また逆に、彼は私を愛してくれているが、それは感情と呼べるのか?そもそもプログラムされていて、そこに一線を越えるものは無いのではなかろうか。 答えはいつも見つからない、わからない、ただ失いたくない。 仕事を終えて、大好きなレンが待ってくれている家に向かって職場の出口までの階段を急いだ。その最中、冒頭のような事をふと考えたのだ。早く会いたい一心で早歩きをしていることが可笑しなことに感じた。 すると鞄の中から何か震えるような振動音が聞こえる。私は急いで音の鳴るそいつを手に取ると、待受画面にレンの名前が表示される。自宅に電話機が無いため、連絡が取れないと心配したレンに携帯電話を買い与えてやった。仕事を終える時間になるとそれを見計らって電話してくるレン。私は通話ボタンを押して携帯を耳に当てる。 「もしもし。」 私が応答すると、レンの嬉しそうな声色が耳に届く。 ― マスター、仕事お疲れ様です。今どこですか? ― 問いかけられたと同時に、私は階段を降りきって扉を開ける。 「今仕事終わって外に出た所。今から買い物して帰る・・・よ?」 私は外に出て、ある見慣れた姿に声を詰まらせた。通話の終わりを意味する機械音が私の耳に響く。 「来ちゃいました。」 いたずらっ子のように笑うレンがそこに居た。空を見るが雨は降っていないし、レンの手にも傘はない。今まで雨が降った時にレンが傘を持ってきてくれたことはあったが、今日は違うようだ。 「どうしたの?今日は雨も降ってないのに。」 私が驚いていると、レンは不安げな表情を浮かべて私を見る。 「会いたかっただけです、駄目でしたか?」 罰が悪そうな声色のレンだが、何か誤解をしているようだ。私は全く怒っていないし、むしろそんな突然の来訪者を喜んで迎え入れているつもりだ。 「ううん、嬉しいよ。一緒にお買い物して帰ろうか。」 私はレンの頭をポンポンと優しく叩いてから撫でた。するとレンが嬉しそうに笑顔を浮かべて頷く。 帰り道にあるスーパーに寄って、私達は夕飯の買い物を済ませた。夕飯はチンジャオロースでもと思い、簡単なソースのあるレトルト物と野菜や肉を購入した。 家に着くと時計が夜七時前で、秒針がゆっくりとそれに向けて動いていた。 私は台所に立ち、スーパーで買った材料を出した。レンは対面キッチンのここでは、カウンター越しにそれを見るのが決まりだとでも言うように、私が料理するのを見ていた。 料理を作り終えるとレンがそれをテーブルまで持っていってくれる。 「いただきます。」 出来た料理を口に放る。その一連の作業をレンは見ているだけだった。普段なら気にならないのだが、どうしてか今日は気になって仕方がない。 「今日のレン、なんか変だね。なんか隠し事してる?」 私が咀嚼していたチンジャオロースを飲み込み言うと、レンはびくついた。あからさまにそんな行動をしておきながら、レンは首を横に振る。 「何にも変じゃないですし、隠し事もないです。」 そう言うので私はそれ以上問い詰めなかった。レンが自分から言うまで待つことにした。私が「ならいいけど。」と私が話を流すと、否定したくせに少し困った顔をするのだから、扱い方が難しい。食事を終えるまで私は黙り込みを決めたが、レンは私のそれに耐えきり、結局俯いたままだった。 「ご馳走様でした。」 私は静けさの中で嫌味なほどにくっきりとした声色で言ってやる。そうして私は流し場に食器を置いてソファに腰を下ろす。するとレンはやはり耐えかねたのか、椅子から立ち上がる。 「マスター、ごめんなさい!」 私のごちそうさまより大きな声が響いて、私はぎょっとした。だがそれは一瞬のことで、私はすぐに溜め息を吐いた。 「やっぱり何か隠し事してたんだね。」 本当のところはそんなに呆れたりもしていない。レンの隠し事なんていうのはきっと凄く小さなことで、私からしたら可愛いものなのだろうと思っている。その考えでいくとレンの口調などは大袈裟なものなので、私もそれに倣って大袈裟に溜め息を吐いた。 「・・・僕、あの・・・。」 小さな声で言葉を紡ぎだしたかと思ったら黙り込んでしまった。レンはしゅんと小さくなって私の隣に来てソファに腰掛け、何かぼそぼそと呟いた。私が聞こえずに疑問を声に漏らすと、レンは小さく息を吸って口を開く。 「・・・大家さんに会ってしまったんです。」 一瞬言葉を失った。私はこのアパートで一人暮らしということで住まわせてもらっている。勝手に人が増えているなんていうのは問題だ。ましてやレンのような見たままの少年が私の家に居る所を見られたら、いらぬ誤解を生みそうだ。そのため、私はレンを出来るだけ外に出したくなかった。ただそれはレンが可哀想だと思い、「外へ出る時はアパートの人に見つからないようにね。」と注意をしていた。それをレンも守って、今までアパートの住人や大家からの注意やお咎めも受けずに済んでいた。 「なんでまた、会っちゃったの?」 私が黙り込めばレンが不安になるだろうと思い言葉を紡ぐと、レンは私の様子を伺うように、そっと私を見つめる。 「インターフォンが鳴って、僕、ドアの穴から覗いてたんです。そうしたらおばさんが立ってて、僕、出ない方がいいと思ったんですけど、鍵が開いてるから大家さんが怪しんで・・・。」 「大家さん、入ってきたの?」 レンの言葉が変なところで途切れるので私が声を荒げて憶測で物をいうと、レンは必死に首を横に振った。 「違うんです。そうしたら大家さんが大きな声で“林檎差し上げるんで、ここに置いておきますね。”って言って・・・。林檎はマスターの大好物でしょう?だから僕、お礼を言いたくて・・・。」 だんだん声が小さくなっていくレンは今にも泣きそうだ。 「それでドアを開けてご対面しちゃったの?」 私が尋ねるとレンは頷く。その弱々しい姿は悲しいくらいだ。大家にばれてしまったのは想定外ではあったが、レンがちゃんとお礼を言いたいと思ってくれたことに私は親でもないのに、何か誇ってしまう。私との約束が守れなかったにしろ、ちゃんと礼儀を通そうとしてくれたレンは充分立派だ。怒ることではない、褒めてやろう。もし何か大家に言われたら適当に誤魔化そう。 「何か怒られたりとかしなかった?大丈夫だった?」 出来る限りの柔らかい声で尋ねた。するとレンは私の声色に少し落ち着いたようで顔の筋肉を緩めた。 「誰ですかって聞かれたんで、従姉弟って答えたんです。そうしたら、「じゃあ林檎一緒に仲良く食べなさいね。」って言ってくれました。」 きっと従姉弟なんていうのは見た目からして通らない話だろう。しかしそこで何も言われなかったのなら良かった。とりあえずは一安心だ。 「マスター・・・。怒ってますか?」 「ん、怒ってないよ。レンはちゃんと私の代わりに、大家さんにありがとうって言ってくれたんだから。だからレン、ありがとうね。」 くしゃくしゃっとレンの髪を撫でる。柔らかい金糸を指に絡ませた。するとレンは相当嬉しかったのか私に抱きついた。 「マスター、ありがとうございます!」 礼を言われる覚えは無いが、許したことに対してなのだろうと察して、私は笑っておいた。レンは私の胸の中で時たま顔をあげて私の表情を見てはにこにこしていた。幼い子供のようにコロコロと表情を変えるレンは見ていて飽きない。そしていつも愛しい。 「あ、林檎どこにあるの?私食べたいな。」 林檎が大好きな私には、それは食後のちょうど良いデザートだ。するとレンは私の腕から離れて、玄関脇にあった袋を持ってきた。 「これです、沢山入ってますよ。」 その袋を私に差し出すようにして中身を見せてくれた。中にはごろごろと真赤に熟した美味しそうな林檎が少なくとも五個は転がっていた。 「やった!ありがとうね、レン。」 私はその袋を受け取って台所へ向かう。冷蔵庫の横にその袋を置いて、一つ取り出してその林檎を水できゅっきゅっと洗った。小さな小皿を用意して、そのままソファに戻る。 しゃくしゃくしゃくしゃく 「マスター、林檎、美味しいですか?」 水気のある果肉を、音を立てて噛む。その甘い果実は私の大好物だ。レンは食べることは出来るが、味覚も無ければ空腹感も無いらしい。しかし私が美味しそうに食べる物には興味を示してくれる。 「うん、レンも食べてみる?」 「はい。」 嬉しそうに頷くレンに、かじりかけの林檎を差し出す。私は林檎を丸かじりするので、こうするのが当然だと思った。しかし受け取ったレンは驚いた表情を見せた後に顔を赤くする。 「これは、マスターの・・・。」 「別にいいよ、食べて。」 何かを言いかけるレンの言葉を察して答えると、レンは首を横に振る。 「食べかけなのに。そんなことしたら、間接キスですよ?いっぱいあるから、僕、新しいのを貰っても良いならそれで・・・。」 今時、食べかけ飲みかけをそんな風に解釈して躊躇する者も珍しい。しかしレンはその珍しい部類に入る。そうして頬を赤らめる姿はとても可愛いのでずっと見ていたいくらいだ。 「嫌?」 私が尋ねるとレンは首を大きく横に振って否定する。 「嬉しいです!」 勢いあまったレンの言葉は少し可笑しい。嬉しいのも変だろうと私が苦笑するとそれに気付いたレンが恥ずかしそうに顔を真っ赤にする。 「ち、違いますよ。その嬉しいというか、その、林檎食べて良いって言ってもらえたことが、です・・・。」 今更何と弁解した所で無意味だが、必死なレンをみていると頷いてやるしかないと思い、私は笑うのを堪えて頷いた。しかしやはり笑みが零れていたのか、レンは不機嫌そうに眉間に皴を寄せた。すると、勢いよく林檎にかぶりついて、私が止める間もなく林檎の芯だけを残して綺麗に平らげた。 「ちょ、ちょっと!全部食べることないじゃん!」 「マスターが意地悪するからですよ。」 つんとそっぽを向いてレンが言う。二、三口しか食べれなかったのが悔しかった私は、馬鹿と一言放って台所へ行き、新しい林檎に手を掛けようとした。すると後ろから私の手をレンが掴む。私が振り返るとレンはまた罰の悪そうな表情を見せている。 「そんなに、怒ることないじゃないですか・・・。」 またしゅんとしてレンが悲しそうな声を出す。これに私は弱いのだ。改めてレンに向き直って少し唸って言葉を考える。 「怒ってないけど・・・。林檎は食べたかったの。」 「・・・すみません。」 そう素直に謝られると怒る方が悪い気がして何も言えない。私はレンの頭をとりあえず撫でてやる。するとレンは私にまた抱きついた。弟を持つとこんな感じなのか、と思ったこともあったが、よくよく考えると違うということに気付いたので、この曖昧なラインでの関係を例えるものは見つからない。 「林檎、そんなに食べたかったんなら、新しいのを洗ってあげるから。」 「僕、味覚ないから林檎は別にいらないです。そんなことより・・・。」 私の言葉にレンはすぐに返答する。だが、そこで一度言葉を止めると私を見つめて瞳を細めた。 「マスターが欲しいです。」 レンの日本語は少し間違っている。私が相手でよかった。もし他の人にそんなことを口走っていたら、レンは大変な誤解を受けるところだった。 「私は物じゃないんだよ?どういう意味で言ってるの?」 「マスターが解釈した通りですよ。」 ますます意味が分からない。レンが言っていることが確かなら、彼はとんでもないことを言っている。 「僕は人間じゃないから、セックスは出来ないですけど、でもマスターが欲しいです。」 聞いているこちらが恥ずかしくて顔が赤くなってしまった。レンが「セックス」だなんて単語を口にする日がくるとは思ってもみなかった。私が慌てふためいていると、レンがその言葉を紡いだ口とは裏腹の純粋な瞳で私を見据える。そもそもセックスが出来ないのに欲しいだなんて求められても、どう私が答えたらそれは叶うのだろうか。何も出来ずにレンを見つめる。 「だから、僕じゃ物足りないかもしれないけど、恋人のように、傍に置いてください。」 セックスが欠いて物足りない、という問題は私にとっては全く関係ない。しかし、状況に頭が付いていかないのだ。私が相変わらずキョトンとしていると、レンが不敵な笑みを浮かべる。 「マスター、僕のこと嫌いですか?」 「す、好きに決まってるでしょ。」 混乱しているはずなのに、言葉だけは先に飛び出すのだから自分でも吃驚してしまう。本音が零れる自分の唇を呪いたい。 「ですよね。」 「・・・な!」 レンはいつものように謙虚で私にひょこひょこ付いてくるのも本当だが、自分の持った思いなどにだけはとても勝ち気な一面も持っていた。そのレンは生意気ではあるのだが、そのギャップがたまらなく好きだというのも事実だ。 「何、その知ってましたよって感じの言い方は・・・!」 私が意義を申し立てると、レンはいたずらっ子のように笑って、「いいじゃないですか。」なんて言って私の唇を塞ぐ。触れ合うだけのキスではあったが、それがレン相手だと思うと顔が熱くなって、真赤に染まっていくのが実感できた。 「マスター、顔が真赤です。」 「うるさいよ。レンだって赤いからね。」 「えっ。」 確かにレンの頬はほんのり赤く染め上がっていた。レンの焦る表情を見て私が笑う。するとレンが泣きそうな表情を見せる。 「マスター、意地悪。」 「私に意地悪するからだよ。」 「・・・ごめんなさい。」 レンの頬の赤は、熟した林檎の赤を吸い込んだのかな。 ―あとがき― 駄文ですみません。何が書きたかったかというと、多分イケレンが書きたかったんです。 でも、いまいちイケレンが上手く分からなくて、ちょっとヘタれなのに、 勝気な所があれば格好良いかななんて適当なことを考えてしまいました。 もう、この数が少ない中で駄作を何個上げていくのか不安です。 やはりアンドロイド設定は私には限界があるようなので、次はおとなしく設定無視してみます。 本当に申し訳ありません。 ついでに、後日大家さんにいやらしい笑みを向けられるというところも下書きではありましたが 明らかにいらないシーンだったので削除しました。 080703 |