ドリーム小説  私の欲しいものは沢山あるの
 可愛い服、美味しいご飯、きらびやかな光
 そして、沢山の愛
 私は欲張りだから全部欲しいの
 レンは全部くれる
 私に全部を与えてくれる










「レン、クリスマスプレゼント、何がほしい?」


「なんでもいいよ。僕はちゃんが選んでくれたもので十分嬉しいんだから。」


 もう、と私は今月入って何度目かの質問に、何度目かのその回答に、唇をとがらせた。クリスマスは明日だというのに、私は何も用意できていない。今年こそはレンの欲しいものを上げたいということで、諦めずに調査を重ねているからだ。


「そんなこと言ってたら何もあげないんだからね?」


「それでも別にいいよ。ちゃん次第だから。」


 そんな嫌味のようなことを言って、私を試してくる。私次第、私が必ずクリスマスプレゼントを用意してくるとでも言いたいのだろうか。残念ながらそのとおりなので、私は何も言い返せない。レンは毎年私の欲しいものを何故か知っていて必ずプレゼントしてくれる。私だってレンの欲しいものをリサーチしたいのだが、どうすれば良いのか分からずに、こうして直接聞き出すことしか出来ないのだ。


「明日のクリスマスのプラン、頑張ったよー。」


 レンはソファに座って眼鏡をかけて新聞を読んでいたが、それをやめて後方にいる私を首だけで見た。


「本当に?楽しみー!」


 私が子供のように声をあげてはしゃぐと、レンは笑った。






 私たちはいわゆる幼馴染で、中学一年生になってから付き合い始めた。すでに十三年近く一緒にいる。学生時代も家が隣だった私達は登下校も一緒だった。高校を卒業して、私がアパレル会社の事務に、レンは大学へ進学したと同時に同棲を始めた。いつも一緒にいたはずなのに、レンはいつ勉強していたのか、大学卒業後は大手外資系企業に就職して、二十六歳にして既に副部長という躍進劇だ。レンは「働かなくていいよ、僕高給取りじゃん。」なんて笑って言っているが、小さい頃から一緒だったレンが仕事をしている姿なんて想像できなくて、私はどうも実感がわかなかった。確かにレンがほとんどの家計を持ってくれていて、こんな二人暮らしにしては十分すぎるマンションに住んでいるのも可笑しい話なのだ。正直、私はここの家賃がいくらかもしらないし、レンの収入がどれだけのものかも知らなかった。聞き出そうとすると、レンは「女の子は知る必要ないの。」と誤魔化した。それくらい私はレンに甘やかされている。そんなまま十三年間一緒にいる。ずっと周りから付き合いたての恋人同士のように仲が良いと羨まれていた。何故結婚しないのか、と聞かれることもあったが、結婚しようという話が持ち上がらないだけなのだ。私自身はレンと結婚はしたいと思うけれど、レンがどうなのか分からないし、正直今のままでだって、ほとんど夫婦となんら変わりもないので、特に言い迫ることもなかった。
 そんなレンと私の一年で一番のビッグイベントがクリスマスなのだ。付き合い始めて十三年、同棲を始めて八年が経つ。嫌というほど一緒に居るので、私達にはクリスマスにあるルールを取り付けていた。これは付き合い始めてからずっと続けているものだ。まずクリスマスは一緒に家を出るのではなくて、あえて待ち合わせてそこから一緒にデートをする。そして一時間だけ、別行動をして、クリスマスプレゼントを買う。あらかじめ用意しておいてもいいのだが、とにかくその演出が楽しいのだ。選んできたばかりという感じがして嬉しくなる。その後のお店や演出などのプランは毎年交互に組む。そしてお互いに必ず手紙を用意するのだ。今年のプランを企画するのはレンの担当。私は二人で迎えるクリスマスが十回目だというのに、まだ少女のようにわくわくしていた。






「ねえねえ、もうレンはお手紙書いたあ?」


 新聞の株の欄に夢中なレンが構ってくれないので、私はレンの真後ろに立ってソファの背に手をついた。


「んー?内緒だよ。ちゃんは書いたの?」


 レンはまた私を見上げるように背もたれに首を乗せて私を見上げてくる。綺麗な髪の毛がさらさらと私の手の甲を滑った。


「じゃあ私も内緒。」


「なんで?教えてよ、ちょっとだけ。ね、ほんの少し内容教えてよ。」


 悪戯っ子のように笑ってレンが私を覗き込む。


「駄目。当日まで内緒なの。そんなことより、キスしたい。」


 私がそういうと、レンは「そんなことよりって、自分が言い出したくせに。」と苦笑してから、私の頬に手を添える。ほんの少し手前に引っ張られてレンの顔が近づいて、唇が重なった。重なった瞬間、レンが愛しそうに柔らかい笑みを浮かべてくれる。そして離れかけた唇を、レンは自ら惜しいとでもいうようにもう一度重ねた。






 私はレンが好き。たまらなく好きだ。いつも一緒に居ても物足りないくらい。もう十年も側にいるのに、いつまで経っても幼い愛を育んでいるかのように、私達は仲が良かった。明日のクリスマスはレンの愛を沢山受けて、沢山幸せになるのだ。










 私が昼過ぎに起きると、小指をつないだまま眠っていたはずのレンの姿が見当たらなかった。めっきり寒くなった冬の空から明るい光が差し込んでいて、私は目をこすって起き上がった。物音もなく、妙な違和感に私は不思議な気分でリビングへ向かった。いつもご飯を食べるテーブルには美味しそうなホットケーキに生クリームがたっぷり乗っていて、イチゴが添えられていた。その皿の横にメッセージカードが置かれている。そこにはレンのパソコンで打ち込んだのと同じくらいに綺麗な筆跡が残されていた。






― Merry Christmas.


   17時に駅前で待ってるよ。今年のクリスマスは衣装を用意しました。一つ目のプレゼントだよ。
   気に入ってくれると嬉しいです。
   ちゃんの部屋のクローゼットに準備してあるから着てきてね。
   早くちゃんに会いたいな。

   愛をこめて レンより ―






「く・・・くさい・・・。」


 予想していなかった演出に、私はそう呟いてしまったものの、それ以上に私の好みを把握しているレンに驚いた。私はこういうサプライズやべたなことが大好きなのだ。
 私はそのメッセージカードを手に取って自分の部屋へと駆け込んだ。慣れしたしんでいるはずの部屋の中で慌ててしまい、私はクローゼットまでもたついてしまう。やっと取っ手を掴んで横にスライドさせると、そこには綺麗に整頓されたところに、ひとつだけ綺麗な色の包装紙に包まれたものが置いてあった。どきどきしながらその包みを開けると、中から出てきたワンピースに私は驚いた。


「こ、これ欲しかった新作のワンピ・・・!」


 レンはなぜ私がこれを欲しがっていたことを知っているのか、記憶をたどってみる。このワンピースは一ヶ月ほど前、レンと一緒に買い物へ行った時に試着したワンピースだった。凄く欲しかったのだが、値段が値段で諦めたのだ。あまりの感動で言葉を失っていたが、ふと気づいて時計に目をやると既に時刻は昼の1時を回ろうとしていた。


「もうこんな時間・・・!」


 せっかくのクリスマスなので、と私は3時から美容院に予約を入れていたのだ。私は急いで準備を始めなければいけない。しかしその前にテーブルの上にあった、レンの作ってくれたホットケーキを食べて、甘い苺をほおばった。


 ワンピースを着てみると、その色合いは柔らかくて、とても気に入った。アイボリー色から裾にかけて、夜空をミルクに溶かしたような甘い藍色のグラデーション。シルエットが綺麗でウエストが細く見えた。袋の中にはベルベットの手袋とラクーンファーの付け襟まで入っていた。全部そろえて身に着けてみると、自分ではないようなくらい美しい仕上がりだったので、腰を抜かしそうになる。レンのセンスに脱帽しながら、私は心を弾ませて急いで化粧を済ませて家を飛び出した。










 駅前はクリスマスということもありカップルで賑わっていた。その中でもレンはやはり一瞬で見つけられる。色白な肌、蜂蜜のような甘い髪の色、細い体。これがクリスマスなんかで浮き足立っていなければ、きっと隣にいる恋人なんか放っておいてレンに視線を奪われるんじゃないかと思うくらい、レンは特別に輝いて見える。私がレンの方へと早足で向かうと、レンがこちらに気付いて軽く手を振って向かってきてくれた。


「レン、かっこいい!」


 私は頭の悪い子のようにそんなことをついつい言ってしまう。


「今日会って一発目の発言がそれなんて、ちょっと恥ずかしいんだけど。」


 レンは苦笑を浮かべてそう答えた。レンは真黒の細身なジーンズに濃いグレーのカットソー、そしてまた黒のテーラードジャケットを着ており、さらにモノトーンカラーで抑えたストールと型の変わった中折れ帽を被っていた。足元のブーツはいつ買っていたのか、新入りのエンジニアブーツだ。私はレンのこんなシックかつカジュアルな服装がたまらなく好きなのだ。見慣れているはずのレンに思わず興奮してしまう。


「ね、私もワンピース似合う?凄く気に入ったの。」


 私はこんなにも格好いい恋人の隣に立つのだから、せめてその本人にだけでもいいので褒めてもらって釣り合っている気分になりたくて尋ねた。するとレンは私の手をとった。


「よかった、気に入ってもらえて。この前ちゃんが試着したのを見たとき、絶対にちゃんが着るために出来た服なんだって思ったんだよね。髪もわざわざセットしてきてくれて、ありがとう。」


 レンは私が喜ぶ言葉を沢山知っていて、そんな風にほめてくれる。私は嬉しくて思わず踊ってしまいたくなった。


「ねえねえ、今日のプランはどんな感じ?」


ちゃんがあまりに可愛くって全部忘れるところだった。あー、緊張するー。」


 レンは胸に手を当てて小さく深呼吸する振りをした。お世辞でも嬉しいことを言ってくれて、私はますます気分が良くなる。


「今日は八時からお店を予約してるんだ。でも、ちょっとここからだと車で一時間くらい掛かるところだから、六時半までいつもの買い物の時間にしようと思うんだけど、どう?」


 レンはそういって腕にしている時計に目をやった。それを覗き込むと、5時を過ぎたばかりで、ちょうど一時間半ほど買い物が出来そうだ。


「もちろん、いいよ。」


 私はレンへのプレゼントは準備をしながら考えてひとつに絞ったが、いざ気に入るものに出会ったとしてもそこから悩むタイプなのだ。その提案は私にも都合がよい。


「じゃあ6時半にまたここで待ち合わせね。」


「うん。レンもプレゼント買うの?」


「内緒。クリスマスで浮かれた変な男に気をつけてね。」


 今年のレンは秘密主義なのか、またそんなことを言ってはぐらかした。それならば楽しみに取っておこうと諦めて、私たちは一度そこで別れた。






 一時間後、駅前へ移動するとレンが既に待っていて、温かいコーヒーを私にくれた。


「車で移動するから、行こうか。」


 レンが私の手を取ってにこりと微笑む。たった小一時間会わなかっただけで、その笑顔が恋しく感じた。私はこの小さな胸がはち切れるのではないかと思うくらい幸せだった。






 駅ビルの地下駐車場に私達の車は停められていた。乗り慣れた車で混雑した道を進む。レンが運転してくれている横で、私は街並みを見ていた。イルミネーションもそうだが、街の空気そのものがクリスマスを待ち望んでいたようにきらきらとしている。私はクリスマスはこれ、と決めているクリスマスソングの詰まったCDを聴きながら鼻歌なんかも歌っていた。レンはそんな私に付き合うように一緒に歌ってくれる。
 車で一時間といっていたものの、渋滞もそこそこに、少し予定よりも早めの到着だった。


「ここのホテルのレストランなの?」


 いかにも高そうなホテルの地下駐車場に車を停めて、レンが私の手を引いてくれる。


「ううん、レストランはちょっと違う場所。でも今日はここの部屋も借りてるからさ。」


 それならばレンもお酒が飲めるな、と私は頷いた。レンはホテルのロビーに行って男性の案内を断って鍵だけを受け取った。


ちゃん、ちょっとだけロビーで待っててくれない?」


「え?どうかしたの?」


 するとレンは帽子を取って、きらきらと光る金糸をなびかせた。


「部屋にスーツ預けてあるんだ。スーツ着てると疲れちゃうけど、流石にレストランくらいはね?」


 確かに、レンはあまりスーツが好きではないらしい。私は今のレンの服装も好きだけれど、スーツ姿も好きだった。いつもどこかかしこまったレストランに連れて行ってくれる時、レンは車にスーツ一式をそろえて置いておき、レストランに入る前に着替えるというのが習慣づいていた。


「私も付いていこうか?」


 私はちょっと寂しくてレンの服の裾をつまんで尋ねる。尋ねるというよりは、お願いにも取れそうだ。するとレンは少し困ったように唸った。


「こればっかりはごめんね。まだ部屋見せたくないから。」


 いったいどんな部屋を借りたのだ、と私が突っ込むと「普通だよ。」とレンが笑う。別に無理に頼み込むことでもないので、私はロビーにあるふかふかのソファに腰掛けてレンを待つことにした。
 レンがスーツに着替えて戻ってきたのはほんの5分くらい経った時で、私は滅多なことではお目に掛かれないレンのスーツ姿にどきどきしてしまった。


「スーツだあ!」


 私は子供みたいに声をあげてレンの腕に抱きついた。


「はいはい、スーツだよー。」


 そんな私に呆れるというよりも、子供をあやすように頭を撫でてレンは笑った。そしてロビーを出てレストランに向かったのだ。






 レストランは美味しいと評判の多国籍料理店だった。街中の喧騒が嘘のように落ち着いた店内の雰囲気に、昔の私ならばぎくしゃくしていただろう。レンが社会人になってからはこういう店に出入りすることも多くなって、私は随分と慣れてしまった。レンがウエイターに何か挨拶をすると、奥の個室まで案内してくれる。


「レン、知り合いなの?」


 後ろをついていきながら、小さな声でレンにたずねる。


「たまに仕事の関係で来てお世話になってるんだ。今日も無理言ってメニューにないコース作ってもらっちゃった。」


「そうなの?」


 ちょうど席に通されたので、私はそのウエイターに頭を下げると、頭のよさそうな微笑をたたえて頭を下げられた。


「食前酒をお選びいただけますが、いかがいたしますか?」


 その賢そうなウエイターがとても丁寧にゆっくりとした口調で尋ねる。レンは私をちらっと見る。


「何か希望ある?」


 レンが尋ねてくるので私は首を横に振った。するとレンは彼に「ジョルジュ・ヴェッセル」と頼んだ。ウエイターが下がると私は少し肩の力が抜ける。


「私ここ入るの初めて。」


「そうでしょう?もし来たことがあるんなら誰と来たのって大問題になるよ?」


 昔よりはなれた、といってもやはりこういったかしこまったお店なので、ほんの少し緊張気味の私の目の前で、レンはなんてことないというように頬杖をついて冗談めかして言う。私がそれもそうか、と頷くとレンが笑った。


ちゃんちょっと緊張してるでしょう?」


「だ、だって、やっぱりいまだにこういう所はなんか凄い大人な感じがしてさあ・・・。」


 私がおどおどと答えると、レンは私の足を軽くつま先でつついた。


「せっかく個室にしたんだから、もっとくつろぎなよ。別にちゃんとかしこまった話がしたいわけじゃないんだし、デートなんだよ?誰も見てないんだから、いつもどおりにしてほしいな。」


 ね、とレンが小首をかしげて私を見つめるので、私は小さく頷いた。しかし正味、レンのその表情などに逐一どきどきしてしまった、緊張は解けるどころかより強まったのだった。






 ジョルジュ・ヴェッセルが運ばれてきてから、生春巻、ホタテと海老のマリネ、牛タタキのカルパッチョ、舌平目のポワレ、牛フィレ肉やイベリコ豚のステーキ、スモークサーモンといくらのクリームパスタ、フルーツパレットなど、あまりにも充実したメニューが次々と運ばれてきた。どれもあまりの美味しさに私は上品さのかけらもないくらいにぱくぱくと口に運んでしまう。


「凄く美味しいー。」


 私は至福の時、と言わんばかりにへらへらとしながらレンに伝えた。レンも美味しそうに残りの料理を口に運んでいる。


「美味しいよね。また来ようか。」


「うん、来たいー!」


 レンが私のことを甘やかしているということは十分にわかっているが、それでもその寛容さで私がならず者になっているわけでもなく、与えられるべくして与えられているものだ、と私は開き直って、またレンが連れてきてくれるという約束にわくわくした。
 すべてのメニューを食べ終えると、食後のカクテルとして私はクイーン・エリザベスを、レンはクラシックを頼んだ。いずれもレンが選んだものだけれど、甘口なその風味に私は大満足だった。


「あ、そうだ。」


私はこのまま今日一日が終わらなければいいのに、とまで思った瞬間、クリスマスプレゼントを渡していないことを思い出した。鞄の中から包みを出してそれをレンに差し出す。


「レン、クリスマスプレゼント!」


 私がそういうと、レンはその包みから視線を上げて私を見つめた。そして受け取りながら少し子供のようにあどけない目をして私に何か訴えかけてくる。


「ありがとう、あけてもいい?」


 レンがそう訊いてくるので、私はもちろんだ、と頷いた。レンが白くて細い、私よりも美しい指先で包みをゆっくり開けていく。私は気に入ってくれるか、その様子をどきどきしながら見つめていた。レンの指先が私のプレゼントにたどり着き、包みからそれをそっと出した瞬間、レンが目を丸くした。


「これ、マルジェラのリングとブレスじゃん!超嬉しい!」


 レンが普段の私のように子供じみた声を上げる。予想以上に喜んでもらえて私はほっとして、思わず笑みがこぼれた。


「よかった、マルジェラ行ったけど、いっぱいあって迷っちゃったんだよね。」


 私がそう語ると、レンは早速リングを右手の人差し指にはめ込んだ。長い付き合いなので、サイズを間違えることもなく、レンの指に綺麗にはまった。そしてブレスもしっかりとその華奢な手首に付けてくれる。


ちゃんありがとう。これ毎日付けるね。」


 レンは右手を左手で覆って、本当に嬉しそうに笑う。これだけ喜んでもらえれば私の安月給では考えられないくらい、大奮発をした甲斐があったというものだ。するとレンは興奮を落ち着かせるために残りのカクテルを飲み込んで、ウエイターを呼んでもう一杯カクテルを頼むと同時に、何かウエイターに耳打ちした。


「ちょっと待ってね。」


 レンが私にそういうが、私には何がかよくわからずにぽかんと、いわれたとおりに黙って待っていた。すると先ほどのウエイターがカクテルと一緒に、箱を運んでくる。私とレン、それぞれにカクテルを渡してから、彼はレンにその箱を渡して下がった。


「ちょっと持ち歩くには大きかったから、お店の人に預かってもらっといたんだ。これ、僕からのプレゼント。」


 レンは私に箱を差し出してくる。


「え、このワンピースもらったのに・・・?」


 私がぽかんとすると、レンが何を言っているんだ、と呆れた顔をする。


「何いってんの?あれは一つ目のプレゼントって書いてあったでしょう?これは二つ目。」


 それはなんて豪華な、と私が目を白黒させていると、レンは笑って席から立ち上がると、私の席の横に膝を付いた。


ちゃん、目瞑って?」


 私は何がなんだか分からずにきょろきょろすると、レンが手を伸ばしてきて、私の目の上にそっと手のひらを乗せた。それにしたがって私が目を瞑るのを確認すると、レンが私の靴を脱がした。私がびっくりすると、レンが吐息を漏らすように笑うのが聞こえた。少しして私の足にまた慣れない冷たさの靴が履かされる。どきどきしながら待っていると、レンが小さな声で私の耳元で「あけていいよ。」と言った。私が視界をゆっくりと開いて足元を見ると、そこには見覚えのある黒のレースアップパンプスがあった。


「こ、これもしかして、クロエの新作の・・・?!」


 私はあまりの感動に意味も無く立ち上がってしまった。するとレンも立ち上がって微笑む。


「これ、凄い欲しかったの・・・!」


「だよね。ちゃんネットで発売前から買おうか迷ってたじゃん。」


 レンはそんなことまで逐一覚えてくれていたのか、と思わず泣きそうになるのをぐっとこらえた。


「でも、これどこ行っても売り切れだったんだよ?凄い、どうやって手に入れたの?」


「これちゃんに似合いそうだから予約しといたの。気に入った?」


 私は大きく頷いてから嬉しくてレンに抱きついた。レンが少し後ろによろめいてから私の腰に手を回してぎゅうっと抱きしめてくれた。


ちゃんと今年もクリスマスを過ごせて、幸せだよ。」


 優しい声色でそう言って、レンは私の耳に口付けた。










 レンは私のプレゼントを身に付けて、私もレンからのプレゼントの靴を足に、レストランを後にした。時刻は十時を過ぎたばかりだ。


「この後はどうするの?」


 私がそう尋ねると、レンはちょっと迷ってから口を開く。


「ホテルのバーに行かない?」


 レンがそう提案してくれるので、私は大きく頷いた。まだお酒は飲みたいので、すばらしい案だ。


「よかった。もう頼んであるからさ。」


 用意周到だ、と私は感心した。私が断ったらどうするつもりだったのだろう。まず私がレンの提案を断ることがないので問題はないのだが。










 ホテルのバーは52階にあって、夜景が美しい窓際の席だった。店内には上品な男女が肩を並べて、ピアノの演奏を聴いていた。


「凄い夜景綺麗・・・!」


 私はなるべく大きな声を出さないように、しかしレンにその感動を伝えるようにそう言った。するとレンは私に頷いた。


「こんな高い所から夜景見る機会なんてないもんね。」


 レンは私のあげたリングを指でそっと触れながら呟く。早速大事そうにしてくれているその行動に私は上機嫌になった。


ちゃん、何飲む?」


 ウエイターが持ってきたメニューを広げながらレンがそう尋ねるので、私は少しメニューを読んでみたが、やはりここはレンに決めてもらった方が特別な気がした。何より、レンは私の好みを熟知しているので、安心して任せられるのだ。


「レンに任せるよ。いっぱいあって決められないもん。」


 私がそう答えると、レンはその答えを待っていましたというように、ウエイターを呼んで生ハムとクリームチーズ、そしてブレイブブルとブラックルシアンを頼んだ。


ちゃん、ウォッカとテキーラ、どっちがいい?」


 レンがお酒をよく飲むので、だいぶ私もお酒が好きになったが、知識としては乏しい。先ほど頼んだどちらがどちらなのか、よくわからなかった。


「ウォッカの方が飲めそう。」


 私が答えると、だよね、と笑った。そして注文した品がきて、私たちは改めて乾杯した。私の渡されたブラックルシアンというウォッカベースのカクテルは甘口で美味しくて大満足だ。


「僕のこっちと姉妹なんだよ、ブラックルシアン。」


「そうなの?」


 レンの説明を聞いて、私は一口だけレンの飲んでいたブレイブブルを飲んだが、少しアルコールが私の飲んでいるものより弱くて物足りないが、飲み口もよくて美味しかった。






 私たちはお酒を楽しみながら、いろいろとお互いの仕事の話や最近の話を交わした。いつも一緒にいるので、お互いの言っていることに説明は必要もなく、すべてうまく話が伝わる。ふとそれを改めて感じて、私が黙り込むとレンが心配そうに私を覗き込んだ。


「どうしたの?」


 レンが気遣うように優しく尋ねてくれるのに、私は笑った。


「なんか、レンともうこうやって十年以上一緒にいるんだと思うと凄いなぁって思っちゃって。」


 改めて自分で言うと、少し恥ずかしくなって私はそれを誤魔化すようにお酒を飲み干した。レンもそれは同じようで、一緒になってお酒を飲み干して、また次のお酒を注文した。ピアノはジャズを弾き続けている。


「そうだよね。どう?なんか僕って昔と変わった?」


 レンがいたずらに微笑んで訊いてくる。昔もなにも、十年以上前のことなので、当たり前だけれどレンは変わった。


「そりゃ変わったよ。大人になったんだもん。だって私達、生きてきたほとんど半数を一緒に過ごしてるんだよ?変わってなきゃおかしいよ。」


 私が答えると、レンはたしかにね、と笑った。そして、テーブルの上に置かれた私の手にそっと手を重ねた。


「僕のこと、昔と変わらず好き?」


 急にそんな恥ずかしいことを訊かれて私は戸惑う。レンだってその答えを知っているくせに訊いているのだから意地が悪い。


「当たり前でしょう?レンこそ、ちゃんと変わってない?」


「昔よりももっともっと好きだよ。」


 いつも一枚上な答えだな、と私は悔しくなるが、当然ながら嬉しい答えだ。私はありがとう、とお礼をひとつ言ってから、持ってこられたお酒を一口飲んだ。


「十三年間、ちゃんと一緒にいて、僕はちゃんと離れたいなんて思ったことは一度もなかったし、絶対に離したくないなって思うんだ。」


 今日は随分饒舌に愛を語るレンに、私は酔ってるのかな、とレンの目を覗き込んだ。その目は確かに少しだけお酒が回っているのが分かるが、それでも適当なことを言っているわけではないことは、十分に感じ取れた。だからこそ私は戸惑う。


「私もレンとずっと一緒にいたいって思うよ。レンがいなかったら生きていけないよ。」


 レンの手を軽く握って私が答えると、レンは微笑んだ。白い肌と薄い唇、大きな瞳、作り物みたいなレンの美しさがまぶしく思えるくらいだ。


「本当に?僕がいなきゃ生きていけない?」


「当たり前でしょう。こんなに甘やかされて大人になっちゃったんだから。もうレンなしじゃ生きていけないよ。責任取ってよね。」


 私が冗談めかして言うと、レンは笑った。


「じゃあさ、甘やかすついでなんだけど・・・。」


 レンが笑っていた頬をすまし顔に戻しながら口を開いた。私はお酒が回って気分がいいまま、レンの声を耳に受ける。


ちゃん、仕事辞めちゃいなよ。」


 レンが少し真剣な目つきで私に訴えかけてくる。


「えぇ?駄目だよ。そうしたら本当にレンに頼りっぱなしになっちゃうもん。」


 何度もその話は出たけれど、私は飲み込まずにいた。レンの収入だけで生きているも同然だが、やはりここで仕事を辞めてレンの収入のみを頼りにするのは、恋人として恥ずかしいのだ。


「いいじゃん。僕がお願いしてるんだからさ。」


「だって、それじゃあ恋人として恥ずかしいよ。」


 私が正直にそう答えると、レンは少し困ったように視線を上にした。


「どうしたら辞めてくれる?」


 諦めまいとレンがまた質問してくる。いつもなら私の意見を必ず聞き入れてくれるレンが、こうして何か頑固として譲らないのは珍しい。しかし内容が内容なので、私は意味が分からなくて小首をかしげた。


「ちょっとちょっと、どうしてそんなに辞めてほしいの?私、働くの嫌いじゃないんだよ?」


 私が答えると、レンはどこからか、小さな箱を取り出した。私がなんだ、と目を丸くしているとレンが微笑んだ。


「三つ目のプレゼント。」


私はまだプレゼントがあるのか、と驚いたものの、それを受け取って箱を開ける。そこにはピンクサファイアの埋め込まれた華奢なプラチナリングがあった。


「え・・・。」


 レンの言っていた言葉の意味がその指輪を見た一瞬で理解できた。その嬉しさとあまりの驚きで言葉を失って、私はレンを見つめた。


「僕のためだけに生きてよ。仕事なんか辞めて、僕のことばっかり考えてほしいんだ。僕のためだけにご飯作って、僕のこと考えながら僕の帰りを待ってよ。」


 レンが真直ぐで、美しい青色の瞳で私を見つめて、手を握る。私がレンの瞳を見つめ返すと、レンは少しだけ力を抜いて、いつもよりも数段美しくて柔らかい微笑みをたたえた。










ちゃん、結婚しよう。」










 一瞬にして嬉しさで涙がこみあげてきて、私は口を両手で覆って泣いてしまった。


「僕とずっと一緒にいてください。」


 レンは私の手を握ってさらに優しくそういった。


「は、はい。これからも、よろしくお願いします・・・。」


 ぐずぐずと涙で声を震わせながら私がそう答えると、店内から突然拍手が沸き起こった。私が情けなく崩れた顔をあげると、その店にいた客から店員の全員が拍手している。私があっけに取られていると、一人のウエイターがお酒を私たちに運んできた。


「鏡音様、様、おめでとうございます。」


「ありがとうございます。」


 ウエイターの言葉にレンがにっこり笑って礼を言っているが、何が何だか分からず、私は涙を流したまま二人を交互に見つめた。


「今日ここでプロポーズするって決めてて、ここのお店にもいろいろお願いしてたの。」


 レンにまたしてやられた、と私は感動でぼんやりとした頭の隅で考えながらも、嬉しさでどうでもよくなっていた。するとレンが私の手元にあった指輪を箱から取り出す。そして私の左手をそっと取って、左手の薬指に指輪をすっとはめた。


「ちゃんとちゃんのこと、幸せにするからね。」


 そういって私の左手の薬指のリングに口付けをした。あまりに気障なその行為に私は頭がふらふらしそうだった。


「お祝いのカクテルとスイーツです。」


 ウエイターがそれらをテーブルに置いて一歩下がった。するとレンは私にグラスを持たせる。


ちゃん、ありがとう。ちゃんに出会えて幸せです。」


「わ、私も、レンと出会えて幸せです。」


 お互いにそう言って、なんだか急に恥ずかしくなって私達は笑い出してしまった。


「なんかおかしな感じ。こんな改まっちゃうなんて・・・。」


 私が笑いながらそういうと、レンも頷いた。


「もう僕なんて、今日一日ずっと気が気じゃなくて、一気に力抜けたから笑えてきちゃった。」


 二人で声を合わせて笑いながらグラスを合わせた。










「「乾杯」」










 私の欲しいものは沢山あるの
 可愛いワンピース
 クロエの新作
 美味しいお肉とお酒
 きらきら光るクリスマスの街
 そしてレンの愛
 私は欲張りだから全部欲しいの
 レンは全部くれる
 私に全部を与えてくれる
 クリスマスの夜に




















―あとがき―
クリスマスにちなんで、プロポーズ物なんて書いてみました。
デートがリッチすぎて親近感が沸かないという方、申し訳ありません。
イメージが辻仁成さんの小説に出てくる大人なデートだったので・・・。
かなり長くなってしまいましたが、クリスマス物ということで大目に見ていただければと思います。

091218















































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