ドリーム小説  恥ずかしい
 こんな眉目秀麗な人に
 こんな・・・






「一度起こしますね、お口すすいでください。」


 顔に置かれていたタオルを外されて、うぃーん、と機械音がすると、私の上体は勝手に起き上がる。目の前の新品の紙コップには生暖かい水が半端に注がれていて、私は言われるままに口をすすいだ。唇と紙コップの淵とを、私の唾液が糸で繋いでいた。


「はい、倒しますね。」


 また機械音がして座席がフラットに倒れる。顔が天井を向くと、担当してくれている先生の顔が見えた。手鏡を持たされて、口を開けるように促される。大きく口を開けている間抜けな自分を手鏡に見た。


「この親不知が斜めに生えてて、他の歯を圧迫しているんですよ。抜いちゃいますからね。」


 小さな棒の先に鏡の付いたものを突っ込まれて指し示されたのは、何年も前から生えていた親不知。気になり始めたのはつい最近だ。どうも頬の肉に擦れて痛む。それまで歯医者など、小学生の頃に通っていただけで、随分とご無沙汰であった。インターネットで通える範囲内の歯科を探していると、ちょうどよく、職場と自宅の中間に位置した歯科が無痛治療を掲げており評判も良かったので、ここに決めたのだ。しかし、困った。


さん、手鏡見てくださいね。」


 前回の初診で担当してくれた歯科医の彼、鏡音さんと言うらしい。私はこの彼を担当医に指名した。敷地自体は広くないというのに、ここは診察室も多く、歯科医の数も十名を超えていた。担当医制を推奨しているとのことであったので、私は誰にも咎められることなく彼にこうして治療してもらえるわけだ。
 丁寧な口調と物腰、何よりも思わず見つめてしまいたくなる彼の美しい顔立ち。


「す、すみません・・・。」


 そう、この担当医、とてつもなく格好良かったのだ。女ばかりの職場で異性との出会いもない私の楽しみと言えば専ら合コン、ラーメン、宅飲み。絶好調の三十路手前。こんな状況に降って湧いたようなチャンス。折角なのだから目の保養だ。医療費が変わるわけでもないのだから、これは当然の権利であるとばかりに私は彼の顔を穴が空くほど見つめてしまうのだ。


「じゃあ麻酔しますね。お口開けてください。」


 顔に再びタオルを掛けられて、私は見つめていたことがばれた気恥ずかしさで歯を食いしばりたい所だったが、開けろと言われているのだから食いしばるわけにはいかず、大人しく口を開ける。麻酔を染み込ませた脱脂綿を数秒充てがわれる。よく考えたら私は注射が大の苦手だった。タオルで視界は狭くなっているが、思わず気になって隙間から注射器が見えて小さな悲鳴を上げる。


「ちょっとちくっとしますよ。力抜いて下さいね。」


「痛いのですか・・・?」


 唇の箸をむんずと引っ張られていたので、滑舌は悪かった。しかし彼は私が不安がっている様子を察知して、一度口を解放してくれる。


「注射苦手ですか?」


「物凄く苦手です。」


「泣いちゃいますか?」


「採血の時は厳しいです。」


「それよりは全然マシですから。」


 そんなやり取り。まるで子供に言い含めるような、微笑み。否、マスクで鼻と口は隠れているので、もしかすると目を細めただけかもしれない。私は良い年して我ながらみっともないとは思いつつ、覚悟を決めた。
 ずぶりと一瞬針が刺さった痛みで脚がぴんっと張り詰めた。しかし鏡音先生は容赦無く注射器を差し込んでいく。少し強引なのも、よろしいじゃない、などと現実逃避していると、あっという間に親不知が抜かれていた。診察台を起こされて、作業台の上に置かれた血の付いた親不知と思しき歯にぎょっとする。


「こんなに大きい歯が生えてたんですか?」


「そうですね、頭の方しか出てなかったんですけど、根は深いんですよ。どうしましょう、この歯。処分しますか?」


「取っておくと、何かあるんですか?」


「一応、奥歯を抜歯した際に代わりに使えたりしますけど、さんは歯が至って綺麗ですので、今のままでしたら必要無さそうですよ。」


 よかったですね、と微笑まれる。歯科医に歯を褒められるのは名誉なことだ。鏡音先生だって、綺麗な歯の方が好きに決まっているだろう。全く妄想の範囲内だが、好感度が上がったような気がする。きっと現実での興味指数は皆無だろうが、独り身をこじらせるとこういう想像だけは逞しくなるのだ。


「それではですね、今日は抜歯しましたので、麻酔が切れるまでは食事はやめてください。あとお酒、煙草、激しい運動、強いうがいは一週間ほど避けてください。」


 えっ、と心の中で悲鳴をあげた。あと三時間後に、私は合コンの予定があった。しかも友人の付き合っているイケメンの彼がセッティングしてくれたというのだから、期待値は高かった。色々な職業の人が集まるといっていたので、好みもより取り見取りだろう、と息巻いていたのに。折角、何かあった時のために、なんていう理由で休みの前日にセッティングしてもらったというのに。


「あの、お酒って・・・、ちょっとも駄目ですか?」


「そうですね、医者の立場ですから止めてくださいとしか言えないですけど、監視してるわけじゃないですからねえ。」


 鏡音先生は苦笑い。私もですよね、と曖昧に笑って、その場を辞した。






 家に帰って、友人に合コンに行けなくなった旨を伝えると、すぐに返信はこなかった。しかし合コンが始まったであろう時間から少し経って、男性陣も一人欠員が出た、と返事が来た。それは私がこなくてちょうどよかった、とも受け取れるような、少しネガティブな気持ち。
 治療を受けてから五時間近く経って、ようやく麻酔の痺れが無くなってきた。時刻は既に夜の十一時に差し迫っていたが、私は好きなお酒は愚か、夕食でさえ我慢していた。鏡音先生が「監視はしていないから」などと言っていたけれど、それは私の善意を試されているような気がして、誘惑に負けそうになりながらも、楽しみにしていた合コンを断り、夕食だって我慢していたのだ。


「こういう時は、ラーメンね。」


 独り身、そして独り暮らし。独り言が多くなるのは至極当然であった。






 歩いていける距離に美味しいラーメン屋があるというのは、この上ない幸せだ。深夜遅くまでやっていることもあり、この時間でも繁盛している。私はちょうどよく一番奥のカウンターが二つ並んで空いていたので、そこへ腰掛け、特製ラーメンとチャーハンを注文する。私が入店してからも、客が出たり入ったりを繰り返している。


「すみません、お荷物よろしいですか?」


 隣の椅子に置いてある荷物を指して、申し訳なさそうに店員が話しかけてきた。いつのまにかカウンター席も私の隣しか空いていない。これは悪かった、と思い、いそいそと荷物をどかすと、店員がお待たせいたしました、と隣に客を通した。


「すみません、ありがとうございます。」


 隣の腰かけた男性が静かな口調でそう言ってきたので、私は顔を上げてとんでもない、と首を振りかけたところで、目を見開いた。


「あ・・・。」


「あ・・・。」


 マスクで顔半分が隠れていたため、顔全体を知っているわけではないのだが、間違いなく隣に腰掛けたのは、数時間前に私の親不知を抜き去った鏡音先生であった。向こうも私に気付いたようで、小さく声を漏らした。私はどうしたものか、と口をぽかんとあけたまま黙ってしまう。すると鏡音先生は小さく会釈し直した。私もそれに倣って頭を下げたのだが、病院で見たような彼の優しそうな笑みは片鱗も見られないので、話しかけては迷惑だろう、と思い、気にしないこととした。
 しばらくすると、私の注文したラーメンとチャーハンがやってきて、私は心の中でいただきます、と言って手を合わせた。


「麻酔、切れました?」


 割り箸を裂いて、ようやっと飯にありつけるぞ、と意気揚々としていた所で、隣からそんな声が聞こえてきた。一瞬、隣に腰掛けた彼の声だとは思えなかった。治療中に私にやんわりとした声色で、丁寧な説明をしてくれた優しそうな人、という印象とは程遠い、抑揚のない、異様なまでに静かな声だった。しかし、このタイミングで麻酔、なんて単語を使うのだから、これはやはり鏡音先生の声で、そして私に尋ねているのだろうと分かる。


「あ、はい。おかげさまで・・・。」


「それなら良かったです。お酒は我慢されたのですか?」


 このタイミングで話し掛けられると思わなかったので、私は少しだけもどかしい気持ち。目の前にラーメンとチャーハン。しかし私の方を見もせずに会話する鏡音先生の横顔があまりにも美しいので、食べたいけれど少しの間我慢することにした。


「実は今日、お酒を飲みに行く約束があったんですけど、断ってしまいました。」


「それは残念でしたね。」


「先生はお仕事、こんな時間までされているんですか?」


「いえ、今日はたまたま勉強会が入ってしまって遅くなったんです。僕も飲みに行く約束があったのに断る羽目になったので。」


「それは残念でしたね。」


 そんなことを淡々と話したところで、鏡音先生の前にも注文したものが届いたので、二人とも自然と黙り込んで食事に至る。私と同じくラーメンとチャーハンだ。チャーハンは大盛りのようである。院内で半袖のユニフォームを着ていたので分かっていたが、随分色白で、華奢だと思った。そして華奢なのに結構な量を食べるな、と私はラーメンを啜りながら、何度かちらちらと盗み見て思っていた。


 しばらくして鏡音先生は私が食べ終えるより先に、ラーメンとチャーハンを平らげた。私より後にきて、尚且つ私より量が多いのにも関わらず。いや、食べ始めたのはほぼ同じタイミングだった。しかしこんな細い体躯のどこに、そのような速さで食品が流れていったのか読めない。鏡音先生は何口か水を飲むと、がたりと立ち上がった。私はそれを横目に見て、何と無く置いていかれるような気分になって、そそくさと残りのスープを飲み干して同様に立ち上がる。


「・・・。」


 じろりと私に一瞥をくれる。お前も帰るのか、と言いたげな瞳。立ち上がったものの、タイミングをずらすべきだったかな、など考えていると、鏡音先生は少し考えるように天井を見つめたかと思えばすぐに会釈してくる。店員との声が聞こえない程度、2mほど遅れて私が後についていくと、レジで会計を済ませた鏡音先生がそそくさと出て行った。私も伝票をレジに居る店員に差し出す。


「お代、頂きました。」


「へ?」


「お連れ様に。」


 女性店員が入り口の扉に視線を送った。既に人影はないが、当然先程そこを出て行ったのは鏡音先生であった。


「ご馳走様でした。」


 何故、と思いながら私は店員にそう言って、急いで店を飛び出した。






 とは言っても、ドラマのようなことにはなりもしない。彼を探すために街中を走り回ることもしなければ、外で待ってくれていた、なんてこともない。
 ただ、たまたま私の帰るべき方向に彼は歩いていた。しかもかなり前方をだ。私は慌ててそれを追い掛ける。


「先生、お金・・・!」


 すちゃすちゃ歩く先生に追い付いて財布から適当なお金を差し出すと、鏡音先生は解せない、といった表情を浮かべる。


「あの、奢ってもらうわけにはいかないんで・・・。」


 何も答えず、そして受け取らない彼に痺れを切らして私が更に言うと、鏡音先生は口をゆっくりと開く。


「奢ってもらいたいのかと思いました。」


 何故そうなる、とすぐさま突っ込みたくなるのを抑えて、どういうことか尋ねると、彼は少し思案する。


「わざわざ帰るタイミングを合わせられましたし、目釈されたので、お代よろしく、とかそういうことかと。」


「そ、うだとしたら、私図々しくありませんか?」


「はい、なので図々しい方だな、と思っておりましたけど。」


 がくりと項垂れそうになる。私のそんな様子を訝しそうに、そしてあまり深く関わらないようにとでも思っているのだろうか、また歩き出すので、私はここまで付いてきてしまったし、と開き直りを決め込んで隣を歩く。彼は差し出した金を見て、財布を出すのが面倒くさい、と言って頑なに受け取らなかった。


「先生、病院と雰囲気違いますね。」


「マスクの話ですか?」


「いえ、会話した感じの話です。」


 抑揚のない、少し素っ気ない対応。勿論仕事とプライベートの切替があるのは誰しもそうなのだが、鏡音先生のそれは少しだけ、意外だった。意外というのも、私の勝手な妄想による期待と異なるからであるに違いない。


「そうですか。外で患者さんと話すのは初めてなので、どう接すれば良いか分からないんですよ。」


 成る程、と納得。それは申し訳ない、と言うと、彼は黙り込んだ。黙り込んだというよりは、返答しなかった。
 病院の時と違い、顔の全容が見えるようになったわけなのだが、やはり綺麗な作りであった。マスクをしているのだから、口元が残念なことになっていたりなど、現実は厳しいというようなことがあってもおかしくはないのだが、期待通りの美しさだ。そうしてみると、私はこんなに格好良い男性の隣を歩いていることが、大変な失礼に当たるのではないのかとか、考えてしまう。


「親不知を抜いた所にチャーハンが詰まっちゃうんですけど、仕方ないことですか?」


「仕方ないですね。うがいは強くしないで下さいね。お酒も。」


「分かってます。」


 沈黙に耐えかねて、何か話さなければと会話に困った挙句、彼の得意分野であろう、そんな話題を振ってみたが会話は続かない。


「今日、本当は合コンがあったんですけど、お酒が飲めないし、麻酔効いててご飯も食べれないから断ったんです。」


 仕方ないので身の上話でもしてみるか、と私はそんなことを話してみる。それにしても彼はどこまで一緒の帰り道なのだろうか。もしかしたら凄く近所だったりするかもしれない。そう思うとまた妄想が捗るではないか。


「奇遇ですね。僕も今日合コンだったんです。行けなかったですけど、女性も一人来れなかったみたいなのでちょうど良かったらしいですけどね。」


 この人も合コンなんて行くのか。病院での穏やかな雰囲気ならまだしも、こんな淡々とした口調の男が合コンに居る様は想像が付かない。そして話の内容自体にもまた驚く。女性一人欠員、とは。


「もしかして私達とする合コンだったんじゃないんですか?私も男性が一人来れなくなったって言われました。」


「21時から、駅前のダイニングバーで、ですか?」


「あ、そうです、それです。」


 私はあまりの偶然に声色を明るくしてしまう。こんな美しい顔立ちの、しかも医者と合コンで会うはずだったのだ。きっと他の面々もなかなかだったに違いない、と思うとやはり合コンに参加できなかったのは残念だ。否、しかしこうして彼と話を出来るのは、参加しなかったからなのだ。私は一頻り頭の中で考えを巡らせ、彼はひょっとすると私と結ばれるために合コンに参加出来なくなる運命だったのではないか。
 そこまで妄想して、私はよっぽど頭がおかしいのだと自覚すると、今度は溜息を吐いてしまう。すると彼はそんな私が面白かったのか、はは、と静かに短く笑った。大きな笑い声ではないのに、本当に面白くて笑ったのだろうな、となんとなく分かる声だった。少し嬉しくて気恥ずかしい。


「お医者さんでも合コンするんですね、もてそうなのに。」


 出会いも多そうだ、と私が言うと、彼は不思議そうな顔を見せる。


「もてないから合コンに行くというのは安直じゃないですか?まあ実際には意外と出会いはないものですけど。」


 もてるということを、暗に伝えて来るような、あっさりとした言い分である。私は思わず笑った。


「先生、なんか変わってますね。お医者さんってもっと堅物だと思ってました。」


「そうですか?医者なんて職業の人は大体にして変態が多いものですけどね。」


 またさらりと、抑揚もなくそんなことを言うので面白い。この人は無自覚なのだろうが、私はなかなか良いキャラクターだな、と思えたので、もう少しだけ話してみたくて、話を広げてみることとした。


「お医者さんが変態って言うのは聞いたことがありますけど、先生も?」


「まあ、変態かどうかの尺度は分かりませんけど。患者さんが無防備に大口を開けてると少しぞくっとしますね。」


 すっかり夜の帳が下りた空を見上げながら彼が事も無げに言うので、私はぎょっとした。すると彼が私の顔を見て、はは、とまた短く笑った。


「冗談ですよ。」


「冗談って真顔で言うんですか?」


「自分がどういう顔をしてるか意識したことがないですね。」


「そうですか。」


 そんなことを話していると、ついにマンションに到着してしまった。


「あ、私家がここなので。」


 帰途はずっと一緒で、この先も割と沢山マンションやらアパートやらがあるため、彼は本当に近所なのかもしれないと思った。どこに住んで居るのか聞いてみたい、と思いながら私がそう言うと彼は立ち止まる。


「そうですか、ではお大事に。」


 呆気なくそう言うと、先生は踵を返して元来た道を歩いていく。
 え、と思い、私はまた彼を追い掛けた。


「あの、先生。何故そちらへ?」


「家があっちなので。」


 先生が指し示す来た道を見て、私はいよいよ焦る。


「え、もしかして送って下さったんですか?」


 私が尋ねると彼は少しだけ苦い顔をした。


「そう直球で訊かれると、否定したくなりますね。」


「ええ?」


 意味がわからない、と思って私は笑う。


「途中まで一緒だったんですけど、なんか気付いたら通り過ぎていたので、ついでです。」


 楽しくて話に夢中だったの、とか聞いてみたいが聞けるわけもなく、私はやはり気恥ずかしくて、笑って誤魔化した。


「先生、いつもそんな感じなんですか?」


 不思議な人だな、と私が尋ねると、やはり鏡音先生はぼんやりしたまま、口だけを動かした。


「患者さんと外で会うのは初めてなので分かりません。」


 では、と頭を下げ掛けた彼が何かに気付いた様子で顔を上げた。


「明日の消毒、必ず来て下さいね。」


「大丈夫ですよ。」


「私はお休み頂いてますので、代わりの医師が行いますけど。」


「え?私、先生を指名してるのに。」


 数分で終わるらしいが、そういうものなのか、とがくりとすると、先生はまた私を訝しそうに見つめた。


「指名してくださっているんですか?」


「はい、そういうのって分からないものなんですか?」


「何回も来院されれば分かりますけど、たった二回では。」


 一日何人も相手にしますし、と付け加えられると、こうして外で会えた奇跡は単なる偶然でその他多勢と変わらない、と思い知らされる。いくら容姿が綺麗な男性だからといって、私も浮かれている場合ではない。私は年甲斐もなく恥ずかしい、と笑って誤魔化そうとした所で、ふと気付く。


「よく私が二回目だって分かりましたね。」


 指名してるかどうかも知らないくせに、と思いつつも私は少しの期待を含めてみる。すると彼は一瞬固まったが、すぐに何事もなかったかのように頭を下げる。


「失礼します。」


 私の言葉には返答せずに帰ろうとするので、私はちょっと待て、と彼の服の裾を掴んだ。


「覚えてて下さったんですか?」


「・・・さん、あなたもてないでしょう。」


「名前も覚えてて下さってるんですね。たった二回なのに。」


 しつこい、というような目付きで睨まれて図星を刺されたものの、私は調子に乗って更にまくし立てる。すると、肩で大きな溜息を吐いた彼が此方を見た。


「しつこい女性は嫌いです。」


 つんとしてそれだけ言い捨てると、鏡音先生は私が掴んでいた服の裾をつまんで、手を離すよう無言で促してくる。仕方なく離すと、彼は視線を泳がせて、何か言おうとしたがやはり噤んだ。


「先生の好きなタイプ何ですか?」


「静かな人です。」


 一刀両断された気分だ。私は仕事柄、口だけはよく動く。


「うるさくてすみません。」


 我ながら殊勝な、と思いつつ謝ると、彼はまた少し逡巡して、口を開いた。


「でも、胸が大きいのは好きです。」


「さ、流石医者・・・。よく見てますね。」


 多分気を遣って私の褒められる点を上げてくれたのだろう。私は胸が人よりは大きいと自負出来る。


「あと、歯が綺麗な女性は魅力的だと思いますよ。」


 病院で、私は確かにそれを彼に褒められた。そのことを思い出すと、少し恥ずかしくなって顔が赤くなる。すると、彼がはは、とまた笑う。この人の笑い方は、なんだか好きだなと思った。


さんはよく、からかい甲斐があると言われませんか?」


「た、たまにですかね。」


「そうですか。」


 からかわれたのか、と彼を恨めしく思うと、今度こそ、彼は頭を下げて歩き出した。私はどうしよう、と心の中で暫く葛藤してから、やはり意を決して口を開く。


「先生、飲みに行きませんか?」


 彼に届くような大きな声で言うと、少し離れた後ろ姿が此方を振り向く。


「二週間後なら、良いです。」


 短くそれだけを言われて、私は破顔する。
 恥を忍んで大口を開けた甲斐があったってものだ。






 部屋に戻ってフロスしなくちゃ




















―あとがき―
変わった職業シリーズのリクエストが多かったので、最近ずっと歯医者に通う私の妄想を。
担当医制の病院で、ずっと指名せずにやっていたら巡り合わせたイケメン医師に心躍るも、今更指名なんて恥ずかしくて出来ない。
と諦めた私の無念を晴らしたくて。
ちなみに友人が交際していた内科医はど変態だったと聞いて浮かれていたのに、
ちょっと前にお付き合いした外科医が超ノーマルで落胆しました。
そのノーマルなお医者様をイメージで書いてみました。
世界のお医者様に謝罪致します。
ちなみにタイトルの「穴」は、独身で満たされない心の穴、と親不知の穴のこと。
別にうまいことも言えなければ、タイトルも思い浮かばなかったです。

140627















































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