ドリーム小説  密接した住宅地。私の住む一軒家の隣にあるのは同じ高さの二階建てアパート。私達はそれぞれの全く違う間取りの場所に住み、全く違う環境下で過ごしている。


「ただいま。」


 仕事から帰ってきて、台所にいる母にそう言って階段を昇る。


「お帰り。、ご飯は?」


「いらない。ダイエットするから。」


 私はそんな理由を母に投げて階段を昇りきり、奥にある自室へ籠もる。クレンジングペーパーで化粧を落として部屋着に着替えるとすぐにベッドに倒れ込む。一つ息を吐くと肩の力が抜けて今にも夢の世界へと誘われそうになる。しかしそれを許そうとしない真夏の暑さ。そして付け加えて私の睡眠を許さない人がいる。否、人達と言おうか、不特定多数に近い。時計は夜十一時を回っている。そろそろ聞こえる時間だ。私はカーテンを横に窓を開ける。開けたくはないが、クーラーが無い私の部屋は風を通さなければ蒸し風呂のようで、暑くて眠れやしないのだ。窓へ目を向けると、そこから映るのはジャンプすれば届きそうな、アパートのとある一室の窓の下にある柵。そして無機質な部屋。中にいるのは情事真っ盛りの男女。


「・・・はあ。」


 思わずくっきりとした溜息を吐く。窓を開けなくてもよく響く女の声が、解放されたそこからはよく聞こえる。最悪の立地条件に嘆く横は最高の快楽に溺れる二人。皮肉なものだ。狭い私の部屋では否が応でも窓が視界に入る。背を向けたり死角のベッドに移れば別だが、それはそれで気になる人間の性だ。私はベッドに突っ伏せ、携帯を意味もなく弄る。すると途端にドンッと窓の外から音が響く。私は驚いて何事か、とそちらを見る。


「は・・・?」


 驚いて損した気分になった。否、驚くには驚く光景だ。女が窓に手を付き、男が後ろから突き上げている。男も女も夢中でこちらに気付いてはいないようだ。その光景をあんぐりしない方が可笑しいだろう。あまりに情けなくて私は暫く固まってしまう。金糸を靡かせて、日本人離れした肌の白い男が住んでいることは知っていた。相手の女の家だとは一度も思ったことはない。女がしょっちゅう代わることから、それは無いと言い切る自信があった。改めてこの距離で彼を見るのは初めてだった。西洋系の美しい顔立ちだ。もしかしたら外国人かもしれない。私は呆気に取られつつも彼を凝視した。すると情事に夢中だった男がふと顔を上げたので視線が絡まってしまった。向こうは驚いたように目を丸くして口をぽかんと開けたまま止まった。私は急いでベッドの方へと逃げるように飛び込む。


「何、あれ。馬鹿じゃないの?頭可笑しい・・・。」


 私は頭を抱えて隣人の奇行を嘆くばかりだ。しかし声も音は聞こえなくなった。暫くの間、先程の映像を頭の中で反芻させた私はベッドに潜って眠ることにする。






「すみません。」






 遠くに聞こえる蝉の鳴き声の中からクリアな声が私の耳に滑り込んでくる。一瞬で私は隣のアパートの男の声だと分かった。一度も声は聞いたことが無かったが、その透明感のある歌うような軽やかな声色が、先ほど見た男の容姿に合っていたのでそうだろうと思った。だからこそ、私は窓の方を向くことを躊躇った。


「すみません、隣の者ですけど、起きてます?」


 再度呼びかけられたものの、私は徹底的に無視し続けた。しかしそれから何度も何度も呼び掛けられ、流石に腹立たしくなったのでベッドから立ち上がり窓に向かう。そこには柵に腕を置いて、半裸の男が立っている。


「・・・何ですか?」


 彼の顔を見ると先ほど映像が脳裏を掠めて恥ずかしくなって、つっけんどんな物言いになってしまう。否、変に愛想を振りまく必要もない相手だ。


「ここの住んでる鏡音レンといいますが・・・。先ほどのことをお詫びしたいと思って・・・。」


思わず溜息を吐く。お詫びなんて期待していない。


「いえ、結構です。今後気をつけて頂ければ大丈夫です。」


 私の望みはそれくらいのもので、出来れば恥ずかしいので顔は見たくなかった。


「でも・・・。なんていうか、このままではお互い気まずいままじゃない?」


 苦笑を混ぜた彼、鏡音レンの声色に私はそちらへ視線を向ける。初めて会話をするというのにも関わらず、敬語じゃないのは何故だろうか。きっと私の顔をまじまじと見て年下だと判断したのだろう。実際に私の目に映る彼は私よりも年上に見える。端正な顔立ちは落ち着いた大人の色気を醸し出している。そして仕事の行き帰りだけでも私は充分に日焼けしたというのに、彼は一度も家を出たことが無いのかと思えるほどに、陶器のようにすべすべとしていて美しい白い肌を持ち合わせており、その肌の色から浮かぶ苦笑は掴み所が無く、ふんわりとしていた。


「気まずいとかそれ以前に・・・、関わりもないから良いんじゃないでしょうか?」


 とても険のある声色だろう、きっと彼は私のことを嫌味な女だと思ったに違いない。しかしそんな表情を少しも見せずに彼は私に微笑む。何故笑うのだろうか、私には分からず怪訝な表情を浮かべてしまった。


「じゃあ仲良くなろうよ。」


「何で?」


 思わず私も敬語を忘れて溜息混じりに間髪入れずに問う。すると彼は笑う。何が面白いのかは分からなかったが、馬鹿にされているような気がして益々私は苛立つ。


「何でそんなに怒るの?」


 目を細めてどこか少年のようなあどけなさを隠した瞳を私に向ける。綺麗な青は揺らぎもせずに私を見据えている。どこか危険な香りがするのは、私の気にしすぎだろうか。


「怒りもするでしょう?毎晩毎晩、女をとっかえひっかえ。私には関係ないけど、さっきみたいに、あの・・・えっと・・・。」


 私は彼を名指しして、より彼に言葉の意味を理解してもらおうと思ったが、名前がふと頭から出て行ってしまって言葉に詰まる。すると彼は微笑する。


「鏡音レン。」


 彼が答えるのに私は“そうだった”と、先ほどの彼の声をリンクさせて頷いた。


「そう、鏡音さん、あなたね・・・。」


「レンで良いよ。」


「そう、レン、あなた・・・。」


 調子が狂った。がつんと言ってやろう思ったのに、合間合間に言葉を挟まれたのでは勢いが欠ける。彼ののんびりとしたマイペースな口調に飲み込まれ、挙句の果てには彼を“レン”と呼ぶなど、私はその自分の失態に呆れて頭を抱えて言葉が途切れた。すると“レン”は楽しそうに笑った。


「怒る気も無くなったでしょう?」


 そう言われて、より気力が削がれた。狙っていたのだろうか、呆気に取られて私が力なく頷くと嬉しそうな笑顔を浮かべている。


「俺、マイペースだから、すぐ人を怒らせちゃうんだけど、代わりに“怒るのも面倒臭い”って思われるのもすぐなんだ。」


 自慢げに言うものではないのに、嬉々としているものだから可笑しい。


「お姉さんも面倒臭くなったでしょう?」


でいいよ。」


 私はお返しとでも言うように先ほど、彼が言ったのと同じように返す。驚けばいい、そう思ったがレンの反応は私の期待に副わなかった。


「やった、じゃあお言葉に甘えてそう呼ばせてもらいます。」


 ふざけた口調でレンが言うので私は何も言葉を返せない。


「そういえばは何でいつも窓開けてるの?」


 小首を傾げてレンは不思議そうに尋ねてくる。その様は不覚にも可愛かったので、思わず目をそらす。その可愛い表情の下には情事を終えて微かに汗ばんだ上半身があったので、やはり如何にしても意識してしまう。


「私の部屋、クーラー無いから、暑くて窓を開けないと死んじゃうの。レンと彼女の喘ぎ声が聞こえるから本当は開けたくないんだけどね。」


 嫌味を一つ付け加えて私が意地悪に笑うと、レンは面食らったように苦笑いを浮かべる。しかしどこか上機嫌な吐息が漏れるのを私は聞き逃さなかった。


「でもさ、カーテンはしっかり閉めた方が良いよ?着替え覗けるから。」


 上品な唇が紡いだ言葉に私は眉を釣り上げて憤りの声が溢れる。


「最低・・・!覗いてたの?!」


「違うよ、そこでが着替えてたから見えただけ。そんなおいしい状況で見ない方がおかしいでしょう?」


 悪びれもせずにレンは笑う。確かに仕方ない状況かとは思うが、それでもこれほどまでに悪びれない彼を見ると腹立たしくなるのも仕方ないと思う。


「レンはセックスだけに夢中な奴だと思ったら、覗きの趣味もあったのね。」


 嫌味をまた加えて言うと、レンは苦虫を噛み潰したように表情を崩す。


「セックスが嫌いな男なんていないよ。」


 彼からその単語を聞くと、より生々しさを増す。嫌でも先程の女の声と快楽に溺れた表情を連想させる。


「女をとっかえひっかえして、こっちの身にもなってよ。」


 溜息混じりにそう言うとレンは乾いた笑いを零す。


「どんな女の声でも良いじゃん。聞こえるのは結局喘ぎ声なんだし、女の子とっかえひっかえしても関係ないでしょう?」


 唇を尖らせて少し困ったように不満を零すが、その言い分は正しくないようで正しい。確かに私には関係ない。騒音に似たそれが聞こえなくなれば問題ないのだ。


「じゃあ明日からは喘がない女の子を用意してよ。」


 私は僅かな隙にある理由でも拾って付けると、レンは負けたとでも言うように柵を使って頬杖を付くと苦笑いを浮かべる。しかしそれは私の勘違いとでも言うように、次の瞬間には不適な笑みになる。


「じゃあが相手してよ。それだけ言えるなら喘がない自信があるんでしょう?」


「な・・・!意味分かんない!」


 思わず声が上擦る。呆れて言葉が出ない。私の奇声にも似た声にレンはけらけらと笑う。


「顔真っ赤、超可愛い。」


 小馬鹿にするようにレンが言うのでより熱くなる。


「最低、人のことを馬鹿にして!」


 私が怒声を浴びせるものの、罵られた本人は気にも止めずににこにこしている。


「馬鹿になんかしてないよ?可愛いって言ってあげたじゃん。」


 言ってあげたというのは如何なものか。私は一瞬は眉尻を釣り上げたが、すぐにがくりと肩を落とした。


「言ってあげたって・・・本心で言いなさいよ。」


 呆れ調子にそう言うとレンは、この短時間であったにしても見慣れない程に真剣味を孕んだ眼差しで私を見据えた。トクンと鼓動が一つ、大きく鳴る。


「本当に可愛いよ。」


 トーンが落ちて心地良い声色が綺麗な眼差しを向けてそう言うので、それはそれで恥ずかしくなって言葉を失う。


「すっぴんっていうのが残念だけどさ。」


 きちんと綺麗に揃った歯並びを見せて笑うレンに、やはり肩を落とした。


「レンと話してると調子が狂う。」


 再度、深い溜息を添えて呟くと、レンは納得いかないとでも言うような不服そうな声を漏らす。


「何で?」


 そう尋ねてくるものの理由なんて格別にあるわけでもない。


「私の周りに居ないタイプだからじゃない?」


 語尾を上げ調子にしたのは、自分でもそれが正しい理由かは分からないからだ。確かに居ないタイプだが、だからと言って調子が狂うのとはまた別のような気がする。しかし取り上げて議論を交えるようなことでも無いので、憶測であり適当であるこの回答でよいと思う。レンはそれに“ふうん”と納得の声を漏らす。


も俺の友達にもいないタイプだよ。」


 甘そうな吐息を微かに漏らしてレンはそう言う。そこでやっと気付いた。レンのこの特有の声が可笑しくさせるのだ。感情をそのまま歌うように紡ぐので慣れない心地よさがある。この甘い吐息もなんだか私にはむず痒い。私は思わず眉をひそめた。するとレンが驚いたようにきょとんとして小首を傾げる。


「どうかした?」


 微かに不安そうで、少年のような声色。私は思しき原因を突き止めはしたが、それでも調子は狂うので上手く言葉に出来ない。


「レンって、声が変わってるって言われない?」


 なんとか口を開くとレンは妖艶に唇でうっすらと笑みを作り上げた。


「高いとかは言われるけど、変わってるの?」


 問いに問いで返されて私は唸る。変わっているのか、私にはわからない。


「分からないけど、なんか聞き慣れない声って感じがするだけ。」


 そう答えるとレンはまた納得したように吐息を使って答えてから、くすりと笑う。


「嫌な声?」


 笑いながら尋ねることなのだろうか、それに頷いたらどんな表情を作るのだろうか。私はそう思いつつも首を素直に横へ振った。


「いや、割かし好きだよ。心地良い。」


 妙に照れくささも感じながら私が言うと、レンは意外だったのか、目を丸くさせて驚いたような表情を見せてから、すぐに柔らかい笑顔を浮かべる。


「こっち来ない?」


 何かと思えば唐突にそんなことを言うものだから、今度は私が目を丸くする番になった。


「え?」


「もっと近くでお話したいから来てよ。」


 疑問の声を漏らす私に間髪入れずに答えるレン。先程まで情事に燃え盛っていた部屋なのに、私は妙なことに抵抗感が無くなっていた。多少なり、レンの人柄を理解した上で、彼は私の嫌いなタイプの人種ではないことは確かなようだ。


「・・・良いけど、レンの部屋は何号室なの?」


 アパートで二階まで上がれば分かるだろうが、念のために知っておいても良いだろう。


「ここから来ればいいじゃん。」


 不敵な笑みで、さもそれを疑うことなく紡いだ。私は眉間に皺が寄る。


「ここ、二階だよ・・・?落ちたらどうするのよ。」


 簡単に飛び越えられる距離だろう。身を乗り出して手を伸ばせば柵を掴める。しかしそれはここが一階であったり、下にふかふかのマットがあれば容易いが、ここの真下は、我が家とレンの住むアパートを割り振るような背の低い塀がある。


「大丈夫だって。手、出して?」


 赤子をあやすかのような優しい声色で言われると、何だか大丈夫な気がしてしまって、私は窓から身を乗り出して、手を差し出してくれているレンの手を掴む。初めて触れたその透き通るような白い手は、滑らかで冷たい。


「俺が掴んでおくから、は心置きなくこっち来てね。」


「は?ど、どうやって・・・?」


 方法が思い付かなくてどもると、レンは笑っているだけでアドバイスをくれない。私は少ない知恵を絞り出して、上半身から向こうへ渡ることに決めた。しかしこれは知恵だけではなく、かなりの勇気も振り絞らなければならない。
 私は空いていた左手で窓の上部を掴み、桟に足を付いた。レンは他人事のように“おお”などと感嘆の声を漏らしている。協力する気は右手一本分しか無いのだろうか。私は動きにくかったので手を一度振り払う。


「そっちに胴体から移るから、抱いてね?」


「抱く覚悟はいつでも・・・。」


「抱きとめてと言っているの!」


「分かってるよ。」


 真顔で冗談を言うものだから、私が呆れて強く言うとレンは唇を尖らせて不服そうに頷く。私は及び腰で桟に立つ。素足では少し痛みが強いが、ぐっと堪えて腕を伸ばすと、目の前にいるレンは楽しそうに笑っているだけで、頬杖を付いている。


「ちょっと、協力してよ!」


 体を支える腕が震える。レンはにやにやと意地の悪い笑みを湛えて私と視線を絡ませる。


「だって、凄く良い体勢なんだよ。胸の谷間がよく見えて・・・。」


「後にして。」


 非常識だ、と思いつつも今はそれを責めていられない。正直、いい年してこんなことをしている自分が少し恥ずかしかった。今すぐにでも飛び移りたい。でもその一方で、なんだかこの一メートルくらいしかない距離を飛び越えるのが大きな試練のように思えた。子供の頃に夏休みを利用して近くの山へ登って、初めて見る場所を歩き回っていた時のようなわくわくした気分だ。私は腕を片方、レンの部屋の柵に置いて、足を一本そちらへ持っていく。後は力任せに動けば移れそうだ。私がもう片方の腕をそちらへ持っていこうとすると、レンがさっと腕を伸ばして私の背中まで抱きかかえて持ち上げてくれる。私よりも白くて、綺麗な肌で作られた腕は細いのにも関わらず、私を軽々と部屋へと運んでくれた。


「ありがとう。」


 やっと移れたと思い安堵の溜息を吐く。レンの部屋は少し甘い香りがした。私が鼻を動かすのに気付いたのか、レンがその香り以上に甘い色付きの吐息を漏らして微笑む。


「さっきまでアロマ焚いてたんだ。」


 私はそれを聴くと、男のレンに負けた気分になった。女の私でさえそんなことはしないのにも関わらず、男であるレンがしているということ。そして、それが見た目にとても合っているのが、妙に悔しく恥ずかしくさせた。


「何、その御洒落な感じ。」


 私はわざと頬を膨らませて見せた。するとレンが私の頭に手を乗せてぽんぽんと軽く叩く。


の部屋でも今度やってあげようか?」


「うん、やって。」


 そんな社交辞令のようなものを交わした。部屋に来たは良いが、改めて話すようなこともないので、会話は途切れた。私は落ち着かなくて、そわそわと部屋中を見回す。レンはそんな私の挙動不審なところを見て、微かに笑っているだけだった。ふと、視界に入る窓ガラスを見ると、向こう側に私の部屋がある。とても不思議な感覚だ。先ほどまではレンの部屋を見ていたのに。


「・・・それにしても本当にさっきは吃驚した。」


 私が今目の前にしている窓ガラスは、先ほどまで女性が手を付いていたのだ。それを見ていたのを思い返すと、こちらが恥ずかしくて思わず顔を両手で覆う。


「ごめんね。」


 苦笑してレンが謝る。どうせ明日も同じようにするのだろうし、その謝罪を心から受け取るつもりは更々無かったので、私は頷くだけの返事をした。


は彼氏居ないの?」


「居ない。もう一年以上居ないよ。」


 レンの問い掛けに間髪入れずに答えた。私は最初こそ彼氏が欲しいなどと不満を零してはいたが、最近は随分と開き直って、仕事ばかりに打ち込んでいる。私の答えにレンは納得したような声をまた漏らす。


「レンは、あの女の人達とは付き合っていないの?」


 そう尋ねると、レンはゆっくりと腰を上げて私から離れたかと思うと、部屋の隅に置いてあるベッドに突っ伏せた。私はその微妙な距離感が気持ち悪く感じたので、擦り寄ってベッドのすぐそこに座って背を凭れる。


「付き合ってた。俺って実は凄く一途なんだ。女の子がすぐ変わるのは、すぐに別れちゃうからなの。」


 少し不機嫌そうな声色に聞こえたのは、レンがベッドに突っ伏せていたからだろうか。くぐもって聞こえて感情が読み取れない。


「何で振っちゃうの?」


「俺が振るって決め付けないでよ。俺が振られてるんだよ。さっきの女の人にも振られた。」


 顔をベッドから上げて片腕で顔を支えると、空いた手でぽんぽんと私の頭を叩く。それは数度のことではなく、ひたすらずっとテンポよく刻まれる。私は気にしなかった。レンの答えの方に意識が集中していたのだ。


「さっきの人も?それはまた、何で?」


に見られて吃驚した所為でいっちゃって口論になったから。」


 聞かなければよかった。謝る気にもなれないが、そんな下らない理由を聞くのもがっくりだった。


「そうなんだ・・・。毎回そんなことで別れてるの?」


 私はちょっと馬鹿にするように笑いながら尋ねる。するとレンはようやく手を止めて困ったような顔をする。そして体勢を崩して私の顔の横に自身の顔を持ってきて、だらりと腕を下ろした。自分の部屋だから仕方が無いのだろうが、私がいても相当リラックスしているようだ。


「俺って子供なんだよね。急にはしゃぎたくなるし、小学生みたいに大声で叫んだりしたくなるの。でも大人の女の人ってそういうの理解してくれないんだよね。」


 溜息混じりに答えるレン。伏せた瞳からまっすぐに伸びる睫が長くて綺麗だ。どこか色っぽくて、こんなに近くに顔があるとドキドキする。


「そうなんだ。でも、それなら最初からレンと付き合わなきゃ良いのにね。」


 いつの間にか、レンの味方とでも言うような物言いになりつつある。私はそんな自分に苦笑した。


「付き合う前とかは、俺なりに隠してるつもりなんだ。だけど、付き合って気を許しちゃうとすぐ出ちゃうんだよね。だから、さっきに“こっちへ飛び越えろ”とか言って、無茶苦茶なことさせるでしょう?疲れさせちゃうんだ。」


 女の子って難しい、なんて唸るレンは軽く頬を膨らませていじけているようだ。それは確かにどこか少年のようで、この多面性はある一種の魅力だと、少なくとも私は思えた。そんなことを考えていると、私の言葉を待っていたレンは黙ったままで、そこに沈黙が流れる。私はあわてて何か言葉を探す。


「でも私は、さっきのは確かに恐かったけど、でも楽しかったよ。なんか冒険みたいだった。私冒険凄い好きだし、わくわくした。」


 私がそう答えると、レンは少し目を大きく見開いてから笑った。微かに声が漏れている。吐息が私の頬に少し触れる。


って変わってるね。」


 レンに言われたくは無い、と思いつつ笑って返すと、レンはただ微笑んで私の髪をさらさらと優しく撫でた。そういうスキンシップに私は弱い。どうすれば良いのか分からなくなる。一年も恋愛をしていなかったブランクがここで露呈される。私は困ってしまったあまりに俯くと、レンの笑うような吐息が聞こえる。






「可愛い。」






 そう言われると、少しレンの手に力が入って私の頭がレンの方へと寄せられる。そして優しく触れるようなキスが私の頭へ落とされた。私が驚きのあまりに顔を上げると、唇を奪われる。薄い唇が触れる感覚は、どことなくぼんやりとさせた。


「・・・何で、キス、するの?」


 唇を離して尋ねると、レンは笑う。


「好きって思ったから。」


 それが嘘か本当かなんて分からないが、どうしても嘘には思えなかったので、より私は反応に困る。するとレンは妖艶さを孕んだ、しかし奥底に少年の色を秘めた、その二つを混ぜ合わせたような瞳で私へ微笑む。


「俺、本当に凄く一途だから。が振らない限りは毎日わくわく出来ちゃうよ。」


 お得でしょう?なんて、自信満々に言うレン。やはり調子が狂う。私は視線をレンから逸らして、先ほど私が飛び越えた窓の方へ向けた。


「毎日あれを飛び越えろって?」


「そうそう。」


「・・・レンが手伝ってくれるなら、やってあげるよ。」






 そう答えたのは麝香のせいだと思いたい。




















―あとがき―
遅くなりました。これは4日間くらいかけて仕事中に書きました。
設定とかもおかしいことになっていますが、精一杯頑張りました。
これくらいなら年齢制限とかしなくても大丈夫かと思うのですが、どうでしょう・・・。
レンがえろい人になっててすみません。でもレンは一途なえろい人だと思います。

080808















































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