ドリーム小説  嫌な予感がする。昨日の今日だからこそ、嫌な予感がするのだ。僕は変なことを言っただろうか。一つ言えるのは、確実にちゃんの姿が無いことだ。僕は従業員の休憩室にあるタイムカードの束から、と書かれたカードを引っ張り出す。遅刻どころか、いつも十五分前には出勤しているのが分かる。そして壁に貼られてあるシフト表を確認して、やはりちゃんが居ないことに心地悪さを感じた。


「店長、さんは?」


 椅子に大きく腰掛けて煙草を吹かしている店長に尋ねる。


「今日、さんは風邪で休むってよ。鏡音くん、嫌なことでもしたんじゃない?君ら仲良かったじゃん。」


 嫌味な男だ。しかし当たらずとも遠からずかもしれない。ちゃんの気持ちが分からない以上、もしかしたら僕は、ちゃんに嫌なことをしたとも思える。


「してないと思いますけど・・・。でも心配だからさんの家、行ってきても良いですか?」


「駄目。今日、レンタル半額だから忙しいだろう。」


 責めるようなことを言って不安にさせておきながら、店長はそう言って僕に向かって煙草の煙を吹き付ける。他人の煙草の臭いはどうも不快だ。僕は顔をしかめて彼に不服だと訴える。しかし店長は僕のことなど全く見向きもせずに手元の資料に視線を落とす。


「うっ・・・、店長、やばいです・・・。」


 僕はどうしてもちゃんに会いたいのだ。今日会わなかったら、きっと気まずいままになる。使いたくないけれど、こうなれば手段を選んでいられない。


「あ、どうした?」


 店長はさほど興味も無さそうに肩肘をテーブルに付いて返事をする。


「今、物凄い寒気がしたんです・・・。こういう時はいつも決まって僕の秘蔵AVが母の手にかかって処分されるんです。その悪寒が今確実に・・・。」


 ここで働くスタッフの男は、店長の面接により採用された強者ばかりだ。それというのも、彼の採用不採用は、所持しているAVのセンスで決まる。無類のAV好きが集結した、なんとも下らない職場である。


「鏡音くんの持ってるAVは全部借りたから良いよ。」


 資料から視線をこちらに向けて店長が言う。こうした反応があるということは少なからず興味を引いている証拠だ。


「再来月に発売のAVをこの前、裏から入手したんですが、それをまだ店長に見せていないというのに・・・、これはやばいですよ。」


 自分で話しながら何とも情けなくなる。しかし店長は無論のAV好きだ。AVがただで見放題という理由でレンタルショップへ入社したという噂もある程だ。店長はガタンと音を立てて椅子から立ち上がる。


「帰れ、今すぐ母ちゃんの手から死守してこい。」


 険しい顔つきで店長は語気を強めて叫んだ。見事に僕の策略にはまった店長に見られないように、してやったりと拳を握った。


「じゃあお先に失礼します。」


 僕は嬉々として出口の戸を開けた。


「あ、鏡音くん。さんによろしくね。」


 店長は資料に視線を戻したまま、手をひらひらと振る。なんだかんだで店長は優しい。僕が一人暮らしだというのも知っているのに、わざと策略にはまってくれる。素直に最初から帰してくれれば良いものを、人と戯れるのが好きなようだ。僕は手を振り返してから戸を閉めた。






 ちゃんの家には以前に一度だけ行ったことがある。珍しくちゃんが夜中まで仕事をしており、僕と同じ時間に上がったので家まで送ったのだ。その帰り道で、お腹が空いた僕たちはファミレスに寄って、遅すぎる晩御飯を摂った。そこでちゃんが僕のフォークとナイフをナプキンに敷いて置いてくれたのだが、それがあまりにも僕の心をくすぐり、瞬間で好きになってしまった。それから、ちゃんは夜勤が多くなり、それを狙って僕はちゃんと同じ日に仕事に入るようシフトを組み、いつも紳士ぶって一緒に帰っては、そこのファミレスでご飯を食べるようになったのだ。
 そして昨日もいつも通り、ファミレスに寄って、ちゃんがナプキンをフォークとナイフの下に敷いてくれた時に、たまらず言ってしまったのだ。


― ちゃんが好き。毎日、紙ナプキンを敷いてください。


 自分の馬鹿さ加減に苛立ちを通り越して愛しささえ感じる。こんな馬鹿な自分を愛せるのは自分しか居ない。ちゃんの呆けた表情が離れない。思わず「嘘だよ!いや、嘘じゃないけど、気にしないで!」とはぐらかしきれていない言葉を投げつけてその場を収めた。どうしようもない。歩くにつれて近付くちゃんの家は、ついこの間までは浮き足立って向かっていたのに、今はとても憂鬱だ。ちゃんはもしかしたら、僕のことを気持ち悪いと思ったかもしれない。タイミングは多目に見たとして、もっとまともな告白は出来なかったのだろうか。






 コンビニでアイスとお菓子、飲み物を買ってから少し歩くと、ちゃんの住むアパートに着いてしまった。よく考えれば一人暮らしのちゃんの家に行って上がることになれば、それは不埒ではないだろうか。しかしここまで来て引き返せない。お互いに今日避けてしまえばずっと気まずいままだろう。僕は欠片ほどしか無い勇気を振り絞ってインターフォンを鳴らす。機械音が高らかに中の人を呼び出し、ジリリと調子の悪そうな音がする。すると扉の向こうでちゃんの返事が聞こえてきた。体が強張る。


「はい、どちら様ですか。」


 うつむき加減でちゃんは重そうな扉を押しあけて言うと、顔を上げて僕を見ると目を丸くさせた。


「レ、レン君?な、何で、あの、私、今日風邪ひいたから店長に連絡はして・・・。」


「ごめん、でもちゃんが風邪って聞いて心配だったんだ。」


 一日ぶりにちゃんを見ただけで随分幸せな気持ちになるが、反面で昨晩のこともあるので恥ずかしい。急いでそう伝えて、扉を代わりに押さえる。そっとちゃんの手が扉から離れる。


「その、私、すっぴんだし・・・、ちょっと待って。すぐ化粧するから。」


「良いよ、すっぴんで。もう見ちゃったし。」


 目は相変わらず可愛らしい形だし、睫も綺麗に生え揃っている。いつもと違うのは、肌の色が多少健康的で、眉毛が薄いくらいだ。


「あの、とりあえず、上がって・・・?」


 ちゃんはそういうと後ろに体を引いて、手で家の中を示す。それに僕は従って中へ入り、靴を脱いだ。こんなことならもう少しまともな靴と靴下を履いてくれば良かった。お邪魔します、と僕が言うと、ちゃんは微笑んで頷いた。ちゃんの笑顔は香りがしそうだ。甘い色をした唇から漏れる吐息は、とても優しい香りだろうと思う。


「部屋、汚くはないはずだけど、ゴミとか落ちてても気にしないでね。」


 ちゃんはそういうと部屋に案内してくれる。白を基調としたインテリアは、柔らかい。テーブルに小さな椅子が二つあって、その下には丸い形をした白絨毯が敷かれている。何か飲んでいたのか、カップが置かれている。ベッドは皺を織りなしながら、静かにそこにある。


ちゃん、これ。お土産。」


 僕はコンビニの袋をちゃんに差し出す。それを受け取る指先を見つめながら、僕は握り締めたくなる。


「ありがとう。あ、アイスだ。一緒に食べよう。」


 ちゃんは僕が買ってきたアイスを取り出して嬉しそうに笑う。しかし僕はちゃんの分のアイスしか買っていないので、首を横に振った。


「いいよ、ちゃんに買ってきたんだもん。」


 するとちゃんは口を尖らせて不満そうな声を漏らす。その唇を奪ってしまいたい。プライベートで会うちゃんは、一層僕をそそるので困る。バイト先の誰も知り得ないであろう存在が確かにある。


「ちょっと待ってて。」


 ちゃんはそういうと、キッチンへと向かって、何かを棚の中を探している。少ししてちゃんが戻ってくる。


「ホットケーキに載せて食べよう。そうしたら、二人でちょうど良いくらいの分量じゃない?」


 片手に持ったホットケーキミックス粉を僕に見せ付けて笑う。僕が何を言っても二人で食べるつもりなのだろう。僕は諦めて苦笑を零す。


「じゃあ作ってくるね。」


 そう言ってちゃんはキッチンへ消えた。僕は慣れない場所に一人取り残されて、何をすれば良いのか分からないので、いろいろ部屋の中を見回す。あまり物はないが、使ってある家具の一つ一つが洒落ている。女の子の一人暮らしの部屋に上がるのはよく考えれば初めてだ。彼女が居たとしても大体は僕の家に居るものだったので、急に緊張が波打ちやってくる。体が落ち着かない。


「レン君、何枚食べる?」


 ガラリと音を立てて扉からちゃんが顔を覗かす。


「え。ああ、いいよ、適当で。」


 思わず言葉がどもる。ちゃんはそれに頷いてキッチンに戻った。






 暫くしてテーブルにホットケーキ三枚とアイスが載った皿が二つ置かれた。アイスがじんわりと溶け始めている。その皿の横にはやはり紙ナプキンの上にフォークとナイフが置かれる。


「美味しそう。ありがとう。」


 柔らかそうなパン生地を見つめて、僕はちゃんにお礼を言う。するとちゃんは照れ笑いを浮かべて、僕に食べるよう促した。ホットケーキを一口サイズに切って口に放ると、はちみつとバニラの味がしっとりと染み込んでいて美味しかった。


「美味しいよ。いくらでも食べれそう。」


 ちゃんが作ったものだから余計にそう感じるのかもしれない。そう思うとこっぱずかしくなって、急いでもう一口食べた。


「本当?なら私の分もあげようか?」


 口元を緩めて、随分嬉しそうにちゃんは言う。


「駄目だよ。今日はちゃんのお見舞いなんだから。」


 僕は自分でそう言ってから気付いた。こんな暢気に笑い合っていて良いのか。今日はちゃんが僕を避けているのでは無いかと心配して来たのだ。そしてちゃんは自称風邪なのだ。しかし見る限り、僕を避けているようにも、具合が悪いようにも見えない。


ちゃん、風邪なんだよね・・・?」


 聞き方がいやらしかったかもしれない。ちゃんの顔が強張る。そして小さな声で何かぼそりと呟く。聞き取れなかったので、僕が聞き返すと、ちゃんは潤んだ瞳で僕を睨み付ける。


「何でそんな意地悪なこと言うの。レン君の馬鹿。」


 ちゃんは今にも泣き出しそうだ。何を言いたいのかはよく分からないが、泣かしたくはない。人の泣き顔は可愛いとは言えない。


「ごめん、風邪なら良いんだ。なんか僕を避けてるのかもって不安でさ。」


 俯いて肩を小さく震わすちゃんを可愛いと思うのは不謹慎だと分かっているし、とんでもなく盲目なのだとも自覚している。たまらずちゃんの頭を撫でてしまう。


「・・・避けたかったのに、レン君が来るんだもん。」


 震えた声が訴えてくる。俯いているので表情は見えない。僕は撫でていた手を離した。


「や、やっぱり僕に会いたくなかった・・・?」


 ショックを隠すため、必死に笑いながら話した。顔が引きつっているだろう。ちゃんは勢い良く顔を上げて口を開いた。


「当たり前でしょう!それなのにレン君は凄く普通だし、気にしてるのは私だけなんて恥ずかしいし。それなら今まで通り友達として仲良しでいた方が良いから、必死に平然を装ってるのに・・・。」


 語気を強めたかと思うと、次第にそれはまた弱々しくなる。僕は生憎鈍い訳でもないので、ちゃんが何を言いたいのか、そのまとまらない言葉の端々で充分に理解した。しかし、それを確信と呼ぶにはまだ早いので、どうすれば良いのか分からず、苦笑を零す。


「レン君は私をからかってるだけなのに、私は真に受けちゃって・・・、馬鹿みたいじゃない。」


 テーブルに置いてあった小さな手が拳を作る。興奮しているちゃんを差し置いて、僕は確信して良いのか分からないモヤモヤに苛立つ。


「よく、意味分からないんだけど。」


 どうすれば良いか分からずに僕が言うと、ちゃんは眉間に皺を寄せて睨み付けてくる。


「レン君なんか嫌い!私の気持ちを知ってて告白してみてからかったんでしょう?酷い、凄く嬉しかったのに。」


 ちゃんの言葉で僕の考えは確信に変わる。
 からかった覚えは無いが、目の前でちゃんの瞳から涙が零れたので、流石にこれはまずいと察した。


「あの、興奮してる所を悪いんだけど・・・。僕は本当にちゃんが好きで告白したんだよ。でもちゃんがあまりにも呆然とするから、恥ずかしくてはぐらかしちゃったんだ。というか、はぐらかしきれて無かったと思うけど。」


 僕が急いで弁解を始めると、ちゃんのしゃくりが止まり目が丸くなる。言葉にならないようで、何か紡ごうと必死に“あの”、“その”、“えっと”など
と呟く。


「またからかってるんでしょう・・・?」


 散々何かを言おうとしたちゃんだが、結局はそう言って僕を睨んだ。思わず僕が溜息を零すとちゃんがむっとした表情で僕を見る。


「何さ、言いたいことがあるなら言ってよ。」


 弱々しい声色が訴えてくるので、僕は意を決する。


「今から、僕は自分でも赤くなるくらい恥ずかしいことを言うけど、全部本当だから笑わずに信じてくれる?」


 体が火照ってきた。言う前から赤くなってどうするのだろうか。ちゃんは僕のその言葉に、ゆっくり頷いた。






ちゃんと初めて帰った日に、ファミレスで僕のフォークとかを置いてくれた時に、ナプキンを敷いてくれたのが凄く嬉しくて好きになったんだ。それからちゃんが何をしてても可愛いって思うようになったの。最近、僕とシフトが殆ど一緒なのは僕がちゃんに合わせて組んでるからなんだよ。ちゃんと一緒にファミレス行きたいから。ちゃんのさり気ない気遣いが個人的に凄くツボなんだ。ファミレスに行く度、好きになってくし、こそこそシフトを組むのがじれったくなってきて・・・。もっとちゃんと一緒に居たいから、勢いに任せて告白したら、自分でも馬鹿みたいな言い方になっちゃったから恥ずかしかったんだ。こんなに好きなのに、なんでもっと良い言葉で言えなかったんだろうって。だから思わずはぐらかそうとしたけど、もう一度告白する勇気も無いから、こんな形でも受け入れて貰えるならって思って中途半端に言い逃げしちゃった。だから本当に凄く好きだけど・・・、今の話で分かるように、僕は小心者だし、他の奴らが見れないようなエッチなちゃんとかも見たいとか思ってるエロい奴なんです。でも本当に好きだから・・・、出来ればこんな僕と付き合って欲しい、な。」






 僕は言いたかったことを全部吐き出すと、途端に熱が体に集まってきて逃げ出したくなった。必死にそれに耐えていると、ちゃんが今度は笑った。居たたまれない。


「レン君、エロいの?」


 掘り返す所が可笑しいだろう、と思いながらも口に出して指摘するほど余裕は無い。何故僕はこんなにも小心者なのだろうかと考えると腹が立つ。


「そうだよ、男はみんなエロいよ!ちゃんは知らないかもしれないけど、うちの店の男はAVのセンスで決まってるからね!よりすぐりのエロ集団だよ!ちゃんにもエロいことしたいに決まってるじゃん!」


 自分で言いながら、理不尽に怒っているのが恥ずかしくなる。これではただやりたいだけの男に見られる。情けない。やってられない、僕は深く溜息を吐いた。


「私、あんまり下ネタとかは苦手なの。」


 ちゃんは何故か笑いながら語り出す。恥ずかしさで穏やかでない僕は、彼女が笑うことに不快感さえ感じる始末だ。苦手だという時点で、先程の自分の発言を悔やまざるを得ない。


「けどね、レン君なら良いよ。」


 ちゃんは変わらず笑顔で言う。そして一呼吸置いてからちゃんが口を開く。


「私がバイト入ったばっかりの時に、レン君が私に仕事のことをノートに纏めてくれたでしょう?」


 そういえばそんなこともあったかもしれない。しかし僕が覚えていないくらい、本当にそれは些細なことだし、その時は店長に面倒を任されたので、仕方なしにノートを纏めたにすぎない。


「ノートを開こうとしたら、なんか封筒が落ちてきたの。レン君が私に書いてくれたんだと思って開けたらさ・・・。」


 そこで僕は思い出した。ちゃんのためにノートを書いた日に、一通の手紙を無くしたことを。確実にそれはちゃんの手元に渡り、見られたのだと分かると冷や汗が出てくる。


「店長にAVを貸すつもりだったんだろうね。几帳面に店長に挨拶とお勧めのAVを書いてあげてるんだもん、吃驚した。」


 ちゃんはそこまで言うと大きく笑い出した。僕からすれば、たまったものではない話だ。穴があるなら入りたい。


「読んだんだ?」


 僕にはそう返すのが精一杯だった。するとちゃんは頷いた。


「でも、それ以上に吃驚したのが、その瞬間にレン君を好きになったことだよ。」


 言葉はとても難しい。今この言葉を聞くまで、僕は最悪な印象を与えているに違いないと、確信していた。しかしその前は、ちゃんの泣き顔を見て、自惚れてもいた。何故こんなにも泳がされているのか分からない。


「確認したいんだけど、僕はAVについて熱く語った手紙を読まれたんだよね?」


 僕は問い掛けてしまう。


「うん。だけど、レン君の変に律儀な所が魅力的だったの。しかも、そんな馬鹿みたいなことを書いてるのに、字が凄く上手なんだもん。反則だよ。」


 女の子は分からない。そんな所を好きになるものなのだろうか。


「反則だったの。理由は下らないかもしれないけど、私もレン君と同じで、それからレン君が何をしてても目で追うようになっちゃったんだもん。」


 表情がころころと移ろう。ちゃんは笑っていたかと思うと、次第に頬を赤らめた。きっと感情を吐き出して、より自覚したのが恥ずかしいのだろう。困った人だ。しかしそれは嬉しい話である。


ちゃん、変わってるんだね。」


 僕が目を細めて苦笑しながら言うと、ちゃんは熱そうな頬を動かしてむっとした表情を浮かべる。


「その顔も反則なの。・・・格好良すぎるじゃん。」


 目を伏せがちにして、潤んだ瞳は隠される。僕は自分がどんな表情をしたのかも分からないし、ちゃんのツボも分かりかねる。分からないことだらけだ。しかし、愛しいことだけは事実なので、ちゃんの頭に手を置いて撫でてやる。初めて触れたちゃんの髪は、細くて柔らかい。所々、寝癖で跳ねている。


「・・・レン君。」


 聞こえるか聞こえないか程度の小さな声に呼ばれる。


「ん、何?」


 ちゃんの言う“反則”をしないように、ちゃんと笑って返事をする。


「私達、付き合うの・・・?」


 僕はちゃんの発言には驚かされてばかりだ。


「え、違うの?」


 舞い上がったのは自分だけなのだろうか。そうなのであれば、ちゃんはとんでもない小悪魔である。


「ううん、なら良いの。私、恋とかに疎いから、なんかマニュアル通りじゃないと分からないっていうか・・・変化球だと意味が分からなくなっちゃうの。」


 彼女はどこまで純粋なのだろうか。僕の色に染め上げてしまいたい。僕は思わず笑みが零れそうになる口を一回引き締めてから開いた。


ちゃん、僕と付き合って下さい。」


 マニュアルがどんなものかは分からないが、一番分かりやすい言葉を使うと、ちゃんは小さく頷いた。


「よろしくお願いします。」


 ちゃんはやはり俯いたままそう言う。顔を見たいが、それは意地悪だろうか。


「レン君。」


 また名前を呼ばれる。同じように返事をすると、ちゃんがほんの少しだけ顔を上げて僕を見つめてくる。






「キス、しないの?」






 ちゃんがそんなことを可愛いことを言うので、僕の若さが体から飛び出そうと熱を持つ。本当にまだ僕は若い。女性にキスをせがまれるだけで勃起するとは、初めての体験だ。だが、ちゃんだからなのだろうと、心のどこかで分かってはいる。


「したいけど、ちゃんが顔上げてくれないと出来ないよ。」


 僕が遠回しに顔を上げるよう催促すると、ちゃんは少し唸る。


「じゃあ、良いもん。」


 何故そうなるのだろう。言い出したのはそっちだというのに。しかしこうなると、意地でもキスがしたい。僕は唇を尖らせて不満を声に乗せたが、ちゃんは顔を上げようとしない。仕方ないので僕は椅子から立ち上がり、ちゃんの横を通ってキッチンへと向かう振りをする。


「レン君、怒ったの?」


 ちゃんは僕の策略にまんまとはまって顔を上げたかと思うと、そう口を開いた。それを狙っていた僕は、すかさずちゃんの唇にキスをした。柔らかくて艶やかな唇の良い感触を味わってから、ゆっくり唇を離して、ちゃんの頭をもう一度撫でてやる。


「隙あり。」


 僕が笑うとちゃんはぽかんとした表情を歪める。






「反則だよ。」






 今のは確かに反則かもしれない。


「僕から言わせたらちゃんのその顔の方が反則だよ。」






 僕をそんなにそそらないで下さい。




















―あとがき―
久々にレンの短編書きました。レンがむっつりみたいになってすみません。
でも一応むっつりじゃないですし、欲に正直で、それを好きな子に告白しちゃっただけです。
レンも主人公もどこか幼く、強気だったり弱気だったり、レンに関してはプラス色気が出せていたら嬉しいです。
いつも私の書くレンは年不相応なキャラというか、設定を無視しています。
こんなレンでも良いと言う方は、これからも是非応援してやって下さい。

081022















































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