ドリーム小説  香水
 煙草
 真赤な爪
 闇に喰われた満月のような瞳


 恋をしてるよ、君に










「レン、お前のマドンナが今日学校来てるよ。」


「マドンナとかダサい呼び方やめてよ。」


 友人の言葉に僕は眉間に皺を寄せて答えた。すると友人は面白いとでもいうような表情を浮かべて喉を鳴らして笑う。


「あんな女のどこが良いんだか俺達には分からないんだよ。お前、ああいう派手な女嫌いじゃなかった?」


 そんなことは僕が聞きたいくらいだ。学校へたまにやってきて、友人を周りに引き連れて校内を練り歩くような女、僕とは正反対のはず。しかし僕は何故か彼女に夢中だ。何故なのだろう。理由は分かっている。なんたって彼女ときたら、そんじょそこらの女の子とは比べ物にならない程、綺麗な顔立ちと甘い香り。噂によればグラビアアイドルをしているだとかで、注目の的だ。否、噂だなんて言い方には語弊がある。僕は彼女が載っている雑誌は全て買っているし、彼女の鎖骨から胸の谷間に掛けてのライン、くびれや健康的な太股で自慰だってしたことがある。


 ああ、僕の純潔な筈の恋心を、体に巣喰う家畜共がむしゃくしゃ食べてしまうものだから、僕はいつだって彼女に下心を隠せやしない。






 学部の違うさんとは、当然ながら授業が合うこともなく、僕は今日の講義が全て終わったにも関わらず、一目見ようと資料室にやってきた。ここの窓からは下校する学生の群がよく見えるので、少しでもさんの姿が拝めれば、ということなのだ。僕はただぼんやり眺めるのも周りから変な目で見られるだろうと思い、それっぽくテキストを広げて、何食わぬ顔で外を眺めた。続々と資料室に流れ込んでくる男女にはうんざりだ。テスト前だというのもあって、人気が多い。夕方五時半をすぎているというのに、こんなに学校に人が集まっていると、なんだか蒸し暑い。僕は窓の外をみたり、テキストを見てる振りをしたりを交互に、随分長い時間をすごした。


「はぁ・・・。」


 僕は大きな溜息をひとつ。割と時間が経ったが、なかなかさんの姿は見えない。今日は仕事が休みだとかでまだ友人とお喋りでもしているのだろうか。


「すみません、隣空いてますか?」


 静かな声で尋ねられて、僕は意識をそちらに戻した。席は埋まっており、僕は荷物を隣の椅子に置いていたので、これは悪かったな、と思い、荷物をどけた。


「あ、どうぞ・・・!」


 僕はぼんやりと声を掛けてきた主を見上げて息を詰まらせた。


「ありがとうございます。」


 小さな目立たない声でそういうと、さんが僕の隣に腰掛けた。僕はどうしたものかと、目の前に無造作に広げたテキストの山から一冊それを取って、さも勉強していますという顔を作って考えた。この資料室にきたのはさんを一目見るためであって、その目的が果たされてしまったからにはここにいる理由はないとも言える。しかしこの彼女特有の甘い香りをこんな近距離で嗅ぐこと機会が、今後ありえるわけがないと思うと、ここを後にするわけにはいかなかった。悶々とする僕の視界に紙片が留まる。その紙切れは丁寧に赤く塗られた爪で抑えられている。






 ― 鏡音くんだよね?






 女の子って雰囲気の丸い字は昔から大嫌いだったはずなのに、何故さんが相手というだけでこんなにも胸が踊るのか。僕はその質問にどぎまぎしながら彼女を見る。こちらを遠慮がちに伺う瞳が真っ黒で綺麗すぎるから困った。小さく頷くとさんは微笑む。


「友達が鏡音くんのことをかっこいいって言ってたの。だからどんな人かなって思ったら、たまたま隣に座ったら鏡音くんが居てびっくりしちゃった。」


 そう小声で言ってさんが笑う。今まで大学の女の子に告白されたことが何回かあったが、特に僕のことを知りもしないくせに、といつも面倒だと思っていた。しかし今回ばかりはそのさんの友人に感謝だ。


「え、あ、そうなんだ。でもよく僕がそうだって分かったね。」


 喉に分厚い膜でも出来たのか、上手く声が出せない。


「友達が鏡音くんのことを、金髪で細くて色白で青のカラコンしてて、本当に外国人と見間違えるくらい人間離れした綺麗な顔立ちだ、って説明してくれたの。そんな人なかなか居ないし、こっち向いた時にドキッとするくらい綺麗だったから間違いないだろうなあって。」


 照れ笑いをしながら言葉を紡ぐさんに、こっちこそ恥ずかしくて顔を真っ赤にしてしまいそうだった。今僕は好きな女の子に褒め殺しされている、という事実になんと言えば良いのか分からなかった。


「あ、ありがとう・・・。」


 答え方として正しいかはともかく、さんがその友人からの過度な情報から僕を見つけだしてくれたということは、多少なりとも喜ばしいことに変わりない。


「あ、私、です。」


 静かな資料室の中で、さんをちらちらと見る生徒も多い。


「知ってるよ、有名人だから。」


 有名人だから、なんて言い方、気を悪くしないだろうか。しかしそうとでも言わないと僕が何故彼女を知ってるかは語れない。


「本当?ありがとう。ねえ、ここ資料室だし静かにしなきゃいけないよね?ちょっと外出て話そうよ。」


 僕の服の裾を指先で摘んで悪戯に微笑む。断るわけもなく、僕はすぐに頷いたのだ。






 ああ、神様、本当にありがとう。僕みたいな普通の男に、女神みたいな彼女と出会わせてくれて。もう彼女をどす黒い下心なんかで見やしません。






「いきなり連れ出してごめんね。テスト勉強したかったよね?」


 外といったけれどまさか校外に来るとは思わなかった。飲みにでも行こうというさんの提案に言われるがまま付いて来て、若者が溢れる普通の居酒屋の個室までやってきたは良いが、さて何を話せばいいものかさっぱりわからない。とりあえずやってきたビールとつまみを前に乾杯をしてからお互いに半分ほど飲んでジョッキを置いた。


「いや、勉強とか言って涼んでたようなものだから、大丈夫だよ。」


 その場のがれの台詞にしては上出来な言い訳だ。酒が弱いのにビールを頼んだせいか、すぐにぼんやりとし始めて、饒舌な語り口で話せている。


「そうなんだ、実は私もそうだったの。家でエアコン付けたら電気代掛かるから、なるべく付けたくないんだよね。あ、なんか貧乏たらしくてごめんね。」


 語尾を上げ調子に笑って半分まで減っていたビールを飲み干す。華奢な体と白い肌、繊細そうな指先からは考えられないくらいの、良い飲みっぷり。僕はそのギャップにドキドキしながら、同じようにビールを飲み干した。


「僕も毎年ある程度我慢するんだけど、七月を過ぎたら耐えられなくて付けちゃうんだよね。」


 そう答えると、さんは少し意外とでもいうような表情を浮かべる。それが不思議で僕はさんの様子を伺うと、彼女は可愛らしく笑う。


「意外だね。なんか鏡音くんって肌白いし、涼しげな王子様みたいな顔立ちだから、そんなことしなさそう。」


 王子様って、と僕は苦笑い。それで言ったらさんの方こそ違和感があると思う。


「鏡音くんって、そんなに外見も綺麗なのに調子乗ってない感じがいいね。」


「調子乗るも何も、そんなこと全然ないからね。」


 さんみたいな綺麗な女の子に褒められるのは悪い気はしないのだが、相手が相手なので素直に喜び舞えるわけではない。するとさんは唇を尖らせて「ええ?」と少し疑問そうに、もしくは不満そうにも受け取れるような声を漏らした。


「それで言ったらさんこそ、有名人なのに鼻に掛けない感じで吃驚した。別に高慢な子だと思ってたわけじゃないけど。」


「だって私なんて本当に大したことないからね。でも鏡音くんに知っててもらえたって思ったらちょっと嬉しいかな。」


 へへ、とべたな照れ笑いを浮かべる。女の子っていうのはやはり、男に対して思わせぶりなことをするものなのだな、と僕は調子に乗りそうな自分を叱責して平常心を保つ。


「そういえば、せっかく学校来たのに友達と遊びに行ったりしなくて良かったの?あんまり学校来れないんでしょう?」


 お互いを褒めあうやり取りに気まずくなって僕が話を振ると、さんは通りすがった店員にまたビールを頼んでからこちらを向いて笑った。


「そんなことないよ。凄く忙しいわけじゃないし。結構友達とも遊んでるから。それに今日はせっかく噂の鏡音くんと会えたから話してみたいなって思って。」


「ええ、僕なんて面白い話何にも出てこないよ。」


 プレッシャーだな、と付け加えて苦笑いすると、さんは幼く笑う。






「実はお酒の勢いに任せて言うけど、鏡音くんに前から興味があったの。」


 ぽかん、と僕は一瞬酔いが醒めたかと思うくらい、クリアな思考でさんの言葉の意味を探った。しかし僕が考え行き着く前に彼女の方から口を開く。


「あ、変な女なんて思わないでね。さっき話した“友達が鏡音くんのこと”って言ってたのも半分嘘なの。私が鏡音くんを見た時に凄く綺麗な子がいるな、って思って友達に聞いたらそう説明してくれたの。」


「え。」


 すぐに理解できずに、ようやく出てきた言葉は、言葉というほどのものでもなく、酷く間抜けな声だった。僕があまりに呆気に取られているからか、さんは少し恥ずかしそうに俯いた。


「あの、でもね。別に鏡音くんのことストーカーとかしてないからね!ただ、学校に来たら必ず目で追っちゃうっていうか。凄く憧れだったの。だから今日も資料室に行った所を友達が見たって言ってたから、後を追いかけたの。」


 出来ることなら夢であってほしい。何故なら僕の心臓は、あと数秒で爆発するだろう。もう鼓動が早く打ちすぎてどうにかなってしまいそうだ。こんなことがあるわけがない。なんて答えればいい、僕も実はあなたのグラビア写真でオナニーしていましたとでも答えろというのか。考えれば考えるほど、僕は熱くなってしっかりと勃起してしまう。


「あ、あの、鏡音くん、引いちゃった・・・?ごめんね、なんかあの、話が出来たから有頂天になっちゃって、つい・・・。」


 僕が答えられずにいると、またさんは一人であたふたとそう言って、今にも泣き出しそうな表情。ああ、それは駄目だ。今すぐ僕の下に組み伏せて涙を下で舐め上げたい。もうテーブルの下で勃起が収まらないのをどうにかしてほしい。今すぐ乱暴に頭を掴んで加えさせてやりたい。どうしてこんなか弱い表情をしている女の子にそんな酷い妄想を抱いてしまうのか。僕の邪心が純粋な恋心を邪魔して仕方ない。


「え、ち違うよ!引いてるとかじゃなくて・・・、あの吃驚して。だから気にしないで。なんていうか、凄く嬉しい・・・です。」


 僕の中の紳士の背中を思い切り叩いて、僕は必至に答えた。紳士的に答えるべきなのだ。股間を押さえて俯いて、とりあえずさんの可愛らしい顔を見つめないようにした。ゆっくりでもいいので、僕の性的衝動が落ち着くまで待つ。それまで、どうかさんが気付きませんように。


「本当・・・?あのね、鏡音くんとほんの少しだけど話せて、私凄く嬉しくて。だって考えてたよりも話しやすくて良い人っぽくて。やっぱりもっと仲良くなりたいっていうか・・・。あわよくば付き合いたいなって思うの。だ、駄目ですか?」


 頭のどこかで警告音が激しく鳴り響いている。情けない、これは情けない。なんで僕はこんなにも中学生のような純真さと性欲があるのだ。さんが見ている王子様な僕はこんなことであってはいけない。さんの言葉もうまく聞き取れないくらい頭がいっぱいで、僕は思わず口ごもる。


「あの、鏡音くん・・・?大丈夫?気分悪い?」


 さんは僕の様子がおかしいことに気付いたようで、がたっと音がしたかと思うと、僕の方へテーブル越しに体を持って来て僕の表情を覗き込む。もう終わった。さんに気付かれて白状するか、自ら白状するか。どちらにしても僕は変態だと思われるに違いない。僕は覚悟を決めて、勢いよく顔を上げた。さんが驚いたのか目を丸くする。顔が結構近い。ああ、余計に硬くなってしまう。


「あの、僕・・・さんのことが、実は前から好きで・・・。だから、その、凄く今の言葉が嬉しくて・・・。えげつないことを言うんだけど・・・。」


 自ら白状する方を選んだのだが、そこまで言うと熱で顔がカンカンに火照ってしまって言葉が出てこなくなった。するとさんは少しぼんやりとした目で僕を見つめた後に、何か気付いたかのように「あ」と声を漏らした。出来ることなら気付かないで欲しかったのだが。すると僕の耳元に顔を近づけて吐息を漏らすように笑った。憎い、さんが憎い。君の綺麗で可愛らしい顔にザーメンをぶっかけてやりたい。






「勃っちゃった?」






 さんは小声でそう言うと僕の耳元から顔を離して、しかしおでことおでこをくっつけて、僕の瞳を覗き込む。やはり女の子っていうのはずるい。男の童心をもてあそぶのが得意なのだから。僕は恥ずかしさで目を伏せて微動だに出来ず、ただ黙っていた。


「私も鏡音くんに凄くいやらしい妄想とかすることあるよ。その度ね、ただ好きだと思うだけじゃ足りない、自分の性欲が邪魔するっていうことが凄く悪いことだと思ったの。罪悪感っていうか。」


「は、はい。僕も、まさしく今、そんな状態です。」


 唐突に語りだすさんに、僕は頷いて答えた。


「でも、鏡音くんがそうやって私に対して性欲が沸くんだったら、いいよね。だってお互いしたいんだもん。」


 そう言うが早いか、さんは僕の唇に可愛らしくキスをした。僕が目を丸くしていると、さんは悪戯に笑う。そして体をソファに戻して小首をかしげる。


「余計悪化しちゃった?」


 さんの足が、股間を押さえていた僕の手に触れた瞬間、僕の頭の中は大変なことになってしまった。頭の中ではいつだって僕が君を犯しているのに。僕がしどろもどろでさんを見ると、照れたように笑うさんが、いつの間にか来ていたビールを飲んでから口を開く。


「こういう女は嫌い?」






「だ、大好きです・・・。」










 いつか君を組み伏せて泣かせて、僕のをくわえ込ませて、めちゃくちゃにしてやる。




















―あとがき―
久しぶりに書いた小説がこんなくだらない下ネタですみません。
純粋に好きなのにセックスしたいと思ってしまうという邪心との葛藤って、誰でもありますよね。
最近そういうことを話す機会があったのでちょっと書いてみたくて。
頭の中では男らしく女の子をいじめているのに、現実は上手くいかずにやられっぱなし。っていう少年のような純粋さをもつレンが書きたかったのです。
中身もストーリー性もなくて申し訳ございません。


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