ドリーム小説  たまたま家が近かった。
 たまたまクラスが一緒だった。
 たまたま私は恋に落ちた。


 ただそれだけだよ。










「入学式なんだから、きちっとね。忘れ物は?」


「大丈夫。」


「気をつけてね。友達作るのよ。」


 母に急かされるようにして、私は新品のブラウスとブレザーを着て、玄関にある同様のローファーを履いた。口先で澄ましているものの、内心は私も浮かれ気味だ。


「行ってきます。」


 いつもより大きな声でそう言って、私は玄関から大きく一歩踏み出した。空は明るく、日差しは柔らかい。気慣れない制服の堅さが妙に心地良い。辺りを見渡しても同じ制服を着た学生は見当たらない。知る人も居ない。当然と言えば当然だ。私が今から向かう学校というのはここから徒歩、電車を合わせて二時間程掛かり、県を二つ跨ぐ場所にある。私は私立の中学へ入学後、中学への通学の便が良い、この土地へ移ってきた。同じ学区内であっても学校が違うので近所の友達というのは出来なかった。私は周りの学生が着ている制服より、ランクが高い物を着ていることを鼻に掛けたくはないが、それでも気分がよい。入学式という日にちの相乗効果で、私はやはり浮かれ気味だ。
 ふと前方を見ると、目を引く学生が居た。


「金髪・・・。」


 学生服の黒には良くも悪くも目立つ髪の色だ。しかもその制服は私の記憶が違えていなければ、私が今向かっている学校のものだろう。私が今日から通う高校は、進学校ではあるが校則は皆が羨む程に緩い。それはある一種の方針で、見た目がどうであろうと勉強に専念出来れば厭わないということだった。そうであってもあの金髪はどうなのだろう。勿論だが今までに見たことのない図に、私は戸惑う。そして近所で同じ学校の人が居ることは、私の短い人生の中で培った常識範囲ではあり得なかった。何故か妙なライバル心が芽生える。負けたくない。
 私は少し歩調を早めて彼に近付くにつれ、彼が華奢で色白なのがよく分かる。すぐに彼を追い越し、彼に背を向けて、私は何食わぬ顔で歩いた。


「あ。」


 そんな声が後ろから私の耳に届く。どういうわけか、私はそれが彼の声だと思った。意識し過ぎだろうか。しかし違っていたら恥ずかしいので、私は振り向かずに歩いた。


「待って待って。」


 足音が軽快なリズムでコンクリートを伝わって響くと私の肩が軽く叩かれた。視界の端で金糸がちらつく。私は案の定の相手であったことに満足して振り返る。


「わっ・・・。」


 思わず声が漏れた。私の想像していたものとかけ離れている端正な顔立ちに驚きが隠せなかったのだ。向こうが透けてしまいそうな程に透明感のある白い肌と、空色のような翡翠のような美しい瞳だ。
 私はその現実味に欠ける姿に呆気に取られていると、彼は訝しげに眉を潜めて、私を見つめた。より深く色づくように瞳が私を見据える。私が言葉を返さずにいると、桜色の唇が小さく開く。


「その制服さ、僕の所と一緒じゃない?」


 先程まで私もそれを意識していたのにも関わらず、私は言葉に詰まった。


「う、ん。そうかも。」


 私が小さく頷くと、彼はやんわりと微笑む。目を細めて笑う彼の表情はどこかつかみ所が無く、大人びていた。


「だよね。僕も今日から一年なんだ。道、分かる?」


 朝陽の柔らかさが彼の金糸に反射して、一層に柔らかさを増した。


「一応、分かるよ。」


 そう答えると、彼は照れたように唇を小さく動かして笑う。先程、大人びていたように思ったのは見間違えか、少年がそこにいる。


「僕、道が全然分からないんだ。一緒に行かない?」


 思ってもみない誘いに私は挙動不審だとは分かっていながらも、キョロキョロと辺りを見回す。


「え、私?」


 自分で言っておきながら、馬鹿らしい発言だと思った。この近所で同じ学校の学生が居ないのは先程自分で確認した筈だ。彼が同じ学校の生徒だということにさえ、あれほどまでに驚いたというのに。
 私は数分前まで、彼に意味のない対抗意識を燃やしていたというのに、彼があまりにも柔和な口調で話しかけてくれていることで、ちっぽけな自分を恥じさせた。


「私で良いなら・・・。」


 私はたっぷりと間を置いてそう答えた。彼は嬉しそうに喜色を表情に散りばめて、吐息を漏らすように笑った。


「良かった。道が分からないっていうのは口実でさ、不安だったんだよね。僕の通ってた中学からは一人も受験してないから知り合いも居ないし。」


 彼ははにかみながらそう言う。私だって同じだ。全く知る人が居ない学校へ行く。それが不安だった筈が、朝になると得意になってしまって忘れていた。彼が話しかけてくれなかったら、私は頭脳を鼻に掛けて嫌な奴のまま学校へ行く所だった。


「私も不安だったから良かった。あ、私、。」


 さっきまで言葉を詰まらせていたというのに、今度は言葉が口から溢れる。浮かれている自分を少し恥ずかしく思いつつも、今日くらいは良いだろうと甘やかす。


ちゃん、ね。僕は鏡音レン。仲良くしてね。」


 同い年の男の子にしては高めの声で呼ばれて、改めて私は彼、鏡音レンの姿を確認する。年不相応な憂えた微笑や、同様、あまりに子供っぽい笑い方、学生にあるまじき風貌、日本人とはかけ離れた空色の瞳と肌の色。それら全てはアンバランスな筈だというのに、人を惹きつけるほど魅力的だ。私は小さく“レン”と名前を呟いた。名前までもが特異に聞こえる。レンは頷く。


ちゃんの家ってこの近くじゃないよね?中学で会ったこと無いし、高校一緒の奴居なかった筈なんだけど。」


 不思議そうな口調でレンは尋ねてくる。


「私、中学からこっち引っ越してきたんだ。中学は私立だったから近所に友達居なくて。あ、私の家、あのマンションだよ。」


 私はそう話して、後方に小さく頭を出したマンションを指差す。このあたりの住宅街では一番背の高いマンションで、随分歩いたこの距離からも微かに見えた。


「え、本当に?僕、その隣の一軒家だよ。」


 驚きと同時に嬉々とした声色でレンが話す。こんな偶然があるものなのだと、私も心が弾む。


「本当に?凄い、奇遇だね!嬉しい。」


 声を弾ませて私が言うと、レンは微笑む。


「運命的だよね。滅多にあることじゃないよね。」


 運命的だなんてロマンティシズムなことを飄々と言ってのけるレンに、私は少し赤くなって頷いた。すると、レンが私の頭を軽く叩く。私はレンを見上げる。


ちゃん、可愛いね。」


 また大人びた微笑を見せて、レンはそう紡ぐ。私が目を丸くしてると、レンは吹き出すようにまた笑う。


「表情がころころ動くんだもん。見てて飽きないとか言われない?」


 そう言われれば思い当たる節が多々ある。昔から百面相と言われていたし、付き合っていた男子には、そのまま“見ていて飽きない”と言われたこともある。的を得ているのが逆に私は恥ずかしくて眉間に皺を寄せた。


「そんなことないもん。」


 私が意地を張ってそう答えるとレンはまた笑う。そして堪えようとする笑いに紛れて、“分かり易い”と聞こえる。私は言ってるそばから自分が表情を一転させたのに気付いて、一層恥ずかしくなる。


「じゃあ今度からそうなんだって覚えてなよ。自分を知ることは大切だよ。」


 吐息を漏らすようにレンに言われて、私は勝ち目がないと分かったので渋々頷いた。するとレンは小さく笑って再度、私の頭を叩いたかと思うと、今度はくしゃくしゃと髪の毛を指に絡ませて撫でてくる。


「や、ちょっと!」


 折角セットした髪を崩されて私が声を上げるが、レンは止める気がないようで強く髪を乱した。充分に崩れた時、やっとレンは手を離していたずらっ子のようにニヤリとした。


ちゃん、僕の友達第一号ね。」


 大きな歩幅で数歩前を歩いて、レンはこちらに首を傾けて笑った。金糸と笑顔が眩しい。季節外れな向日葵だ。


「じゃあレンも、私の友達第一号だよ。」


 私は照れくさくなって、語尾が小さくなってしまった。するとレンは声を出して笑う。


「僕達、朝から暑苦しいね。」


 苦笑を浮かべながら形の良い唇から漏れる笑い声に、私も笑った。


「確かに。気持ち悪いね。」


 私達は苦笑を漏らし、他愛ない話を交え、しばらく歩いてから駅に着き、快速電車に乗って一時間半程した駅で降りる。そこから更に歩いてようやく目的地に着いた。






「・・・・。」


 私達は沈黙を漏らすように息を吐き、門の前に立つ。凄い人数の生徒がごった返している。


「絶対迷子になるよ。この学校滅茶苦茶広いもん。私、一度迷子になったから。」


 受験に向けて、体験入学というものがあり、私はそれに来たことがあった。その時、緊張もあったが、それ以上にあまりの広さにキョロキョロしてしまい、引率の人からはぐれてしまったのだ。思い返すだけで恥ずかしい。引率のお兄さんが息を切らしながら校内を走り回って私を探してくれて、私を見たら苦笑したのが印象的だった。


ちゃんは挙動不審だから。」


 回想に耽っていると、レンは随分と淡泊な口調でそう言う。私は無意識に眉がぴくりと動いて、レンを睨み付けた。


「私のどこが挙動不審だっていうの。」


 私がむっとしたまま語気を強めて問い質そうとすると、指先にひんやりとした感触が伝わってきた。誰でもない、レンの手だと分かっていながらも、私は何度もその手とレンの顔を交互に見てしまう。するとレンは小さく吹いた。


「そういう所。」


 笑いながらレンに言われてしまい、また的を得ているその言葉に私は返す言葉を失った。ただ、もう一度レンの手と顔を見つめるばかりだ。


ちゃん、放っておいたらはぐれちゃうからさ。」


 断定的な言葉だとは思うが、迷子にならない自信は無かった。私はされるがままに、レンに連れられて体育館に向かった。






 入学式や始業式、終業式に卒業式と言ったものは、いつだって退屈だ。私は貼り紙に指示されていた席に行くため、レンとそこで別れた。と言っても、通路を挟んだ隣がレンの席だったようで、入学式が始まるまで私達はぺちゃくちゃと話をしていた。






 入学式をぼうっと過ごし、配られてきた紙を見る。クラスの在籍表だクラスの枠に名前と出身中学が載っている。ざっと目を通したが、私の知る学校は無いようだ。やはり同県から通う人が多いのだろう。県内にもそれなりの進学校はあったが、私は高見を目指して、通学は大変でもここを選んだ。私は改めて自分の名前を探すことに専念しようとしたが、一学年だけで四百人程いる中から、自分の名前を見つけるのは容易ではない。がやがやと煩くなってきた会場が一層集中力を欠いた。






ちゃん!」






 真横から聞き慣れた声で呼ばれる。そちらを見やると、レンが嬉しそうに笑っている。私が首を傾げると、レンは紙を広げて真ん中あたりを指している。


「僕達、一緒のクラスだよ!」


 そう言われて私はすぐにレンが示していたあたりを見る。その欄には確かに私の名前とレンの名前が書かれていた。


「嘘・・・。」


 大袈裟な言葉に聞こえるかもしれないが、私はそれがついて出たのだ。


「僕達、本当に運命なんじゃない?」


 それこそ大袈裟だと思いつつも、私はそれに頷いてしまう。兎に角、私は嬉しかったのだ。






 教室にレンと移動して、出席番号順に座る。すぐに担任の教師が入ってきて軽い挨拶をしたかと思うと、くじを引かされた。早くも席替えというわけだ。中学と違って、男女が隣同士などと決まっていないことが新鮮で、私は浮き足立つ。クラス全員がくじを引くまでに、担任が黒板に枠組みと番号を書いていく。白いチョークで書かれた番号の席に各々腰掛ける。


「あ・・・。」


 声が重なる。


「隣・・・。」


 私が呟くと隣に座ったレンが少年のように笑う。


「僕達、凄いね。」


 流石にここまで偶然が重なると、嬉しそうな顔が出来ずに、私はぽかんとする。


「同じ県から来てる人、居ないっていうのに、偶然にも程があるよね。」


 私はまじまじとレンに告げる。


「しかも家、隣だし。」


 レンが付け足すように呟く。


「運命なのかな・・・。」


 私はわりと現実主義だが、偶然にしろこれ程までに関わりが出来たことを、その言葉で表現する以外に分からなかった。するとレンは唇を力強く直線に結ぶ。それが私には不可解で首を傾げる。“どうしたの”と尋ねると、レンは一気に表情を緩めた。


「嬉しすぎて顔が勝手に笑う。」


 緩んだ口元がそう紡ぐのに、私は呆気に取られたが、同様に笑ってしまった。


「私も。」


「はい、そこ静かにしなさい。」


 私が答えると同時に、先生の低い声が私達を差した。吃驚して二人で前を向くと、今日からのクラスメートが小さな声で笑っている。恥ずかしくて顔が熱気を帯びる。


「今から配るプリントは必ず読むんだぞ。向こう一ヶ月のスケジュールだからな。」


 私達がようやく黙ると、それを待っていたように先生がそう告げる。暫く、注意事項やら自己紹介をした後、明日が始業式と部活動体験入部であることを言うと解散になる。先生が教室から出た途端に、教室中が騒がしくなった。私とレンは目を合わせて苦笑した。入学早々注意されたことが恥ずかしかった。すると前の席の女の子がこちらを勢い良く向いた。私は驚いて目を丸くする。


「ねえねえ、何ちゃん?私、まだ友達出来てないんだ。良かったらアドレス教えてよ。」


 元気な声で話し掛けられる。私は言われるがままに質問に答えて、いつの間にか席を数人の女の子に取り囲まれた。中学でもこんなことは無かったというのに、何事かと戸惑ってしまう。ふと女の子達の間から少しだけ見えるレンに目を向けると、同様に男の子と話していた。私は何故か安堵して、彼女達と話を弾ませた。会話の中で飛び交う学校名などは、やはり私の知らない響きばかりだ。同様に、彼女達も私の出身中学を聞いてもぽかんとしている。二つ隣の県から来たと答えると、女子特有の高い驚きの声が上がる。暫く、軽い自己紹介をしたかと思うと、一人の女の子が口を開く。


「ねえ、隣の席の男子、ちゃんの彼氏?」


 小さな声で尋ねられる。私は驚いて首を大きく横に振った。女の子達の間からちらちらと覗くレンの姿を再確認すると、ようやく彼女達が一斉に私の元へ集まった意味が分かった。私が今朝、レンと会った時同様に、彼女達もまたレンを見て驚き、そして興味が沸いたのだろう。それは大して特異なことではない。端整な顔立ちにあの金髪、空色の瞳。誰もが目を引く。そしてそんな格好良い男の子と、先生に注意を受けるほど話していたら、年頃の女の子達は色恋沙汰だと騒ぐに決まっている。


「格好良いね。ハーフとか?」


「彼女居るのかな。」


「モテるよね、きっと。」


「名前なんていうの?」


 矢継ぎ早にそう言葉を投げ掛けられたが、私は何も答えられない。レンのことは大して知りもしない。ハーフ?彼女?モテる?そんなことは会話の端にも出て来なかった。


「分かんない。私も今日仲良くなったから。名前は鏡音レンらしいよ。」


 淡白な口調でそう答えると、みんなが不満そうな声を上げたり、レンの名前を復唱する。






ちゃん、帰ろう。」






 私の周りがざわつく中に、透明な声が飛び込む。私が声のする方へ顔を向けると、みんながそちらを向く。


「レン、もう帰る?」


 何食わぬ顔でレンは女の子達の間に割り込んで私の横に立つ。


「あ、ちゃんがまだ話してるなら待ってるよ。」


 私の問いかけに微笑んでそう返す。待っていてくれるのか、と思うと、やはり優越感が沸き上がる。


「待たせるのは悪いよ、ちょっと待ってね。」


 私は配布物などを鞄に詰め込んで立ち上がる。


「ごめんね、また明日話そう。」


 私がそう言うと彼女達は頷いて手を振る。


「鏡音くん。」


 その中で一人がレンを呼んだ。私は自分が呼ばれたわけでは無いのに、レンと一緒に振り返る。


「何?」


 やんわりとした微笑を口元に拵えて、レンが首を傾げる。


「ばいばい・・・?」


 語尾が不安げに上がる挨拶なんておかしいが、確かにそう言った。きっと話してもいない相手からの挨拶をレンが怪訝に思わないか不安だったのだろう。レンがそんなことを気にするような小さい男とは到底思えない。


「うん、ばいばい。」


 レンは吐息を漏らすように笑って手を小さく振った。それを皮切りに皆が嬉しそうな声色で“ばいばい”と言い出す。レンはその異様な光景に驚いたように一瞬、目を丸くさせたが、すぐに笑って、一人一人にちゃんと返していく。


さんもばいばい。」


 教室にいた男子にそう言われて、私は唐突なそれに驚きはしたが、レンと同様に笑って手を振り、学校を後にした。




















―あとがき―
また連載です。しかもVS物のくせに、最初はひたすらレン夢の予定です。
カイト登場は随分先の話になります。
「世界の〜」と違って、甘い夢であり、たまに苦しい、最終的に笑える話を書くつもりです。
嫉妬心や自尊心、蔑む心など、人間くさい描写も書いていくつもりです。

080918















































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