ドリーム小説  再会したのは五年振りだった。それなりの充実と不満を手にしていた私は、日々の退屈さにほとほと飽きもきており、毎日を繰り返しの日常と呼ぶことに決めていた。






「せせり八本、鶏わさび八本、ねぎま四本、鶏皮二本、串カツ二本、なんこつ唐揚げ二皿、マグロの水菜サラダ、シャキシャキ大根サラダ、ご飯大四つとチャンジャ三つとたこわさ一つ、生中三つにグレープフルーツ生搾り一つ。伝票ここ置いておくからよろしくお願いします。」


 私はアルバイトの女の子が口早に厨房へ伝えるのを聞きながら、一気に頼むな、などと思いつつ呼び出しの掛かったテーブルに注文を取りに行く。この居酒屋に正社員として入って一年目で、私はホール担当に決まった。本当は接客だけはしたくなかった。大学時代にアルバイトしていた居酒屋でホールをしていたものの、どうやら私は短気なようで、絡まれると顔に出てしまいがちだ。それなりのやりがいを感じてはいるが、それでも隣の芝生は青い。厨房で働きたい、そんなことを思いながら私はホールを歩き回る。


「ご注文お伺いします。」


「生二つ。」


「かしこまりました。」


 私は客からそれだけを聞くと厨房に注文を伝えにいく。奥から店長の声が返事と代わって聞こえてくる。


さん、これ十三番テーブルにお願いします。」


 カウンターに料理と酒が置かれる。横にある伝票は先程の大量に注文していたテーブル番号が書かれていた。十三番だ。酒と串物だけだが先に出来上がっており、それをお盆に乗せて私はそのテーブルまで運ぶ。途中で呼び出しが鳴っているのが聞こえて、他のスタッフに声を掛けつつ、十三番テーブルまで来る。


「失礼します。生中のお客様、お待たせしました。」


 個室に入ると中には四人の男性客が居る。私がテーブルに置くと各々で取っていく。


「グレープフルーツ生搾りのお客様。」


 私がグラスを手に取ると、手前に座っていた男性が受け取る。横にグレープフルーツと用具を置く。すると白い手が私の手首を掴んだ。私はまた絡まれると思い、憂鬱な表情で顔を上げる。


?」


 名前を呼ばれて驚いた。そこにいるのは、私の見間違いで無ければ懐かしい顔だった。


「レン・・・?」


 高校時代に付き合いのあった鏡音レンだ。私は目を丸くする。私が名前を呼ぶと花が綻ぶような、特有の柔らかい笑みを浮かべる。


「久し振り。元気?」


 甘い声が耳を舐めるようにへばりつく。私は頷いた。


「うん。吃驚、こんな所で会うなんて。」


 私は思わず笑みがこぼれた。レンにまた会えると思ってもみなかった。


「俺も。ここで働いてるの?」


「うん。レンは?」


 一気に高鳴り出した鼓動を抑えながら私は料理をテーブルに置いていく。


「楽器屋で働いてる。あ、こいつらはバンドのメンバー。」


 そう言ってレンは同席の男性達を示す。私は頭を下げた。


「レンの友達?こんばんは。」


「レン、さっき女友達居ないって言ったじゃん!」


「お前、俺に一番可愛い子紹介しろって言ったのに隠し玉あるのかよ。」


 がやがやと矢継ぎ早に私の方へ、レンの方へと言葉が飛び交う。レンは笑っていた。


「バンドやっぱりやってるんだ。」


 レンは昔から歌が上手かった。レンが頷いて微笑む周りで野次馬のような視線が私達二人に刺さる。


「高校の時にやってたバンドのドラムの子だよ。お前より上手いよ。」


 レンは呆れたように彼らを見て、ドラムをしているらしい男を指差す。そう、私は昔、レンとバンド活動をしていた。今はバンドを辞めたと同時にドラムは辞めた。レンにはそれを教えていないし、教えてどうこうなるわけではないが、少し後ろめたい気持ちになる。


「ドラムやるの?よろしく。俺上手いよ。」


 そう答えたのはレンに女の子を紹介してもらったことを言っていた男だった。


「よ、よろしく。」


 何をよろしくされたのか分からなかったが私は頭を下げた。


「今日ライブだったから打ち上げなんだ。そこのライブハウスでさ。」


 レンはすぐそこの大通りの方を指差した。そこにはそれなりに大きなライブハ
ウスがあったはずだ。


「結構大きい箱じゃん、凄いね。」


 私が感嘆の声を漏らすとレンは照れ笑いを浮かべた。


、仕事何時に終わる?」


 レンにそう尋ねられて、私は今日の仕事は閉店までだと思い、左の手首につけた腕時計に目をやる。今日は平日で明日も休日でも無いため、閉店時間は休日より一時間早い、夜中の一時だ。時計は十一時半を示している。この時間はラストオーダーの十二時半の一時間前で、客が新しく入ってくることはあまり無い。きっとレン達はライブを終えて片付けなどを終えてやってきたのだろう。


「閉店まで。ついでに閉店は一時だよ。」


「じゃあ待ってるから、ちょっとその後、付き合ってよ。」


 私の回答を得ると、レンはすぐにそう言って微笑む。私は連日の勤務で疲れており、今日は家に着いたらすぐにでも寝ようと考えていた。しかしレンは半ば強制的に「ね?」なんて言って私の指に優しく自身の指を絡めた。


「始まったよ、レンのそのおねだり。どうにかなんないの?」


 横に座っていた男が悔しそうな声を漏らしながら伸びをして言う。


「レンは無意識だろうけど、そうやって可愛い顔で女を落とすの上手だからね。羨ましい。」


 唇を尖らせてまた別の男が嘆く。私はそれを聞いた所でなんらかの感情が湧き出ることもない。それは彼が学生時代からも同様で、私は当時、そのレンの無意識なテクニックに落とされた一人だった。


「何、嫌味はやめてよ。俺、そういうつもりじゃないんだから!」


 口角を少し下げて不満そうな声色で訴えかけるレン。するとレンは私の方に視線を戻す。


「別にがこの後、用事があるんだったら別に良いし、嫌だったら良いからね。」


 そう言って、先ほどの強制的な表情を覆すように不安げに見つめられる。私は幸い明日が久しぶりの休日なので、少しくらいなら良いかと思える。ここでレンに会えたのは偶然ではあっても、嬉しい偶然だ。少しくらい調子に乗って遊びに行ったところで誰にも咎められないだろう。


「嫌じゃないよ。折角会えたんだし、色々話したい。」


 私は素直にそう伝えて、恥ずかしいことなど一つも無いのに頬が熱くなっていくのに気付いた。それを無理矢理笑って誤魔化す。


「え、レンだけ?俺達は?」


「何でお前らが来る必要あるの?意味わかんないから。」


 レンが彼らと冗談口調で口論して笑っているのを見て、複雑な気持ちになった。昔はそこに自分が居たのに、と思うのは随分と自分勝手な我侭だ。


「じゃあ、そろそろ仕事戻らないと怒られるから行くね。」


 居た堪れなくなって私は立ち上がる。


「そっか、あとでね。」


 彼らから視線をこちらに向けて目を細めて優しい笑顔で手をひらひらと横にふる。言葉尻が甘く感じた。きっとそれは、その言葉が示唆するのが、私の仕事を終えた後に二人で会うことだからだろう。二人きりで会うなんていうのは、一緒にバンドをしていた時でさえあまり無かった。私は胸を弾ませながら、仕事へ戻った。






 店が閉店してから片付けなど、仕事を終えたのは一時半をまわった頃だった。レンはどこで待っているのか分からない。聞いていなかったことに気付きはしたが、レン達のテーブルへ行く用事があの後一度も私に回ってこなかったのだ。きっと店の入り口あたりで待っているだろうと思い、私は関係者出入口から外へ出る。店の横を通り抜けて、駐車場を抜けて、店の敷地から出ると入り口の横の電柱に凭れ掛かっているレンを見つける。


「レン。」


 そう呼び掛けるとレンが顔を上げて私を確認すると歩み寄ってくる。当然だがあの後も飲み続けていたのだろう、足元が少し覚束無いようだ。


「お疲れ様、待ってました。」


 変な敬語を使ったりして、やはり酔いが回っているようでレンはへらへらと笑う。私は少年のようなその笑顔に思わず顔が綻んだ。するとレンが私の右手に指を絡ませて手を繋ぐ。何をするのか、どこへ行くかなんて聞いてはいないが、私は常識的に考えて久しぶりの再会はお酒を交えながらだろう、と考えていた。レンが勝手に歩を進めるが、そちらの方向には確かに居酒屋が多く立ち並ぶが、もうすぐ二時になろうというのにやっているのかが疑問だった。しかしお酒も回って随分上機嫌なレンへ余計なことを言うのも悪いと思い、レンの行く方へ着いていく。

「酔ってるね、そんなに飲んだの?」


 私がそう尋ねると、レンは照れ笑いを浮かべて、右手で後頭部を掻く。それはレンの昔からの癖で、照れたり困ったりすると、こうして手を落ち着かせて居られなくなるのだ。


「そうなのー、バンドの奴らが“俺も行く”って煩くてさ。俺が“絶対に嫌だ”って言ったら、生中五杯も頼んで五分で飲めたら許すとか言ってきたんだよね。俺が酒弱いの知ってて、無茶苦茶されたの。でも頑張って飲んだよ。」


 間延びした口調で語るレンの顔は、よく見るとアルコールのせいで紅潮していた。昔からレンは酒が弱いのは私も知っていた。それでも嗜む程度には飲みたいらしく、いつも酎ハイを一杯頼んで半分は残すのが印象に残っていた。半分飲んだ頃には、もう滑舌も悪くなって、今のような間延びした喋りで周りの女の子に可愛がられていた。そんな一面も含め、レンは学生時代から、女の子からの人気を博していた。


「大丈夫?友達も一緒で良かったのに。」


 足取りが不安定なレンを心配してそう言うと、酔いのせいで微かに水の膜を張って潤んだ瞳が何か訴えるように私を見据える。そして口を尖らせる。


「馬鹿。」


 溜息混じりに紡がれた言葉に私は顔をしかめた。


「何でよ。」


 私がそう言うとレンはその表情のまま口を開く。


「俺が二人で居たかったの。あいつらが居たら話もまともに出来ないよ。」


 少年のようにいじけた表情。彼のどこか大人びた憂いに隠れたこれが好きだった。


「そっか。まあ折角の再会だし、確かに二人の方が良いよね。」


「うん。ていうか、この時間って飲み屋空いてないのかな。」


 私の言葉を適当に返して尋ねる。そして足を止めて建物に目をやった。そこはきっとレンが目的地として向かっていた居酒屋だ。灯りは見えるが、営業時間は過ぎていた。


「明日も平日だしやってないかもね。」


 私は呆っとその店を見つめたままで答えた。


「どうしよう。」


 レンは唸って悩みだした。私の知る限りでも、この付近で開いている店はない。


「私の家ここから近いし、家で飲む?」


 ここから元来た道を引き返して、少し歩けば私の住むマンションだ。レンは私の提案に目を輝かせる。


「いいの?」


 そう言って嬉しそうに笑うレンの表情は、私がもし嫌であったとしても、先ほど同様に有無言わさないためなのかと思えるほど輝いている。


「良いよ。コンビニ寄ってお酒買って行こう。」


 私がそう答えると、レンは嬉しそうに“ありがとう”と言って、歩き出す私の手をしっかりと繋いで付いてきた。






 コンビニで私は缶ビールを一箱と酎ハイを三本、酒が弱いレンのためにカルーアミルクを作ってあげようとカルーアを一本購入した。家に着いて玄関の扉を開け、レンを招き入れる。


「どうぞ。」


「お邪魔しまーす。」


 私に続いてレンはブーツを脱いで、フローリングに足をぺたりと付ける。レンを居間に案内すると何が楽しいのか吐息を漏らすように笑う。


の家じゃない。」


 そう言ってレンはあたりをきょろきょろと見渡した。学生時代にレンは何度か私の実家へ遊びに来たことがある。確かにその家に比べると雰囲気はがらりと変わっただろう。私はキッチンにある冷蔵庫の中に酒が余っているはずなのでそれを出す。


「何か変?」


 私の家は狭い。寝具と箪笥などを置くと、より小さくなった。もっと広い部屋の物件もあったが、私はこの対面キッチンが気に入って、多少狭いこの部屋を選んだのだ。バーカウンターのような立派な物ではないが、充分に満足していた。いつも食事はこのカウンターで食べている。その風景に違和感を感じているのだろうと何となくは分かりながら、私は尋ねてカウンターに酒を置く。レンはカウンター越しに私を見つめて、始終笑顔を浮かべている。


ママが居ないから静かだもん、なんか変な感じ。」


 意外な答えを得て私は少し驚いて笑った。


「ああ、レンは家のお母さんのお気に入りだったからね。レンが来ると煩かったよね。」


 私はそんな思い出話に胸がときめく。いろいろな記憶が脳内で再生されるのを、目の前にいるレンと重ね合わせる。当時から大人びていて綺麗な顔立ちではあったが、今はより憂えてあの時以上に妖艶な香りと、甘く耳を舐めるような、心地よくもいやらしい声色に変わっていた。


の家、バーみたい。」


 レンは良くも悪くもマイペースで、これだけの時間で既に私の家に慣れたのか、カウンターに用意してあった椅子に腰掛けて頬杖をついている。


「狭いからテーブル置きたくないの。折角の対面キッチンだから、カウンターで食べるようにしてるんだ。」


 私は少し自慢気にそう言って、レンの横に腰掛けてグラスを置いた。


「良いね、格好良い。」


 ふ、と吐息を漏らして笑うレン。芸術品のように綺麗な顔立ちだ、と思って思わず視線を奪われる。するとレンがそれに気付いたのか、視線が絡まった。ドキッとする。深い空色に隠れた慈悲深い色合い、それは私の持っている瞳とは全く違っていて美しい。


「ん?」


 視線が絡んだのに、また瞳にも心を奪われて視線が逸らせなかった私に、レンが不思議そうな声を零して首を傾げる。私はハッとして視線を逸らし、いそいそとグラスにカルーアと牛乳を注いだ。慌てたので“何でもない”という答えは不自然に感じるだろう。そう思って私は照れ笑いの中で白状すべく口を開いた。


「相変わらずレンは綺麗だなって思って見つめちゃったの。」


 なるべく悪びれない様に、いたずらっこのように笑った。するとレンは少し目を驚かせたように大きくしてからすぐに笑う。


「変なの。だって相変わらず可愛いよ。」


 私がステアしている横で、だらっと腕を伸ばしてカウンターに頭を倒し、私の方を向いたレンが意味深な笑みを零す。私はその視線を横目で受けつつ苦笑した。


「そうやってまた人をからかって・・・。レンは昔からそんなことばっか言ってるね。」


 出来上がったカルーアミルクをレンに渡す。レンは何か不満げに口を尖らす。


にしか言わないのに。」


「はいはい、私だけからかってるのね。」


 私はレンの言葉を軽く受け流す。レンは納得いかないようで、不満の声を漏らす。私はそんなレンを可愛いなんて思いながらビールを注いでグラスを持つ。


「乾杯しようよ。」


 レンの不平不満を無視して私がそう言うと、レンは口を止めて仕方なしに頷いてグラスを持つ。


「かんぱーい。」


「かんぱーい。」


 小さくコツンとグラスを当てる。カランっと氷が音を立てて、グラスを傾け一口飲んだ。


「あ、美味しい。」


 レンは呟くように声を漏らした。


「でしょう?私のカルーアの分量は完璧だからね。」


 私は笑って得意気に語った。するとレンは何度か美味しいと呟いてすぐに飲み干してしまった。


「そんなに一気に飲んだら酔っちゃうよ。」


「もう酔ってるもん。」


 私が苦笑するのにレンは間髪入れずに答えて微笑を浮かべる。そうだった、なんて思いながら私もビールを一気に飲み干す。


「そういえば、も一回泥酔したことあるよね。」


 レンは意地悪な笑みを浮かべる。私はレンのカルーアミルクをまた作りながら、レンのその言葉にびくつく。


「そう・・・だったっけ?」


 心臓が早鐘を打つ。とぼけたのは良いが、確かに一度そんなことがあった。
 それはレンとバンドをしていた時で、打ち上げと銘打って違法ながら酒を飲み明かしていた。レンは酔いつぶれてふらふらとしており、私も悪乗りが過ぎたのか、いつもなら酔わない量ですっかり酔ってしまったのだ。他のメンバーが眠ったのを良いことに、私はレンに引っ付いていた。そして、酔った勢いに任せてレンに告白をして強引に唇を奪ったのだ。告白の答えは返ってこないまま、レンはそのあと眠りについてしまい、翌日はすっかりそれで塞ぎ込んだのだが、レンはその告白からの記憶が無かったようで、安心して友達としての関係を維持してきた。
 私はレンにグラスを渡して自分のビールにもまた口を付けた。


「あの時は吃驚したよ。」


 そう言ってレンが唇に笑みを湛えたまま私を見つめるのでドキッとする。まさか本当は覚えているのだろうか。私は目を逸らした後、どうすれば良いかひたすら頭を悩ませた。


があんなに酔ったの初めて見たもん。」


 その答えに私はほっとした。覚えていなかった、それは喜ばしくも残念なように思えたが、もしあんな失態を覚えていたのなら、今こうして一緒に飲んでもくれなかっただろう。


「だよね、凄い酔っちゃって自分でも吃驚した。」


 私は安堵のあまり途端に大きくなった自分の声に内心で驚いた。レンも少し驚いた様子だったがすぐに微笑む。


「懐かしいね、高校。」


 レンはどこを見つめているのか、儚げな瞳でどこかを見ながら言う。私とレンの高校生活は殆どがバンドだった。


「私達、バンド練習じゃなくても毎日一緒に居たよね。」


 レンの遠い目につられて、私も斜め上を見つめて思い返す。あんなに仲が良かったのに何故卒業と同時に、否、バンド解散と同時に連絡を取らなくなったか。今となれば理由は下らない。


「バンドが解散してから、俺達って急に疎遠になったよね。」


 寂しげに言うレンに私は苦笑した。


「私達子供だったんだよね、学校で噂になったからって何か居づらくなっちゃってさ。」


 私達はバンド活動をしている時、周りから付き合っているんじゃないかと噂されていた。逆に解散時は別れたからだと言われて、それはどちらも事実で無かったのに、私はレンに恋心を抱いていたせいか、側にいるのが苦しくなったのだ。


「俺はもうバンドやってないのにの所に遊びに行ったら迷惑かなって心配で行けなかったんだよね。卒業してから後悔したよ、もっと一緒に色々したかったなって。」


 レンが苦笑しながら話すのに私は笑う。


「そんなことないのに。私もレンと居るとレンを好きな子達から色々言われるし、レンも要らない噂に付き合わなきゃで大変だろうって思ってた。でもよく考えたら、そんなの卒業まであと数ヶ月だったんだから、気にしなきゃ良かったよね。」


 私達はお互いに後悔していた。レンは友達としての私と、高校時代の青春という名の下にもっと遊びたかったこと。私は好きな人としてのレンと、もっと近くに居たかったこと。同じ後悔でありながら、私達は全く別の想いを抱えていたようだ。


「俺、モテてたもんね。」


「調子乗らないの、馬鹿。」


 レンが当然かのように言うので小突くと、レンは笑う。なんて魅力的な笑顔なのだろうか。よく笑うレンの笑顔を、私はずっと見ていたい。昔のような淡い恋心に似た気持ちが盛り返す。思わず見とれていた。レンが微笑を湛えたまま私を潤んだ瞳で見据えているのも気にならない程、感情があの頃に戻ってしまったのだ。すっと白いレンの指先が私の頬に触れて優しく撫でる。


「戻りたいね、あの頃に。」


 レンが静かな声色でそう言う。真っ直ぐで底知らずの深さを持つ瞳が私を捉える。あの頃のレンのようで違う。より妖艶で華やかだ。私はあの頃のレンではなく、今現在のレンに胸をときめかせている自分に気付いて恥ずかしくなる。


「私は戻っちゃってるよ。」


 感情ばかりが昔に戻るように進む。私の答えにレンは不思議そうな表情を浮かべる。


「戻れるの?」


 理屈的に無理だと言う意味を含めたレンの言葉。


「珍しくお酒が回ったの、気にしないで。」


 私はそう答えてはぐらかした。しかし私を見据えるレンの真っ直ぐな瞳がそれを許さないとでも言うように離さない。本当に酒が回ったのか、動悸がする。私は耐えきれずに口を開く。






「レンを好きだったあの頃に戻ってるの。」






 きょとんとしたレンの表情が伺えた。私はそれで一気に酔いが覚めた。何を言っているのだろう。私はすぐに笑顔を取り繕う。


「ごめん、忘れて。飲み過ぎちゃった。」


 二杯目の酒はまだ半分も残っている。私はどうにかして切り抜けたくて、とりあえず笑った。


「忘れたくないよ。」


 そんなことを言って、レンは変わらず私を捕らえて離さない。何故忘れたくないのか分からない。


「私も明日になったら記憶ないかも。こんなに酔ってるんだもん。」


 苦しい言い訳を使って、無理矢理にでも押し通そうとする私の頬には、確実にレンの滑らかな手が触れている。


「明日には本当に忘れる?」


 そんなことを訊いてどうするのかよく分からないが、私は二、三度頷いた。するとレンの手が頬から私の顎へと滑り落ち、くいっと手前に引かれる。
 カルーアの甘さと、レンのつるっとした唇が私の中へ流れ落ちる。咥内へ遠慮がちに舌が滑り込み、私の下腹部を締め上げる程に官能的なキスが与えられた。暖かい体温と甘い味わいがレンの舌から更に伝わって異様なまでにエロティックだった。何度か唇を離し、何度か触れあうだけのキスや甘く官能的なキスをして、体がすっと離れる。
 私はあまりに夢中にレンのキスを受けていたが、離れた瞬間に現実に引き返される。言葉が口を出ないで居ると、レンが口を開く。


「二度目だね。」


 レンの言葉がキスのことだということはすぐに分かった。後にも先にもキスをしたのはあの時しかない。私は一瞬にして固まった。するとレンは意地悪に口角を釣り上げた。


が明日には忘れるから言うけど、あの時の告白の返事はOKだし、キスも嬉しかった。次の日に覚えてないって言ったのは、もしかしたら告白は冗談だったかもしれないし、それを言ったらが離れていくかもって思ったから。」


 早口にレンが言うのに、私は恥ずかしさと困惑で言葉を失った。目を丸くしたまま、何も言えずに呆然としていると、レンは溜息混じりに次の言葉を紡ぐ。


「まあ明日には忘れるだろうけど。」


「わ、忘れるわけないじゃん!」


 思わず言葉が付いて出た。有り余った感情がその声を大きくさせた。私の言葉にレンは笑った。


「だよね。」


 当然、と言うような返事に私は眉間に皺を寄せた。見透かされたショックで怒気が混ざった声が漏れる。昔からそうだ、レンは私をからかって楽しんでいる。


「そうやって人のことからかって・・・!」


 恥ずかしさで今度は涙ぐみながら怒ってやろうと口を開くとそれがレンの唇で塞がれた。さっきより甘く感じた。唇を離すと銀糸が名残惜しそうに二人を繋いだ。


にしか言わないよ。俺が他の女の子と話したことあった?」






 そうだ、昔からそうだった。レンは私にだけしかそう言わなかった。






 ― 


 ― 何?


 ― 可愛い。


 ― またからかって。


 ― にしか言わないよ。










「そうだったかもね。」


 私が溜息混じりに言うとレンは笑う。


「今も昔ものことしか見てないよ。」


 またこの人ははずかしげもなく真っ直ぐな瞳で言うのだから。


 ああ、吸い込まれる。




















―あとがき―
ブログに金曜日には更新すると書いたのですが、やはり遅くなりました。
それにしても私はお酒ネタが好きみたいです。
かなり無駄に長くなってしまいました。読みにくくて申し訳ありません。

080817















































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