ドリーム小説  甘いものとか優しいものとか小さいものとかが俺は好き。










 目の前にいる彼女は俺に手を差しだし、厳しい目つきで口を開く。


「原稿は?」


「これです。」


「校正は?」


「チェック済みです。」


「期限は?」


「四時間後です。」


「明日は?」


「休みです。」


 てきぱきとやり取りを交わす俺達は、気持ちの良いテンポではあるが、大して好奇の目が向けられるような場所ではない。皆、各々で時間に追われており、そんなことに構っている余裕など無いのだ。何個かの問い掛けに俺が答えきると彼女は鋭かった目つきが途端に和らいで優しくなる。


「そうだよ、休みだよ。幸せじゃない?しかもカイトが珍しく四時間も余裕を持って原稿を上げてきた。これは飲みに行こうってことに違いないよ。」


 珍しく、なんて一言多いのが腹立たしいが、彼女の心底嬉しそうな表情を見ていると、それは光陰が中和されるように和らいだ。


「でもさん、一応目を通して下さいよ。」


 彼女、は俺の言葉に不満げな視線を向けつつ、俺の仕上げた原稿を見つめてペンを手に取る。俺はそれを更に見つめながら突っ立っている。俺は自分の仕事に自信を持ってはいるが、誤植があっては大変なのだ。彼女と編集長にチェックしてもらい、OKのサインをもらった上で初めて仕事が一つ完成する。
 俺達のこの仕事は人一倍の努力をして芸能関係者との距離を保ちつつ、良いネタを仕入れて読み手の心を掴む記事を書かなければならない。そんな一つの雑誌を作る上での、俺はの部下なのだ。


「よし、編集長に見せてくるね。」


 俺の原稿をひらひらと指先で摘んで見せて、つかつかと奥のディスクがある部屋へと入っていくを見つめ、背中が扉の中へ消えるのを見送った。俺はの真正面にある自分のディスクに戻って荷物を置いてからコーヒーを二つ煎れる。は砂糖を一つ、俺は砂糖二つにミルクもたっぷりだ。どう考えても逆であった方が絵になることは分かっている。しかし、俺は極度の甘党で、彼女がそうではないというだけの話だ。のディスクにコーヒーを置いて、が戻ってくるのを待つ。少ししてから編集長の居る部屋からが足取り軽く戻ってくる。


「OKだって。流石じゃん。」


 は俺の背中を通り掛かりにぽんっと軽く叩く。手に持っていたカップの中に水面が揺れた。


「あ、コーヒーありがとう。」


 は軽そうな細い四肢を折り曲げて自分の椅子に腰を掛けるとカップを手に持って気持ち良い飲みっぷりを見せる。


「どこ飲みに行きますか?」


「いつもの所。」


 俺の問い掛けに間髪入れずに答えるを確認してから、俺はいつもの所と呼ばれる居酒屋に電話で予約を入れる。予約しなければ入れないという店でもないが、俺達はその気になったものを打ち砕かれると直ぐにやる気を無くす。もし天変地異が起きてそこが混んでいたら一気に萎れるだろう。これはいつもの決まりのようなものだ。に場所を決めてもらい、その答えを合図に俺は店を予約する。
 受話器越しに店員が予約を取ってくれたのを確認して電話を切る。時計を見ると六時半を回っていた。


さん、七時に予約しましたよ。」


 俺は立ち上がって荷物を持ち、に告げる。


「よし、じゃあお先です、お疲れ様ー。」


 は大きな声で部屋中の人間に一括で挨拶し、俺を従えて職場を後にする。










「来週分が仕上がったのは良いけど、ネタが尽きてきたー。どうしよう、カイト!」


 居酒屋に向かう道中、は欠伸をかみ殺してからそんなことをこぼす。仕事を仕上げた後は必ずそんなことを愚痴るだが、必ず俺に良いネタを仕入れてきては、評価を貰ってきてくれる。


「じゃあ俺をグラビアに回してよ、グラビア。」


「他の女の裸なんか見てどうするの?」


 はこちらを恨めしそうに睨み付けている。


「冗談だよ。」


 俺は笑って、隣を歩くの髪をくしゃくしゃと撫でた。これだけでは上機嫌になる。
 仕事が終わるのは嬉しい。二人の時間に戻るのは至福だ。と付き合っていることを職場の人間に隠すのは最初こそ面倒ではあったが、今ではスリルという快感と主従関係が逆さまになっている表情の違いを楽しんでいる。は職場では厳しい上司だが、俺とは仲の良い二人として周りにもセットで扱われている。付き合い始めの頃は、仲良くしては周りにばれてしまうのではないかと冷や冷やしたが、生憎、他人に踏み込むほど執着するような人間が職場には居なかった。そんなことを考えているとがいつの間にか指を絡めてくる。


「今日、私の家来るでしょう?」


 は大きく俺を見上げて尋ねる。


「え、行かないよ。」


 そう俺が答えると、は口をぽかんと開けて呆ける。ショックなのだろう。俺はをからかうのが大好きだ。


「嘘、行くよ。」


 直ぐにそう訂正してしまうのは俺がに弱い証拠で、意地悪を突き通せない。


「じゃあ今日はいっぱい飲まなきゃね!」


 の言葉に俺は笑って頷いた。俺は酒を飲まないが、に付き合って嗜む程度には口に含む。酔っ払ったは可愛い。仕事での威厳はどこへやら、へらへら笑う姿が目に浮かぶ。


。」


 そう呼んで俺は歩調を緩めての後ろから抱き付いた。は少しよろめいたが、俺の胸に収まり、歩きにくそうに一歩一歩ゆっくり足を進める。


「大好き。」


 胸から伝わるの体温と顎をくすぐる柔らかな髪の毛が心地良い。


「変なカイト。」


 悪態づくものの満更悪くも無さそうな上機嫌なの声は、甘い響きで俺を喜ばせる。


「あ、勃っちゃった。」


 股間から感じる熱に思わずぽろりと呟くと、が奇声を上げる。


「街中で欲情するな!」


 罵声を飛ばすだが、なったものは仕方ない。


「良い年して抱き付いただけで勃っちゃったよ、助けてー。」


 ふざけた口調でをからかうと、は顔を真っ赤にした。


「それ以上言ったら本気で怒るからね。」


「とりあえず、今日はの家で飲もうよ。良いでしょう?」


 俺は子供のように駄々をこねた。するとは立ち止まる。本気で怒らせてしまったかと一瞬焦ったが、すぐにが口を開いてそれは消えた。


「反対だよ、私の家。」


 後方を指差してが自宅の方面を示す。俺のわがままに、いつもなんだかんだ言っても付き合ってくれて優しいが大好きだ。


「分かってる。」


 口から思わず吐息が零れ落ちるように笑みが出た。


「カイトの馬鹿。」


「はいはい。」


 そんな言葉を軽くかわして、俺はの手を引いて行き慣れた彼女の家へと向かった。






 二人で飲む分の酒と俺が食べたいアイスクリームをの分も一緒に放り込み、つまみを少しとコンドームを買ってから家に着く。原稿が上がった事に乾杯しては一気に、俺はちまちまと酒を楽しんだ。仕事の話から、今度の休みの計画をしてみたり、いつもと変わりなく他愛ない話をするのは、俺の生き甲斐だ。
 酒を充分に楽しんでから、とアイスクリームを食べる。これも俺の楽しみ。しかしがぽつりと呟いた言葉にその楽しい時間は溶けるように消えた。


「そういえば編集長が“お前達は仲が良いけど、付き合っているのか”って言ってきたの。」


「・・・え?」


 たっぷりと間を空けて俺が不安の声を漏らすとが笑う。


「仕事仲間だから仲良くて当然だって言っておいたけど。」


 のその編集長への答えは正解だが、妙に残念な思いに駆られるのはきっと、俺がと付き合っているということを自慢したくて仕方がないからだろう。


「俺達からしたら普段と全然会話が違うし可笑しい感じだけど、周りから見たら仲良すぎだから仕方ないね。」


 俺がそう言うと、は残りのアイスクリームをペロリと平らげて頷いた。


「もしばれたら同じ部では働けなくなるね。」


 が溜息混じりにそう言う。俺はアイスクリームを続いて食べきると、のマットレスベッドの端に腰掛けた。それは合図に似ており、は俺の足元に小さく座るのが決まりだ。背の低いそれはちょうどよく、の首もとに腕を回すのに適している。


「カイトはばれても良いの?」


「嫌だよ。」


 答えが決まっていることは分かっているのだろうが問い掛けてくるに、間髪入れず答えるとは満足げに笑った。


「こんな職業だもん。仕事だろうとちょっとでも一緒に居たい。」


 首もとに回した俺の腕を触れるように掴むは、小さくて可愛い。愛しい。


「結婚したら毎日一緒に居れるよ。」


 自分で言っておきながら少し恥ずかしくなる。は俺の股間に頭を預けて、俺を変な角度から見上げる。


「プロポーズ?」


 はにやにやしながらからかってくる。


「あ、プロポーズしてほしかったの?」


 惚けてをからかい返すと、腹を立てたのかそっぽを向いてしまった。溜まらなくなって、の細い四肢の横から持ち上げて俺の足の間にあるマットレスベッドのスペースに座らせる。


「嘘だよ。結婚しちゃおう。」


 軽い調子で俺が言ったのが気に食わないのか、は一層頬を膨らませた。


「カイトなんか嫌い。」


 が憎まれ口を叩くので面白くなり、俺はそれに乗らないでやる。


「俺もなんか嫌い。」


 冗談に決まっている。もそれは分かっているのだろうが、それでも悲しそうな表情でこちらを伺うので、やはりいじめ抜けない。


「嘘だよ、大好きに決まってるじゃん。」


 そうお望み通りの答えを出すとが小さく笑い出す。


「カイトはいじめっ子になれないね。」


 妙なことを言うので俺が疑問を声に乗せると、は続けて口を開いた。


「やるならとことんいじめれば良いのに、私が何も言わなくても負けちゃうもん。」


 言われていることがその通りすぎて俺は微妙にショックを受ける。


「でも根本的にいじめられてるのはだよ。」


 何を意地になる必要があるのか分からないが、俺は負けず嫌いなところがある。今まさにそれを存分に発揮しているわけだ。


「そりゃあ私はカイトがいじめてこようとするのに少なからずショックを受けるけど、カイトは私に弱いから駄目なんだよ。」


 吐息を漏らすようには笑って、俺の頬を摘むと横に引っ張った。きっと酷く不細工な顔になっているだろうが、それを受け入れる。


が可哀想だからいじめないだけでしょう。」


 子供の論争のようだが、に押され気味なのは百も承知だ。しかし引けないのは、そんな心の内をそのまま読まれたのでは恥ずかしいからだ。


「じゃあいじめてみなよ。」


 鼻を鳴らすように胸を張ってそんなことを紡ぐ。得意気なこいつを泣かしてやりたいと思った。しかしそれではあまりにも子供すぎる。俺は黙り込んだ。


「・・・なんて、冗談だよ。」


 黙っている俺を見かねたのか、がけらけらと笑いながら言う。馬鹿にされたようだ。俺は眉尻を上げてを睨み付ける。


「馬鹿にしないでよ。」


 俺はあからさまにふてくされて、をねめつけた。


「だってカイトが面白いから。」


 しまりのない笑みを浮かべてが手をひらひらと動かしながら言う。


の馬鹿。嫌い。」


 俺はにそう言い投げて、そっぽを向いた。


「嫌いになっちゃったの?」


 俺の言葉に過敏に反応してが見つめてくるので、逸らしていた視線を元に戻さざるを得ない。真っ直ぐに見据えられて、やはり俺は己の弱さを呪う。女の子は甘くて優しくて小さいから狡いのだ。俺はそれを見ると愛しくなって抱き締めたいと思ってしまう。


「嘘、泣かないで。」


 の思う壺なのだろうが、俺は優しい声でそう言って抱き締めてしまう。


「カイトはへたれだね。」


 吐息を漏らすように笑って言うに、俺は目を丸くする。へたれだなんて言われると思っていなかった。言葉を失ってしまうとが続ける。


「いじめたくても、私が顔歪めただけで止めちゃうんだもん、優しいへたれじゃない?」


 それをへたれと呼ぶのか俺は知らないが、ささやかな抵抗で唸るしかない。


「でもそんなカイトが好きだよ。」


 完敗だ。好きと言われたらどうでもよくなる。悔しさのもやもやが吹き飛んで抱き締める腕に力が入る。


「負けました。」


 に俺はそう告げて、上を向いて見つめてくる彼女の額にキスを落とす。


「今日から私がいじめ役だね。」


 吐息を漏らしながら笑い、は俺の頬を撫でる。


「形勢逆転か。」


 苦笑いを浮かべるしかなかった。へたれに成り下がる俺と満足そうな






 君は狡い。
 甘くて優しくて小さくて
 俺の好きなものを全部持っている。




















―あとがき―
初カイトです。
初めて書く物はどうしてもありがちな話になるので、一風変わったへたれを書いてみたかったのですが、伝わりづらいです。
いじめっ子になりたくても好きな子の前だと、どうしても優しくなってしまって、強がれ無いへたれというつもりです。
カイトは難しいです。マスター設定の方が書きやすいキャラだと思いました。
どこのサイト様も敬語カイトが多いので、その方がしっくりきますね。
レンをあれだけ崩しておいて・・・って話ですが。
悔しいのでリベンジしたいです。






























































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