ドリーム小説  俺が神様だったら、人間は今の世界人口の、三十三億分の一しか居ない。
 俺の頭の中は既にそんな状態。






ー。」


 頼まれた物を買い済ませた俺は足取り軽く玄関の扉を開けたは良いが、居間に行くと思わず溜め息が零れる。内緒で買ったアイスがにばれて溶かされない内に素早く冷凍庫に投げ入れてから、俺はに歩み寄る。座布団を二つ並べた上に、は小さく丸まって寝息を立てている。柔らかな吐息に合わせて隆起する肩は寒そうにはだけている。座布団が二つ並ぶのを見る限り、寝るつもりでそうしたとしか思えない。


「またこんな寒い格好して・・・。」


 思わず誰とも無しに呟いてしまう。いつも部屋着は襟回りがだらんとルーズな物を着て、だらしがないと言う俺に、は“楽なんだもん”と可愛らしい唇から呟く。その甘ったるく気だるい声が好きだ。


、風邪引いちゃうよ。」


 聞こえてないだろうそれに、無意味な言葉を投げかける。秋が顔を覗かしだしたのに薄着をするには呆れて物も言えない。俺は肩からするりと落ちたシャツを少し上にずらしてやる。いつ見ても可愛い寝顔がむずりと動く。起こしてしまったかと焦るが、すぐに先程と同じテンポで呼吸が落ち着く。俺はが起きる前にアイスを食べることにした。同棲を始めて、俺のアイス好きがどれほどかを知ったは、アイスばかり食べる俺によく叱る。アイスが好きだと付き合い始めから言っていただろうと俺がいじけると、“そこまで好きだと知らなかった”と溜め息混じりに言うのだ。だからこっそり買って食べることにしている。

 アイスを冷凍庫から取り出し、スプーンですくい上げ、その先端を舐め上げる。咥内の熱が、舌先に乗ったアイスをじわりじわりと溶かして行く。その感覚は何かを消失する寂しさに似ていて、俺は妙に悲しくなる。でもやめられないのだ。


 アイスを食べ終えてから、に目を戻すと、先程と変わらぬ姿で座布団の上に四肢を折り曲げて寝息を立てるがいる。仕事で疲れているのかも知れないし、下手に起こすのも悪い。そのままにして、俺はテレビの電源を付けた。


 テレビは子供向けのアニメやニュースばかりで、特に見たい物も無く、俺はチャンネルが一周したので適当なニュース番組でリモコンから手を離す。暫くの間、ニュースは日本の失業率にスポットを当てていた。日本の政治家はそれをどう改善するのかと語っている。こればかりは人事だと言えないのは、俺も今、求職者だからだ。に養ってもらっている。ヒモと呼ばれてしまうのが恥ずかしいので、日々、就職活動に勤しんでいるわけだ。妙に考えさせられるテーマのそれに、暫くかじりついたその後、日本のオタクと呼ばれる人々のドキュメントが始まり、俺は興味が無いのでダラリとの隣に寝転がる。






― 今、巷では・・・・・・流行っているようで・・・・・・みたいです。






 ブラウン管の中のニュースキャスターが何か言っている。オタクの間で何かが流行っていて、それが技術の先端をいくものらしい。の寝顔を見つめることに集中していた俺は、それが何かも聞き取れなかったが、何やら“データを取り込み”、“遊べる”、“恋人”、“充電”“七日間”などの端々が聞こえて、新手の玩具なのだと確信した所でテレビを消した。は寝てしまうとなかなか目を覚まさない。それを退屈に思いながら、いつも気付けば隣で俺も寝てしまう。そして俺が目を覚ますとは既に起きていて“熟睡してたよ”と笑う。曰く、俺も寝るとなかなか目を覚まさないらしい。
 俺はの脇の下に腕を差し込み、もう片方の腕を膝の下に差し込む。力の抜けたの体は、いつもふざけて抱き上げる時よりも幾分かずっしりとしている。しかし、それでもは華奢な女の子だ。俺の力で軽々持ち上がる。そんなを彼女の部屋へ運び、ベッドへ横にした。随分動かしたものの一向に目を覚まさないに、悪戯な心が動き出す。触りたい。


。」


 名前を呼ぶが、彼女の呼吸は静かな波で刻まれるだけだ。


「好きだよ。」


 ただ一人で呟く。の優しい声で頷くのが聞こえてきそうだ。普段、恥ずかしがり屋な俺はなかなかに面と向かって甘い言葉が囁けない。いつもこうしてが寝ている時間は、彼女が聞いていないことを良いことに、思いの丈をぶつけるのだ。






「俺が神様だったら、地球には俺としか作らないよ。それで、一生衰えない体で一生愛し合えるようにするんだ。」






 そこまで言って、本当にそうなれば良いのに、と思った。俺が神様だったら、どれだけ幸せかを考える。といつでもどこへでも行けて、お金なんていうものは存在しなくて、争いもなく、ただ日々をのほほんと過ごす。たまに愛を求めて体を重ねてみたりして、毎晩愛を語り合いたい。


ー、ちゃーん。」


 何とも無しに呼び続ける。このまま彼女を奪い去ってしまいたい。誰も居ない場所へ行きたい。夢の中なら行けそうなのに。


 俺は横たえるの隣に潜り込み、を抱き締める。温かい。寝ている人間の体温は穏やかで心地良い。の額にキスを落とすと、滑りそうなほど綺麗な肌の感触が全身に伝わる。


「好きって言ってよ。」


 寝ているに何を言っても無駄だと分かっていながら催促する。するとが眉間に皺を寄せ、むずりと動く。寝返りを打って俺に背中を向けてしまう。それがつまらなくて俺は溜息を付いてしまう。


「好き・・・。」


 の声が小さくそう呟いた。俺は驚いて目を見開く。


「起きてるの?」


 動揺が声に出る。もし先程の、顔から火が出る程に恥ずかしい台詞を聞かれていたらと思うと、どんな顔をすれば良いのか分からない。暫くじっとしての動きを見てみるが、変わらずに肩をゆったりとしたリズムで隆起させている。警戒心のあまりにじっと様子を伺いすぎて、四肢を支えていた腕が痛い。寝言だったのだと思うと、何て嬉しくて愛しい寝言だろうか。俺は体を少し起こしてを覗き込んだ。睫が落とす影は白い肌に色濃く焼き付くように、はっきりと浮かんでいる。何故か分からないがの瞳からは涙がこぼれている。たまに寝ていると目の中の水分が零れることがあるが、少し大袈裟にも見える量の涙を気付かれないように親指でそっと拭ってやる。そして維持しにくい体勢を堪えて、愛しい唇にキスを落とす。


「起きたらご飯作ってね。」


 俺はそう言って、もう一度キスをして、名残惜しくもその唇から離れて、ベッドに身を沈めた。ゆらりゆらりと微睡む意識を遮らないように、ただ誘われるままに眠りに落ちる。










 どれくらい経っただろうか、呼吸が一定のリズムを刻みだして三十分は待っただろう。私は体を起こす。


「カイト、寝たの?」


 確認するように、静かな声で耳元で囁く。答えが返ってこないのは眠っている証拠だ。カイトが夢の奥底まで行くのに三十分待てば充分だ。私はそっと体をベッドから動かす。カイトを跨ぎ、フローリングに足を付ける。ひんやりとした外気がそこから感じられる。私はすぐにパソコンを付ける。データが詰まっており、起動に時間が掛かる。頬を濡らす涙をぐいっと手の甲で拭う。


「カイト・・・。」


 名前を呼んでも返ってこない。私が寝た振りをしている間、カイトは私に呼び掛けるが、同じように辛い気持ちをしているのだろうか。きっと違う。カイトは幸せいっぱいで私が目を覚ますのを待っているのだろう。私は毎回この苦しさに戸惑い、しかしやるしかないのだ。


「カイトが神様だったら良いのにね。」


 独り言が増えたのは、カイトが来てからだ。誰かが居ることが、こんなにも自分をさらけ出すことに繋がるとは思ってもみなかった。
 私はパソコンを置いているテーブルの引き出しから説明書を取り出す。フォルダを開いて、設定を確認する。恋人のボックスにチェックが入っているのを確認し、私はパソコンに表示される日付が今日の日付で間違いがないことを確認して、前回から今日までのデータを保存する。そして充電を開始。カイトを見ると、ぷつんと糸が切れるようにして、隆起していた肩がガクッと落ちると動かなくなる。充電が開始されると、勝手に電源が落ち、充電が満タンになると電源が付く。


 彼はアンドロイドだ。最新の技術を駆使した、日本が誇るアンドロイド。生産された彼らの外見は全て異なる。


 私は説明書を読み、毎週、この充電中の時間に自制心を保つ。カイトを手にする時は、この相手に対して現実との区別が付かなくなるなんて思いもしなかった。ただの遊び心だったのだ。自分の好きなタイプの詳細に入力してデータとして取り込んでも、相手は所詮アンドロイドなのだ。本気で恋に落ちるなど有り得ないと思っていた。しかし予想外だったのは、技術の発達が私の知っているそれよりも随分先を進んでいることだった。カイトは私の予想に反して、あまりにも人間くさく、あまりにも私の入力した理想像を再現していた。説明書には、こう記されている。










 恋人か友達か、どちらにするかボックスにチェックを入れてください。
 詳細タブにある欄に、アンドロイド初稼働までの彼らの過去を、なるべく沢山作って下さい。より充実した人間味あるアンドロイドになります。
 性格、趣味、嗜好などを細かく入力して下さい。

 一週間に一度は必ず充電してください。
 充電方法は同封のCD-ROMを挿入し、充電をクリックしてください。
 ケーブル無しで簡単に充電が出来ます。
 充電が開始されると勝手に電源が落ち、終了すると稼働します。
 充電前に必ずデータを保存してください。
 保存せずに充電されると、前回の保存からそれまでの思い出がメモリに残りません。
 そのため再度電源が付くときは、最後に保存されたデータからになるため、日付なども誤差が生じます。
 充電を終えてから保存してください。日付のみ更新されます。


 彼らがアンドロイドだということを、本人に気付かれないようにして下さい。
 彼らは繊細で傷付きやすく、また自分を人間だと信じています。
 大きなショックを与えると故障の原因になります。

 彼らはあなたの理想像を忠実に再現してくれます。
 潤滑に、人間と変わらない動きをしてくれます。
 ただし、彼らがアンドロイドだということを忘れないで下さい。
 あなたの人生に支障を来す可能性があります。










 インチキくさい説明文に初めは私も疑心を隠せずにいたが、今ではこの様だ。


「テレビ捨てようかな。」


 居間でカイトが先程、ニュースを見始めた時は冷や冷やして気が気でなかった。アンドロイドのことを説明しだすニュースキャスターに、私はじわりと汗を掻いて、内心で、やめてくれと何度叫んだだろうか。カイトに、そういった類の情報に興味が無いように設定しておいて良かった。
 充電中のカイトはただの人形のようで、私は隣に寝転がる。


「好きだよ。」


 そう私が呟いても起きることもないカイトは、私の大切な恋人だ。涙が零れるのは愛しいからだ。


― 俺が神様だったら・・・。


 カイトの心が染みてきて破れてしまいそうだ。あの声でそう言われた時、私は堪えきれずに涙が零れた。暫くしてカイトの暖かい指が私の涙を拭う感触がして、より苦しく鳴り、私は心の中でひたすら謝り続けた。一生報われない、形だけの恋をさせてしまってごめんね、と。










、おはよう。」


「おはよう。夕飯出来てるよ。」


「ありがとう。」






 お互いを見つめ合う。






「カイトが神様だったら良いのにね。」


「・・・起きてたの?」


「え?何が?」


「何でもない。」






 ただ夢を膨らます。






「私達、二人だけの世界が欲しいね。」


「・・・やっぱり起きてた?」


「何のことよ?ただそう思っただけだよ。」






 壊れない絶対がほしい。






「・・・俺も、そう思うよ。もし俺が神様だったら、と俺以外居ない、幸せな世界を作るよ。」


 赤面する。


「ありがとう。」










 神様が私だったら、人間は今の世界人口の、三十三億分の一しか居ない。
 そして私達は、甘い太陽の光をたっぷりに浴びて、本物の体温を感じあう。


 誰か私に、神様になるための説明書を下さい。




















―あとがき―
カイト二作目が少しシリアスなものになってしまい、申し訳ありません。
どうしても書いてみたい話でしたが、レンのイメージでは無かったのでカイトに
してみました。
前回は人間設定で失敗したので、マスターとのお話を書こうと思っていましたが
、ありがちなものではつまらないので、ちょっと変わったタイプです。
カイトはへたれみたいですが、私がへたれを書けないので、いつもカイトじゃな
くなります。
でも文章力はさて置き、話としては気に入っています。

081007















































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