ドリーム小説  話したことが無い相手を好きだとか言うのは可笑しいかもしれない。今までも周りの友人が学校の人気者を好きだと騒ぐのを見て、冷めた目で馬鹿らしいと言い放っていた。何も知らない相手を好きなんて、それは恋に恋しているか、口に出さずとも顔しか見ていないと言っているのだから情けない。
 そんな私が恋をした。一コ年下の男の子に、だ。大人びた微笑と可愛い甘い声が好きだった。私もそんなつまらない女だったのだ。






「嫌だ、あの根暗と当たっちゃったよ!」


「最悪だね、私好きな人と当たった。」


「えー!何それ、羨ましい!」


 友人らが騒ぎ立てるのに私は乾いた笑いを浮かべたまま、会話に混ざっているのか混ざっていないのかという距離にいた。


「男子のやることの意味が分からない。肝試しとかやりたくない!」


 私のクラスは仲が良い。妙な団結力でイベントのカップを取ってからはより強くなった。夏休みを迎えてクラス全員で遊ぶことになった私達は祭りの帰りに、近くの有名な心霊スポットで肝試しをやることになったのだ。男女でくじを引いて二人で行く、なんていうのは思春期真っ盛りの学生が考えることのそのままだ。


は誰に当たったの?」


 友人が尋ねてくるのに、私は唸ってから溜息を吐く。


。なんでこんな所でも幼なじみとやらなきゃいけないの。」


 私は不満をだだ漏れにさせた。


「じゃあ私と代わってよ!私はあのオカルト好きそうな奴となんて嫌だ!絶対見えてるもん。」


「それは私だって嫌だよ。」


 友人が喚くが、私もそれは御免被る。すると後ろから背中を小突かれた。


「俺らの番だってさ。」


 私の背にはが立っていた。もう既に何組かは肝試しに入っていたようだ。私は気乗りじゃなかった。幽霊は見たことないが、居るとは思っている。世の中は私の生きてきた中で作り上げた常識なんかには捕らわれない理解しがたいことが多々あると思う。そんなことを考えると不安のあまりに溜息が零れる。


「頑張ってね、。」


 友人の声援を上げて私は一気に怖くなった。行きたくない。しかしそんな私をが残酷にも腕を引っ張って連れて行った。






 クラスのイベントだというのにも関わらず、規模が大きい肝試しだった。小さな林を抜けて昔は病院だったと聞く廃墟の中に入り、312号室という病室に予め用意された札を取ってくると言うものだ。それは各々のくじの番号で、もし取ってこなかったら日直当番を一ヶ月やるという、遊びたい盛りの学生に苦痛でしかない罰ゲームが用意されていた。乗り気で無い者も多かったが、不参加は罰ゲームに強制的に当たると言われて嫌々参加していた。私もその内の一人であることは言わずもがな。そしてこの肝試しは片道三十分ほどのなかなかの長距離コースであることが恐ろしかった。


、恐くないの?」


 私がびくびくしながら尋ねるとが笑う。


、びびってんの?きもいな。」


「びびってない!怖くないよ!」


 憎まれ口を叩くに私はムキになる。荒げた声で意地を張った私は、より先をずいずいと歩き出した。後ろから悪びれもしないがへらへらと付いてくる。からかう口調で後ろから呼んでくるが振り向かずに歩いた。しかしそれは内心怖くて、後ろを振り向いた時に何か居たらという恐怖からだった。暫く名前を呼んだり罵声を浴びせてきていただが、それにも飽きたのか黙り込んだ。やっと静かになったかと思うや否や、私は静けさが恐くなって背筋が凍った。暗い物静かな林は何か出るのではないかと思うと急に足取りが重くなる。腕時計に目をやると、出発してから十五分程経っていた。


「ねぇ、病院まだかな。」


 私はに背を向けたまま尋ねた。しかし答えは返ってこない。途端に私は苛立った。


「何さ、あんたが人のこと馬鹿にするから怒ったんだからね。」


 そう険のある声で訴えたが、やはり答えはない。妙に静かだ。先程まで気にならなかったが、足音もしない。私は嫌な予感がして思い切って振り返る。そこには忽然とが姿を消していた。


・・・?」


 目の当たりにしたことで一気に恐怖が込み上げた。


「ちょっと、。冗談が過ぎるって。」


 力無く呟くように私はそこにいるかもしれないに言ったが、依然として何も聞こえない。


「ちょっと・・・、嘘でしょう?嫌だ、もう私が謝るから。意地張ってごめんなさい!本当は超びびってるよ、お願いだから出てきてよ!」


 大きな声でそう言ったものの、やはり声がしない。すると横の茂みが小さな音を立てて動いた。反射的にそちらへ目を向けるとやはり動いている。暫く固まってしまって声も出せずに様子を見ていると、動きが無くなった。私は早足で進んで、気にしない気にしないと自分に言い聞かせるように繰り返した。すると背中から暖かさが伝わってきたかと冷たい手が頬に触れた。






「い、嫌ああああああ!!」






 私は余りの恐怖に絶叫してその場にしゃがみこんだ。ひたすら叫び続けて、しまいには涙さえ出てきた。


「え、ご、ごめん!」


 そんな声がして涙は流したままにしろ、叫ぶのを止めた。幽霊が言葉を話すのか話さないのかなんて知りはしないが、私の中でその声が人間くさい暖かさがあったので、その背後に立つ人間に安堵したのだ。しかしそうは言っても恐怖で振り返れない。


・・・?」


「え?」


 私の問いに返事が返ってきて私はだと確信した。すぐに背中でどんっと後ろへ押し倒してやり、涙をボロボロと流しながらを叩き続けた。


「あんた、人を馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ!この涙を返して馬鹿!」


 私は安堵のあまりに泣き叫びながら叩いた。


「ちょ、痛、ごめん!やめ・・・。」


「いくらだって流石に許さないんだから!嫌い!馬鹿!」


 私はに罵声を浴びせまくる。


「ちょっと待って!」


 そう言われたかと思うと私の手首が捕まれた。私はやっと目を開けて、視界に入った相手の姿を見てぎょっとした。


って・・・誰?」


 彼は息切れしながら私に尋ねた。


「か、鏡音くん?!」


 私が叩いていたのはではなくて、私の好きな人だった。最悪だ。


「え、誰?ごめん、クラスの人の顔、まだあんまり覚えてないんだけど・・・。」


 申し訳なさそうに、しかしどこか訝しげに私を見つめた。知らないのも当然だ。私と鏡音くんはクラスどころか学年も違う。ましてや関わり合いは全く無い。とっさに名前を呼んでしまったが怪しまれているだろうと思うと恥ずかしさで顔が熱くなった。


「ご、ごめんね。私、違う学年だから鏡音くんは知らないよね。」


 私は恐怖による興奮が好きな人が目の前にいるという興奮に変わってあたふたする。私は押し倒した鏡音くんの太ももの上に座っていたのに気付いて急いで立ち上がる。いきなり暴力を振るわれた上に、見覚えの無い相手に名前を知られていることは、きっと鏡音くんの中で私は怪しい人物になっているだろう。


「先輩なの・・・?」


「うん、私二年生だもん。とりあえずごめんね、私人違いで沢山叩いちゃって・・・。」


 私は謝ってから鏡音くんに手を差し出した。その意味をすぐに理解してくれて、鏡音くんは私の手を取って立ち上がる。好きな人と初めて話したこと、そして初めて触れてしまった手なのに、私はこんな出会い方に羞恥から泣き出したかった。感動している場合ではない。私は少し逸らしてしまった視線を恐る恐る彼に戻した。鏡音くんは砂を払ってからにこりと笑う。


「こっちこそ、ごめんなさい。僕達のクラスで肝試ししてて、クラスの子だと思って・・・。僕おばけ役だから驚かせないといけなかったんです。」


 先輩と分かった途端に敬語になる鏡音くんが可愛く思えて仕方がなかった。


「鏡音くんのところもなんだ。私のクラスも肝試ししてるの。でも一緒だった人とはぐれちゃって・・・。」


 私は自分でそう言いながら、とはぐれたことの重大さに気付く。


「はぐれちゃったんですか?それ、大丈夫なんですか?」


 鏡音くんが私の顔を覗き込んで尋ねてくるのに私は頷いた。


「やばいんだよね。こんな所を無闇やたらに探すのも恐いし・・・。」


 溜息混じりにそう言って辺りを見渡した。鬱蒼とした夜の林は不気味極まりな
い。


「それは困りますね。僕でよかったら送りましょうか?」


 鏡音くんのその言葉は優しい温度を持っていて、私に救いの手を差し伸べるようだった。


「いいの・・・?」


 迷惑じゃないかと思って尋ねると、鏡音くんは絶え間なく笑顔を浮かべたまま頷いた。


「良いですよ、こんな暗いのに可愛い先輩が一人でなんて危ないですもん。」


 少年らしいあどけない笑顔がそんなことを言うので、私は調子づいてしまいそうだった。軽いお世辞だと分かっていながらも鼻の下が伸びてしまいそうになる。


「ありがとう・・・。」


 私は顔が緩んでしまいそうだったので、鏡音くんから視線を逸らしてお礼を言った。すると鏡音くん特有の甘い声色が吐息を吐くように柔らかく音を紡ぐ。


「先輩可愛いー。」


 間延びした言い方は緊張をほぐす一方で私の心をくすぐって震えさせた。鏡音くんはそんな私を気にも止めずに、手を繋いでくれた。繋いだその手は、夏なのにひんやりとしていて心地良かった。


「行こう、先輩。」


 私に向けて笑みを浮かべて手を引いて前を歩き出す鏡音くんの背を見つめる。やっぱり男の子だと思った。同年代の男子に比べては小柄だが、女子には無い硬さが背中の骨格から滲んでいるし、繋いだその手も骨っぽかった。






「そういえば、先輩の名前聞いてもいいですか?」


 鏡音くんは足を止めて私へと振り向いた。視線が交わる。私は誰かに目を見つめられたことがないし、逆もあまりない。しかし、彼の瞳の空に似た淡い青色は人の視線を釘付ける。


「駄目ですか?」


 不安げに鏡音くんが問い掛けてくるので私ははっとした。


「ごめん、ぼうっとしちゃってて・・・。だよ。」


 そう答えると鏡音くんは口の中で繰り返すように、くぐもった声色で私を呼んだ。私も一度目は頷いたが、その後も何度も繰り返し私を呼ぶので可笑しくて小首を傾げた。


・・・かぁ。」


 何を納得したのか吐息混じりに鏡音くんが呟いた。


「どうかした?」


 私が苦笑しながら尋ねると鏡音くんは花が綻ぶように柔らかく笑う。


先輩!」


 先ほどの呟くような静かな声色と打って変わって大きな声が響いた。その可愛らしい笑顔に思わずしまりの無い笑い方をしてしまう。


「はーい。」


 語尾を上げ調子に答えると、照れ笑いのような吐息を漏らす笑みが零れたのが聞こえる。


「僕、鏡音レンです。」


「うん、知ってるよ。」


 事実を返したまでだが素気ない言い方になってしまっただろうか。私は言った直後にすぐそんなことを考えて鏡音くんの表情を伺う。彼は全く私の気持ちなぞ知らない様子で私をまっすぐ見つめている。


「そういえば、何で僕のこと知ってるんですか?僕、先輩に会ったことありますか?」


 そう尋ねられたもののどう答えれば良いのか、私は迷った。理由はただ一目見た時に好きになってしまったから、それ以降はずっと鏡音くんの姿を探してばかりいて、名前やクラスなどを友人伝手に調べたりしていたのだ。しかし、初対面なのにそう答えるとなると、鏡音くんから怪訝な視線を送られることになるだろう。


「鏡音くんは、目立つからさ。」


 鏡音くんに怪しまれない程度、なおかつ好感度を得るための距離を計るにはこれくらいの台詞が適しているだろうと思い、そう答えた。


「ああ、金髪ってあんまりいないですよね。」


 鏡音くんは自身の金糸を指に絡めて、青色の瞳でその細い一本一本を見つめた。柔らかそうな金色が、木々の狭間から控えめに時々覗く、月光に照らされてチラチラと躍る。


「綺麗だよね。」


 鏡音くんの前髪に触れて呟いた。柔らかいのにしっとりと重みがある。軽いうねりのある彼の髪は、私の髪の毛のように癖があるはずなのに私とは全く違った優しさがある。ほんの少し位置をずらしてトップにある髪を触ろうと手を伸ばす。


先輩・・・?」


 鏡音くんが不思議そうな声を漏らした。


「あ、ごめん。綺麗だからつい・・・。」


 私は手を引っ込めて笑って誤魔化す。


「良いんですけど、上の方はワックス付いてるんでベタベタになっちゃいますよ。」


 そう言って鏡音くんはトップの毛束を指で弄ぶ。空気がふんわりと彼の髪の毛を持ち上げているのはそのせいなのだろう。


「あ、本当だ。でも地毛が柔らかいから、そのままワックスしなくてもふんわりしそうなのに。」


 ワックスが付いている髪に触れると軽いべたつきが手に残った。すると鏡音くんは口をぎゅっと詰むんで私を見据える。


「なんか、ドキドキしちゃいます。女の人に触られるのなんて慣れてないんで。」


 丸い瞳がゆるゆると揺れて訴えるので、くすぐったい。


「鏡音くん、可愛いね。」


「それ嬉しくないです。」


 鏡音くんは私の言葉に不満そうな声色で答えたが、それがまた可愛いので笑ってしまう。年下の男の子ってこんな感じなのか、なんて思うと鏡音くんが私と繋いでいた手をくいっと手前に引いた。私が鏡音くんの居る方へよろめくと、鏡音くんが私の唇を奪った。柔らかい感触はすぐに私から離れたが、熱と湿り気だけを残していった。私が突然の出来事に目を丸くしていると、鏡音くんがたまに見せる憂えた笑みを口角にうっすらと忍ばせた。


「仕返しですよ。」


 そんなことを言って鏡音くんは私の唇を親指でなぞる。こんな仕返しなら何度でも受けたいが、生憎私はそんなことが言える程、恋沙汰に慣れているわけではない。顔がじわじわと熱を帯びていくのがよく分かる。月明かりがそれを暴露するように私に眩しく当たった。


先輩、可愛い。」


 ませた口調でそう言う鏡音くんは、先程の照れ笑いを浮かべる彼を幻のようにかき消す。私が何て返せば良いのか、戸惑いを隠せないでいると、私の鞄の中の携帯電話が震えた。静かな林にそれは大きく響いた。誰であろうと、良くも悪くもタイミングがばっちりだ。私はこの現状が鏡音くんとの恋愛に発展するならまだしも、そうならなかった時のことを考えると今後、どうやって彼に接すれば良いのか分からなかった。携帯電話を鞄から取り出し、サブディスプレイを見る。


「あ、だ。」


 私が呟くと鏡音くんが吐息を漏らすように笑ったのが聞こえる。


「ちょっと電話出るね。」


 私は鏡音くんに断りを入れて通話ボタンを押す。それと同時に鏡音くんが手を差し出す。


「貸して。」


 語尾を上げ調子に鏡音くんが言う。私が意味が分からずにきょとんとしていると鏡音くんは私の手から半ば強引に携帯電話を奪った。受話器からの大きな声がひたすら“!”と呼ぶ声が聞こえる。


「もしもし、初めまして。僕先輩の彼氏なんですけど、先輩と合流したんでこのままばっくれます。後をお願いしても良いですか?」


 淡々とした口調で鏡音くんが話すのに、私の頭の中はショートしそうだった。いつ私に“彼氏”が出来たのか、あまりの破天荒な鏡音くんの発言に目を丸くしていると、鏡音くんが私に携帯電話を返してくる。


「代われって言ってますよ。」


 悪びれない笑みの片隅に策士のような怪しい香りがした。私がおずおずと代わるとの声が耳をつんざく。“いつ彼氏なんか出来たんだ”、“お前が抜けたら俺も罰ゲームやらされるはめになるだろう”などという叫び声が耳の中をこだまするように響く。


「罰ゲームなんてあるんですか?」


 の声が聞こえたのだろう、鏡音くんが小首を傾げて尋ねてくるので頷いた。


「当分、日直やらされるの。」


 私が苦笑して答えると、鏡音くんは柔らかく笑う。


先輩って人の代わりに僕が先輩と一緒にやりますよ。」


 良い提案だろう、とでも言うようににっこりしながら言う鏡音くんは、それをに伝えなければならないような強制力があったので、その言葉をそのままに伝えると、溜息混じりに“勝手にしろ。”と返ってきて通話は切れた。機械音が響いてから携帯電話を鞄に仕舞う。それは良いが、鏡音くんがどういうつもりなのか私には皆目見当も付かない。鏡音くんを盗み見るように軽く見上げると、彼は寂しそうな表情でこちらを見ている。


「勝手なことしちゃいましたか・・・?」


 不安げな声色がよく似合う表情だ。勝手なことをしているに決まっているのにも関わらず、そんな顔をされたら何も言えなくなる。


「なんていうか・・・、何が何だか分からないっていう感じかな。」


 私が苦笑いを浮かべながら答えると、真っ直ぐな視線が突き刺さる。勿論、鏡音くんのだ。


「彼氏にしてくれませんか?」


 私は何が何だかという感じで理解に困ってしまう。思わず疑問の声が小さく零れた。


「え、いや、その、彼氏にっていうか・・・。そういうのは、するしないじゃなくて、好き嫌いっていう問題じゃないの・・・?」


「好きです。」


 押され気味で口ごもりながら言うと、鏡音くんは間髪入れずにはっきりとした口調で答えた。それは出会ってすぐのこの現状で、信憑性のあるものとは到底思えなかった。


「だって鏡音くんは私をさっき知ったばっかりなのに、好きとかそういうのって分からないんじゃない、かな?」


 疑問符を付けてしまったのは、強引な鏡音くんに多少なりとも怯んでしまった結果だった。


先輩は僕のこと、好きにはなれないですか?」


 質問の答えにはなっていない鏡音くんの言葉に呆れるまではいかずとも、困り果てる。かなりマイペースな彼には質問に答えると余裕はないのだろう。本来ならそんなキャッチボールのできないような人間は嫌いだが、鏡音くんには憎めない愛らしさが備わっていた。しかしその裏に隠された賢さを残念ながら気付いてしまう。鏡音くんは私が彼の名前などを知っていたことから、少なくとも好意を抱いていることに気付いているだろう。きっと下手な言い逃れは通用しない。


「好きだけどさ、鏡音くんは私のこと知らないでしょう?」


 好きな人に告白されているのだから、そんな御託など並べずに頷けば良いのかもしれない。しかし私はそれまでの筋を通して付き合いたいのだ。私は鏡音くんとは少し違った目線から恋愛というものを見ているのだろう。


先輩は僕のことを好きになって、名前とか学年とか何かしらで知ったんでしょう?それ以外で僕のことを知ったのは、今こうして会話した中で掴んだちょっとの人柄くらいじゃないですか?」


 鏡音くんの利口そうな唇が言葉を並べる。それを見ていると、先程のキスを否が応でも思い出してしまう。更には悔しくとも彼の訴えには否定出来る部分は存在しなかった。私は頷いて返すしか出来ずに渋々首を縦に振る。


「僕も先輩のこと、さっき知りましたけど、名前と学年と少しの人柄、それだけです。でもそれって先輩の僕に対しての物と全く変わりがないですよね。」


 言われてみればその通りだ。鏡音くんは私のことをほんの少ししか知らないが、私も大して知りもしないのだ。知り得なかったのだ。しかし、私が鏡音くんを好きだという気持ちは確かに私の中で疼いている。


「その通りだけど・・・。」


 形勢は押されたままだ。


「可愛いと思っちゃいましたし、もっといっぱい話してみたくなったんです。僕って好きになったら止まらないんです。だから、先輩のこと、追いかけちゃいますよ。」


 そう言い切った鏡音くんの花から甘い吐息が漏れた。勝利の確信だろうそれに対抗する術は無いし、ここまで言われてする気持ちも毛頭なくなってしまった。口角がやんわりと上がっている鏡音くんの唇が、私の答えを催促するように“先輩”と間延びした口調で呼ぶ。






「日直・・・、一緒にやってくれる?」






 私は恥ずかしさでそっぽを向いたまま話した。すると鏡音くんは嬉々として声色を弾ませる。


「勿論です!」


 元気良く答える鏡音くんは最初の少年のような屈託無い声色に戻っていた。二面性を持つ彼に私は調子が狂う。


先輩。」


 もう一度そう呼ばれて私は顔を上げた。するとまた唇が触れた。私はそれを受けながらも、じわじわと沸いてくる感情に頬が熱くなる。唇がそっと離れると鏡音くんは目を細めて微笑み、私の手を優しく包んだ。


「きっとこれから、もっと好きになりますよ。僕、しつこいんで覚悟してて下さいね。」


 何か誇らしげに語る鏡音くんに私は笑ってしまう。何故笑っているのか理解できない様子の鏡音くんは首を傾げた。


「私もだよ。」


 そう言うと鏡音くんは嬉しそうに笑った。






 夏休み明け、私達はきっちりと日直をこなしていた。




















―あとがき―
肝試しをしたいと思って書きました。
長さの割に、あまりストーリー性は無いです。
年下のレンを書いてみようという思いつきに伴い、ショタレンにチャレンジしてみたかったのですが、どうしても難しくて出来なかったです。
なので二面性を持つ人にしてみました。
途中でホラー物にしようかと思いついたりしましたが、止めました。

080825















































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