ドリーム小説  今日も今日とてあの人は美しい。






「また観察してるの?」


 窓から外へ向けていた視線を、友人の声でそらすことはなかった。その視線の先には私の好きな彼が大変なピンチに合っているのだから尚更だ。友人の言葉に頷くだけで返すと、彼女は私の隣から同じ様に身を乗り出して同じ様に彼を見る。


「あらら、告白されてんじゃん。いいの、?しかもあの可愛いと噂の子ですよ。」


 友人は嫌みったらしく笑って言う。


「馬鹿、見てなよ。絶対に振るから。」


 中庭を一望できる校舎の三階に私達の教室はある。彼、鏡音くんは私の隣のクラスの生徒で、綺麗な顔立ちから女の子の人気を博している。彼の前に立ち、今告白している女の子は私と同じクラスの子で、話したことはないが可愛らしい顔立ちで、男の子たちが噂をしているのも小耳に挟んだりする。しばらく観察していると鏡音くんが彼女に頭を下げた。そして彼女は彼から離れていく。すぐに鏡音くんもどこかへ行ってしまって私はやっと友人の方へ顔を向けた。


「本当だ。はなんで分かるのさ。」


 友人が不思議そうに尋ねてくる。つまらないとでも言うように。


「鏡音くんは、好きな人が居るらしいよ。」


 私が得意げに答えると友人は怪訝な表情で私を見る。


「だったら尚更駄目でしょう。あんた以外の子と付き合うかもってことじゃん?」


 確かにそれだけを聞けばそうなるかもしれない。しかし、私の知っている情報と憶測ではそうではなかった。


「鏡音くんの友達で私と中学が一緒の奴がいるんだけど、そいつに聞いたところによると、鏡音くんの好きな子には彼氏がいるらしいよ。だけど諦められないって言ってたみたいなの。ていうことは、私とは付き合えないけど、とりあえずは誰とも付き合わないから大丈夫じゃん。」


 私は得意げに鼻を鳴らして答える。しかし友人は呆れた様子で溜め息を吐いた。


がそれでいいなら良いけど、でもだって鏡音くんは手に入らないってことじゃん。」


 その声色は私を不憫に思っているようだ。確かに鏡音くんのことが大好きだが、私なんかに振り向くはずがない。彼に好きな子が居ても居なくても変わらない事実だろう、と私はドライになっていた。


「いいよ、誰の物にもならないならそれだけで。」


 私が笑って答えると、“変なの”と苦笑された。






ー。」


 放課後、私は隣のクラスへ行って顔をちょっと覗かせた。先に述べた、中学時代の友人であり、鏡音くんの友人でもある男を呼び出す。


「何?」


 面倒臭そうにが席から立って、こちらへ歩いてくる。私は教室の中、廊下を見回して鏡音くんが居ないことを確認して廊下へ引っ張り出す。


「最近どう?」


「ああ、俺は元気だよ。」


「あんたじゃない。」


 私がお決まりで鏡音くんのことを尋ねると、はつまらない小ボケを挟んでくる。私が適当にあしらうと溜息を吐いてくる。


「そんなに気になるなら話し掛けたりしろよ。」


「嫌だよ。絶対振られるのが分かってるし無理。」


 私が顔と手を横に大きく振って拒否すると、は眉間に皺を寄せる。


「面倒臭いこと言ってんなよ。そろそろレンの奴、戻ってくるから一緒に帰れよ。」


「は?嫌だ、やめてよ!そもそも鏡音くんが嫌がるに決まってるよ!」


 何を言い出すのだろう、この人は。私は慌てて答えはしたものの、脳内では鏡音くんと一緒に帰ったら、という妄想が沸き立つ。






「あ、レン。」






 がそう呟いたのに私は我に返って顔を上げる。そこには綺麗な金糸を揺らしながらゆったりと歩いてくる鏡音くんが居た。私達の姿に気付いて手を軽く振ってくる。それが私に対してではないことは分かっていてもドキッと鼓動が強く打った。


「ごめん、遅くなった。」


 鏡音くんは口ではそう言いつつも、そんなことは微塵とも思っていないように軽く笑った。


「本当遅いよ、何やってんの。」


 は鏡音くんに絡んで不満そうに声を漏らす。私は固まってしまって、ただ彼らのやりとりを見ているだけだった。


「で、今日どこ行く?」


 鬱陶しそうにの体を引き離して鏡音くんが尋ねている。形の良い綺麗な唇が動いているのに、私は終始ときめかされている。


「あ、ごめん。さっきバイト先から連絡入って今から来いって言われたんだよね。」


 私は目を丸くしてを見た。一言もそんなことは言っていなかったし、そもそも彼は遊びを優先するような性格の持ち主だ。絶対に嘘であり、先程の言葉を実行させようとしているに違いない。私が驚いて奇声を漏らしそうになると、それより先に鏡音くんが声を漏らす。


「そうなの?じゃあなんで待ってんの、早く行きなよ。」


 苦笑を漏らしつつ鏡音くんが言う。


「ちゃんとこういうことは口で伝えなきゃいけないでしょう。」


「気持ち悪い、メールでいいよ。」


 鏡音くんが笑っているのに私は見とれてしまう。なんでこんなに綺麗な顔をしているのだろう、人形のようだ。私がそんなことを考えていると、が私の背中に手を回して鏡音くんの方へ押した。


「それと悪いけど、こいつを家まで送ってあげてくれない?」


 やはり来た。そう思って私がをこっそり睨み付ける。


さんを?ていうか、はそれで良いの?」


 鏡音くんが私の名前を知っていてくれたことに驚く。話したことも無いのに、嬉しさがこみ上げてくる。


「何故そこで俺が出てくるの、頼んでるんだろ。」


 私は緊張のあまりに言葉を失ってしまって、きょとんとしてしまう。


「そうだけど・・・。さんは、いいの?」


 鏡音くんが私を見詰めて首を傾げてくる。不満があるわけない。


「ぜ、全然!よろしくお願いします。」


 緊張のあまりにどもる上に、声が上擦って変になる。早速の失態に私は顔が赤くなって泣きそうだ。すると鏡音くんは笑った。


「こちらこそよろしくお願いします。」


 そう返されて私はやっと自分が変な言葉を使ったのに気付いて、より一層恥ずかしくなる。


「じゃあ俺はバイト行くから。じゃあね。」


 はそう言って鞄を持ち直して手を振る。私と鏡音くんもそれに手を振って応えた。が帰った途端に私達の間には沈黙が流れる。


「・・・えっと、さん。」


「はい!」


 呼ばれたので私は勢いよく返事をする。すると鏡音くんは私の声に驚いたように少し目を丸くしたが、すぐに優しい笑みを浮かべる。


「帰ろうか。」


 柔らかい声色で言われて私は小さく頷いた。










 学校の正門を出てから、鏡音くんは私の家の方向も訊かずに歩く。しかしそれは反対方向だったので私は鏡音くんを呼び止める。


「鏡音くん、私の家、反対なんだ。」


 少し申し訳なくて遠慮がちにそう言うと鏡音くんは足を止めてから少し唸った。


さん、どっか寄りたい所とか無い?」


 少年のような瞳が私を見つめる。寄りたい所なんて無いが、出来れば鏡音くんともっと一緒に居たいので必死に何か探す。


「あ、でもが怒るから駄目?」


 私が答えるよりも先に鏡音くんが不安げな声を漏らす。何故そんなにものことを気にするのか分からなかった。


「いや、怒らないけど・・・。なんでそんなにのこと気にするの?」


 先程、に私のことを頼まれた時もそうだったが、どうにも引っかかるので尋ねてみる。すると鏡音くんは不思議そうに、尚且つ寂しそうな表情を浮かべて口を開く。


「そりゃあ、の彼女なんだから・・・それなりに気を使うでしょう?」


 の彼女。私はそれを口の中で繰り返し呟いた。何か勘違いされているような気がするので、私は言葉をしっかり選ぶ。


「私はの彼女じゃないよ。」


 選んだが、思った以上にシンプルになってしまった。しかし鏡音くんには効果てきめんだったらしく、驚きの声を漏らす。


「だ、だっては中学からの彼女居るって・・・。」


「うん、私じゃない彼女だけど・・・。可愛い子だよ。」


 中学の時に私も仲が良かった子と付き合っている。どう間違えても私には成り得ない。


さん、と仲が良いから、俺、てっきりさんなんだって・・・。」


「嫌だよ、あんな馬鹿。頼まれても付き合わないタイプ。」


 そこまで答えると、鏡音くんは肩を下げた。脱力した感じだ。


「俺、ずっと勘違いしてた・・・。恥ずかしい。」


 白い肌をほのかに赤く上気させて、彼は両手で顔を覆い隠す。その姿を不謹慎にも可愛いと思ってしまう。


からそういうの聞かないの?」


 鏡音くんはに“好きな子には彼氏が居る”など話すのだから、お互いにそういった話をしていても可笑しくないだろう。しかし鏡音くんは首を横に振る。


「しないよ、聞くのも恥ずかしいし。は俺にだけ言わせるのに、教えてくれないし。」


 拗ねたように唇を尖らせている鏡音くんに、私は心が躍って仕方が無かった。今までは遠くから見ているだけだったので、こんな表情をするだなんて知りもしなかったわけだが、今は目の前でこうして彼の表情一つ一つを見ることが出来るのだ。


「そうなんだ。まあ、誤解が解けて良かった。」


 私は鏡音くんの新たな一面を見たことで、大分緊張が解けて肩の力が抜けた。すると鏡音くんは照れ臭そうに頬を人差し指で掻いている。そんなよくある行動でさえ鏡音くんがすると新しくて、私はどぎまぎする。


「・・・じゃあ、どっかでご飯食べない?」


 視線を地面に落としたまま、彼は小さな声でそう紡ぐ。私は耳を疑って言葉を詰まらせていると、鏡音くんは顔を上げて私へ視線を送る。


「・・・駄目かな?」


 まさか、断る理由は一つくらいしかない。彼への愛しさで私の心臓がもたないというくらいだ。しかし、こんな贅沢な理由は無いし、首を大きく横に振った。


「ううん、私はいいよ。鏡音くんは時間大丈夫?」


 私が言うと鏡音くんは嬉しそうに微笑む。柔らかくて暖かい笑み。


「俺は大丈夫だよ。さん何が食べたい?」


 私は大した物も思い浮かばなかったので、とりあえず“パスタ”と答えた。あまり手持ちも無いし、気兼ねなく食べられるものがいいと思った結果だった。


「俺、あんまりお店知らないから適当に入った所で良い?」


 鏡音くんの問い掛けに私が頷くと、彼が私に手を差し出す。私が驚いて固まると、少し恥ずかしそうに私に手を繋げと催促するように手を突き出した。


「繋いだら駄目?」


 時折見せる少年の表情に私は息を飲む。私はそっと鏡音くんの手に自身を乗せた。少しひんやりとした鏡音くんの体温が心地良かった。


さん、手あったかいね。」


 よく手が暖かいとは言われるが、こうも改めて言われると恥ずかしくて顔が赤くなる。


「あ、ありがとう・・・?」


 返事がこれで合っているのか分からなかったので、思わず語尾が上がり調子になる。しかし鏡音くんはそれには触れないでにっこりと微笑んで、私の手を引いてくれた。






 街中へ出て少し歩いて鏡音くんが店を見つけてくれて入る。がやがやとしている店内は私を落ち着かせてくれる。変に小洒落た店だと恥ずかしくてギクシャクしただろう。私はスモークサーモンのクリームパスタ、鏡音くんはほうれん草のクリームパスタを頼む。注文した品がきてから口へ運びつつ私達は他愛ない話をする。


「鏡音くん、放課後何してたの?」


 を待たせて何処かへ行っていたようだったので尋ねてみる。


「ああ、頭髪検査に引っ掛かってさ。俺、こんな色じゃん?流石に地毛だなんて言い訳は効かないんだ。」


 私達の学校は校則が緩くはあるが、それでも鏡音くんの甘い蜂蜜のような綺麗な金髪は流石に許されないようだ。。しかし私はそれを入学式の時に見て、あまりの美しさに目を奪われ、隣にいたに「あの人の髪の色、凄い綺麗!」と興奮気味に伝えたことを思い出す。


「毎回呼ばれるの面倒じゃない?戻さないの?」


 私が尋ねると、鏡音くんは少し困ったように表情を歪めた。何か気に障るようなことでも言っのたかと、私はひやっとしたが、鏡音くんが口を開きかけた。私は彼の言葉を待つが、開き掛けた口を閉ざして今度は頬を赤らめる。百面相、とでもいうのだろうか。彼は表情豊かで見ている者の心を奪う。


「なんか気に障った?」


 私は彼が一向に口を開かないのでまた尋ねる。すると鏡音くんは首を小さく横に振る。そしてゆっくりと口を開いた。


さんが・・・綺麗って言ってくれたから。」


 柔らかな声が紡ぐ。私はそれに目を丸くして固まることしか出来なかった。


「え?」


 呆けた声が漏れた。自惚れだろうか、私は彼の意図することが自分の都合の良いことへと変換される。


「入学式の時、さんが言ってくれたから・・・。」


 それ以上、鏡音くんは何も言わなくなった。フォークをパスタへつけることもせずに、ただ私を見据えている。


「みんな、綺麗って言ってるよ。」


 私の友人だって、彼に想いを馳せる女の子達もきっとそうだろう。


「そうじゃなくて、さんだから嬉しかったんだよ・・・。ずっと、好きだったから・・・。」


 そう言うと、瞳を伏せる。鏡音くんの言葉を頭の中で反芻させる。“ずっと好きだった”と単刀直入で分かり易い言葉でありながら、私は理解するのに時間を要する。


「え、だって鏡音くん、好きな人がいるんでしょ?しかも叶わぬ恋だって聞いたけど・・・。」


 から聞いた話が嘘でなければ、そのはずだ。鏡音くんは困った表情を浮かべて、また私を見つめる。


さんはと付き合ってると思ってたから。友達の彼女だから絶対に無理だって思ってて・・・。でも俺の勘違いだったから、凄い恥ずかしかったし、・・・嬉しかったんだ。」


 そこまで言うと、鏡音くんは顔を真っ赤に火照らせる。しかし私もさながら林檎のように赤くなっているのだろう、頬が熱を帯びている。


「鏡音くん、それ、本当に・・・?」


 あまりに唐突で、美味しすぎる展開に私はそんなことしか言えなかった。情けない自分の声に俯いてしまう。もっと可愛らしい回答はなかったのかと自分を責める。


「もしさんが嫌じゃなかったら、付き合ってくれない・・・?」


 鏡音くんは優しい笑みを浮かべてそう言う。私は現実味が沸いてこないままに小さく頷いた。すると鏡音くんはとても嬉しそうに満面の笑みを拵えて、“よろしくね”と明るい声色で言う。実感がわかずとも、私はずっと思い続けていた彼と付き合うことになったのだ。今、この瞬間から、世界が真新しく見えた。










―後日―


「そういえば何で入学式の時に私が髪の毛褒めてたのを知ってるの?」


「ああ。中学の時からと知り合いでさ。入学式の時にさんが、俺の方を指差して何か言ってたから凄い気になって・・・。だからにその後すぐ聞いたの。」


「そうだったんだ。と中学から友達なのに、彼女が私なんて勘違いしてたの?」


「だってが“俺の彼女は可愛い”って言ってたから。」






 なんてことをさらっと言うのだろう。実際にの彼女は可愛いが、そこへ持ってきて、可愛いから勘違いしたなんて。


 この人にはかないそうもない。


 彼は髪の毛が美しいのは、彼が蜂蜜のように甘いから。




















―あとがき―
更新遅くなってすみません、私事が忙しくて片付かなかったんです。でもなんとか駄文ではありつつも更新することが出来ました。
もっとまともなものを書き上げるつもりが、前回同様、時間を空けすぎて・・・。言い訳ですみません。
次こそはという意気込みだけはしっかりありますのでお許しください。

080726















































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