ドリーム小説  消える傷は僕がつける。










「ねえ、もっと強く絞めてよ。」


 掠れた声が僕の耳元をくすぐる。白い指先が僕の手首を捉えて、より自らへと押し込める。


「いいよ。」


 体重を一層かけて目の前のの首を一層絞めた。の喉仏がごりっと僕の指を避けるように上にずれ動いた。機械音のような、吐息のような、小さな声色が幸せそうに笑う。


「変態。」


 は首を絞められるのが快感という。
 は殴られるのが快感という。
 は消えない傷を付けて欲しいと懇願する。


 それが愛の証。


「ねえ、殺して良いんだよ。私、レンに殺されたいな。」


 そんな僕も変態。
 を泣かすことに使命感を覚える。
 を傷つけることに使命感を覚える。
 たまに殺したくなるくらい。


 僕は手を緩めて、の太ももの上に跨っていた体を起こした。


「殺さない。そんなのつまらないよ。」


 僕がそう答えると、は一瞬寂しそうな表情をしてから、すぐに微笑む。僕がそう答えることを知っているのだ。それでもそれを懇願したりして、変態。でも、が望むことだと、急にしてやりたくなくなる。意地の悪い僕。


「じゃあさ、もう一度殴ってよ。跡を付けるくらいよ。強く強くね。」


 そういって、手を背に立てて上半身を軽く起こしたは、僕に頬を向ける。


「そこじゃないよ。」


 僕はそう言うと、の顔を左から殴りつける。


 一瞬の罪悪感。それを打ち消すように、僕はもう一度、の細い首を掴み、しっかりとベッドのスプリングが軋むほどに絞める。お互いの股間の挿入しあったそれを動かす快感よりも、よっぽど楽しい。







 たまに恐ろしくなる。を殺してしまいそうな自分を。
 そしてたまに泣いてしまいそうになる。
 本当はこんなことをしたいわけじゃない。


 望まれるから、してやる。嫌われたくない一心の僕に出来ることは、たったそれだけ。
 それが僕達の関係のあり方。






「ふふ。」


 が吐息を漏らすように笑った。


「どうしたの?」


 僕が尋ねれば、は先ほどまで僕が絞めていた自身の首を白い指先で撫でた。かすかな色付きの痣は、今付いたものではなくて、が他で付けてきた痣だろう。


 そう、彼女は僕だけのものではない。


「レンは、私を自分の物にしたいって思わない?」


 思う、思う、思う。
 でも、、君は出て行く。セックスという名の傷付けあう行為の後、君は出て行く。


「思わない。、変態だもん。いらないよ。」


 強がりを言う。真直ぐに見据えてくる。そんな風な瞳で僕を見ないでほしい。強がっちゃって、と言い出しそうな、僕の全てを見抜くような真直ぐで強い視線を魅せないで。死んでしまえ。


「レンは酷いね。私はレンしか居ないのに。」


 昨日は別の男に殴られて、その前は違う男に首を絞められて、その前は・・・。考えれば考えるほど苦しい。居なくなってしまえばいい。お前なんか嫌いだ。そう心の中で叫ぶ。


「もう、僕なんて必要ないでしょう?別に来なくても良いんだよ。」


 本当は普通に愛したいよ。愛ってこんな形に残る物じゃないはずだ。僕の中では、陽炎のように揺らめいて定かじゃないものが愛で、それを形作ろうと必死になるのが恋愛だと思っていた。しかし、目の前のは、僕の愛した女は違う。体に刻みたがる。


「馬鹿ね。レンに殺されたいのに。レンは今までで最高の男だもん。だから、私の最後の男はレンが良いな。」


 何か上手くはぐらかされて、いつもそんな調子。


「じゃあ、他の男の所なんて行かないでよ。」


 情けない声が出てしまった。自分で言っておきながら恥ずかしくなった。僕はすぐにそっぽを向いた。の溜息が聞こえる。


「レンに足りないのは忍耐ね。首を絞めても、いつも私を生かそうと、どこかで止めちゃうの。私が欲しいのは全力の愛だもん。傷つけて欲しいの。死ぬまでぼろぼろにしてほしいの。殺された理由が“愛されすぎて”なんて、素敵じゃない。」


 くだらない、反吐が出そうだ。そんなことは言えなかった。
 を殺すなんてしたくない。ただ一緒に居たいだけなのに。
 一緒に居るために傷つけるけれど、本当は綺麗なままのが好き。
 でも、は自分を“愛を持って”殺してくれる男を捜している。
 僕には出来ない。恐い。失いたくない。


 は僕の萎れた性器を引っこ抜いて、ティッシュで陰部を適当に拭うと下着と服をそそくさと着た。行ってしまう。僕は呆然と見つめていた。


「・・・私、行くね。また来るわ。」


 殺されなかったら、また来る。そう聞こえた気がした。


「もし殺されてたら、来れないじゃん。」


 思わず口を付いて出た言葉。は驚いた表情で僕を見やった。数歩歩き出していただが、ベッドにぺたりと座った僕に近づいてくる。ベッドに片方の膝を乗せたかと思うと僕の頬に手を添える。吐息が触れる。






「レンが出来ないから、ね。」






 そこまで言うと、淡白なキスを僕に落として背中をふわりと向けて去っていこうとする。思わず走り出した僕は、自分でもどうしたかったのか分からなかった。フローリングにを押し倒す。


「殺してやる。殺してやる。殺してやる。」


 僕はひたすらそれを呟く。は悲鳴も上げずに、僕が拳を振り上げるのを見つめていた。その瞳が、今から殺されようとしている人間とは思えないほど、強い生命力を持っていたので、一瞬怯んでしまった。肩の力が抜けて腕を下ろしてしまう。駄目だ。は僕の躊躇を見抜く。


 もう会えない。






「レンは優しいから駄目なのよ。」






 僕の下敷きになったは目を細めて笑った。体を起こそうとするので、僕もそれに従って体をどけてしまう。立ち上がっては溜息を吐くと僕の頭を撫でる。


「愛してるけど、殺してくれないなら駄目だわ。」


 そう言って玄関の重い扉を開けると、風のようには消えてしまった。










「ああ・・・。」






 消える傷は僕が付ける。
 消えない傷は君が付けていった。






 は二度と、僕に戻ってくることはなかった。




















―あとがき―
変態な話を書きたかっただけです。
ヤンデレンというか、ヤンでる女の子が書きたかっただけです。
短くてすみません。変態で申し訳ありません。
江戸川乱歩の小説とかが好きなので、たまにこういう意味の分からないものが書きたくなります。

080909















































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