ドリーム小説  ― また一緒に四年間過ごすのかあ。


 ― 何その嫌そうな言い方。レンが勝手に一緒の大学受けたんでしょう?


 ― のお母さんに面倒見るように頼まれてるから仕方ないじゃん。


 ― なにそれ。まったく、お母さんもお母さんだよ。もう子供じゃないんだからさあ。






 溜息をついて、何となしに隣に腰掛けたレンを見た時には、もうキスされていた。レンとキスをしたのは初めてだった。






「―――きろ、起きろー。」


 体がぐわんぐわんと揺れて、じわりじわりと意識がはっきりしてきた所でレンの声が聞こえた。私がうっすら視界を開いたその先に、窓から差し込む光を集めて発光するレンの金髪が見える。冬の香りがまだ残る、ツンとした空気がいっぱいの私の部屋で、レンとキスをした夢を見ていたせいで、私は目の前にいるレンにビックリしたのと同時に、必要のない焦燥感で目をいっぱいに開いた。


「・・・!」


 言葉に出来ない叫び声をあげる私に、レンはおもちゃのようにケタケタと笑った。


「おはよ。」


 甘ったるい声と健やかな笑顔のアンバランスに、私は体が重く感じながらもゆっくり体を起こした。


「おはよう。女の部屋に無断で足を踏み入れるデリカシーの無いレンさん。」


 寝起きで機嫌が悪い私は嫌みを一つ加えて答えた。


がいつ女の子から女に成長したのさ。」


 負けじと嫌みを言ってくるレンにげんなりしながら、私はよれよれのTシャツの裾を伸ばした。


「お母さんは?」


のご飯作ってたよ。の家、お米高いやつに買い替えた?いつものより美味しかった。」


「また人様の家で朝ごはん食べたってわけね。」


 いけないことではないし、いつものことだ。それなのにこんな嫌味な口調になってしまうのは、レンが私の夢にまで踏み込んでくるから、なんだか悔しかっただけ。


ー、ご飯出来ちゃったよー。」


 下からお母さんの声が届いて、私は今行く、と大きく返事をした。


「レンもおかわり出来たわよー。」


 続いたお母さんの声に、私はレンをじろりと睨みつけた。


「おかわりまで頼んでるなんて卑しい・・・。」


 私がそう言うと、レンは私と目を合わせてヘラヘラ笑った。


「いいじゃん、幼なじみなんだから。」






 ああ、幼なじみよ
 私はあのキスの後を知らないのだ
 君は何故、あのような優しいキスを与えたのだ


 あれから私達は何故たまの機会に繰り返しキスをするのだ
 何故私は拒まないのか










「学校も学部もなんでも一緒で、うんざりしない?」


 ファーストフードの味のしないコーヒーが底尽きるまでストローで吸いきって、私はそう問い掛けてきた友達を見た。


「うんざりだよ。見てわかんないの?」


「何その言い方。毎日起こしてあげてるのは俺なんだけど。」


 友人への返事は隣に座ったレンにまた答えられた。


「毎日朝ごはん用意してあげてるのは誰だと思ってるの?」


のお母さん。」


 その通りなので何も言い返せないが、負けじと唸る。すると前に座っている友人が「まあまあ」と私達をなだめたので、私達は睨み合いをやめた。そもそもレンは私とは違い、面白そうにニヤついているだけだった。


とレンが付き合えば早い話なのに。」


 もう一人の友人がそうボソッと呟いたのを、私は聞き逃さなかった。


「な・・・!」


 反論しようとしたものの、喉の奥で言葉がつっかえて出てこなかった。するとレンが笑い飛ばした。


と俺が?ないない!」


 声高らかに否定されるのは、おかしなことに私を苛立たせる。私もたった今否定しようとした所だというのに、だ。


「そうだよ。ていうか何が早い話なのさ。」


 私がレンに同調すると、レンが不思議なことにつまらなそうに私を見た。気にせず問いの答えを待つと、彼は褪せたような声で答えた。


「だって俺らは付き合ってるのに、お前らが付き合ってないのは変じゃない?」


 頬杖をついて、目の前に座る友人達が恋人らしく目を合わせて笑う。その光景に憧れるのを否定はできないが、だからといって、それは私達が付き合う理由にはなりえない。私達はこのカップルと四人で大学で過ごしている。たまに私とレンが邪魔なのではないかと考えることもあるが、私達が付き合うことで改善されるような仲ならそもそもこの仲を無かったことにすべきだろう。


「でも二人とも恋人いなくて良かったね。」


「・・・言ってること矛盾してない?」


 友人の言葉に私が苦笑い。付き合えと言ったり、かと思えば独り身で良かったと笑う。何がしたいのかいまいちはっきりしない。


だってレンだって、モテないわけじゃないのでしょう。もし違う所に相手がいたら、みんなでつるめないじゃん。」


 利己的な考え方だとは思ったが、私は頷いて笑った。恋人が欲しいと思ったことはあるが、いまひとつ決定打に欠く。それはきっと、優雅に隣で座っている幼なじみに勝る男を私は見たことがないからだ。


「特にレンに彼女がいないのは意外だね。」


「なんで?だってレンだよ?みんな普通は好きにならないよ。」


 彼の言葉に私がレンを一度みやってから答えてやる。


「随分言ってくれるね。よりはモテるよ?」


 頬杖をついて私の方へ頭を向けたレンがニヤリと口角を吊り上げた。悔しいが、こいつがいい男なことに間違いはなく、私は妬ましい気持ちと汚い優越感でいっぱいだった。


「そんなこと言って、彼女いない歴何年?」


 私は鼻で笑い飛ばして尋ねた。


「に、二年・・・。」


「それはモテない証拠じゃん。」


 意地悪にそう指摘すると、レンが眉間に皺を寄せてムキになる。


「それはが居るからじゃん!」


「何よ、今度は私のせいにする気?!」


「その通りだろ!」


 お互いにうめき声を上げながらいがみ合っていると、友人達が目を合わせて笑っているが、当人からすれば笑い事ではない。


「付き合っちゃえば良いのに。」


 声を合わせて二人が言うのに、私は意味が分からずに睨みつけた。


「俺を甘く見てると、後悔することになるよ?」


「何が。」


 茶化されて不機嫌になった私に得意げな笑みでレンが何かを言おうとしている。また下らないことでも思い付いたのだろうか。


「俺、今月中に彼女作るから。」


 私は目を丸くした。無理に決まっているから、というわけではない。途端に冷静になって、それがとても嫌だと感じた自分に驚いたからだ。


「阿呆らしい。」


 精一杯の嫌味を言って、私はそっぽを向いた。目の前の友人達が不安そうに私達を見詰めている。


「言ったね。もう俺怒ったから。絶対彼女作るからね。はそれを陰で泣きながら見てれば良いよ!」


「何で私が泣かなきゃいけないのさ。」


「知らない!」






 幼なじみというのはとても奇妙なもので、欝陶しく感じたり、はたまた傍にいたいと感じたりする。レンは私にとって様々な形で影響を及ぼす。少なからず私は動揺していた。悔しいほど、動揺していたのだ。






 結局レンに彼女が出来ずに、約束の最終日を迎えた。


「なんで勝手に入るのさ。」


 私がコンビニから帰ると、レンは我が物顔で私のベッドで寝転がって雑誌を読んでいる。


「いいじゃん。のお母さんが入れてくれたもん。」


「そういう問題じゃないでしょう?」


 自由気ままなレンに呆れて溜息混じりにそう言うと、レンは雑誌を閉じて起き上がった。私はなんとなくレンの隣に腰掛けて、テレビをつける。暫くお互いに黙ったままテレビの画面を食い入るように見詰めていた。すると、それに飽きたのかレンが私を見詰めてきたので、応えるようにそちらを向くと、軽いキスを与えられた。私は不思議な気持ちでそれを受け止めながら、ぼんやりレンを見詰め返したが、レンは視線をテレビに戻してしまった。


「こんな時間に一人でコンビニ?」


 テレビの画面を見詰めたまま、さして興味もなさそうに尋ねてくる。私は小さく声だけで頷いた。


「危ないよ。」


 確かに街は若者で溢れている午前一時。しかしその時間に人の家に上がり込むレンだって常識はずれな気はした。


「大丈夫だよ。」


 そう答えると、レンは何も言わなくなった。レンは私と二人きりの時は普段と違う。否、こちらが本来のレンなのかもしれない。少し味気無い話し方をする。いつもよりは憎まれ口が減るし、割と優しくしてくれる。どちらかといえば、この時のレンの方が私は好きだ。しかし今日はいつにも増して口数が少なく感じる。


「彼女、出来なかったね。」


 沈黙に堪えられない関係ではないが、レンがいつもよりも少し様子が違ったように見えたので、不安で切り出した。


「まだ今日一日あるじゃん。」


 日付が変わって一時間。レンは諦める様子はさらさらないようだ。


「明日学校休みだから、無理でしょう?」


「大丈夫なの。俺には分かるの。」


 何をそんなにムキになっているのか。凄くそれはつまらないのだ。もしレンが本当に彼女を作れば、もうこうして部屋にくることも、学校でいつものように下らない話をすることも出来ないかもしれない。私より誰かを優先するレンなんて見たくなかった。何より一番恐ろしいのは、あのキスを無かったことにされることだ。そんなことを考えてしまう自分が分からない。


「好きな子がいるわけじゃないのに付き合ったりして、レンはそれで幸せなの?」


 精一杯にそう尋ねると、レンは不思議そうに目をいっぱいに広げたかと思うと、少し困ったような笑顔をしてみせた。


「好きな子くらい居るよ。」


 驚いた。まさかそんな答えが返ってくるとは思いもしなかった。レンを直視出来無くなる。なんでだろう、とても苛々する。レンが隣にいなくなる虚無感を想像すると、異様なまでに泣きじゃくりたい。


「その子と付き合えるの?」


 変な期待を抱いているだけかと思ったけれど、レンに好きな女の子がいるならば、また脈ありだと踏んだ結果で話しているならば、話はまた別の方へ転がるかもしれない。


「わかんない。次第だよ。」


「何それ、また私のせい?」


 いい加減なキスをして、私を捕らえて離さないのはレンの方だ。憎いほど、私はレンを






 好きなのだろう。


 ああ、黒い霧が消えやしない。






は、彼氏いらないの?」


 今日のレンとの会話は苦痛だ。あまり聞きたくない話ばかりするものだから頭にきた。


「レンみたいな奴が幼なじみだと、みんな妬きもち妬いて離れていっちゃうの。」


 今までに付き合ったことのある少ない男達は大体それを理由に離れてしまった。最初はくだらない理由だとも思っていたが、いつの間にかそれが正当な理由に思えたのだ。レンはそこら辺にいる男達に比べて何倍も魅力的だ。幼なじみとしてしか見ていなかった時は何も感じなかったものの、あまりにそれが立て続けにあると、気になってしまって、そういう目で見るようになった。すると、レンがいかに良い男なのか気付いてしまった。だから私は、離れられない。悔しいけれど、どんどんと好きになってしまったし、キスをされる度に悲しい気持ちになる。


「俺が悪いみたいな言い方しないでよ。何もしてないでしょう?」


 キスしてるでしょう、そう答えたくなったけれど、それはつまらない事実なのでやめた。私はそれ以上は何も言えなくなって黙り込んだ。


。」


 甘い声色でそう呼ばれてそちらを見ると、またキスをされた。堪えられないほど悲しいキスだ。私は嫌になって、初めてレンの胸を押しよけた。少し後ろにのけ反ったレンが驚いた様子で私を見ている。


「なんで、キスするの?」


 声が震えているのが恥ずかしい。動揺しているのがあからさまだ。レンは私を好きじゃないのにキスをするのだ。なんて無神経なんだろう。


「なんで、泣くの?」


 レンは困ったように眉尻を下げて私の頬に触れた。レンの指先の体温を通して初めて自分が泣いていることに気付いた。


「泣いてなんかない。」


 頬に触れてくるレンの手を払いのけるようにそっぽを向いて、無理に声を落として否定したが、レンはまるで聞いていないように私の方へ体を向けてもう一度縋る子猫のような瞳で見詰めてきた。


「なんで泣くの?」


 ベッドに置いた私の両手を包むレンの手が、震えているような気がしたけれど、私も震えているから分からない。ただ、レンがあまりに悲しそうに青をゆらゆらさせるから、私の心の堰は切れて涙が一層溢れ出した。


「レンが、キスするから辛いの。気持ちが無いのに、悲しいよ。私馬鹿だから、キスされて舞い上がっちゃってたもん。レンはずっと私の物だって思ってたの。私以外の子といるレンなんて見たくないよ。そんなこと考えちゃう自分がわかんない・・・。」


 想いの丈を全てぶつけると、妙にすっきりした。私はレンが好きなんだ、そう改めて思うと、もやもやしていた私の卑しい黒色が色を無くしていく。






「何言ってるの?」






 レンが訝しそうに私を見詰めて尋ねてきた。そんな目で見てくれるなと、私はただ黙ってレンを見詰め返す。下らぬことを言っているのは百も承知だ。だからといってそんなつまらない物を見るような目で私を見透かさないでほしい。黒から白に色を切り替えだした私の心は丸裸なのだから。


「あの、さ。俺の考えてること、本当に分からないの?」


 溜息混じりにそうきいてくるので、私は苛立ちながらも頷いた。


「ちょっとも?」


 また頷く。するとレンは心底呆れた様子で深い溜息を大きく吐いた。


「なんでそんな怒るのさ・・・。」


 子供のような声になってしまいながらも、私は再び泣き出したい気持ちをぐっと堪えて尋ねた。


「俺が誰を好きだっていうの?」


「知らないよ。その子なんか居なくなればいいよ。もう嫌だ。」


 私は本音を全部吐き出して毒づいた。するとレンはきょとんとしていたかと思うと小さく笑った。


が居なくなったら嫌だよ。」


「・・・なんで私が居なくならなきゃいけないのよ。」


 何で私がレンの恋路のために居なくなる必要があるんだ。彼女が居なくなるのは困るから、ならば私に死ねというのか。これはとんだ無神経な発言だな、と私は悔しくて殴り掛かりたくなった。


「だって、俺が好きなのはなんだよ?分かる?」


 今度は私がきょとんとする番のようだ。私は暫くぼうっと、何か考えるでもなく真っ白になった頭の中で、レンの言葉を繰り返していた。すると痺れを切らしたレンが困った顔で私を見て口を開く。


「おーい、が好きって言ったんだよ。何か答えてくれないと恥ずかしいんだけど。」


「い、いつから・・・?」


 精一杯で言葉に出来たのはその程度の質問だった。もっと他に聞くことがあるのだろうが、私には納得いかないことが多過ぎて、一つ一つ整理していかなければならなかった。


「昔から。」


「キスしても何も言わなかったじゃん。」


「勇気が足りなかったからね。」


「みんなの前で私と付き合うのはありえないって言ったじゃん。」


「そんなの俺だって恥ずかしいから嘘も吐くよ。」


「いつも私のことを馬鹿にするじゃん。」


「愛情表現のつもりだったよ。」


「彼女が出来ないのは私のせいだって言ったじゃん。」


 沢山質問をし続けたが、そこでレンの言葉はぱたりと止まった。私はいつの間にかレンに視線を釘付けにされており、レンの瞳がわずかに揺らいだのを見逃さなかった。しかし、それが何を意図しているのかはよく分からなかったし、何より自分の気持ちの昂りが勝ってしまって、何も上手く考えられなかった。


「大好きな幼馴染がいるのに、彼女なんて作れるわけないじゃん。しかも全然こっちの気持ちに気付いてくれないしさ。他の女の子に現なんて抜かしてられないくらい、必死だったんだよ。」


 ゆっくりと口を開いたレンは、恥ずかしそうにそう言うと、ベッドの上にあぐらを掻いて俯き、後頭部を照れ隠しのように触る。私は嬉しさと恥ずかしさと混乱でどうにかなりそうで、あたふたと手元が落ち着かなくなった。どうすれば良いか分からずに言葉を探す。


「あの、レン。」


 どもりながら私が精一杯に呼ぶと、あまり顔を上げず、しかしほんの少しだけ上を向いて、空色の瞳で私を射抜く。下唇を小さく突き出して子供のような表情だ。レンはなんら変わっていない。勝手に大人になっているわけでもないし、昔と変わらず私の傍で笑ってくれていたレンと同じだ。


「私、キスからやり直したい。」


 私の言葉が予想外だったのか、レンは目を丸くして私を見つめる。自分で言ったものの、やはり恥ずかしさというものがあったので、そんなに見つめられると逸らしたくなる。先ほどのレンと同じように私も俯いて、相手の出方を伺うばかりだ。


「・・・。」


 柔らかい声で名前を呼ばれた。ちょっとドキリと心臓が高鳴って、私はそろりそろりと改めてレンを見つめる。


「ありがとう。」






 そう言って、一番優しくて温かいキスをくれた。
 何もかもが真白になるくらい、嬉しかった。




















―あとがき―
様からリクエストいただいた夢小説です。遅くなってすみませんでした。
幼馴染から何かをきっかけに恋に発展するというリクエストだったのですが、本当にその設定だけで、あまり甘い感じに出来なくてすみません・・・。
私には15年以上の付き合いの幼馴染がいるのですが、その男の子との感じをそのまま使ってみたのですが、全然夢らしくなくて・・・申し訳ありません。
楽しんでいただけたら嬉しいです。

様へ/Anernet)

090829















































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