ドリーム小説  僕は知っている。
 君の体の隅の隅まで、ほくろの数さえ数えられる。
 笑った時に出来るしわの数や、手相だって覚えてしまった。
 僕はそれくらい、君のそばにいるんだ。
 だから知っているのさ。
 君が悲しむから言わないだけ。






「レン、晩御飯は何が良い?」


「生クリーム入ってるたらこスパゲティ。」


「またそれ?飽きないの?」


「だって美味しいんだもん。」


 ソファに腰掛けて、キッチンにいるちゃんとそんなことを笑い合って話していた。ちゃんのたらこスパゲティはまろやかな味わいがたまらなく絶品で、僕の大好物だ。ちゃんは毎日食べて飽きてるかもしれないけれど、僕はそれでも食べたいのだ。ちゃんの一番得意な料理だと知っているから。口先では嫌がっていても、本当は喜んでいると知っているから。「生クリームまだ残ってるかな。」と独り言を言ってるちゃんの顔を見たくて、僕はソファの背もたれに胸を預けて腕をそこにだらりと伸ばした。


ちゃん、キスしよっか。」


 僕がそんなことを言うと、ちゃんは微笑んだ。いつもこうして僕がキスをせがむので、もう驚きもしないのだ。ちゃんがキッチンから出て来てこちらに向かってくる。そしてソファを挟んだ向こうで腰を屈める。


「レンはキスが好きだね。」


 ちゃんがキスしてくるのを動かずに待つ僕にそっと唇を落として、呟くようにちゃんは言う。ゆっくりと離れる唇が惜しい。触れずとも体温を感じるくらいの近さでちゃんが僕の視界の中いっぱいに笑っている。


「違うよ、ちゃんが好きなんだよ。」


 僕はちゃんの後頭部に手を回して少し強引にキスをした。ちゃんがするよりももっと深い口づけを。


「えっちしたくなるね。」


 何度体を重ねても僕はちゃんが欲しくて、笑ってそう話すとちゃんは僕の頬に子供のようにキスをする。


「ご飯食べてお風呂入ってからね。」


 焦らすように甘ったるい声でそう耳元で囁いて、ちゃんはキッチンへと戻っていく。すらりとした細い体は僕の好みにぴったりで、抱きしめてもいつも何か物足りないくらい、華奢でか弱い印象を受ける。






 僕は知っている。
 君の体のどこが弱いかも、いい加減覚えてしまった。
 僕のどこが大好きなのかも、君の言葉通り言えてしまう。
 僕はそれくらい、君のそばにいるんだ。
 だから知っているのさ。
 君が悲しむから言わないだけ。






 そろそろ前回から一週間が経つから、僕は今日くらいにまたあの寂しさをお互いの知らないところで噛み締めるんだと思いながら、ちゃんの作ってくれた美味しいたらこスパゲティを口の中に滑り込ませた。


「どう?」


 ちゃんは自分の作ったスパゲティを一口食べると手を止めて、テーブル越しに僕を見つめていつもの褒め言葉を待っている。僕は一度だってちゃんの料理が口に合わなかったことはないし、心の底から美味しいと感じるのでどれだけ食べても満たされない気さえする。


「美味しい。明日も食べたい。」


「もう明日の話?気が早いんだから。」


 子供と戯れるような優しい笑みでそう答えるちゃんに、僕はテーブルの下でちゃんの足に自らのそれを絡めた。


「お行儀悪いよ。」


 末端冷え性のちゃんの足の先はひんやりとしていて気持ちが良いので、いつも暇さえあればこうして足に擦り寄ってしまいたくなる。


「冷たくて気持ちいい。」


 注意されても僕はやめることが出来ずに、愛しいその滑らかな足をなぞった。ちゃんはフォークとスプーンを置いて、自分の発言など忘れてしまったのか、対抗するように僕の足に自分から絡めだした。


「レンの足、くすぐったい。」


 子供のように口を尖らせながらちゃんはすぐに足を引っ込めた。それが可愛らしくて僕は笑う。


「今日マッサージしてあげようか?」


 お風呂へ一緒に入る時、僕はちゃんの体をマッサージするのが好きだ。少し恥ずかしそうに、それでもちょっとした優越感と快感で、こそばゆそうに顔をむずむずとさせるちゃんを見るのが好きなのだ。それに今日二人で買い物をした時に新作のマッサージソルトを買ったので、ちゃんも使いたくてうずうずしているだろう。


「じゃああのマッサージソルト使う!」


 子供のようにはしゃいでちゃんは宣言する。僕の指先はちゃんのあの白い肌を滑り、その体の隅々の感触を自分に刻み込むように触れて巡るのだ。それを考えると興奮した。僕は頷いて、ちゃんの頭を撫でて微笑んだ。






 お風呂はちゃんが沸かしてくれる。二人ともお風呂が好きで、浴室はバスグッズでいっぱいだ。今日の入浴剤は柑橘系の香りがした。


「今日の入浴剤は何にしたの?」


「柚子だよ。レンをイメージしてみた。」


「色だけじゃん。」


 ちゃんの体にじゃりじゃりとしたマッサージソルトを塗りながら、温まった手の平で、この肌がいつまでも清らかで吸い付くような弾力のものであるように祈った。僕にずっと寄り添っている柔肌であるようにというおまじない。


「おっぱい柔らかいー。」


 僕が本能のままにちゃんの柔らかい胸を触りながら感嘆の溜息まじりに言うと、ちゃんは笑った。


「そんなにおっぱいが好きならレンも太っておっぱい作りなよ。」


 冗談交じりにそう言って、僕の平たい胸板を撫でた。ちゃんの手の平に付いたマッサージソルトが僕の体に違和感を与える。


ちゃんのだから好きなんだよ。」


 僕はちゃんの華奢な腕を軽く取って瞳を覗き込んだ。お互いが腰掛けていたバス用チェアがキュッと音を立てて近付いた。自然とキスを交わす。直接触れる肌はセックスを連想させる。人肌の柔らかさがこれだけいやらしいものだということを、ちゃんと過ごして初めて知る。僕はちゃんの体しか知らない。










 今日のちゃんはいつもより充分すぎるほど明るい。今日の、というよりは週に一度は決まってこうなのだ。その理由も知っているから、僕も自然に寝たふりをするためにも体を求める。疲れてそのまま寝入ったふりをするためにも。






 僕は説明書を持っている。ゲームや機械と変わらない説明書を持っている。僕がその説明書を知ってしまったのは一年前だ。ちゃんと同棲を始めてから一年半ほど経った時だった。ちゃんが仕事で僕は休みだったので、掃除をしていたのだ。いつもちゃんばかりが掃除をしていたので、少し驚いて喜ぶ顔が見たかった。それだけの純粋な気持ちでいた僕には残酷な事実だった。それはパソコンの棚にあまりにも自然な形で入っていた。ウイルスバスターを装ったパッケージのそれを僕はなんとなしに手に取ってしまったのだ。中を開けば僕の写真と様々な注意書き、そして説明書きがあったのだ。











 恋人か友達か、どちらにするかボックスにチェックを入れてください。
 詳細タブにある欄に、アンドロイド初稼働までの彼らの過去を、なるべく沢山作って下さい。より充実した人間味あるアンドロイドになります。
 性格、趣味、嗜好などを細かく入力して下さい。


 一週間に一度は必ず充電してください。
 充電方法は同封のCD-ROMを挿入し、充電をクリックしてください。
 ケーブル無しで簡単に充電が出来ます。
 充電が開始されると勝手に電源が落ち、終了すると稼働します。
 充電前に必ずデータを保存してください。
 保存せずに充電されると、前回の保存からそれまでの思い出がメモリに残りません。
 そのため再度電源が付くときは、最後に保存されたデータからになるため、日付なども誤差が生じます。
 充電を終えてから保存してください。日付のみ更新されます。


 彼らがアンドロイドだということを、本人に気付かれないようにして下さい。
 彼らは繊細で傷付きやすく、また自分を人間だと信じています。
 大きなショックを与えると故障の原因になります。


 彼らはあなたの理想像を忠実に再現してくれます。
 潤滑に、人間と変わらない動きをしてくれます。
 ただし、彼らがアンドロイドだということを忘れないで下さい。
 あなたの人生に支障を来す可能性があります。










 一番最後のページにはCD-ROMが挟んであって、僕は恐る恐るそれをパソコンに挿入して、データを開いた。画面いっぱいに開いたそれには、沢山の設定がある。僕は一つ一つ読んでいった。僕の記憶にあるはずの過去がそこには書き連ねられており、またなんと表せば適切か言葉に困るのだが、僕という男がそのまま文字で表されていたのだ。内から内へと押し寄せる恐怖に僕はひとり震えた。誰か嘘だと言ってくれ、と切に願ったのだ。






 僕は説明書にあった通り、とても傷付いた。しかし予想外だったのは、そんなショックより何より、僕のちゃんへの愛が大きかったのだ。僕を作った企業の予想さえ上回るほどの愛だった。僕は幾度か彼女に事実を知ってしまったことを打ち明けようとしたが、あの可愛らしい顔が悲しみに歪む所を見たくないという気持ちが勝り、いつしかお互いに共用していることをお互いに隠し合うことにした。共用しているはずの秘密。お互いに知らない振りを続けることが、僕らの幸せだと気付いたのだ。
 僕がちゃんを好きなことも、お風呂が好きなことも、たらこスパゲティが好きなことも、触れ合いたいと思うことも、嬉しくなったり悲しくなったり、そういう感情も、例え全てが作り物だとしても、僕はなんらちゃんと変わらない人間くさいアンドロイドなのだ。最高に愛して、泣きたくなるくらい体中のにおいを吸い込んで、ちゃんだけしかいない世界で、僕は生きていくのだ。






 ただひとつ悲しいのは、僕がちゃんを愛することは絶対なのだ。ちゃんは僕に愛されるための努力をしないでも、僕から無償の愛を受けることが出来る。それをちゃんが気付いてしまった時、彼女はどうなるのだろうか。僕を捨ててしまうのだろうか。朝に二人で一緒にゴミを出しに歩いて行く、あのゴミ捨て場に、いつか僕の転がる姿があるのかもしれない。その時の僕はただの物体でしかないかもしれないが、そんなことは今の僕にはさして気休めにもならず、ただ言い知れぬ恐怖が襲い掛かってくるのだ。ただ愛しているだけだというのに。










「レンは私の全てだよ。」


 どちらのものかも分からない汗にべったりと湿った体で、セックスの余韻に浸りながらちゃんは幸せそうに言う。僕は少しぐったりとしながらそんなちゃんの頬に張り付いた髪の毛を指先で避けてやる。


「ん、ありがとう。」


 声が少し掠れて弱々しくも聞こえる僕の声にちゃんは優しく微笑み、頬に触れていた僕の指先を舐める。凄く温かくて気持ちが良い。


「私の中でレンは完璧で、私が欲しい愛を沢山持ってるの。私の願いを叶えてくれるの。レンは神様だね。」


「それはまた大袈裟だね。」


 僕は眠そうな演技を精一杯にして、ゆっくりと瞳を閉じた。そうするとちゃんは何も言わなくなる。僕が寝るのを待つのだ。僕はあの説明書を読んだ日から、一週間に一度のこの充電時に眠ったことなど本当はないというのに。






 しばらく一定のリズムで呼吸をしていると、ちゃんがそっと体を起こした。がたっと音を立ててパソコンの前に腰を下ろしたのを耳で確認してから、僕はうっすらと瞳を開いて、ちゃんの後ろ姿を見つめる。見慣れたCD-ROMを取り出してパソコンに入れると、あの忌ま忌ましい画面が映る。一度目のクリック音はきっと僕のデータを保存した音だ。全く違和感もないまま、僕は操作されている。おかしな話だ。そして深い溜息を付くとちゃんが立ち上がったので、僕は急いで瞳を閉じた。ベッドがゆっくりと軋んで僕の隣にちゃんの気配がした。


「レン、大好きだよ。レンはこんなにも完璧に私を満たしてくれる。私が作った設定なんかよりずっと素敵だよ。」


 眠っているはずの相手にひとりで語りかけるちゃんの言葉を、僕に涙なしに聞けというのは残酷な気がする。涙も抱きしめたい気持ちもぐっと堪えて、僕は作り物の寝息を立てる。


「大袈裟なんかじゃないんだよ。レンは私の世界の神様なの。私の欲しい物を全部くれるんだもん。」


 そうだ、僕はちゃんが望むのならなんだって出来る。嘘だと言われている虹の麓にある宝物だって見付けられる。


「だから神様、どうかひとつだけ願いを叶えてよ。」


 縋るように震えた声は、本当に子供のように純粋だった。こんな愛しい彼女のためなら何でも出来る。出来ないわけがなかった。全て叶えてあげたいのだ。
 そしてちゃんが小さな声で呟いた。










「                 」










 ああ、もうすぐ電源が落ちてしまう。またあの急にやってくる一瞬の恐怖に震えるのか。
 僕が死んだように眠っている間、きっとちゃんはあの柚子の香りが充満しているお風呂で、


 少しでも僕を感じようとしてくれるのだろう。


 それはまた愛しい。


 僕はいつだって願いを叶えてあげたかった。いつだって叶えていた。僕が本当の神様なら、あの願いも叶えてあげられるはずなのに。










「どうか本当の人間になってください。」










 僕に必要なのは、本当の神様になるための説明書。




















―あとがき―
以前、カイトで書いた「神様の説明書」のレンVerです。
もともとはレンで書く予定のもので、内容はカイトVerそのものでしたが、少しタイプを変えてレンでリベンジを。
カイト夢よりレン夢に力を入れてる中で、このカイト夢は好評を頂いており嬉しいです。
管理人がエロチックなレンが好きという好みがありありと出ており申し訳ありません。

090922















































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