ドリーム小説  家の前に着いた時は夜も更けており、こんな田舎町には繁華街のようなざわめきもなく、静かな暗闇を迎えていた。エレベーターが私の住んでいる三階に止まって、チーンと音を響かせる。そして家の鍵を鞄から取り出して差し込もうとした時だ。扉が私の足音に反応したようにこちらに開いた。私は驚いて一歩後ろに退いた。


「おかえり、。」


 ドアノブを片手に扉を押さえたまま、生意気にマスターの私を呼び捨てにするレン。彼は私の目を見ると少し嬉しそうに笑みを浮かべたが、それも一瞬のことだ。すぐに普段のすませた顔つきに戻る。彼は照れ屋なのか、私に対して素直に好意を示してくることはあまりない。それでもレンが私の家にやってきたばかりの頃に比べれば、まだ表情もよく動くようになった。彼の性格も随分知った今では、彼の表情がどういう意味なのかも理解できる。


「ただいま。」


 マンションの静けさに、私の声だけが異様に響いた。私は玄関で履いていた靴を脱ぎ、レンと一緒にリビングのソファに腰を掛けた。仕事で疲れた体を包むようにソファが沈んだ。私は一度伸びをして腕を下ろすと、肩の力を抜いてソファの背に凭れた。その私の様子を見たレンは、「お疲れ様」と言うなり立ち上がると、ソファの後ろに回って私の肩を揉んでくれる。
 歌を唄うために作られた体であるはずのレンの体は、何故だろうか手の先まで人間のように温かく柔らかい。心地良いリズムで私の肩の凝りをほぐしていく。


「今日は遅かったんだね。」


 特有の声色で私を労わるように言う。今日は仕事が長引いたと告げると、レンはつまらなさそうな声を漏らす。こういうことだけはあからさまに表現してくるので、私は思わず苦笑を零す。


「心配したの?」


 彼の答えは大体予想が付く。「してない」などと答えるのだろう。


「仕事だって知ってたから、別になんとも。」


 予想通りの言葉をつんとした口調で即答するが、その声色の中に潜む不機嫌さが可愛くて私の心をくすぐる。しかし、そんなことを口に出せばレンは顔を真っ赤にして怒ってそっぽを向いてしまうだろう。意地悪をしてやりたい気持ちをぐっと抑えた。心の中で様々なことを考えていると、いつの間にか肩揉みをしてくれていたはずのレンの手が私の頬をつねった。私はリラックスしすぎてソファにかなり沈み込んでいた。つねられるままに顔を上げれば、そこにはレンの顔が物凄く近くにある。当然だが出来物一つないつるっとした肌だ。思わず右手を軽く伸ばして頬に触れた。さらっとした肌は人と変わらないほどに柔らかく弾力がある。何が私と違うのかと思うほどだ。


「ねえ、ってば。今日は調教するんじゃなかったの?」


 私が伸ばす手を最初は受け入れていたが、さわさわと触れられることに耐えかねたように顔ごと避けて呆れた声で私に尋ねた。先日オリジナルの曲を作り終えた私は、これをレンが滑らかに歌ってくれるように調教をしなければならない。昨晩、レンに急かされたのだが、どうもやる気が起きなかったので「明日にしよう」と言って寝たのだ。しかし今日は今日で、仕事で疲れた体が言うことをきかない。明日も仕事なので夜更かしをしたくはなかった。


「ごめん、明日じゃ駄目?」


「・・・明日は本当にしてくれるの?」


 先ほどよりも更に不満を含めた声に私は頷いて返事する。明後日は休みだから、と意気込むと、レンはまた素っ気無く「ふうん」と呟いて唇をへの字にした。そして私の頬をつねっていた手を離して、私の目をまっすぐに見つめる。


「昨日も同じこと言ったじゃん。本当にやる気あるの?マスター。」


 マスターなんて嫌味っぽく私を責めるレン。不機嫌な様子のレンは眉間にうっすらと皴を寄せた。レンは歌を唄うために作られたアンドロイドだ。唄わないことは彼にとって苦痛なのかもしれない。だからといって私にも日常があるのだから困ったものだと、思わず溜息をついてしまう。


「私には私の生活もあるんだから出来ない時もあるよ。」


 棘がある言い方になってしまった。すぐに後悔した。目の前に映るレンの表情が悲しそうに歪んでいた。その悲しみを縁取る瞳は淡い空色だ。そこを小さな雲が邪魔をしている。


「ごめんね、嫌な言い方しちゃったね。」


 自分を恥じてすぐに謝った。レンの瞳が微かに揺らぐのを見ると、なんて大人気ない発言をしたのだろうか、と情けなくなってしまった。しかし私が謝るだけではレンの表情は明るくならない。もともと、「飛び切り明るい笑顔」というものは見せなかったが、普段のすました表情の中にもレン特有の笑みは隠れている。今日はそれさえも見当たらないのだ。すると途端にレンから視線をそらされた。私はそのまま視線をレンにだけ向けて、レンの瞳が窓の外に視線を投げるのも共にした。


「そういうのじゃない。」


 不意にレンがそう言葉を紡いだ。小さな小さな、意識していなければ聞こえないような、か細い声だった。彼が首を横に微かに振ると金色の美しい髪がさらさらと音を立てて揺れる。電気の灯りを含んだ金糸が眩しい。


の生活は外に沢山あるけど、そこに俺はいないでしょ。」


 その静かな声は唄う時のソプラノからアルトに変わった。確かに休日以外は家を空けることが多い。レンに「今日は何をしてたの?」と毎日尋ねるものの、その答えを見たことはない。レンには私以外の生活というものがないのだ。私が家を出た瞬間から一人だけなのだ。


「ごめんね。」


 謝る以外に今は答えが見つからなかった。するとレンは窓から視線を外すと真直ぐに私を見据える。






「俺にはしかいないけど、は俺だけじゃない。」






 胸が締め付けられる思いだ。私は非難を浴びせられている気分になった。そしてレンの私を縛り付ける視線が切なげだったので、余計に苦しい。だが私にも、一つ言えることがある。


「私にだってレンしかいないよ。」


 そうだ、私だってレンのことを考えない日はないのだ。


「何それ、馬鹿にしてるの?」


 むすっと口をへの字にして険のある物言いをする。


「だって、私は外に居てもレンのことばっかり考えてるよ。確かに仕事があるし、レンと一緒に居てあげられないことも多いけど、その代わりレンのことを沢山考えてるの!」


 自分でそう言いながら段々気持ちが昂ってしまい、ちょっと語尾に力が入ってしまった。するとレンの瞳が大きく開いて慌てた様子で口をぱくつかせる。


「な、何意味分かんないこと言ってんの?馬鹿みたい。」


 恥ずかしそうに頬を赤らめて、どもりながらも一生懸命に言葉を紡ぐ。私の言葉の真意に気付いたレンはもごもごとその薄い唇で言葉を紡いでは溶かして消した。


「今日だってレンのことを考えながら仕事頑張ったの。レンは私のことを考えたり想ったりなんかしないだろうけど。」


 意地悪な笑みが零れ落ちそうなのを必死に堪えて、尽力して悲しいという表情を作った。レンは私のその表情をみとめると更に慌てふためいた。


「俺だって、その・・・、考えてるし。のこと、一日中・・・、今日だって・・・、」


 のことばっかり考えてた、と小さな声で続けるレン。沢山の言葉を知ってるはずなのに、こんなにも言葉に詰まるのを見てると、彼が私たち人間と何ら変りない感情を持っているのだと改めて感じた。


「いつも家でテレビ見たり本読んだりしてるから、私のことを考える暇なんてないくせに。」


 屁理屈を言って意地悪してやる。その理論で言えば私だって仕事をしながらなのだから、無理だと言われたらそれまでだ。しかしレンは今、私に自分の感情をぶつけることに必死で、そんなことを考えられないだろう。困惑しつつ頬を赤らめるレンが愛しい。


「俺は、何をやってても考えられるの。本だってテレビだって、内容頭に入んなくて・・・。気付けよ、馬鹿。」


 いじめすぎただろうか、彼はそっぽを向いて私から一歩下がってしまった。私は体を起こしてソファに反対向きに膝を付いた。背もたれに腕を置き、片手をレンの手に絡ませて軽く手前に引く。離れておきながら、私のそれにレンは抵抗しないでまた歩みを寄せた。思わずそのつもりはなかったのに抱き締めてしまった。ソファ越しに抱き締めたレンの体は小柄の私に比べれば大きかった。柔らかいレンの金糸が頬を撫でてさらっと落ちた。






「・・・は今日も俺のこと考えてくれてたの?」






 ふと少年のような弱々しい声が私の耳に入り込む。


「考えてたよ。今何してるのかな、とか、レンの歌声を思い出したり、レンが頭の中でいっぱいだもん。」


 抱き締めていた体を離し、レンの肩に手を置いて語る。すると先程の不機嫌さはどこへやら、レンは顔を赤く染め上げている。可愛くて愛しくて笑みがこぼれた。


「レンのこと、沢山知りたいよ。」


「俺のこと?」


 不思議そうに語尾を上げてレンが私を見つめる。私はゆっくり頷いた。


「そうだよ、好きな人のことを知りたいのは当然でしょ?」


 今度は私の言葉にレンが頷く番だった。俺も知りたいよ、と小さく言葉を紡ぐレンをまた抱き締めた。レンは体を一瞬びくつかせたが、すぐに私の背中に自身の腕を回すときゅっと力を込めた。


「好きだよ、レン。寂しい思いもさせるけど、レンのことが一番好きだよ。」


 彼のことが愛しくて仕方がないのだ。






「俺も・・・が好きだから。これからもずっと、一緒に居て。」






 有無を言わさない言葉でありながら、語尾が微かに上がるのは、きっと不安が入り混じったレンの心情からだろう。しかし、ずっと一緒に居てだなんて、まるでプロポーズだ。レンにそのつもりはないのだろうが、嬉しくてたまらなくなるのと同時に、意地悪な心が働く。


「何、それはプロポーズ?」


 私はレンの胸に沈めていた顔を上げて笑う。レンはきっと「何言ってんの、馬鹿じゃない?!」などと言って顔を真っ赤にするだろう。


「そうだよ。」


 きょとんとしてしまった。予想だにしない返答を得て、私は目を丸くする。そして今度は私が顔を真っ赤にしてしまった。レンは柔らかく笑みを浮かべて私の頬に手を置いて顔を更に上げさせる。






「いいでしょ?」






 これはしてやられたようだ。
 私が頷くより早くレンの唇が私に溶けた。




















―あとがき―

レン夢を初めて書いてみました。
ツンデレンにしてやられるという話が書きたかったのですが、キャラが定まっていないだけに見えます。
申し訳ありません・・・。
次はヘタレンものを書いてみたいです。
乱文で失礼しました。

080627















































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