ドリーム小説  中野くんへ


 この前、教科書を貸してくれてありがとう。
 落書きだらけで笑っちゃいました。
 あんまり話したことがなかったのに、
 まさか中野くんが教科書を貸してくれるなんて思ってもみなくて
 かなり驚いちゃって変なこと言ったかもしれないけど、あれは本心じゃないよ。
 本当に嬉しかった、ありがとう。
 こんなことを手紙にするのなんて、中野くんは中学生みたいって笑いそうだけど
 多分顔を見て言うなんて恥ずかしくて出来るわけがないから、手紙にしました。
 中野くんが気になってます。
 だから、仲良くなりたいです。
 もし良かったら、三階の踊り場の消火器の所にこの返事を下さい。






「・・・中野って誰。」


 僕は思わず呆れて笑ってしまった。この意味の分からない手紙をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱へ投げて、ちょっと手紙を開く前にときめいた自分を呪った。けれど、さすがにその中野君とやらに宛てた手紙を、第三者の僕が捨てるのは非道な気がして、僕は席から立ち上がりゴミ箱に見事に入ったその手紙を拾った。差出人の無い手紙。僕の机にあったけれど、僕のクラスには中野なんていないし、教室を間違えたとしても、両隣のクラスにだって居なかったと思う。
 そんなことを考えていると、教室の扉がガラガラッと開いて、僕は何故だかその手紙の差出人なのではないかと驚いたが、そこには見慣れた友人のが居た。


「おーい、レン。帰らねえの?」


 電車が途中まで同じなので、たまに彼と一緒に帰るのだが、今日はこの友人が担任に呼び出されており、それを待たされていたのだ。いつもならそんな時は絶対に帰ってやるのだが、なんとなく今日は天気も良くて気分が良かったので待っていることにした。そうしたら、この手紙に出会ったのだから、偶然にしてもちょっと面白い。


が呼び出されてるから待っててあげたんじゃん。先生なんだって?」


「はは、進路どうするんだって言われた。俺、東大って書いたら真面目に考えろって言われた。」


「そりゃあそうだよ。ていうかさ、うちの学年に中野ってやついるっけ?」


「ん、中野?女の中野ならいるけど。」


「そっか。女なら人違い。」


「なんだそりゃ。」


 僕は机の上にある鞄を取って、手紙をポケットに突っ込んだ。






 家に帰って、僕はコンポから音楽を馬鹿みたいに大きな音量でかけて、テーブルの前で手紙を広げた。少しだけ手紙から甘い香りがした。この子はきっと、中野君って男が好きなのだろう。僕がこの手紙を彼に届けてあげるべきなのかもしれない。しかし、僕はその中野という男を知らない。友人のも知らない。


 ― 三階の踊り場の消火器の所にこの返事を下さい


 僕はあまりに暇だったのだ、毎日の刺激の無い日常に飽きていた。まともに手紙を書いたことなんてなかったけれど、彼女に返事を書いてあげることにした。ほんの気まぐれだ。ただ、なんとなく彼女がこのまま毎日三階の消火器のところへ行って彼からの手紙を待ちわびるのは、あまりにも哀れだと思った。






 手紙を受け取った者です。
 すみません、僕は中野君じゃありません。間違えちゃったんだろうね。
 君が手紙を置いたのは二年四組の鏡音レンというやつの机の中です。
 つまり、僕です。このまま気付かないのは可哀想だと思ったから、手紙を書きました。
 本当は僕がその中野君ってやつに手紙を渡せたら一番いいんだけど、
 僕はその中野君を知らないし、友達も知らないって言ってたから渡せません。
 だから、こんなことくらいしか出来ないけれど、許してほしいです。
 あと、これはほんの興味本位だから、気にしなくていいんだけれど、書かせて欲しいんだ。
 僕は最近楽しいこともなくて退屈をしてたから、手紙を書くなんてちょっと非日常的な気がして
 書いているうちに楽しくなってきたから、少し大目にみてください。
 君はなんで中野君が好きになったの?手紙を渡し間違えるってことはクラスは違うんだよね?
 どういういきさつでそうなったの?
 こんな質問をしても、意味はないし、早く中野君に手紙を渡さなきゃいけない君からの返事を
待つわけじゃないけれど、ただ書いてみたかったんだ。
 僕宛じゃないにしても、手紙をありがとう。手紙を書く機会が出来て楽しかったです。






 僕は書きながら、少し恥ずかしくなって、書き直そうとも思ったが、これくらいの失礼なら許されると思って、書ききった。ノートから破った罫線の引かれた、ただの紙だというのに、これは誰にも見せられない秘密のような気がしてならなかった。僕は部屋を出て、一階に居る母親のところへ向かった。


「お母さん、封筒とか持ってない?」


「えぇ?銀行の封筒でいいの?」


「も、もうちょっと普通のがいいな。手紙とか入れるやつ。」


 僕は少しどもりながらそう尋ねると、母は凄く嬉しそうに笑った。


「どうしたの、レン。ラブレター?」


「ち、違うよ。そういうんじゃない。だから、何か、茶封筒とかでもいいから!」


 僕はそんなことを母親と会話しながら、なんとか貰った茶封筒に、彼女への手紙をそっとしまった。






 翌日、僕はいつもより早めの時間に家を出て、誰よりも早く教室へ入った。普段の僕からは考えられないことだ。ただ、手紙をあの場所へ持っていくところを見られるのだけは恥ずかしいので、誰も居ないうちにと思ったのだ。教室に鞄を置いて、茶封筒だけを持って廊下へ出た。まだ朝早いせいで生徒も少なく、校内は静かだ。足音がやたら響くので、僕はその音にいちいちビクビクする。何をこんなに僕はドキドキしているのだろう。ただ、僕は差出人である彼女に間違えてますということを教えてあげるために手紙を書いただけだ。
 僕がそんな物思いに耽っていると、前の方から足音が聞こえて、僕は吃驚して顔を上げた。同じクラスのさんで、僕は一層吃驚した。仲が良いというわけじゃないし、彼女は結構教師達からしたら所謂「手を焼くタイプ」で、遅刻や欠席が多かった。そのくせ男女わけ隔てなく話す事が出来る彼女は、学校にくればすぐにクラスの中心にいるので、行事か何かある時は多少言葉は交わしたことがある。綺麗な顔立ちで、僕もよく見とれてしまう。ただ、あまり他のクラスメイトと同じように僕を扱っていない気がするのだ。僕を見ると、少し口数が減るし、なんとなく僕を苦手としているような気がする。僕は彼女を見るのが好きだった。明るく無邪気に笑うのに、どことなく他の生徒とは違う大人びた雰囲気は見ていて飽きないというか綺麗だった。僕以外の生徒と話している時の彼女はとにかく活き活きしていて可愛らしかった。入学当初、彼女を見た時、学年中の男子生徒はさんで騒いだが、僕もそのうちの一人であったことは否定できない。それでも、時間が経つにつれ、それも落ち着いて、未だにさんを可愛いと囃す奴もいるが、僕は高嶺の花だと思い込めば、それも諦めがついたのだ。


「おはよう、鏡音くん。早いね。」


 くりっとした目を縁取った睫が音を立てそうだ。やはり綺麗だ。この前体育祭があった僕達とは比べ物にならないくらい、透き通るような白い肌だ。


「おはよう。さんも珍しいね、こんな早くから学校に来るなんて。」


 僕がそう答えると、さんは困ったような笑顔を浮かべた。やはり僕のことが苦手なようだ。


「そう?ちょっと気になることがあって。鏡音くんは?」


「僕もちょっとやりたいことがあって。・・・じゃあ。」


 なんとも居たたまれずに僕はそそくさと笑顔で軽く手を振って階段まで向かった。初めて彼女とあんなにも話したけれど、そんなことはどうでも良かった。僕は早くこの手紙を出して安心したいのだ。
 三階の消火器の戸は派手な音を立てて開くので、吃驚した。周りに細心の注意を払って急いでその中に茶封筒を放り込んだ。返事のこない手紙なんて、おかしい話だ。






 意外なことに、手紙の返事が来た。それもその日にだ。僕が体育の授業から帰ってくると、昨日と同じの可愛らしい封筒に綺麗な字で「鏡音レン様」とかかれた手紙が入っていた。僕は急いで着替えて、次の授業をサボることにして、あの消火器の場所で読むことにした。中に何のかは分からないが、鍵が一つ入っていた。僕は不思議に思いながらもその手紙を読む。






 鏡音くんへ


 お手紙わざわざありがとう。でも実はこの手紙、間違えたわけじゃないの。
 わざと中野くんって人に出した手紙と見せかけて、鏡音くんの机に入れました。
 内容も全くはちゃめちゃです。
 だって、いきなり差出人もない手紙を鏡音くんが受け取ったら、気味悪がっちゃうと思って。
 こんな形だったら、もしかしたら優しい鏡音くんは手紙をくれると思ったの。
 騙しちゃってごめんなさい。鏡音君と話してみたかったんです。
 だからこの前の手紙の質問には答えられないの。
 ただ、答えるとしたら、私は鏡音くんと同い年で、あまり話したことはありません。
 だけど、鏡音くんを見た時、一目ぼれでした。
 学校でね、暗くてあまり好かれてない女子にも笑顔で挨拶してるところをみて、
 鏡音くんが余計好きになりました。凄く当たり前のことなのに、凄いって思ったの。
 女の子から陰でもててるの、知らないでしょう?そういう所も私は魅力だと思います。
 あと、鏡音くんが笑った時に、普段の表情からは想像できないくらい幼くなるところ、
 よく見とれてしまいます。
 話し方も好きです。のんびりした言葉尻が中性的だよね。あ、これは褒め言葉だよ?
 鏡音くんはきっと、私のことが苦手だと思います。
 そんなに話したことがないのに、へんな話だけど、
 きっと私の見た目は割りときつめな感じで、化粧もばっちりしてたり、あんまり純粋そうじゃないから。
 鏡音くんは私の特別です。好きだなんて大それたことは言えないけれど。
 私は鏡音くんに自分が誰かを伝える自信がまだないです。
 きっと見た目だけで判断されちゃうと思うから。
 それでも良かったら、私と文通をしませんか?手紙は消火器のところじゃなくていいよ。
 あそこは今日行ったら、凄く埃っぽくて嫌でした。
 だから、私は今まで通り机に手紙を入れます。
 私はよく屋上にいるから、屋上のどこかにでも置いておいてください。
 鍵、いれとくので。






 長い手紙を読み終えて、僕は何ともいえない気持ちになった。騙されたということよりも、そこまでして僕に手紙をくれた彼女の気持ちが本当に嬉しかったのだ。彼女はどんな人なのだろう。僕は皆目見当もつかないというのに、彼女は知っている。それが少し歯痒い。
 現代にはメールだってなんだって手段があるというのに、この手書きの文字で話したいことを綴るというのは、なかなか面白い。そしてロマンチックで、僕は嫌いではなかった。どんな人なのだろうか、この綺麗な字と、そのロマンチックな思考を持つ女性が気になってしまう。


 それから僕達の非日常的な文通は始まった。










 名前の無い誰かへ


 返事、ありがとう。びっくりした。なんていうか、僕宛じゃなかったんだと思うと恥ずかしいです。
 でもありがとう。本当に嬉しいです。
 君が誰だか分からないから、その「好き」とかっていうのは正直なんて答えていいかわからないです。
 でも、これは本当だけど、凄くこの手紙は楽しいです。
 実は返事がきたとき、授業をさぼって急いで読んでしまうくらい、嬉しかったんだ。
 もてるとかそういうのよくわからないし、クラスの女の子に告白されたりしたけど、
 でも僕の見た目だけしか見てないんだろうなぁって思ってしまってます。
 だからといって、君が褒めてくれたことはピンと来ないけど、ありがとう。
 名前を教えもいいかなって思った時、教えてください。
 やっぱり気になっちゃうんです。
 それにしても手紙って何を書けばいいのかな。日記みたいになっちゃうんだけど。
 とりあえずここ最近で嬉しかったのは手紙の返事があったことと、
バイトの時給が上がって嬉しかったことくらいです。






 手紙を屋上の壁に貼り付けて、僕は朝の校内を歩いた。教室に戻ると、既にあのさんがいて、何か本を読んでいた。何も言わないのも悪いので、僕は「おはよう。」と切り出した。


「おはよう。鏡音くん、今日も用事?」


「うん、さんも?」


「まぁ、そうかな。」


「本を読むのが用事なの?」


 彼女の綺麗な指先が本を開いたまま止まっている。


「ん、まぁそんなところかな。本っていうか、絵と詩が書いてあるの。読んでみる?」


「へぇ。なんて人の?」


「山田かまちって人。」


 さんはそういうと、本を閉じてそれを持って僕に近づいてくる。良い香りがふわりと漂っている。いい香りだ。


「これ、鏡音くんに貸してあげる。じゃあ、私、行くね。」


 そういって本を僕の席において教室を出て行った。僕を避けるように。僕は何事だと思いつつも、その本を恐る恐る開いた。独特な絵と色彩、そして訴えかけるような言葉が連なっていた。さんがこんなものを見ているなんて意外だった。やはり彼女は他の女子とは違う、どこか魅力的な女性だ。










 鏡音くんへ


 いつか教えるね。いつになるか分からないけど、知りたかったらずっと手紙書いてね。
 バイト何やってるの?私は家の近くのファミレスでバイトしてるよ。凄く退屈。
 お母さんに御飯作ってあげるとバイトのおかげか、「腕が上がったね」と褒められて、
 調子に乗って同じメニューばっかり作ってると「飽きた」って言われちゃうの。
 誰かが喜んでくれるなら料理ばっかりしてても楽しいです。
 そういえば、昨日映画を観ました。
 なんか、全然泣く映画じゃないはずなんだけど、私泣いちゃったんだよね。
 家族物に弱いみたいです。父との再会とか、もう泣いちゃいます。
 その映画はハッピーエンドだったんだけど、凄く良い映画でした。
 何か気になる?多分鏡音くんも知ってるけど、言ったら笑われちゃうから内緒です。










 家族物に弱い誰かさんへ


 僕は結構、色んなものを食べるよりも、美味しいもので同じものを食べるタイプです。
 バイトはコンビニだよ。僕は見た目がこんな感じなので、実は年齢を嘘ついて夜勤をやってます。
 だから学校をさぼったりしたいんだけど、親がお金出してくれるんだから頑張ります。
 それに今はこの文通のおかげで無駄にやる気いっぱい。
 僕も家族物には弱いです。知ってるならなおさら気になります。
 僕は今日、クラスの女の子に本を借りました。
 「山田かまち」って人の画集みたいなものです。
初めて見たんだけど、凄く独特な世界観で惚れてしまいました。
 君は知ってますか?結構有名な人みたいでした。ちょっと僕もその本を買いたいくらい凄かったので、
 もし知らなかったら是非調べてみてください。
 さすがに今手元にある本は僕のクラスの女の子のものなので貸せないけど。
 そういえば、どうやって屋上の鍵を手に入れたの?
 あそこって、誰も入れないし、鍵も職員室にしかないよね?










 鏡音くんへ


 山田かまち、私も知ってるよ。本も持ってます。凄い独特で心が震えるよね。
 鏡音くんも知ってくれて、凄い嬉しいです。
 いつかオススメしようと思ってたの。
 屋上の鍵は、前に学校で黙って借りて同じのを二つ作ったの。
 こんなことを言うと、もしかしたら鏡音くんは私が誰か分かってしまうかもしれないけれど、
 授業をさぼる時に屋上は学生の一番憧れる場所でしょう?
 私は鏡音くんみたいに立派じゃないから、学校もよくさぼるの。
 でもそれなりに青春みたいなことをしたい年頃でしょう?
 屋上は一番それに近付けてくれる場所というか、とにかく楽しいの。
 あ、でも最近は鏡音くんが手紙をいつも書いてくれるから毎日来てます。










 サボり魔さんへ


 そうなんだ。手紙を渡すために初めて屋上に入ったけど、あれから僕はちょくちょく屋上でさぼらせてもらってるよ。
 もしかしたらどこかで鉢合わせてしまうかもしれないから、気をつけた方がいい?
 こんなことを書くのは恥ずかしいんだけど、僕の手紙があるから学校に来てるといわれると
 凄く嬉しくて、本当に手紙を書いてて良かったと思います。
 僕は君が誰だか、結局手紙を貰っても見当がつかない。
 クラスにいる女の子のことを一人思い浮かべたけれど、その子は違う気がしました。
 その子は僕のことが苦手なようです。僕もあまりにも彼女が綺麗なので、高嶺の花というか、あまり話せないです。
 本当はちょっと仲良くなってみたいという気持ちもあったりするんだけど、上手く話せなくて。
 でも実はその子が山田かまちの本を貸してくれたんです。
 この手紙を始めたことがきっかけで、僕は早めに学校へ行ってそっと手紙を出してます。
 その子が最近学校へ早めに来るから教室で少し話すようになって、大分仲良くなれたと思ってます。
 もしその子が僕の文通相手の君だったとしたら、僕はきっとあまりに喜びます。
 でも、そうじゃないとしても僕はやっぱり君と話したいです。
 何が言いたいかというと、僕は君が誰か分かりません。でも気になって仕方ないんだ。
 クラスとかだけでもいいから、教えてくれない?










 手紙はいつも一日も間が空かずに返事が来ていた。しかし、次の日、手紙は来なかった。僕は落胆して、教室でうなだれる。


「元気ないな。どうした?」


 机につっぷせた僕の肩を叩いてが笑うので、僕は眉間に皴を寄せた。


「うるさい。馬鹿―。」


 僕は八つ当たりといわれようと、そんなことを言ってそっぽを向いた。その向いた先にはさんの席がある。最近は朝一に必ず登校していて、ちょくちょく会話をしていたのだが、今日はそういえばいない。さんがあの手紙の人かも、とあの文通で一度思ったが、それはありえない気がした。朝、彼女は特にそんな素振りもないし、やはり僕にだけは素っ気無い気がした。さらに文通相手の彼女は「きっと私のことが苦手なんだ。」と言っていたけれど、僕はさんが苦手とかってことは全く思ったこともない。彼女が僕を苦手としているだけだ。


、最近ちゃんと来てたのに休みなんてつまんないね。」


 ふとクラスの女子がさんの席の近くで呟いた。やはり人気者なんだなあ、と僕はどこか遠い世界の話のような気持ちで聞いていた。


「学校楽しいって言ってたのに、何かあったのかな。」


 僕はその言葉に、妙に反応してしまう。僕も学校が楽しい、きっとみんなも楽しいから来ている。なんら不思議なことではないというのに、どうしてもさんに理由をつけてしまいたくなる。僕は思わず立ち上がって、さんのことを話している女子の元へ歩いた。


「ねえ、さんって最近何か変わった様子なかった?」


 突然僕に声をかけられて、彼女達は吃驚した様子で目をぱちくりさせた。そういえばこの右の子、僕に数ヶ月前に告白してきたなあ、なんて思い出したけれど、僕はそれほどまでにやはり普通の女の子達に興味がなかったのだ。


「レ、レンくん、ちょっと吃驚させないでよー。なに、がどうしたの?」


 顔を真赤にして、彼女達はあわてるように笑った。


「ううん、ただ最近学校ちゃんと来てたのに、今日は来てないから気になって。」


 なるべく自然な口調を意識してそう話すと、彼女達は小さな声で相談している。どうやら僕に話していいものかを話し合っている。


「あ、知らないなら全然いいよ。」


 僕が彼女達に柔らかく笑いかけて腰を低くしてそう言うと、彼女達は案の定口を割った。


「最近、好きな人と文通してるって言ってたよ。なんか、文通とかださいって思ったんだけど、凄い真面目にが手紙書いてるから、私達もあんまり何も言わないようにしてて。だからそんなに詳しく聞いてないんだ。」


 彼女達は目を合わせて、お互いに同意を求めるように苦笑した。僕はさすがにもう気付いた。否が応でも気付くだろう。さんがあの手紙を書いていたんだと気付くと、僕は居ても立ってもいられなくなった。文通がださいなんて、僕は知ったこっちゃなかった。メールや電話ばかりの若者の中で、さんは手紙を選んでくれたのだ。僕は彼女の書く字が綺麗で好きだし、手紙の良い香りも好きだった。文通はとても素敵なことだと、皆に知らしめてやりたい。


「その文通相手が僕だとしてもださいかな。」


 僕がそういうと、彼女達は驚いた様子で目を丸くして言葉に詰まらせた。僕は軽く笑った。


「なんでもない、ありがとう。」


 そう言って、急いで教室を飛び出した。






 焦りすぎて慣れたはずの屋上の鍵を開けるのに手間取りながらも、僕はなんとか戸を開けて外気に触れた。生暖かい風が僕の体を舐めるように吹き抜けていく。今日はさんは休みなのだから、こんな所へきても意味がないことは分かっている。けれど、ここに来なくてはいけない気がしたのだ。いつもさんへの手紙を貼り付けてある壁に手紙はなくて、さんが受け取ってくれているのは確かなようだ。僕は息を吸い込み、どうせ届かないけれど、たまらずに口を開いた。






さん、好きです。」






 口にした瞬間、僕は誰にも聞かれていないにせよ、この青臭い行動に恥ずかしくなってしゃがみ込んだ。きっとさんに今すぐ会えないと、明日になったら緊張して言葉が出ないだろう。どうしたら僕はさんに告白出来るのだ。そんなことを考えていると、僕の横に紙飛行機がスッと落ちてきた。僕は驚いて飛んできた方を向く。


「え・・・。」


 驚きのあまり声が裏返った。さんは屋上の扉の上にあるタンクの縁に腰を掛け、無表情に僕を見つめている。手元には沢山の紙飛行機があって、僕が呆けているとそれを次から次に投げてくる。僕はあっと驚いて、とりあえずそれを拾って次々に開いていく。






好きです


好きだ


好き


スキ


スキだよ


すき


すきなの






 走り書きされた文字を読むのと同時に飛んでくる沢山の紙飛行機。僕は最後に投げられた紙飛行機があまりに綺麗に風に乗ったので取るのに苦戦したが、なんとか手に取った。最後のそれにも同じように好きだと書かれている。


「・・・紙飛行機飛ばすの、上手だね。」


 僕が笑ってそう答えると、さんはやっとふわりと笑った。


「鏡音くんのために丁寧に折ったの。」


 不思議な柔らかさのある声色で彼女は言う。それに頷くことしか出来なかった。


「私、鏡音くんのことが好きなの。鏡音くんに一目惚れだったの。鏡音くんがさっき言ってくれた好きって言葉が本当なら、私嬉しくて泣いちゃうかも。」


 あまりにも純粋な言葉が続けられて、僕はすぐにでもさんを抱きしめたくなった。さんが沢山折ってくれた紙飛行機以上のロマンチックが見付からない。なんて返せばいいのか分からなくて、僕は泣きたくなった。


「どうしよう。」


 僕がさんに届くくらいの声でそう言うとさんは不思議そうに首を傾げて、仕方ないとでもいうように梯子をひょいひょいと下って僕の元までやってくる。


「何が?」


 静かに微笑んで僕を覗き込むさんに、僕は慌てる。あまりに可愛すぎて夢のような気がしたのだ。


さんみたいにかっこいい告白が、僕には出来ないよ。恥ずかしいくらい、幼稚な言葉しか出てこないんだ。」


 恥ずかしいけれど素直にそう伝えると、さんは僕の手を取った。俯いてしまっていた思わず僕も顔をあげたくなるくらいさんの手はひやりとしていて気持ち良い。


「鏡音くんはかっこいいよ。沢山手紙くれて、ありがとう。」


 柔らかい笑顔でそう言われると僕はどうにかなりそうで、それを力任せに抑えるようにさんを抱きしめた。華奢な体はすぐにでも折れそうなのに、捕まえても逃げてしまいそうなくらい、さんは掴み所がなかった。


「僕、あの手紙がさんからなら良いなって思ったよ。だから本当に嬉しくて、言葉に出来ないくらい、さんがすきになっちゃったよ。」


 言葉が支離滅裂になってやいないか不安だったけれど、僕は有りったけの感情を詰め込んで話した。そっと僕の腰に回されていた腕に力が入るのが分かる。


「ありがとう。」










 僕達はしばらくお互いを離すまいと抱き合った。
 下にばらまかれた紙飛行機だけが風に揺られてかさかさと音を立てている。
 あの手紙をくれたのが君で良かった。
 踊り出しそうなくらい綺麗な文字と、優しい香りを、これからもずっと離したくない。




















―あとがき―
勢いで書きました。少しだけへたれなレンにしてみましたが、いかがでしょうか。
いつものレンのキャラクターをヒロインに投影してみました。
私はいまだにメールとかより手紙が好きで、月に一度は手紙を書きます。
是非みなさんも手紙の素晴らしさを忘れないでください。


090919















































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