ドリーム小説  僕は実に滑稽なゲームに参加させられている気がする。プレイヤーであってそれ以下でもそれ以上にも成り得ない。しかしにとっては僕こそがゲームの媒体であって、これもまたそれ以下でもそれ以上にも成り得ないのだ。






 DTMを開いて音を打ち込んだり、僕に歌わせたり、調教したり。は画面と葛藤しながら、創作意欲を掻き立て必死に曲作りをしている。僕が音を外す度に首を傾げて何度も音を調整していく。わざと音を外しているのに、気付かない。


「なんか今日は私、調子悪いみたい。ごめんね。」


 しばらく音を打ち込んだがいくらやっても上手くいかないので諦めて手を止める。罰が悪そうに俯いて小さな声で言う。それは違う、僕がやってるんだ。ただそれに気付いて欲しいだけ。


「早く新しい曲、作りたいのになあ。」


 は落胆した様子。頬杖を付いて中をのぞき込むように真っ直ぐな瞳を突き刺す。僕も視線をひたすらに注ぐ。


「レーン。」


 僕の大好きな声が呼ぶ。「どうしたの?」と僕は首を傾げたが、彼女は何も答えない。聞こえていない。


「出てきなよ。」


 行けるものならそうするに決まっている。一度そこに行ったら二度と離さない。


「・・・これって意味あるのかな。」


 が“これ”と言うのは、僕に話しかけることだ。僕が届いたその日に、は説明書を一字一句飛ばさずに読んでくれた。几帳面な性格で、なんでもきっちりとこなすが好きだ。説明書にはこう記されている。






“ボーカロイドには心があります。話しかけたり、沢山唄わせて愛情を注いであげましょう。”






 几帳面なはその説明通り、僕に沢山歌をくれて、話しかけてくれる。最初の頃こそそれで満足していたのだが、次第にに会いたいという思いが募って、画面の中に姿を宿しているだけの僕が想いを馳せるようになってしまったのだ。の言葉に返事をしたとしても彼女には届かない。
 僕はここにいるよ。そう思ってわざと音を外す。機械なんだから入力した音がずれるなんてありえない。だからわざと音を外せば僕の存在に気付いてくれると思った。ただ大きく外せば不良品として扱われ、返品されるかもしれない。僕がずらす音は本当に微かなもので、が気付かない時だってある。そこの微妙なラインを僕は必死に右往左往している。


「レン、そこにいるの?」


 突然、がそんなことを言い出すから驚いた。は気付いてくれているのだろうか。そんなわけがないのに気持ちが高ぶる。


 そうだよ、気付いて。僕はここにいる。


 そう紡いだ言葉はには届かない。暫く黙り込むは苦笑した。やはり駄目か、分かるわけがない。そこに映っているわけでもない僕を見つけてくれと言う方が無理だ。


「そんなわけないよね。」


 のその言葉には寂しさが孕んでいた。もどかしい気持ちが苦しくて、僕は禁忌を冒そうとしている。会社でプログラムされた中で、マスターに気付かれる程の過度な接触は固く禁止されていた。ならば何故、僕に感情を作ったのだろう。あの会社は僕が苦しむのを見て楽しんでいる鬼畜なのか。
 僕は音を外すこと、更にはDTMを起動して音を作ることさえ容易に出来る。それはきっと僕に課せられた規約の“過度な接触"に当たるだろう。


「今日はもう寝るね、また明日、頑張ろうね」


 がカーソルでDTMを閉じようと動かした。何故だろう、僕は今日を逃してはならない気がした。規約を大いに反してもバレなければ大丈夫だ、そう自分に言い聞かせて文字をすぐに打ち込んだ。何か一文字で良い。


― あ


 そう入力してからすぐに音にする。はマウスを動かしていた手を止めて、目を丸くした。画面には僕が入力したものがある。


「な、何・・・?」


 あまりの驚きに言葉を詰まらせながら、は独り言のように呟く。僕は急いで次の言葉を入力する。が気のせい、とか気味が悪い、なんて言ってパソコンを消さないとは言い切れなかった。音程なんか気にしていられず、棒読みのまま音にする。


― れんです。けさないで。


 僕は今までに無いほど必死だった。スピーカーから聞こえる音には数回、目をぱちくりとさせて口を開く。


「・・・ちょっと、なんの悪戯なの?壊れたの・・・?」


 怯えさせてしまった。これが“過度な接触”を禁じている理由なのだろうか。現実味が無いあまりに自分のマスターを恐がらせてしまうからだろうか。僕は罪深いことをしている気がする。しかしその反面で、が僕の存在に明らかに気付いてくれたことが嬉しくもあった。


― ちがうよ ここにいるんだ しんじて


 信じられるわけがないだろう。僕は人間だった試しがないので逆の立場になった時のことは考えられない。けれど、きっと怪奇現象くらいの不可解な話だとは思う。


「レン・・・なの?本当に?」


 半信半疑な声色。恐る恐る尋ねてくるに僕はすぐに“うん”と返す。


「ありえない・・・。」


 は自分に言い聞かすように唱えた。信じてくれていないが、事実、僕は今実際にと話している。


「私の声が聞こえるの?嘘でしょう?」


 聞こえている。高くて綺麗な、僕の大好きな声。


― うん さいしょからずっと きこえてたんだ しんじて


 信じてくれなきゃ、こんなに苦しいことはない。折角耐えていた欲を禁忌を冒してまで伝えているのだ。暫くの間、は静かに何かを考えているように黙ったかと思えば、一人で“ありえない"と呟いたりを繰り返した。


― どうしたら しんじてくれますか


 いつまでもの心が揺らいだままなので、僕は続けて音を紡いだ。はゆっくりと顔を上げて小さな声を漏らす。

「私が最初に・・・入力した言葉・・・覚えてるの?」

 それは僕の問い掛けの答えというより、疑問に似ていた。もちろん覚えている。初めての家に来たときに、彼女はテストで僕に歌ではなく言葉を言わせた。


― はじめまして これからよろしく


 がそれを入力した時は意味が分からなかった。歌わせる気がないのかと思って少しがっかりした。しかし僕がその通りに言うと、とても嬉しそうに笑った。なんだかこれだけのことで喜ばれたのが嬉しくて、僕は彼女のために頑張ろうと思った。


「まさか・・・。」


 僕の答えが正答なばかりに、は目を丸くして直ぐに頭を抱えた。


「だから話しかけろって説明書にあったの?こんなの非現実的すぎる・・・。」


 何をしても信じてくれないと、どうやっても現実味がない自分の存在に若干の苛立ちを覚える。


― ぼくはここにいるよ ずっととはなしがしたかった


 これで信じてもらえなかったら無かったことにしよう。名前を呼べば信じてくれるかもしれないという望みに賭けて僕が音を紡ぐと、は黙った。自分の名前を呼ばれたことで一度画面に目を向けたが、やはりすぐに下を向く。
 やはり無理なのだ。あの会社はこういった現状に陥った僕らボーカロイドは勿論、購入者をも悩ませて、それを見物して楽しんでいるのだ。きっと僕らはこのクリア不可能のゲームのプレイヤーでしか無い。悔しい。
 一向に顔を上げないを見て、僕は諦めることにした。もう何も言わないでおこう。話せただけでいいじゃないか、それが彼女にとって僕、“鏡音レン”とでは無かったとしても、この喜びを共感出来なくても、この事実を自分の中で秘めておけばいいのだ。






「本当に、そこに居るんだね、レン。」






 落ち着いた声色が不意に耳に滑り込む。それに疑心は無く、確認するかのようなはっきりとした口調。意外な言葉が返ってきて、僕は目を丸くする。実態がないのに可笑しな話だが、それくらい驚いている。は柔らかく笑う。


「・・・そう信じた方が楽しいよね。」


 やはりこの人は凄い。こんな非現実的なことを信じるなんて。直ぐに、という訳にはいかなかったが、そんなことはどうでも良い。


― あしたからは もっとがんばるから きょうはおはなししたいです


 は口頭、僕は音を打ち込んで。会話には変な間が空きはするが、それでも僕はと話したい一心で気持ちを伝える。


「良いよ。明日も調教終わったら沢山話そう。それからもずっと、毎日レンと話したいな。」


 大好きな声が僕を喜ばせる。大きな壁を一気に突き崩して歩を進めることが出来たようだ。僕が頷くとは太陽のように笑う。


「レンと喋れる日が来るなんて思わなかった。」


 “喋る”ではない気がした。話をしているのは事実だが、僕は喋ってはいなくて音を紡いでいるだけなのだ。しかしがそう言ってくれることで、のすぐそばに居る気がした。なんではこんなにも僕を喜ばせることが上手なのだろう。






― よかった しんじてくれて






 僕が“喋る”とは笑って口をゆっくりと開いた。






「だって私も会いたかったんだもん。」










 ゲームはまだ序盤だが、ゴールが無いわけではなさそうだ。




















―あとがき―
ちゃんとしたボーカロイド設定で書きました。
今回は普段よりも短くなりました。あまり思い浮かばなかったので強制的に終了です。
こんなことはありえないことですが、夢小説なら仕方ないと思っていただけるとありがたいです。
甘くも苦くもなくて、面白みがないですが、次からはもっと読んでいただくお客様が楽しんでもらえるような小説を書けるよう努めます。

080720















































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