ドリーム小説 「美味しい!」


 食卓がいつもとは違って華やかなのは、やはりこんな可愛らしい女の子がいるからだろう。ちゃんがおじいちゃんの作ったハンバーグを口に入れて感動の声を出すと、おじいちゃんは嬉しそうに笑った。


「喜んでもらえて良かったよ。」


「はい、凄く美味しいです。」


 ちゃんは子供のように無邪気に笑って返した。僕はこんなにも幸せな光景に、まだ少し照れ臭い気持ちで、上手くハンバーグが喉を通らずにいた。


「おじいさんがいつも料理を作られてるんですか?」


 また丁寧すぎるくらいの敬語でちゃんは尋ねた。もっと砕けた話し方でいいのに。


「そうだね。ただその代わりにレンがお菓子を作ってくれるけど、これがまた美味しくてね。今度ちゃんに作ってあげたらいいじゃないか。」


 ふいに話が振られて僕は驚く。そもそも、僕がお菓子を作ることは出来れば知られたくなかった。焦ってちゃんを見てみると、案の定きらきらと輝かしい笑顔を浮かべて僕を見つめる彼女がいた。


「レン、お菓子作れるの?」


 声を弾ませて可愛らしい笑顔のちゃんに、僕はどうしようもなく抱きしめたくなるのだが、話が話なので、どうも苦笑いになる。


「僕の作るお菓子なんてたいしたものじゃないし・・・。」


「例えば?」


 間髪入れずに食いついてくるちゃんはそれはそれは可愛いのだけど、やはり僕には恥ずかしいのだ。


「べっこうあめ。」


「レンの作る苺タルトは絶品だよ。」


 適当に面白みのないもので答えた僕のことを、楽しそうに邪魔するおじいちゃん。僕はそちらをきっと睨みつけた。


「レンの嘘つき。」


 唇を尖らせたちゃんが僕にそう言い放つ。


「苺タルトなんて凄いもの作れるんじゃん!」


 確かに男が作るのは珍しいかもしれないが、そこまでたいしたことだとは思ったことがない。ただ「女の子みたい」と言われるのは予想がつくので、人にはあまり言いたくないのだ。


「女の子みたいとか、変だって思わない?」


 僕は少し俯いてちゃんに尋ねる。するとちゃんはいかにも驚いたというような表情をして僕を見つめた。


「なんで?凄いことじゃん。女の子には多いけど、男の子で作れるなんて滅多に居ないし、誇るべきことでしょう?そんなの作って貰えたら嬉しいですよね。」


 ちゃんは僕の喜ぶ言葉を沢山知っているみたいだ。体の奥をくすぐるみたいに優しい声でそう言ってくれる。僕は嬉しくて言葉が出てこなかった。話を振られたおじいちゃんはニコニコと温かい微笑みで頷くと、口を開く。


「そうだね。私は幸せ者だよ。」


 おじいちゃんが言う「幸せ」は、その質問に対するものだけではなさそうで、今のこの状況を嬉しく感じでいるみたいに見えた。


ちゃんも僕が作ったら喜んでくれるの・・・?」


 今日の僕は余裕がない。それはきっと、僕の家族も同席しているからに違いない。


「10枚は食べちゃうかな。」


 やっぱり僕はちゃんには敵わなくて、この子しかいない、と心底感じた。照れ臭くて口元が緩んで、きっとだらしない顔をしてしまっているだろう。仕様がないので今度作ってあげようなんて考えながら、「ありがとう。」と一言言ってから、僕はこの幸せな時間を噛み締めた。


「そういえば、レンとおじいさんは八年も一緒に住んでるんですよね。小さいころのレンってどんな子だったんですか?」


 ちゃんは興味津々という表情でおじいちゃんを見て、きらきらと瞳を輝かせている。


「ぼ、僕の小さい頃とかどうでもいいでしょう?今と何も変わらないよ!」


「私はおじいさんに聞いてるのー。」


 僕が焦って止めようとするものの、ちゃんは少し意地悪に口角を吊り上げて僕の言うことを聞いてくれなかった。


「おじいちゃんも余計なこと言っちゃ駄目だからね?」


 彼女が駄目ならおじいちゃんに、と思いそちらに向いたものの、呑気にのびのびした声で笑われた。


「そうだねえ。レンと私が住み始めたのは、レンが八歳になったばかりの頃でね。とても人見知りな子だったんだよ。」


 おじいちゃんがゆっくりとした口調で語りだしてしまったので、僕は逃げ出したくなって食べ終わった食器を片付けて、ソファに顔を突っ伏せた。ちらりとちゃんがそんな僕を気にかけるように見てきたが、今興味があるのは僕の過去の方みたいで、すぐに視線をおじいちゃんに戻した。それは全く構わないのだが、出来ることならば僕のいないところで話してほしい。


「レンが人見知りなんて、ちょっと想像つかないです。学校ではすぐ皆と仲良くなってましたし、私にもレンの方から話しかけてくれたんで。」


 僕は特にその会話に口を出すことはしなかったが、心の中で、何かを拍子に自分の性格がころっと変わったんだよ、と彼女へ語りかけた。


「そうなんだよ。今のレンからは想像もつかないでしょう?でも小学生の頃のレンはいつもびくびくしていてね、見た目が見た目だから、よくからかわれていたんだよ。」


 何か物語りでも読み上げるかのようなやわらかい口調で話すおじいちゃんに、ちゃんは夢中になってしまっているのか、相槌を打つだけで答えている。おじいちゃんはそんなちゃんを見て微笑ましいとでもいうように微かに皺を深くして笑った。


「レンは友達があまりいなくてね、いつも学校が終わると家に帰ってきて私と本を読んでいたんだよ。レンの部屋を見たから知ってるかも知れないけれど、昔から本が大好きな子でね。私が読んでいた本を小学校を卒業するまでに全部読み切ってしまったんだ。中学校に上がってからは、その読んできた本の知識が功を奏したというのかね、周りがレンの話を聞きたくて集まり出したんだよ。次第に人見知りもしなくなって明るい性格になってね。私のような年寄りと暮らしてるものだから、随分な世話好きなんだ。クラスの子達に勉強を教えるのも好きだったんだよ。ちゃんに比べたら勉強は出来ない子だろうが、中学校の中では抜きん出て頭の賢い子だったからね。何より私が言うのもなんだが、優しい子だからね、すぐクラスで人気者になっていたよ。よく遊ぶようになったし、本も変わらず沢山読んでいたね。個人的なことなんだが、レンは私の誕生日に必ず花をくれるんだよ。得意のお菓子を作ってね。恋人にするようなことを平気で私にしてくれるんだよ。レンが中学校三年生の頃だったかな、私の誕生日の日に友達を家に連れてきたことがあってね。私を友達に紹介したんだ。「僕の自慢のおじいちゃんなんだ。料理は美味しいし、優しくて、話も面白いんだ。カッコイイでしょう。」ってね。随分自慢げだったものだから、私は年甲斐もなく赤面してしまったよ。しかしあれは本当に嬉しかったね。」


 僕の方もたった今ここで赤面してるんだけれど、と言ってやりたかった。たっぷりとその物語でも語るような口調で僕の生い立ちを伝えると、おじいちゃんは満足したようでソファにうずくまった僕を見た。


「そうだったよな、レン。」


「知らなーい。」


 赤くなった顔を見られたくなくて僕はまた顔をソファに押し付けた。


「本当に自慢の孫なんだよ。だからちゃんみたいな素敵な女の子がレンを選んでくれて本当に良かった。」


 僕がここにいることを分かっているというのに、人前でそんなに褒めるなんて羞恥極まりない。幾度となくおじいちゃんのその外国人らしいおおらかで良い意味で慎みを知らない様を見てきたが、ここでまた改めてそれを痛感した。


「レンも素敵ですが、私はおじいさんもとても素敵だと思います。凄く嬉しそうにレンの話をしているのを見ていたら、なんだか私まで嬉しくなっちゃいました。」


 ちゃんまでもマイペースにそんなことを言い出す。いつもどこか懐かしさや親しみを感じやすいと思っていたのは、そのおおらかで恥ずかしげもなく当人を前に褒めたりする所が、おじいちゃんに似ているからだったのだろう。僕はそれを確信した。全く僕の周りはどうしてそんな常人外れな人間ばかりなのだろうか。埋めた顔を少しずらして僕は二人の様子を窺った。おじいちゃんは驚いたように、目を丸くしていたが、それは確実に嬉しいという顔だった。


「はは、流石はレンの選んだ女の子だ。切り返し方がとてもではないが敵わんよ。」


 僕にはおじいちゃんの言っている意味がよくわかったけれど、当の本人は解せなかったようで不思議そうにきょとんとしている。僕の心はいつの間にか温まっていて、その二人の光景をずっと眺めていたいと思ったのだ。






 おじいちゃんが寝室に戻るまで、僕達は他愛もない話をして、どこから見付けたのか古いアルバムなんかを取り出されてしばし辱めを受けたものの、随分と充実した時間を過ごした。まだ時刻は10時をまわったばかりで、やはり若者の僕らには物足りず、とりあえずといった具合で僕の部屋でのんびりしていた。


「レンの小さい頃、本当にお人形さんみたいだね。」


 思い出し笑いを浮かべてちゃんがそう言った。


「子供の頃はよく女の子と間違えられてたんだよね。今でもたまにあるけどさ。」


 そう話している僕の声がやはり高めなことも要因なのだろうが、自分で言うのも気が引けるが、中性的な顔立ちであることは間違いない。


「レンはそこら辺な女の子より綺麗だもんね。」


 褒め言葉のつもりなのだろうが、僕にはやはりちゃんの方が完璧に近い存在で、あまりに可愛らしく美しいものだから、どうにも素直に喜ぶわけにはいかない。


ちゃんの方が断然綺麗だし、可愛いと思うんだけど?」


 そういってちゃんを背中から抱きしめた。僕はちゃんが照れて頬を膨らませてわざと納得いかないという表情をするのを見逃さなかった。


「レンみたいに綺麗な人に言われてもなんか素直に喜べないんだけど・・・。」


 口先を尖らせて、子供のように呟くちゃんが可愛くて、思わず上を向いたちゃんの額にキスをした。


「もう一回して。」


 間延びした声で予想外なことを言い出すちゃんに、僕はたまらなくなってよりぎゅっとちゃんの体を抱きしめて後ろに倒れた。ちゃんが情けない声を上げて横に転がる。ベッドのスプリングが軋んで体が沈み込んだ。


「ああもう、ちゃん大好き。」


 心のままそう伝えて隣に転がるちゃんの頬を吸い取りそうなくらいのキスをした。ちゃんは吐息を漏らすように笑って僕に抱き着く。


「私もレンにべた惚れだあ。病気みたい。」


 口元をだらしなくして笑うちゃんが幼くて愛しい。


「夏休みだし、いっぱい二人きりになれちゃうね。」


 僕も心から嬉しくて、顔を緩めてそう言った。ちゃんは幸せを胸にこれでもかという程詰め込むように息を勢いよく大きく吸った。そして同じように勢いよく吐き出す。


「レンのおじいさん、私好きだよ。」


 ふとそう呟いたちゃんの言葉は、僕の体にくもって消えそうだった。小さな形の良い鼻を僕の胸に押し当てて幸せいっぱいに香りを嗅いでいる。


「いいおじいちゃんでしょう?たまに意地悪してきて僕をからかったりするんだけどね。」


「苺タルトだもんね。」


 先程のおじいちゃんの言葉を出してちゃんはおかしそうに笑った。僕もそのおじいちゃんの声色を思い出して微笑ましくなっと頬が緩む。


「レンと沢山一緒にいたんだなあっていうのが分かるから。ちゃんとレンと一緒にいたんだってね。私を見る時のおじいさんも凄く優しい目をしてたけど、レンを見てる時はもっと優しくて暖かくて、おじいさんの溢れ出しちゃったような優しい感じが心地良くて、なんだか体がぽかぽかしてた。」


 そうしていっぱい語るちゃんの目は僕の胸に視点を合わせながらも、先程の夕食を思い出しているかのようにどこか違う場所を捉えている。長い睫は綺麗に上向きに揃えられていて、可憐というよりは強い印象を受ける瞳を一層強く引き立てていた。


「いい味出してた?」


 ふざけた言葉でそう尋ねてみると、ちゃんは顔をくしゃくしゃにさせて笑った。


「うん。目尻の皺が深くて、生きてきた貫禄があって良いなあ。」


 しみじみとした口調でそう言ったちゃんは僕の体に回していた腕にほんの少し力を加えた。


「レンはおじいさんに愛されてるんだね。」


 柔らかい髪が僕の鼻先を撫でたので、僕はその香りを沢山吸い込んだ。


「でも僕はちゃんのことを愛してるから、おじいちゃんは片想いだね。」


 ちょっと意地悪にそう言ってみた。勿論おじいちゃんのことは大好きだし、別の畑の話であることは百も承知でだ。するとちゃんが驚いた様子で顔をあげた。


「レンはおじいさんに似てるね。面と向かってそんな台詞が言えるなんて、ちょっとした才能だよ。」


 これはまたおかしなことを言い出したな、と僕は笑った。似ているのはちゃんの方だ。まさかあの食卓での台詞が意識していない所で出ていたのなら、それはなんと罪なものだろう。僕をあれだけ辱めておいて、なんて子なんだ。


ちゃんの方が凄いこと言ってるよ、普段から。」


「そうなの?私は伝えたいことを言ってるだけなんだけど。」


 また不思議そうにきょとんとして見せて、ちゃんは答える。これは参った。そう言われたら次の言葉が出てこない。僕は愛しいちゃんの頭を背中に回した手で撫でる。気持ちよさそうに目をつむったちゃんがこのまま寝てしまうのではないかと少し不安に感じながらも、しばらくそのままでいた。










 案の定、ちゃんはあのまま寝てしまい、僕も釣られるように寝てしまったため、気付けば日付が変わりそうになっていた。以前、ちゃんが「うちの家族はレンのことは信用してるから、連絡さえくれればいいよって言ってるんだし、時間なんか気にしなくても。」なんて言っていたが、やはり年頃の女の子をあまり遅くまで連れ回すのは紳士的ではないので僕はなるべく早く、少なくとも日付が変わるまでには送り届けたいのだ。ほんのたまに、時間を忘れて日付が変わってしまった時は必ずちゃんのご両親にお詫びをして帰らなければ気がすまない。





ちゃん、ちゃん、もう12時になっちゃうよ。」


 となりで静かな寝息を立てているちゃんをそっと揺らして、あまり驚かせないように声量に気をつけながらそう言うと、そこまで眠りが深かったわけではないようで、ちゃんは小さく唸ってから焦点の定まっていない目で僕を見つめた。


「んー、いいじゃん、もうちょっと一緒に寝ようよー。」


 寝起き特有の少しくぐもった声で甘えてくる。隣においてある僕の腰に腕を回して、決して強くはない力で、それでも離すまいと抱きついてくる。それはとてもかわいらしくて嬉しいのだが、ここで諦めてしまっては信用してくれているちゃんの家族に申し訳が立たないのだ。


「だーめ。明日も部活でしょう?起きれなかったらどうするの?」


 僕はちゃんの耳元に口を近づけてあやすように話しかけた。ちゃんは観念したようで僕から腕をそっと離すと、目をごしごしとこすりそうになったが、化粧をしたままだということを思い出したようで手を止めた。


「せっかくレンと一緒なのに。もっと一緒にいたいよ。」


 体をのそのそと起こして僕と同じように隣に座ったちゃんが、心底つまらなそうに唇を尖らせて僕に訴えかけてきた。


ちゃんのお母さんとお父さんがいいよって言ったら、今度僕の家に泊まりにきなよ。でも今日は遊びに行くとしか言ってないからだめだよ。僕、ちゃんのお母さんとお父さんに心配かけたくないな。」


 ね、と付け加えて頭をなでてやると、ちゃんはしぶしぶ納得したようで僕にぎゅっと抱きついて鼻を胸にこすりつけてくる。少しそうしてから立ち上がったので、僕も続いて立ち上がった。ちゃんは口先では納得いったように見せてくれたものの、やはり少し寂しいようだ。夏休みに入るという高揚と、初めて僕の部屋にきたという興奮で、どうしても甘えたくなっているようだ。背中が少し寂しげだった。


ちゃん。」


 僕は荷物を持ち上げたちゃんを呼びかける。ちゃんがこちらへ振り向くと同時に思い切り抱きしめた。


「好きだよ。今日は来てくれてありがとう。」


 ぎゅっと力をこめて耳元でそう囁くと、ちゃんが吐息を漏らした。


「うん、また呼んでね。」


 そっとした手つきで僕の背に腕を回してちゃんも優しく抱きしめてくれた。いざ腕を解こうとしたものの、僕は名残惜しくて、少しだけそのままでいることにした。






 きっと僕の方が寂しかったのかもしれない
 いつまでもこの腕を離したくなかった




















―あとがき―
更新が遅くなりました。レンのおじいさんのイメージはヴィゴ・モーテンセンがもっと今より年をとったイメージです。
レンには料理が出来る人であってほしいです。
ジン+ライムジュースでもそうですが、何かしら厨房に立てる人が好きです。
まだまだしばらくレン中心のVS夢になりそうです。

091118















































アクセス解析 SEO/SEO対策