ドリーム小説  週末は穏やかにのんびりとした時間が流れるのが大体の私のプランだ。明日明後日と2日間に及ぶ贅沢な連休をいかに過ごそうかと、私はソファに腰掛けながら思いを巡らす。するとレンが私のすぐ隣に申し訳程度にちょこんと座る。それに合わせてソファが沈むのは心地良い揺れだった


「マスター。」


 隣に目をやるとレンが私を見つめている。細かく艶やかな金髪が瞳にかかっていた。その間から覗くスカイブルーは、外国人にさえ目の前にしたことのない私には最初こそ違和感があったが、今ではもう当たり前のように感じて見つめることが出来た。


「どうしたの?」


 彼を見ていると自然と笑みが零れる。微笑を浮かべる唇から言葉を紡ぐと、レンは口を小さく開いて何か言おうと言葉を選ぶ。


「あの、明日と明後日は、マスターのお休みの日、ですよね?」


 レンは服の裾をぎゅっと手で掴んで、何か恥ずかしそうにしている。


「うん、お休みだよ。よく分かったね。」


 世間一般的に週末は休みだから当然ではあるのだが、なんだか誉めてやりたくなった。私が誉めると嬉しそうに恥ずかしそうに、レンは口を薄く一文字にして頬を赤らめた。


「僕、マスターと、デートしたいです・・・。」


 聴き間違いかと思ったが確かにレンは今、「デート」と言った。レンが知らない言葉というわけでは無いだろうが、意外すぎる言葉だったので驚きを隠せない。私が家を空けている間にドラマでも見て、してみたいとでも思ったのだろうか。それにしても正しい使い方を知った上で言ったのであれば問題だ。否、問題視することではないのだが、それこそどういう意味なのか、となってしまう。私が驚きの余りに答えを返せないでいると、レンが肩をすくめて萎んでいる。


「駄目・・・ですか?」


 不安げにレンの表情が歪む。駄目だなんてこれっぽっちも思ってはいないが、レンがまさかそんなことを言ってくるとは予想だにしなかったものだから、返す言葉に困っただけなのだ。


「レン、“デート”だなんてどこで覚えてきたの?」


 休日は大概家でレンとくつろいだり、一緒に買い物したり遊びに行くかだ。それも私が「お出掛けしよう」と誘うのが当たり前で、レンから予定を持ち掛けられるのも、ましてやデートだなんて口に出したこともない。


「今日ドラマを見たんです。そうしたら女の子が朝起きてから、“今日はデートだし、何を着よう”って嬉しそうに服を選んで、嬉しそうに男の人と遊んでたんです。」


 案の定の答え。やはりドラマの影響を受けたようだ。レンは私を見据えて一生懸命に説明する。私はその"よくあるシーン"を頭に描いて頷いた。


「マスターとお出掛けするの、僕大好きです。でもその人達は僕達としてることは一緒なのに凄い幸せそうでした・・・。だからデートは違うんだって思って、僕もデートしたいって思ったんです。」


 そういうことだったのか、と私は納得した。しかし彼は一つ重要なことを知ら
ないでいる。


「デートは楽しいものだよ。」


「だったら・・・」


「但し、デートってね、愛し合う人達がするものなの。」


 私の言葉に嬉しそうに返事しようとするレンの言葉を遮って説明する。一概にそうとは言えないが、レンがドラマを見たということはそういう内情があったはずだと思う。するとレンは「愛し合う・・・」と私の言葉を繰り返した。デートが駄目だなんて思わないが、レンはちゃんと理解していないのだから意味がない。私からすれば嬉しい誘いであっても、レンにとってその意味がついてきてなければ無意味に私は心を踊らせることになるのだから悲しい。
 そんなことを考えていると、レンが私を呼んだ。


「駄目ですか?」


 目を丸くしてしまった。私の説明を聞いた上での返答がそれだったのだ。思わ
ず疑問が声に漏れる。


「マスターと、デートがしたい、です。」


 そのスカイブルーの視線に縛られると、言葉は意味を成さない気がした。


「・・・よし、じゃあデートしようか。」


 何故だか物凄く大きなことでも決意したような固い口調になってしまった。だが、私のその言葉にレンは顔をぱっと明るくさせて嬉しそうに笑った。


「ほ、本当ですか?!僕で、いいんでしょうか?」


 いいんでしょうかも何も、自ら誘っておいて、と私は面白くて小さく笑った。そしてレンの頭に手を乗せて、その柔らかな太陽のような明るい髪を撫でる。


「明日、楽しみだね。何したい?」


「マスターとだったら、何でもいいです!」


 嬉々として喋るレンに和んだが、私も改めてデートだなんて言われてしまうと、普段と違うことをした方が良いのか、気張りすぎても駄目なのだろうか、といろいろと考えてしまう。するとレンは私の真似でもするかのように小さく唸って考え事を始める。返答に困っていた私の代わりに明日何をするかを考えてくれているのだろう。


「マスター、前にテレビで一緒に見た、ショッピングモールに行きたいって言ってませんでしたか?」


 閃いた、とでもいうように声を明るくしてレンが私に尋ねる。そう言えば確かにそんな会話をした覚えがある。それも三ヶ月以上も前に軽く話しただけだった。それを覚えてくれていたことに嬉しくなって、私はレンに笑顔で答えた。


「うん、行きたいな。明日、一緒に行ってくれる?」


 そう答えるとレンは私同様に嬉しそうに笑って何回も頷いた。


「僕、マスターが行きたい所ならどこでも行きます!」


 レンは声を弾ませて来る明日に心を躍らせているようだ。
その夜、私は寝床に就いてもそわそわと落ち着けずに眠れなかった。柄にもなく、明日が楽しみで嬉しくて笑顔が次から次へと零れては表情をゆるませた。






 翌朝、私はいつもよりも三十分ほど早くアラームで目を覚ました。予定していた時間通りでありながらも、昨晩の寝つきの悪さのおかげで意識がはっきりするのに少し時間を要した。
 リビングから物音がしないので、レンはまだ寝室で夢の中なのだろう。私は顔を洗って歯を磨き、昨晩眠りにつく前に考えていた服装に着替えた。ドレッサーの前に腰を掛けて、顔を作っていく。化粧をし終えた時に鏡に映った自分が、いつになく気合が入っているのは気のせいだろうか。恥ずかしさで一人俯いた。準備を終えてリビングに行き、キッチンで朝食の準備を始める。そろそろレンが起きてくるだろうと、レンの分の朝食も用意しておく。夕飯の残り物とパンを焼くだけのつもりなので、用意するだなんて言い方は大袈裟だが、レンはいつもそんな質素な朝食でも嬉しそうに頬張ってくれる。


「マスター、おはようございます。」


 廊下からリビングに続く戸が開くと、寝起きのレンがフローリングに素足でペタペタと足音を立てて入ってくる。彼は寝起きのはずだが、そんな表情や素振りは一つも見せずににこやかだ。強いて言えば、布団で潰されていたために出来た寝癖があるくらいだ。


「おはよう。ちょうど朝御飯出来たから、先に顔洗ってきちゃいな。」


 キッチンからパンの乗った皿と夕飯の残り物が乗った皿を二つ、私は少し不安定な状態でありながらも慎重にテーブルへ運びながらレンに言う。するとレンは頷きもせずに少し早足に歩み寄ってきて、私の持っていた皿をすっと手から取っていった。そしてテーブルに静かに置くと、顔を洗ってきますね、と柔らかな笑顔で言うと軽やかな足取りで洗面所へ行ってしまった。私はというと、レンがしてくれた些細な優しさが今日は特別に感じてしまって少し呆けたままで立ち尽くしていた。


 朝食を終えて、レンは以前に私が買ってあげた服に着替えてもらった。外に出る時に周りから奇怪な目で見られないようにと私服を用意したのだ。それからレンの髪の毛をブラシで梳いてまとめる。さらさらとレンの髪の毛が、私の指と指の間をすり抜けたりと手元で動く。ヘアゴムでひとつに緩く結う。最初はレンが「これじゃあ取れちゃいませんか?」と不安そうだったが、レンのふんわりとした雰囲気には、これくらいゆったりとした結い方でないと私は納得いかないのだ。結び終えると、レンはソファから立ち上がり嬉しそうに笑みを浮かべて私を見た。


「マスター、行きましょう!」


 元気な声でそう言うと、私を急かすように「早く、早く、」と腕を縦に振っている。私もレンに続いてソファから立ち上がる。


「よし、行こっか。」


 二人で足並みを合わせて外へ出た。






 ショッピングモールへは電車を乗り継いで一時間ほど掛かった。休日の電車は混んでいて私は少しぐったりとしたが、レンは全く気にも留めていないようで嬉々として笑顔を絶え間なく浮かべていた。
 モールの中は多くのカップルや家族連れで溢れていた。レンは目を丸くして感嘆の声を漏らした。


「マスター、こんなに人が・・・。」


 今までいろいろな所へ連れて行ったつもりだが、こんなにも大きな規模の店に連れてきた事はなかった。レンは初めて見る人の多さに驚きを隠さずに、きょろきょろとあたりを見回した。


「いろんな店があるから、楽しめそうだね。」


 これは買い物が楽しめそうだ、と私は少し浮かれながらレンに言う。するとレンは頷いてから、しばらく私を見ようとせずに斜め下の方を見たまま頬を赤らめていた。どうしたのだろうかとじっと見守っていると、レンがちょこんと手を差し出してきた。私が驚いてレンの顔とその手を交互に見ていると、レン自ら手を絡ませてきた。


「そ、その・・・、人がいっぱいいるんで、はぐれたら、大変ですよ・・・?」


 どもりながら言葉を一生懸命に紡ぐレンが愛しくて、私はレンの手を握り返した。するとレンはやっと私のことを見てくれた。その瞳が微かに潤んでいるのを見ると、相当恥ずかしかったのだということが手に取るように分かった。余計に愛しくて抱きしめたくなったが、それを抑えて私はレンに微笑んだ。


「ありがとう、じゃあ、今日はずっと握っててね。」


「・・・はい。」


 きゅっと手に力を入れてレンが頷く。そして二人で中へと足を進めた。
 中には私が好きなショップや可愛い雑貨屋が沢山あって、私は興奮気味にいくつもの店を回った。レンはそれにため息ひとつ吐かずに付いてきて、笑顔で一緒に店内を見て回ってくれた。私は沢山見ていった中で、一つの雑貨屋でレンにばれないようにこっそりと、レンにあげるためのヘアゴムを買っておいた。いつも同じヘアゴムばかりだったので、シンプルなデザインの安物だが、無いよりは良いだろうと思った。レンは私がそれを買ってる最中も、私に気を使わせないようになのか、いろいろな物をきょろきょろと興味深そうに手にとって見ていた。私が「欲しいの?」と尋ねると、「マスターが好きそうだと思っただけです。」と照れ笑いを浮かべるばかりだった。






 買い物を済ませた頃には外は夕陽が微かに顔を出しているだけだった。すぐに夜を迎えるだろう。沈み始めた夕陽は山並みに明かりを照らして、空を橙色に染めた。レンの金糸がそれに反射して眩しいほどに光る。


「マスター、楽しかったですか?」


 光る髪を柔らかい風に靡かせながらレンが尋ねてくる。私は歩きながら繋いでいたレンの手をぎゅっと握って頷いた。


「うん、凄い楽しかったよ。レン、ありがとう。」


 買った荷物を半分こしながら持ってくれるし、買い物中もにこやかに付いてきてくれたりと気遣い充分で、本当に楽しい休日だった。


「マスターが楽しんでくれたなら、僕も幸せです。」


 そう言ってレンは幼く笑う。


「あ、公園寄ろうか。少し疲れちゃった。」


 駅まで歩いていると、公園が見えてきて私は提案した。そこでヘアゴムを渡すつもりだった。家まで待てば良いのだが、レンに早く渡したくて仕方がなかった。するとレンが頷いて、二人で公園のベンチに腰掛けた。






 私は買い物袋をベンチの空いたスペースに置いて、小さく伸びをして寛いだ。レンは私のその様子を見て「大丈夫ですか?」なんて心配そうに言う。私は充実感による疲れでしかないので、大丈夫だよと返す。そして買い物袋の中から小さくラッピングされたヘアゴムを取り出す。レンはそれを見ながら不思議そうに見ていた。


「実はレンにプレゼントがあるの。」


 私のその言葉にレンは目を丸くした。その表情が勿体ぶりたい気持ちを刺激した。


「プレゼント、ですか?」


 勿体ぶってゆっくりと袋を開けて、レンに指先でこちらに背中を向けるように示した。レンはそれに従ってこちらに背に向ける。私はレンの結ってある髪を解いて、新しいヘアゴムで跡をなぞるように結う。そしてバッグから鏡を一つをレンに渡して、ポーチの中から化粧品に付属してる鏡を取り出して後ろから照らす。レンが鏡を少しずらして、私からのプレゼントを捉えると顔をぱっと華やがせた。


「マスター、これ・・・。」


「いつも同じヘアゴムじゃ飽きるでしょ?シンプルだけどレンに合うと思ってさ。」


 こんな質素なプレゼントにもレンはとても嬉しそうに頬を赤らめた。


「ありがとうございます!僕、これ毎日付けます!」


 大袈裟なほどに喜んで、レンは笑った。同じものでは飽きるからとあげたのに毎日付けられたのでは意味がないのだが、そう言ってくれるレンの気持ちが単純に嬉しかった。レンは暫くの間、ヘアゴムを手で触って嬉しそうにしていた。それを終えたと思うと、レンは私の方へしっかり向き直った。真っ直ぐに私を見据える。


「マスター。」


 途端に真剣な声色で呼ばれたので私は少し驚いた。するとレンが私の手を取り一度口を開いたが、躊躇うように口を閉じて目を伏せた。そしてもう一度私を見据えた。


「キスしても、良いですか・・・?」


 思わぬ発言に私は呆けた声を漏らした。昨晩のデート発言に続き驚かされてばかりだ。


「どうしたの?急に・・・。」


「ドラマでは、デートの後、キスしてました。だから・・・。」


 純粋なことは良いことなのだが、ここまで見たもの全てを鵜呑みにするのはいかがなものなのか。私は残酷なのかも知れないが、レンにまたキスの説明をしなければならないようだ。


「レン、デートは愛し合う人達がするものでしょ?キスもね、その愛情表現の一つなの。だから、」


「知ってます、そんなこと。」


 私の言葉を遮るようにレンが声を上げた。私が黙り込むと、レンは私と目を逸らして俯いた。


「最初から知ってます・・・。デートもキスも、全部恋人同士がすることって・・・分かってます。でも、僕、マスターとしたかったんです!知らない振りでもしたら・・・マスターは優しいから、してくれるかもって思って・・・。」


 そう思って、と呟くように続けると、レンはそれ以上は言葉を紡がなかった。私はレンから手を解くと、レンを優しく抱き締めた。


「・・・僕、マスターのこと、好きです。だから、デート、したくて・・・キス、したくて・・・。マスターに、好きになって欲しい、です・・・。」


 堰を切ったようにレンが思いの丈をぶつけてくる。私の肩口に顔を埋めているせいで、微かにくぐもった声だが一生懸命に話す。


「レン、好きだよ。」


 私がレンの耳元で出来る限りの優しい声色で言うと、レンは顔を勢いよく上げて目を丸くした。


「マ、マスター?」


「レンのこと、好きだよ。だからレンが不安になることなんて無いよ。またデートも沢山しよう。」


 ぱちぱちと瞬きをして、レンが戸惑っている。きっと状況を理解できていないのだろう。


「僕達、恋人同士、ですか?」


 その質問に頷くのは、なんだか心臓が痒くなる程恥ずかしいが、躊躇せずに私は頷いた。するとレンは頬を真っ赤に染めながら笑う。


「・・・なら、キス、しても、いいんですか?」


 先よりよっぽど恥ずかしいが、また私は頷いた。するとレンが私の頬に手を置いて、私の唇にそっと自ら触れた。薄く綺麗な唇が私の上に柔らかく触れている。私はその感覚に酔いながら、暫く瞳を閉じた。長く長く感じるキスは名残惜しいほどだったが、その私の気持ちを知らずにゆっくりとレンが離れた。


「マスター、好きです。」


「私もだよ。」










 レンのはにかんだ笑顔が、夕陽より眩しかった。




















―あとがき―

ちょっと長くなってしまいました。
ヘタレンは思った以上に書きにくかったです。
個人的な好みはマセレンなので、次はマセレンに挑戦したいです。

080627















































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