いだろう。それに、せっかくカイト先輩が誘ってくれているというのに、それを断るのもよっぽど気が引けた。


「いいですね。皆で行きましょうか。」


 大きく頷いて私がそう答えると、カイト先輩は一瞬目を丸くさせた。それを私は見逃さなかったが、すぐさま普段の爽やかなカイト先輩の笑顔が戻ってきたので、気付かない振りをした。


「そうだね、俺ももう受験生だから皆と遊べる機会もほとんど無くなっちゃうしさ。」


 そう答えるカイト先輩に、私は同意したものの、頭の中では先ほどの一瞬の表情が頭を巡っていた。少し残念だというようにも見えた。それを考えると私は余計な思考を頭に巡らせてしまう。もしかしたら、私と二人で行きたかったのかもしれない。だとしたらカイト先輩は少なからず私に好意を抱いているのだろうか。そんなことを考えていると、カイト先輩は「また百面相」と私を覗き込んで笑ってくる。妙に意識してしまって、わけもないときめきを胸に、私は結局その日の帰りまでカイト先輩の顔を直視できなかった。










「いらっしゃいませ。」


 カイト先輩と別れてから地元の駅に戻り、レンのバイト先の店へ入ると、数名のスタッフから落ち着いた声色で挨拶を受けた。レンは仕事中なのでこちらに視線を流すと、目元で「ちょっと待ってね」とでも言うように少し細めた。私は頷いてカウンター席に座った。


「いらっしゃい、レンのお迎え?」


 私の目の前に立ったマスターがそう声を掛けてきて、私は顔を上げて挨拶を交えてから頷いた。


「はい、ちょっと今日遊びに行ってて、その帰り道なんで一緒に帰ろうと思って。」


 私が答えるとマスターは笑った。力強い瞳と、少し野暮ったくも見える髭がよく似合っている。レンがこの店で働くことが出来たのは、レンと私がここによく通っていてマスターが顔を覚えていてくれた上に、随分とレンのことを気に入ってくれたのだ。本来なら短期のバイトなんていうものは採用しないけれど、マスター曰く「レンは顔がいいからね」と笑っていた。


「なるほどね。男の子?」


「変な聞き方しないでくださいよ。部活の先輩ですよ。」


 私はさっきの妙なときめきもあったので、少し声色を強めて答えた。するとマスターは面白そうに喉で笑った。


「若いっていいね。」


 そんなことを言うと私の頭を撫でて「アイス抹茶ラテで良い?」とたずねてきたので、私は納得いかないままに、それでもここのアイス抹茶ラテは絶品なので頷いた。


 しばらくしてレンがカウンターの中に戻ってきて、私の飲み物を持ってきてくれた。


ちゃんお帰りなさい。」


 私はレンからそれを受け取って首を横に振った。レンはいつもひとつにまとめている髪を小さなおだんごにして、首周りがすっきりしている。


「ただいま。お疲れ様だね。」


「はは、もうちょっとでキリが付くからも少し待っててね。」


 レンはそういうとギャルソンエプロンを翻して奥へと戻ってしまった。どんな服装も様になるのだから困る。私はレンの立ち姿にうっとりとしながら、先ほどカイト先輩に奇妙なほどときめいた自分を叱責する。アイス抹茶ラテはほんのり甘くて、私の思考をぼんやりと溶かしてくれた。






 私が飲み物を半分ほど飲み終えたころ、私は肩をぽんと叩かれた。


「ごめんね、お待たせ。」


 私服に着替えたレンが私の斜め後ろから覗き込んでくる。すべての明かりがくすんでしまうほど、まぶしい笑顔に私は目を細めてしまいそうだった。


「レン、お疲れ様。なんか今日、全身新しい服?見たことない。」


 レンはいつも私の好みを的確についてくるアイテムばかりを身に付けている。今着ている物もほとんど見たことがない物ばかりだが、どれもセンスがよくて可愛らしい上に、やはりよく似合う。レンは夏でも長袖を好んで着ており、「日焼けしたくないんだよね」と笑っている。かく言う私も同じように夏場でも長袖を着て同様に日焼け防止に努めているのだが、持っている素材が既に違うのか、レンの透明のような肌には程遠い。以前、私たちが二人そろってカウンターで食事をしていると「暑苦しいカップルだね」と苦笑いされた。


「えへへ、全部新調しちゃったんだよね。Iroquoisの新作のボトム、一目惚れだったの。このOKIRAKUも可愛くてさ。しかもこの帽子、ちゃんが欲しいって言ってたけど先に買っちゃったからごめんね。」


 ネイティブ柄のプリントがうっすらと施された色の淡いデニムに、白のゆったりとしたシルエットのシャツ、そして手に持っていた帽子をひらひらと私の前でちらつかせる。


「あ、それ私が買おうと思ってたのに!」


「でも僕も欲しかったから先に買っちゃった。ちゃんにも貸してあげるよ。」


 いたずらに笑ってレンは帽子を被った。その帽子はこのカフェで少量ながら扱っている雑貨や服飾品の中にこっそりと紛れていたワークキャップなのだが、色合いと汚れ具合が可愛らしくて、二人でしきりに店内で興奮していた品物なのだ。私は「ずるい」と一言レンに言い放って、ふざけて睨みつけると、レンは私にその帽子を目深にかぶせてくる。そして「似合う似合う」とわざとらしい口調で言う。


「髪の毛くしゃくしゃになっちゃうでしょ。」


 私が唇を尖らせてそう訴えると、レンはあどけなく笑う。この欲しかった帽子なんかよりもずっとその笑顔の方が可愛かったので、私はどうでもよくなってしまった。






 私が飲み物を飲み切ってマスターに挨拶をしてから店を出る頃には十時半を回っていて、あたりは若者の活気に溢れていた。沢山の雑多な匂いが混ざり合う中でも、レンは一段と際立って良い香りがした。そんな自慢の恋人を隣に私達は家路に着く。


「今日は楽しかったの?」


 指を絡めて手を繋ぐレンが柔らかい声で尋ねてくる。


「うん。プレゼントに買ってたワンピース、凄い可愛かったよ。」


 私が当たり障りなくそう答えるとレンは私が楽しいと自分も嬉しいとでもいうように微笑んだ。


「カイト先輩ってどんなのが好きなの?」


「んー、セレクト系な感じだったよ。お母様のプレゼントもnano・universeだったしね。」


 私がそう答えるとレンは納得したように相槌を打った。


「カイト先輩似合いそうだね。」


「だよね。私普段nanoなんて入らないけど、結構可愛いのがいっぱいあったよ。」


 私がそう言うとレンは「今度行ってみようか」と笑いかけてくれる。


「そういえば、今度の土日、京都行かない?」


 私がそういえば、という調子で提案すると、レンは感嘆の声を漏らす。


「いいね。抹茶飲みたい!」


 にこにこと笑ってレンが声を弾ませる。


「抹茶美味しいもんねえ。それにお祭りあるしさ。」


「そうなの?よく調べてるね。」


 レンは驚いた様子でそう言った。


「うん、というかカイト先輩が教えてくれたの。京都ならお祭りやってるしいいんじゃないって。」


 そんなしょっちゅう祭がやってるとは考えがたいが、今の時期ならどこかしらでやってるに違いないので、また家に帰ったら調べてみるつもりだ。


「そうなんだ。カイト先輩、僕とちゃんが旅行なんて羨ましんでなかった?」


 少し意地悪な目つきで私を覗き込んでレンはふざける。しかし私は糸も簡単にその言葉にぎこちなくなってしまった。それ相応の、思い当たる節というものが私には無いわけではなかったのだから。私は疑問の声を漏らして誤魔化す。


「旅行いいなあとは言ってたよ?」


 白々しくなってないか不安になりつつ、私は笑って答えた。


「ふうん。カイト先輩、絶対にちゃんに気がありそうなんだけどなあ。だから悔しがるかなって。」


 珍しく好戦的なレンに私はそわそわとしてしまいそうな体をぐっと堪えて落ち着かせる。


「なにそれー。絶対にないよ。あのカイト先輩だよ?しかも私にはレンがいるって知ってるわけだし、ありえない。」


 否定に否定をひたすら重ねて私は信じられないという演技を貫く。今日はそういう話をしたくない、無駄な意識がちらつくのだ。しかしレンは笑った。


「そうかなあ。僕ならちゃんに彼氏がいても好きになっちゃうくらい、ちゃんは可愛いと思うよ。」


 単純に私を喜ばせたいのか、それとも疑っているのかわからなかった。それでも変に後者だと考え出すと止まらなくなりそうだったのでレンに笑いかける。


「ありがとう。でもレンに好かれたら絶対レンに靡いちゃうよ。」


 私がそう言うとレンは一瞬驚いたように目を丸くしてから嬉しそうに笑って、繋いだ手を離すまいと力を込めてくれた。




















―あとがき―
久し振りの続編です。カイトを書くのが難しすぎて、ずっとそこでつまずいていました。
ついでに私の中での設定ではカイトはセレクト系、レンはドメブラやナチュラル、ビンテを使いこなす感じだと思っています。
ヒロインもレンと同じ感じのファッションのイメージです。
次は旅行の話になると思いますが、なるべく早めに仕上げますので、応援よろしくお願いいたします。

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